第140話 楽勝? 最難関迷宮!
チュッン!!
甲高い音を響かせて、遺跡内にある貯水池の水が消滅した。正確には、水ではなく水のように見えていた存在が、だ。
ユキト達が迷宮群落へと侵入して数刻が経過していたが、その行程は順調であった。尤も、目的地の場所が明確ではないため、求めている場所――即ち、インウィデアの潜む場所へと近づけているのかは分からない。ただ、圧倒的な戦闘力を前面に押し出すことで、サクサクとダンジョンの深層へと進むことができている。
迷宮群落と呼ばれるだけあり、入口付近では岩肌が露出した洞窟然としていた様相も、奥に進むにつれて植物の地下茎のような様相に転じたり、青く発光する鉱石のトンネルへと変じたりしている。
そして、つい先程ユキト達が到達した階層は、縄文土器のような文様を彫り込まれた遺跡調となっていた。天井の高い空間に、四角いブロックのような建物がいくつも積み重なっている。その建物の合間や壁面を澄んだ水が心地よい音を立てて流れており、中央の大きな貯水池へと流れ込んでいた。
「で、その貯水池の水が全部スライムだとはね」
ユキトの呟き通り、清流のように見える水、その全てが1匹のスライム系の魔物の擬態であるというのが、この階層のギミックらしかった。
ユキト達がこの階層に足を踏み入れて早々、アウリティアの探査によって簡単に正体を見抜かれたスライムは、魔法少女フローラの火球によって蒸発させられたというわけだ。正確には蒸発ではなくプラズマ化であるわけだが。
「この魔物はラカストリンスライムとゆうての、大きな水源へと擬態する魔物よ。慎重さに欠ける冒険者がこの水を口にすると、体内から喰われたり、操られたりするというわけじゃ。流石に迷宮群落に挑むような冒険者であれば、引っかかる者は多くなかろうがの」
イーラがそう説明するこのスライムは、十分に注意すれば回避は容易な反面、倒しきることも困難な魔物として知られている。湖と例えられるほどに容積が非常に大きいため、生半可な火力では止めを刺せないのだ。もちろんイーラであれば、瞬時に凍らせて殺すことが可能である。一兆度の火球などをぶつければ、オーバーキルもいいところだ。
ここまで来る間には、他にもオルグゥを更に巨大化したような巨鬼や、目が5つ横に並んでいる狼のような獣の群れなどにも遭遇したのだが、それらの魔物はユキトが瞬きしている間にファウナによって撃滅された。魔物が出現すると同時に、壁にめり込んで動かなくなったり、頭部が弾け飛んだりする光景はコミカルさすら感じさせるものだった。
今のファウナが本気を出せば、迷宮群落の地上に出ている部分は一撃で更地にできるかもしれない。
尤も、それはフローラの火球も同様であり、実際にフローラは時折ダンジョンの壁を消滅させながら進んでいる。ダンジョンの壁や床は普通の岩や土砂よりも強化されているらしいのだが、一兆度の前には意味をなさない。森に道を作ったのと同じ工法である。
「壁に穴を開けて通るのはダンジョン攻略としてアリなのか?」
子供のころから竜征伐や最終幻想などのRPGゲームで遊んでいたユキトとしては、ダンジョンの壁を破壊しながら進むことには、どこか後ろめたさというか、マナー違反というか、そんな言葉にし難い感覚がある。
「俺もゲームをプレイをしていた身としてユキトの気持ちも分からなくはないが、壁の向こう側に通路があると分かっている場合にわざわざ回り道する必要はないだろ。と言っても、このダンジョンは3次元的に広がっているだけじゃないから、扉や階段を使わないと行けない場所もあるけど」
アウリティアの説明によれば、多数のダンジョンコアが相互に干渉し合って構成されている迷宮群落では空間が歪んでいたり、独立していたりするため、単純に障害物を消せばゴールまで真っ直ぐ行けるというものでもないらしい。ある空間に立ち入るために、特定の扉を経由する必要があったりするのだそうな。
もちろん、ダンジョンの恐ろしさは複雑なルートによる遭難だけではない。最難関のダンジョンの名に相応しく、数々のトラップ機構もユキト達を待ち構えていた。このようなトラップは、魔物が仕掛けるものもあるが、大抵はダンジョンコアによりダンジョンの中に自動生成される。
ユキト達も例に漏れず、ここまでに何度もトラップに遭遇しているのだが、そこは一家に一台の超有用メイドロボであるアルマが大活躍している。
「マスター、そのプレートは重量によるスイッチとなっています。また、3メタ前方に魔力による感知線が張られています。ご注意下さい」
可視光領域だけでなく赤外線や紫外線も感知でき、更には魔力やX線を用いた視力を持つアルマにとっては、ダンジョンのトラップを見抜くことは造作もない。毒ガスが漂っていても立ちどころに検知でき、カナリア要らずでもある。アルマさえパーティにいれば、いつぞやのようにユキトが落とし穴に落下する心配もないというわけだ。
「いやはや、ウチの女性陣は実に頼もしいですな。私の剣は鞘から抜く機会がないかもしれません」
セバスチャンの言葉通り、ユキト一行のチートっぷりは迷宮群落内でも遺憾なく発揮されており、強大な魔物も凶悪なトラップも恐れる必要はなさそうである。強いて問題があるとすれば、ユキトがリーダーらしい活躍を一切していないという点だろうか。
いや、ユキトが気になっていることが1点だけある。迷宮群落に踏み込む前に、バザールの情報屋で仕入れた情報についてだ。仕入れたと言っても、どうせ直ぐに耳にするだろうからと、情報屋が無料につけてくれた情報である。
情報屋曰く、ボロボロのエルフの服を纏った黒髪の男が、2週間ほど前にバザールに現れて騒動を起こしたらしい。
実はこのバザール、腕利きかつ一攫千金を夢見るタイプの冒険者が集まる場であることに加え、他国の主権が及ばぬ辺境の地ということもあり、その統治形式は完全な実力主義である。実力主義と言えば聞こえは良いが、要は無法地帯だ。
明らかにダンジョンに挑む実力が不足しているような半端な冒険者が訪れたときは、身包みを剥いで追い出してやるのが『温情』とされていたし、女性冒険者は『保護』という名目でそのまま慰み者にされることも多かった。
そんな無法なバザールを支配しているサンドリアン一家とゴルドーゾフ一家は、どちらも有力な冒険者パーティを発祥元としているが、今やマフィアとして知られている。迷宮吊るしのサンドリアン、四肢裂きのゴルドーゾフという二つ名があるほどだ。
そんな迷宮群落脇のバザールを支配する組織であるが、5~6年に一度くらいの周期でその構成員を大きく減らすことがある。
それは、手を出してはいけないレベルの相手に手を出してしまった場合だ。ラノベで良くあるお約束展開ではあるが、実力主義かつ無法地帯ゆえに発生する宿命でもある。
実は、イーラもかつて旅の途中でバザールに立ち寄った際、サンドリアン一家の構成員を20人ばかり殺害している。この時は、サンドリアン一家は彼女を七極のイーラと知らずに、力ずくで『保護』しようとしたことに起因するため、まさに自業自得と言えよう。
この事件によって、サンドリアン一家は頭領が代替わりする破目になっている。溶けることない氷の像を頭領に据えておきたいとは、誰も思わなかったのだろう。
そして、つい先日も手を出してはいけない相手によって、ゴルドーゾフ一家の構成員が5名ほど減少したらしい。
それが黒髪の男だ。何をしても死なない男で、顔の半分を吹き飛ばされながらも死なず、笑みを浮かべながら、下っ端の構成員達の腹を裂き、喉を破り、顔を潰したという。その騒動を起こした後、男は姿が見えなくなり、単独でダンジョンへ入ったのではないかと噂されていた。
(間違いなく暇だろうな)
男の様子を聞いたユキトは、その男が暇であると確信していた。グリ・グラトを滅ぼしたユキトの渾身の一撃で死んでいない程に不死身である彼ならば、時間さえかければ迷宮群落をも突破できるだろう。
王都でユキトが聞いている限りでは、彼の戦闘能力は多少腕の立つ冒険者と同程度のようだが、死なないというアドバンテージが大きすぎる。
「それにしても、アイツは何が目的なんだ?」
死なない男がこの迷宮群落に来た目的は不明だ。彼もインウィデアに用事があるのだろうか。ユキトがいくら考えても、このダンジョンよりも闇に包まれた暇の意図を推し量ることはできそうになかった。
―――さらに数時間が経過した。
「こいつは厄介な魔霊じゃな」
厄介と評しつつも、イーラがパチンと指を鳴らすと、霊達は魔力を帯びた氷の内部に簡単に捕らえられた。鏡のような氷中から出ようともがいているが、七極でもある氷結の魔女の封氷術はそう簡単に破れるものではない。
「まぁ、妾の敵ではないがのぅ」
イーラの台詞とともに、捕らわれた霊達は氷とともに粉々に砕け散る。後には氷粒が舞うのみだ。
「流石はイーラさんですね。ふぅ、上位悪霊が受肉して襲ってくるなんてびっくりしました」
防護魔法を展開していたフローラが息を吐きながら、ユキトに話しかける。
魔法少女状態のフローラの防御魔法は、このダンジョンの魔物の攻撃を防ぐにも十分な力を持つ。魔法少女は人々を守る存在なのだから、それも当然なのかもしれない。
一方のユキトは、目の前で展開されたホラーさながらの光景に驚くばかりだ。白く半透明だった幽霊の魔物が、突然メリメリと口を広げたかと思うと、そこから体を裏返して、皮を剥いたゾンビのような姿になったのだ。フローラはそれを『受肉』と呼んでいるようだが、なかなかに見ごたえのあるスプラッタシーンだった。
「受肉に驚いたのは確かだが……」
ユキトはフローラの言葉に同意しながら、自身の気になっている点をアウリティアに振ってみる。
「幽霊の服装が和服だったよな。それに、この通路はどう見ても日本家屋なんだが」
現在のユキト達のいる階層のダンジョンの造りは、まるで和風ホラーゲーム様相を呈しており、仄暗い板張りの廊下にポツリポツリと行灯が並んでいた。1つ前の階段を降りるまでは、城塞の内部のような洋風の石造りの通路だったので、随分と変化したものだ。
「まぁ、こういうこともあるさ。そもそも日本語が通じている世界だしな」
アウリティアは以前の探索時にこういう和風な階層も経験済みなのか、至極あっさりとした態度だ。
尤も、この日本語云々については、以前にユキトとアウリティアは検討の上『ある仮説』を立てていた。そして、ユキトはこのダンジョン内でその仮説を実証できるかもしれないと考えている。この異世界がダンジョンの上位種だとするならば、その仮説が成立している可能性は小さくないはずだ。
「ま、全てはインウィデアのいるところに辿り着いてからだな」
そう述べると、ユキトは目の前にある襖らしき扉をガラリと開く。
その向こう側には和風ホラーが一転して、熱帯ジャングルのような空間が広がっていた。つくづく、手を焼かせるダンジョンである。
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