第137話 頑健!サブシアの黒字収支!
「そうか、迷宮群落か」
ユキトの報告に挙がった迷宮群落の名を聞いて、軽く唸るアウリティア。だがその反面、どこか得意げな表情も覗かせている。
「なんだよ、その表情は? 何か思うところあるのか?」
少々イラっとする顔だったのでスルーしても良かったのだが、ユキトは訝しがりながらもアウリティアに真意を確認してみる。
「いやぁ、その高難易度の迷宮群落を探検したエルフの冒険者の話。結構、巷で人気があるんだけど、知ってるか?」
「ん? ……ああ、そういうことか。お前、経験者だったのか」
ユキトは、エルフへと転生した友人の言いたいことを察して、感心半分呆れ半分の表情を返す。そのやり取りを見て、隣にいたファウナがハッと思い当たったように、急にテンションを上げる。
「あ! あの有名な話のやつ!! 子どもの頃に大好きやったー!」
「私も知ってます。本を繰り返し読みました」
「へぇ、あのエルフの冒険者の話ってぇ、アウリティアさんだったのねぇ」
どうやらアウリティアの冒険譚とやらは、フローラもストレィも知っているお話らしかった。フローラとストレィはこの世界でも高学歴と言って良いだろうから、そこまで意外ではないが、ファウナも知っているとなると日本で言うと「桃太郎」みたいなものだろうか。
「当時は相当に苦労したんだ。俺のステータスはチート気味だったけれど、仲間の多くは普通のエルフだったしなー」
なんでもアウリティアがこの世界に来て百年も経っていない頃。彼が異世界転生モノの主人公よろしく世界中で活躍していた時に、パーティーを率いて迷宮群落に挑み、いくつものレアアイテムを得て生還したことがあるらしい。通信用の魔道具等はその時のアイテムの1つを加工して作成したものだそうだ。その一連の冒険譚が、市井の人々になかなかの人気なのだとか。
まるで、日本でもラノベになりそうな設定だ。「転生したら超絶魔力のエルフになって美女エルフと冒険の旅に出たら謎の複合ダンジョンに迷い込んじゃいました」……いや、ダメかも知れない。
「迷宮群落の探索は、演劇の人気演目だし、吟遊詩人の詩にもなってるんだぜ」
アウリティアが自身のコンテンツについて自慢げに語る。現代日本ならメディアミックスというやつだろうか。
「経験者がいるってのは有難いことだが、なんでそんなに人気なんだよ? ダンジョンの探索って基本的には地味じゃないか?」
アウリティアの冒険譚コンテンツに対して、ユキトは正直な感想を述べた。例えば、魔王の討伐などであれば、いかにも子供が面白がりそうな話だが、ダンジョンの探索談は子どもが聞いても面白くないように思う。
「そもそも、迷宮群落の内部がおかしいんだよ。土壁の洞窟中に突如として街型のダンジョンが混じってきて、その家の中に下の階層への階段があったりしたな。
更には、世界樹のようなでっかい樹木の上を進んでみたり、水晶の迷路みたいな場所があったり、千本鳥居の通路まであるんだわ。ホント、夢の中みたいな混沌なダンジョンだった」
アウリティアの話を聞き、確かにそれは人々の興味を惹きそうだなとユキトは思う。ヒトは奇異なものに惹かれる習性がある。思えば、ユキトがこの異世界へと引きずり込まれたのも、空中に浮かんでいた謎の亀裂を指でつついたせいだ。これも好奇心の高い代償ということになる。
(亀裂がガパッと開いてのみ込まれたんだよな。全く……食虫植物のハエトリグサじゃないんだから。あれは酷いトラップだった)
当時を思い出して、ユキトは内心で溜息をつく。尤も、アウリティアこと紺スケも同じくこの世界に来ているのだから、同じような目に遭ったはずだ。
「それにしても、その情報をスロウから聞いてきたってことは、お前はスロウに眠らされなかったのか? 通信では何か対策があると言っていたけど、気になるから教えろよ」
自身の活躍自慢はもう気が済んだのか、アウリティアは話題を変えて、ユキトのスロウ対策について言及した。確かにアウリティアとの通信では、ユキトは具体的な対策を伝えていない。
「眠らされるのは回避できないみたいだったからな。同行者に起こしてもらうようにしたんだよ」
ユキトは新しくストレィに付与した加護について簡単に説明する。ストレィに与えた夢魔の加護は眠った後にも精神体で行動できるようになり、相手の夢に侵入することで対象の精神に作用することができるものだ。
自身に付与された加護を説明され、ストレィは軽く肩をすくめて見せる。
「サキュバス……ついに18禁に手を出したか」
「そういうんじゃない。眠ることが絶対に回避できないなら、眠った後でも動けるようにしようという逆転の発想だ」
アウリティアのツッコミに、ユキトは力強く反論する。確かにストレィの胸は柔らかかったが、それは彼女の方が押し付けてきたためである。ユキトにやましい気持ちはなかったはずだ……多分。
「それにしてはファウナ嬢とフローラ嬢が、ジト目でストレィ嬢を見ているようだが……」
「それはだな……」
スロウとの会談の後、ユキトとしては夢魔の加護をストレィに持たせておくと、別の意味で危険だと判断し、彼女の加護を解除しようとした。だが、せっかくの加護を取り上げられてはたまらないと言わんばかりに、ストレィは「パーティー全員が意識を失ったときに挽回できる貴重な加護だから残しておいた方が良い」と主張したのだ。
確かにその通りである。ユキト達は物理面では最強に近いパーティだが、精神攻撃への備えがあっても良いだろう。
「確かに言ってることは間違っていないけど」
「いつもの言動から信用がおけませんわ」
備えとしては正しいと分かっているが、ファウナとフローラとしては、ストレィがこの夢魔の加護を悪用してユキトの夢に侵入しないか、気が気でない様子である。もちろん彼女がユキトの夢に侵入したらエッチぃことをするに決まっていると確信していた。
「でもぉ、夢ってことはぁ、実際に何かしているわけじゃないしぃ……別にいいんじゃないかしらぁ?」
「いかんに決まっとろうんもん!!」
「そんなふしだらなこと、いけません!」
ストレィの言葉に、ファウナとフローラの声が重なる。そんなわけで、ファウナとフローラの警戒の中、ストレィには加護が付与されっぱなしなのである。
「ファウナ、フローラ。今のところストレィも大人しくしてるみたいだし、毎晩ドアの前まで様子を窺いに来るのはやめてくれ。気になって眠れない……」
「「だって~!!!」」
2人の声が領主の執務室に響いた。
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スロウの居場所が分かったからと言って、即座に討伐に向かうわけにはいかない。迷宮群落の難易度が高いということもあるし、何よりインウィデアとの戦いが一筋縄ではいかないだろうということもある。万が一、ユキトという存在がいなくなったとしても、サブシアが破綻しないように予め整備を進めておく必要がある。
ユキトは迷宮群落への遠征準備に加えて、サブシアの運営状況についても確認を行っていく。
「やる気ない癖に、その辺りは責任感があるのよね」
ファウナがそんな風に言ってくるが、流石に数万人以上の住民のことを考えると、後は知りませんという訳にはいかない。これは責任感ではなく、憶病さの表れだとユキトは自嘲している。そこまで図太くなれないということだ。
「とはいえ、サブシアの経営は至って順調なんだよな」
「順調と言う生易しいものではなく、類い稀に見る黒字経営ですわね」
フローラが生み出したユキトの世界の優秀な作物。これが王都を始めとした各都市に向け、高値で販売されており、買い手はまだまだ増えそうだ。この作物を買いつけようと、各地の行商人もサブシアに集まってくるため、サブシアは周辺地域の経済の中心地としても機能しつつある。
また、活版印刷機が本格的に稼働を始めており、各種書籍の印刷も進んでいる。今までは口伝でしか伝えられなかった技術や知識などを整理して、本としてまとめる事業も展開中だ。それに伴い、役に立つ本が安価で出回るなら読み書きが出来た方が便利だと、住民たちの学習意欲も高くなっている。
更には、以前にユキトが王国貴族達に広めた円グラフや棒グラフなどの「グラフ」という表現手法からも、使用料収入が生じていた。グラフの作成と分析については、貴族の領地経営において非常に有用な知識ということで、ユキトのお小遣いとしては十分な金額がラング公爵経由で送られてくる。
王国に特許という制度はなかったが、名誉を重んじる貴族としてはユキトが考案したことになっている「手法」に対して、金銭を払うことで使用させてもらっているという形なのである。
「グラフなんて昔からあるもんだと思っていたけどな……」
電子辞書で改めて調べたところによると、ユキトの世界で初の円グラフが使われたのが、1801年らしい。中世を模したような世界である異世界においては、まだ発明されていないというのも不思議なことではなかった。
現代人にとっては当たり前だが、グラフを作ることで様々な項目の相関関係が見えてくるものだ。事実、グラフを作って自領の分析を行った複数の貴族が、部下の不正や運営上の問題点を発見したらしい。今までは数字の中に埋もれていた様々な動向を可視化することができるのは大きい。
「で、サブシアの農作物の売上グラフがこれなわけだが……」
ユキトが示した1枚のグラフは、右肩上がりの指数関数的な伸びを示していた。さらに作物別に見ると、幾つかの作物は頭打ちとなっているが、これは生産が追いついていないだけだろう。メインとなる各種野菜や果物類の出荷量は驚異的に伸びている。
「農作物については、バギンズさんが頑張ってくれてるみたいですね」
フローラが名前を出したバギンズとは、サブシアの農作物の安定供給に欠かせない人物だ。フローラに付与された加護によって、彼女は作物を直接生み出せるとは言え、その量はたかが知れている。まずは、その作物を栽培して収穫し、その種や苗を得て、充分に数を増やす必要がある。
だが、当然ながら作物を収穫するまでには多大な時間がかかる。これを短縮するにはどうするか。
解決方法の1つは魔法の使用だ。カレー大好きッ子であるアウリティアが、カレーに加えるスパイスを増やすために使用していたのだが、農作物の成長を促進させる魔法というものがあるらしい。極魔道士の名を持つアウリティアが力を注げば、3~4日程での収穫すら可能らしく、ユキト達がハルシオム皇国へと出向いている間に、カレーに使う複数のスパイスの収穫量が飛躍的な増加を見せていた。
もう1つの解決方法。それがユキトの加護によるものだ。そもそも、作物が実を結ぶために必要なことは何か。それは花を咲かせることである。数ヶ月前、ユキトはその事実からある御伽噺の加護を使ってみることを思いついた。
「まさか花咲か爺さんの加護がこんなに有用だとはなぁ」
ユキトは、犬好きの老人であるバギンズに対して、「花咲か爺さんの加護」を付与してみたのである。その結果として、バギンズ爺さんの作る灰は、畑に撒くことで植物の成長を早め、実を収穫した果樹に撒くと再び花を咲かせる効果を持つことになった。
元々、灰というものは肥料的な効果を持つ。花咲か爺さんという御伽噺もそれを織り込んだお話であると思われるが、いざ現実化させてみるとこれはチート肥料に他ならない。
現在、サブシアで作付面積を拡大させたい農作物については、バギンズ爺さんの灰によるブーストをかけており、非常に早いペースで収穫量が増加している。幸いにして、この加護は犬を火葬にすることは求めていないようだった。
そんなわけで、今日もバギンズ爺さんは愛犬ラバウスと一緒に草木を燃やして灰を作っている。
「最悪、俺が死んでしまってもサブシアは大丈夫そうだな」
様々な指標が右肩上がりのグラフを目の前に、ユキトは安心したかのように呟く。窓から見える街では、新しい建物の建設ラッシュが続いていた。
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