表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
140/196

第136話 帰還! 銅像は誰がため

前回のお話

 迷宮群落(ダンジョンコロニー)を進む虚井暇(うつろいいとま)。その死なない特性を活かし、死にゲーのように進んでいた。

 

 かつて日本で土葬が一般的であったとき、用いられる棺桶は樽型であった。その樽型の棺桶の中に、死者を座った姿勢で納める、いわゆる座棺という形式である。

 僅かな行灯の明かりが照らす仄暗い畳敷きの大広間の真ん中に、そんな古い形の棺桶が鎮座している。不気味な光景だ。


 何よりも、(いとま)の目前において、その棺桶の蓋がゆっくりと動いている。行燈の明かりに照らされたまま、ズリズリと横にずれていく蓋。古い木製で、所々に血を思わせる黒い染みがついている。やがて重心が棺桶から外れた蓋は、ゴトリと音を立てて桶の横に落ちた。


「お、呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン」


 蓋が開いた棺桶を前に、(いとま)はお気楽な口調で古いアニメの台詞を口にした。だが、その楽しげな台詞のように何かが棺桶から飛び出してくる様子はない。ただ真っ暗な闇が口を開けているだけだ。

 とは言え、そこに何かが潜んでいるのは間違いない。(いとま)は蓋の開いた棺桶を見つめ、中に潜む何者かが姿を見せる瞬間を、興味深そうに待ち構えている。


 ボボボボッ……ボボボッ


 不意に近くの行灯の火が不自然に揺れた。それと同時に、棺桶の内側から何やらくぐもった声らしきものが響いてくる。


 ウamバ……ヌliル……パrdグムs……イヘ


 人間の操る言葉とは全く異なった音韻。やがて、その発生源である存在がゆっくりと浮かび上がり、棺桶の上に姿を現す。


「ほへぇ? これは意外な……関数生命と呼ぶべきかな? どこぞアニメの使徒みたいだ」


 棺桶から姿を現した()()は、数学の問題に出てくる関数グラフを3次元空間に投影したような、そんな姿をしていた。その姿は常に変化しており、ドーナツのようなトーラス型から球形へと連続的に姿を変形させ、やがて双曲線が貼り合わされたような立体になったかと思うと、トゲトゲの多角形と化し、再びトーラス状へと戻る。

 そして、その身体は完全に透明だ。なぜ、そんな透明な存在を知覚できているかというと、その形状に沿って空間が歪んでいるようで、背後に見える光景が屈折して見えるためだ。棺桶の向こう側にある行灯の明かりがグニャリと歪み、カクンとズレている。


「普通、こういう棺桶からは和風ホラー的な魔物が出てくるものだろう……生首の代わりに数学の問題が出てくるとは常識を何だと思ってるんだか。ま、こういうセオリー破りは嫌いじゃないけど」


 謎の数学関数に向かって、(いとま)が悪態をつくのに合わせ、影の中からシュレディンガーが話しかける。


「非常に原始的な法則生命体のようだな。だが、あれは貴様がいくらナイフで刺しても殺せはしないぞ?」


「厄介だなぁ」


 シュレディンガーの警告に対し、(いとま)は面倒臭そうな口調でそう述べると、スタスタと数学の問題へと近づいていく。そして次の瞬間に、いきなりその腕を法則生命体の中、すなわち目の前の空間の歪みに突っ込んだ。空間内に侵入した腕は、空間が変形するのに合わせてグルグルとねじれ、歪み、巻き込まれ、やがてパチンと音を立てて、消滅する。彼の腕の肘から先が綺麗に消失していた。


「厄介だなぁ」


 (いとま)は自身の失われた腕を見つめながら、再びそう呟いた。



 ****************************


 (いとま)が人知れずに迷宮群落(ダンジョンコロニー)を進んでいた頃――



「ようやくサブシアに戻って来たわけだが……」


 ハルシオム皇国からアスファール王国へと帰還したユキトは、更に王都でも数日ほど貴族としての責務とやらを果たしてから、ようやく自領サブシアへと戻って来た。

 貴族としての責務と言っても、挨拶回りだったり、顔合わせだったりと、生産的な活動とは程遠いものだ。


「冒険爵なんて有事の際の抑止力みたいなもんなんだから、放っておいてくれればいいのになぁ」


「ユキト様は王国の英雄なのですよ。誰もが縁を結びたがって当然です。もう少し英雄として自覚を持って下さい」


 ユキトの愚痴に対して、フローラがそんな言葉を返す。分かっていたことではあるが、ユキトは向上心や野心というものに若干欠けているようだ。


「俺としては成り行きでこうなっただけなんだが……で、これは何だと思う?」


 貴族のお役目を無難にこなし、やっとサブシアへ帰還したユキト達が最初に目にしたもの。それは、領主館の目の前に設置されている布で覆われた何かであった。高さは2~3メタほどだろうか。布で隠されているのは上部だけで、下側の台座部分は露わになっている。


「なんだ、これ……銅像か?」


「そう見えるわね」

「……ですわね」


 訝しがるユキトとファフナ、フローラ。そんなユキト達に、2人のゴツイ男たちが近づいてくる。

 片方は髭面、もう片方はスキンヘッドで、むさ苦しいと表現してもよい風貌だが、その両名の顔にはユキトも見覚えがあった。


「お、領主様。お戻りですかい」

「長旅、お疲れ様でしたな」


 建築ギルドのマスターであるマスティン、鍛冶ギルドのマスターのゴードンだ。髭面の方がマスティン、スキンヘッドの方がゴードンである。

 サブシアの発展を担っている2人であるので、マスティンには工匠の守護神とされる『手置帆負命(たおきほおひのみこと)』の加護が、ゴードンに鍛冶の神である『天目一箇神(あめのまひとつのかみ)』の加護がユキトより与えられていた。もちろん、これは他言無用である。


「マスティンとゴードンか。現場でもないのに珍しいな」


 いつも率先して現場に出ているこの2人。ギルドの秘書からは、もっとギルドの仕事をやってくれと小言を言われている両名が、わさわざこの場所にいるということは、この銅像らしきものは2人が関係した代物なのだろう。ユキトはそう推測しつつも、確認のために問いかける。


「2人はこれが何か知っているのか?」


「サブシアがここまで大きくなったのも領主様のおかげってんで、うちの若い連中から何かできねぇかって話が出やしてね」


「俺んとこにも、住民から相談がありやして」


 マスティンとゴードンが、あまり使い慣れていない様子の敬語で答える。ユキトとしては細かいことを気にするつもりはないのだが、一応は貴族であるので「タメ口で良い」とは言えない。


 そんな両名の説明に、突然アウリティアの声が割り込んでくる。


「で、2人から相談を受けて、俺が許可したわけだ」


 ユキトが声の方に振り向くと、アウリティアとサブシアの町長であるタンドーラの姿がある。アウリティアは、マスティンとゴードンの説明を引き継ぐような形で、説明を続けた。


「つまりこの銅像は、サブシアの住民やギルドからの領主様を称えたいって声を形にしたものだ。つまり、サブシアの領民からの贈り物ってことさ。作るのには俺も協力したんだけどな」


 そういうと、タンドーラが相変わらずの人の良さそうな笑顔のまま、銅像の布を引き下ろした。


「これは……俺だな」


 その銅像の造形は、本人の3割増しのカッコ良さとなっていたが、ユキトであることは判別可能だ。抜いた剣を斜め前方に向けたポーズであり、「勇者の像」とでも名付けたくなる。

 確かに銅像そのものはカッコいい。だが、ユキトの感覚的には、それを住居の前に飾られるのは赤面モノである。


 一方、タンドーラとマスティン、ゴードンの表情は満足気である。その表情を見ると、流石にユキトもこれを潰せとは言えない。その横でアウリティアがニヤニヤしている。


「英雄と呼ばれて自覚がなかったけど、こんな銅像を飾られたら実感が湧くな! サブシアの住民の気持ち、ありがたく頂戴する」


 ユキトは外向きの営業用の精神を使って、何とか前向きな言葉を絞りだしたのだった。





「アウリティア! お前は楽しんでるだろ!!」


 町長とギルドマスターに礼を述べ、領主館に戻ったユキトは、まっ先にアウリティアを糾弾する。


「何のことかな。自身の銅像を住民から贈られるなんて、そうそうあることじゃないぞ。良かったじゃないか」


 アウリティアのニヤリとした表情からして、彼が良かったなどと思っていないことは明白である。現代日本人の感性を残すアウリティアにとっては、自分自身を模した銅像に対する感覚はユキトと似たようなものだろう。それを領主代行として設置の許可を出したのだから、完全に悪戯心というヤツである。


「あー、これからどんな顔してあの前を通ればいいんだよ……」


「え、私は良いと思うけどな。銅像なんてカッコイイじゃない」

「アスファール王国の英雄なんですから。むしろ、王都にも銅像が立ってもおかしくないですわ」


 銅像はファウナとフローラには好評のようであった。この辺りは世界の違いだろうか。その様子にアウリティアが苦笑いする。


「ドンマイドンマイ。 まぁ、実は俺の里にも俺の石像があるんだわ、大理石の。

 俺も最初にそれを見た時は苦笑いしか出なかったなぁ……。でも、ユキトの銅像を見たら気が晴れたわ」


 どうやら、活躍して自身の像を飾られる羞恥プレイは異世界から来た英雄が皆通る道のようだ。だからと言って、バトンを渡すように次の『まろうど』を同じ目に遭わせなくても良いわけであるが。


「お前な……」


 力なく抗議の声を上げるユキトだったが、そもそもアウリティアこと紺スケはこういうヤツであったことを思い出す。面倒臭がり屋だが、悪戯に手をかける労力は惜しまない。


 かつてユキトが誕生日を迎えようとしていたとき、紺スケからプレゼントに何が欲しいかを聞かれ、「ジュースくらいで良い」と適当に返事をしたことがあった。そうしたら、紺スケがどこで手に入れてきたのかは不明だが、小型の自動販売機をユキトにプレゼントしたのだ。あれの処分は大いに困ったものだ。

 尤も、その前の紺スケの誕生日には、ユキトから「超ダメ映画DVD30本セット(中古)」が贈られていたので、お互い様かもしれない。


「ふぅ」


 懐かしいことを思い出しながら、ため息をつくユキト。そんなユキトに向かって、アウリティアは表情を変え、真面目な口調で問いかける。


「で、スロウには会えたんだな?」


「ああ、インウィデアは迷宮群落(ダンジョンコロニー)だとさ」


「あそこか……やっかいな場所だな」



ここまで読んでいただきありがとうございます。

ブクマそして評価を下さった方、感謝申し上げます。励みになります。


少しだけ内政、準備したら、インウィデアとの決着へ向けて出発予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ