第141話 対峙!不死の男とインウィデア
前回のお話
ダンジョンの中をユキトたちはサクサク進む。ファウナ、フローラ、アルマの能力が大活躍であった。
虚井 暇は道徳を信じていない。彼に言わせれば、道徳は力なき者が自分を納得させるためにあるのだという。法律は正義などではないし、倫理は時代ともに変化する。悪人は地獄に落ちるのだと信じたい者は、善人ではなく弱者なのである。
いや、更に言えば、彼は強い者や弱い者が存在するとすら思っていない。ただ、その文脈内でのみ、強い弱いと表現される存在に過ぎない。彼はそう嘯く。
死なない存在、死ねない存在となっている彼は、数多の異世界を巡り、その中で多くの人々を、社会を、歴史を、世界を観察し、そして介入してきた。被害者になったことも、傍観者であったことも、加害者となったことも、数限りなくある。
ある国では「秘密結社 良いことだけ言って国を崩壊させる団」を作り、日本においては「尊重すべき価値観」とされている「人権」や「平等」といった早すぎる概念を民草に蔓延させることで、国力を弱らせ、封建的な隣国に攻め滅ぼさせた。
また、別の世界のとある国では、徹底した特定人種優越政策を流行らせることで、偽りの優越感で民を操り、国内の民族を分断し、そのまま内乱を誘発させることで滅亡へと導いた。
逆に珍しい黒目黒髪という理由で何年も投獄されたことも、神を信じる言葉を口にしなかったという理由で磔刑にかけられたこともある。
彼にとっては、あらゆるイデオロギーが遊び道具以外の何物でもなく、それらは本質的には全く価値がないと彼は信じている。
「インウィデアって名前で良かったよね? それともベズガウドって呼んだ方が良い?」
迷宮群落の奥深くにおいて、彼はかつて管理者であった存在と対峙していた。
インウィデアの名で呼ばれる七極の一柱。その頭部は横転した車輪状となっており、その側面に複数の仮面がついている。この車輪が回転し、まるで阿修羅像のように仮面が切り替わるのだ。各仮面には怒りや笑い、驚きなどのそれぞれ異なった感情が浮かんでいた。
「暇か……グリ・グラトとともに滅んだと思っていたが、生きていたとは驚いたな」
カシャン
インウィデアの頭部が回転し、無表情の仮面から驚きを表現したものへと切り替わり、その仮面の奥に赤い光が宿った。
「それで……何をしに来たのだ? 貴様をグリ・グラトに喰わせた我に対して、復讐でもするつもりか?」
再び無表情の仮面を正面に戻しつつ、インウィデアは暇の意図を図ろうとする。
暇は、ベズガウドという人間に化けていたインウィデアに捕らえられ、鉄塊に封じられた挙句、グリ・グラトに喰われている。
普通ならば復讐に来たと考えるのが妥当だが、インウィデアから見ても、目の前の男が普通だとは到底思えない。べズガウドとして対峙した時から、コイツは奇妙な振る舞いをする男だった。
「ボクは君に手を貸してやろうと思ってきたんだけども」
暇が至極当然と言わんばかりの表情でインウィデアに提案を投げかける。何を企んでいるのかは不明だが、この男はインウィデアに手を貸すという。
「インウィデア。君はそのうちシジョウ君と戦うんでしょ? その先鋒をボクが務めようかなってね」
暇の言葉を受けて、インウィデアは黙って暇の顔を見つめる。いつも通りの笑みを浮かべた表情からは、何の意図も読み取ることはできない。
確かに目の前の男が言う通り、シジョウ ユキトが自身を追ってきていることは分かっていた。インウィデアには奥の手があるのだが、それでもシジョウ卿側のメンバーの実力を考えると楽観はできない。
だがインウィデアには、彼がシジョウ卿との戦いで役に立つとも思えなかった。確かに、この男の死なない能力は普通の不死身とはレベルが違う。だが、死なないだけでは使えない。
「貴様がグリ・グラトを滅ぼすほどの攻撃ですら死なぬことは分かった。我も貴様のような水準の不死性は初めて見る。例え『存在概念』を削る攻撃でも貴様は消えそうにない。
……しかし、だ。貴様の攻撃能力はほぼないに等しいだろう。それではシジョウ卿に勝てぬ」
インウィデアが静かな口調でそう指摘した。少し腕が経つ冒険者程度では、シジョウ卿のパーティーに対してダメージを与えられるとはとても思えない。
だが、そんなことは百も承知とばかりに暇が口を開く。
「大丈夫さ。ボクは一時的に不死身体質をオフにすることで、この力を絶大な攻撃力へ回せるんだ」
暇はあっさりそう言ってのけた。もちろん嘘である。
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「ユキト、これで何匹目だっけ?」
巨大な敵にとどめを刺したファウナが振り返りながら、ユキトに尋ねる。その向こう側で魔物の大きな巨体が崩れ落ち、土煙が上がった。
「ファウナが今倒したやつで8匹目かな。 ん~、そいつはさっき出現した魔物と同じ……えーと、確かムラクイハナアルキって言ったか」
ダンジョン深層。この熱帯雨林を模した空間においては、現れる魔物は鼻行獣類と呼ばれる魔獣と虫系の魔物ばかりだった。中でも尾行獣類は、鼻で歩行するように進化している魔獣であり、目にすることができるのは非常に珍しい。ゾウの鼻が更に発達して歩行までできるようになった獣と考えてもらえれば良い。
もちろん鼻行獣類は単なる珍獣ではなく、魔物と呼ばれるに相応しい高いステータスを持っている。持っているのだが、それは常識の範囲内での話だ。チートレベルには遠く及ばない。
「グガアアアアア!!!」
ユキトとファウナが会話していると、そこに新たな鼻行獣類が襲い掛かってきた。鉄に近い硬度の樹木を圧し折りながら、真っ直ぐ2人に向かってくる。
その体長は5メタ程度。4つに分かれた鼻部を器用に使って移動しており、その速度は人間が走るよりもはるかに早い。鼻で移動する分、腕と脚は獲物を捕らえるために特化しており、獣には珍しく人間の腕のような形状である。とは言え、剛毛に覆われた腕は、その太さも筋力も人間の比ではないだろう。
普通の冒険者なら太刀打ちできない相手である。
「マスター、私にお任せ下さい」
ドズウゥゥン!!!!
アルマの声が上空から響いたかと思うと、ユキトとファウナに向かってくる魔獣の前方に、巨大な鋼鉄の塊が降ってきた。我らがアルマイガーGの登場である。その圧倒的な質量に大地が揺れた。
流石の魔獣も、突然に空から鋼鉄の巨人が降り立ったことに混乱しているようだ。そもそも魔獣とロボではサイズが違う。アルマイガーGの寸法は鼻行獣の5倍以上はあるのだ。
テレビで放映すると、どちらが悪者か分からなくなるような一方的な光景だ。
「アルマイグパンチ!!」
アルマイガーGは技名を叫びながら、目の前の魔獣に向けて、赤く輝く拳を繰り出した。ユキトも詳細は把握していないが、技名を叫ばないと威力が弱まるペナルティでもあるのだろう。ユキトの与える加護は、変なところで原作の設定を守ろうとするので仕方ない。
グボォォォォン!!
巨大な拳を全身で受けた魔獣は、体液を撒き散らし、木々を圧し折りつつ、地面を派手に転がっていく。傍目から見てもオーバーキル間違いなしだ。転がっていった魔獣は、やがて大きめの樹木に激突すると、大きく仰け反ったままの姿勢でようやく停止した。そのまま動く気配はない。
「おう、流石は我らのアルマイガーG。一撃だな」
「えー、私も一撃だったでしょ」
アルマイガーGの活躍に対し、ユキトが漏らした感想に、何故かファウナが張り合ってくる。
魔獣を倒す手数でスーパーロボと張り合おうとするのは、決して女子力が高いとは言えないのではないかと思うユキトだったが、もちろん口には出さない。代わりにファウナにも感想を述べておくことにする。
「ああ、ファウナの一撃も凄まじかったというか、酷かったというか、恐ろしいというか、敵が可哀そうだったというか」
「言い方!!」
ユキトの言葉が気に入らなかったのか、ファウナが頬を膨らませてしまったので、慌ててユキトは弁明する。
「いや、冗談だ。ファウナの力は頼りにしてるから」
「……」
実際、ファウナがいることで、物理攻撃が通用する魔物は瞬殺だ。霊体や気体状生物ですら、彼女は闘気で消し飛ばすことができる。
困ったのは、法則生命体とかいう法則が組み合わさって生命活動を成しているという変わり種の魔物くらいであった。ちなみに、これはアウリティアが始末している。
「さて……アルマが降りてきたってことは、何か見つけたか?」
ユキトはジト目で睨むファウナの肩を軽く叩いて謝意を示しつつ、アルマに向かって尋ねた。
そう。アルマイガーGが上空から現れたのは、別に魔獣に奇襲をかけるためではない。見通しが悪い密林地帯で、上空からの偵察を行っていたのだ。幸い、この階層はアルマイガーGが飛行できる程に天井が高い。
「はい、マスター。前方左30度の方向に129メタ進んだ地点。そこに下階層へ繋がると推測される縦穴がありました」
アルマイガーGが変身を解除しながら、ユキトに報告をあげてくる。巨大ロボがメイドへと変じる過程はいつ見ても奇妙なものだ。
「よし、でかした。100メートルちょいか……意外と近いな。じゃあ、次の階層がどんなところか分からないし、ここで肉でも炙って腹ごしらえしていこうぜ」
ダンジョンを進むことに一切苦戦することがなかったこともあり、ここまでユキト達は大きな休憩を取ることなく進んできた。ちょうど空腹を覚えてきた頃合いであるし、長めの休息を取るのも悪くない。おあつらえ向きにキャンプ向けの階層である。
「じゃあ、私の火球でお肉を焼きましょうか」
セバスチャンの収納から、携帯用の食糧を取り出しながら、フローラが発言する。
「いやいや、フローラの火球で焼くって、肉がプラズマ化するだろ」
フローラの天然か冗談か分からないボケに突っ込みを入れつつ、ユキト達は暫しの休憩を堪能したのだった。
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