第135話 一足お先! 迷宮群落を進む者!
前回のお話
スロウからインウィデアの居場所を教えてもらったユキト。インウィデアは迷宮群落という高難易度のダンジョンに潜んでいるらしい。
「――というわけで、インウィデアの居場所の情報が得られた」
眠神の神域を脱出し、アルマイガーGのスリープモードを解除して、無事に皇城へ戻ったユキト達は、他のメンバーにスロウから得た情報を伝えた。どうやら、インウィデアは迷宮群落にいるらしいのである。
だが、迷宮群落という名を聞いて、ファウナもフローラも眉間に皺を寄せた表情を浮かべている。2人とも冒険者として、その恐ろしさは十分に伝え聞いていた。
「迷宮群落って超級難易度の場所でしょ?」
「竜族のアンデッド、零落した亜神の成れ果て、異常な進化を遂げた獣。棲息する魔物も他の地域に比べて、群を抜いて恐ろしいとか……」
拳で山を消し飛ばし、魔法で大陸を焼き尽くせる方が遥かに恐ろしいけどな……と思いつつも、ユキトは口には出さない。口に出しても良いことはないからだ。
「私の記憶では、100組を超えるほどのパーティが挑み、戻ってきたと記録されているのは、6組だったはずですな。百名規模の大掛かりな探索も4回ほど行われましたが、成功と呼べるのは第2回のみでございます」
セバスチャンが補足説明を加えてくれたが、その説明が迷宮群落の危険性を定量的に示していた。踏破はともかく、生きて戻るくらいなら容易いであろう並みのダンジョンとは訳が違う難易度だ。だが、ユキトとしても、危険は承知の上である。
「インウィデアが回復したら、また俺の命を狙ってくるのは確実だ。ウチのメンバー達が正面から戦えば負けることはないと思うけど、奇襲されると厳しい。アイツが回復しないうちに倒しておきたい」
ユキトは自身の考えを述べた上で、言葉を続ける。
「そうは言っても、イーラの見立てではインウィデアの回復には数年単位で時間がかかるだろうってことだから、そこまで急ぐ必要はないだろ。とりあえず、サブシアに戻ってから作戦会議だな」
アスファール王がハルシオム皇国で済ませておくべき事項は全て消化済のはずだ。王国と皇国との和平に必要となる条約の締結についても、早急に済ませるべき条約はあらかた片付いている。残る面倒な手続きは双方の事務方が進めていくだろう。
むしろ、ユキトの調査のために帰国を伸ばしてもらっていた側面もあるのだ。つまり、インウィデアの情報が得られたことで、いつでも王国へ帰還可能ということである。
「インウィデア打倒は、アウリティアやイーラにも協力してもらえるとありがたいがな」
七極である両名の協力が得られるか否かは、作戦の成否に大きく影響するはずだ。こればっかりは、サブシアに戻ってから相談してみるしかないだろう。
ユキトは打倒インウィデアに向け、計画を練り始めた。
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――ユキト達がインウィデアの情報を得た頃
大陸の遥か北方の暗い洞窟内に、エルフ風の服を着た男が立っていた。
だが、その服はズタズタに裂けており、激しい戦闘があったことを示している。
男の傍には巨大なクモヒトデ状の生物が転がっている。5メタはあろうかという無数の触手状の脚には剛毛が生えており、その先端はまだ痙攣するかのように動いていた。
一応、この場の勝者はエルフ服の男のようである。巨大クモヒトデは、中心部をナイフのようなもので、何度も刺し貫かれて絶命していた。男は身体に巻き付いた触手を引き剥がしながら、言葉を発する。
「デカいクモヒトデみたいなヤツをようやく倒した……と思ったら、何、これ? 菌類?」
だが、その勝者となったはずの男の眼孔からは脈動するキノコのようなものが突き出していた。キノコ……正確には子実体と呼ばれるものだが、その傘は開いておらず、禍々しい赤黒の色彩を纏っている。さらには男の皮膚の表面を、白い菌糸のようなものが網目状に覆いつくしていく。
「どうやら、人間を苗床とするようだな。仮に仲間が近づくとそいつにも感染するのだろう」
男のすぐ近くから、別の声が響くが、その声の主の姿は見えない。まるで、男の影が喋っているかのようであるが、その声に焦りやとまどいは一切感じられない。
「キノコ人間かぁ。他の世界でも何度か経験あるけど……。あんまり好きじゃないんだよね。それにこれ、まるで男根が目から突き出しているみたいじゃない?」
男はキノコになってしまった眼球を手で確認しつつも、特にそれを気にする素振りもなく、そのまま洞窟内を先に進もうとする。キノコと化した目は全く見えていないようだが、まるで何か誘導されるかのように、スタスタと洞窟の奥へと向かっている。
「……暇、その子実体からは何らかの匂いが出ているな。その匂いで魔物を呼び寄せるのだろう」
「匂いだけじゃなくて、なんだか特定の方向へ進みたい気分にもなるんだよね」
暇の身体に寄生しているのは、「ヨミオクリ」という迷宮群落内に生息する菌類であった。人間に寄生するとすぐに菌糸を伸ばし、眼球を子実体と化して視力を奪った上、神経系に作用してダンジョンの特定の方向へと進ませようと誘導する。同時に独特の匂いを発することで、ある種の魔物を呼び、宿主を襲わせるのだ。
「ロイコクロリディウムみたいなものかな」
地球に生息する寄生虫の一種であるロイコクロリディウムは、カタツムリの触角に寄生することで知られている。寄生したカタツムリの触角に集まり、触角を膨らませて、怪しく蠢くことで、イモムシのように擬態し、鳥に捕食させるという生態を持つが、そのあまりのおぞましい姿のためにネット上でも有名だ。さらに寄生されたカタツムリは、鳥に狙われやすい明るい場所へとその身を晒すようになってしまう。寄生虫に操られているのだ。
「我はそのロイコクロリディウムなる生物は知らぬ……が、これが人間を操る菌類であることは分かるぞ」
そう述べながら、暇の影の中から一匹の黒猫が姿を現した。黒猫に似た異界の生物、シュレディンガーである。一時期は暇と離れていたが、合流したようだ。
「多分、この菌類の誘導に従って歩いていると、匂いによって寄って来た特定の魔物に襲われる仕組みなんだろうね。良く出来ている。自然の神秘だよ」
暇は感心した口調で述べると、その言葉とは裏腹に自身の眼孔から突き出しているキノコをガッシと握りしめ、そのままズルリと引き抜いた。眼球と一体化していたキノコが引き抜かれた跡には、ぽっかりと空洞が見えている。
「でも、あんまりゆっくり進むとインウィデアさんに会うのが遅くなっちゃうからね。今回はキノコのお誘いに乗るのはやめておくか」
暇がそう述べると同時に、彼の身体から黒い靄のようなものが滲み出てくる。これが暇の死を禁じ、暇が暇であり続けることを強制する、異世界の主神の呪いであった。このおぞましい呪いのために、暇は死ぬことがない。
その呪いが放つ圧倒的な怨嗟、憎悪、呪詛が混ざり合った負の力に耐えられず、暇の体表を覆っていた菌糸がボロボロと崩れていく。同時に、ぽっかりと暗い穴になっていた暇の眼球も元のように復元されていた。少しボーっとした感じの虚ろな目だ。
「折角インウィデアさんに会いに来たってのに、このダンジョンの難易度の高さと来たら……3歩進んで2回死ぬって感じだね。いつになったらインウィデアさんのところに到着できるんだろ。あんまり遅いとシジョウ君達が先にインウィデアさんを見つけちゃうんじゃない?」
事実、暇はこの最難関のダンジョンに対して、死んでは復活を繰り返すというゾンビ顔負けの探索を試みていた。魔物に殺されては甦り、罠に引き裂かれては立ち上がり、少しずつ前に進んでいる。当然ながら、その進行速度は早くはない。
「向こう側が貴様に気づけば、コンタクトを取ってくるだろう。我も少しだけインウィデアと会話を交わしたが、ヤツはそういう性格だ。尤も、今は傷の回復でそれどころではないのかもしれないがな」
暇と並んで歩きながら、シュレディンガーが語りかける。洞窟の岩肌はいつの間にか煉瓦調になっていた。様々なタイプのダンジョンが入り混じっているのが迷宮群落の特徴でもある。
だが、そんなダンジョンの壁には興味ないとばかりに、暇は自身の服を指でつまみながら、肩をすくめる。
「エルフからもらった服もボロボロだし、向こうからコンタクトを取ってくれるなら、ボクが真っ裸になる前にして欲しいなぁ」
「何がもらっただ。殺して奪い取った服であろう」
暇の言葉にシュレディンガーが指摘を返す。
シュレディンガーが暇を発見した時、ちょうど彼は死んだばかりのエルフから服を剥ぎ取っているところだった。恐らくは、服を奪う為にエルフを手にかけたのだろう。
「グリ・グラトを屠った一撃から甦った時は完全に裸だったから仕方ないじゃない」
シュレディンガーの指摘に、彼は全く悪びれることなく答える。この男にとっては、服もエルフの命も世界も同じような価値に映っているのかもしれない。あるいは自分の命すらも。
と、そこで暇が歩みを止めた。
「おや、そうこう言っていると……ん~何じゃこりゃ、襖かな?」
暇の目の前の洞窟の壁の一角。そこにはどう見ても和風の襖にしか見えないモノが張り付いていた。それを見て、流石の暇も困惑している。
「植物繊維で構成された壁のようだが、貴様の知るモノか?」
シュレディンガーは襖の表面に爪を立てながら、暇に尋ねる。これは、猫の本能だろうか。襖が瞬く間にバリバリと傷だらけになっていく。尤も、この襖も迷宮の一部であるのだろうから、後ほど自動で修復されるのだろうが。
「ああ、ボクの故郷に良く似た形式の扉があったんだよ。なお、これは横にスライドしまーす!」
ガラッ!
明るい口調とともに暇が襖を開け放つ。罠の心配をしていないのは、不死だからという理由だけではなさそうだ。性格であろう。
「わぁお」
「ほぅ……」
暇とシュレディンガーの声が吸い込まれていった先は、なんと千畳敷きの大広間だった。暗い闇の中、畳が無限とも思われるほどに左右や奥へと続いている。その中にぽつりぽつりと立っている行燈が妖しくも仄かな光を放っていた。
さらに、その仄かな光が所々に立つ屏風や衝立を照らし出しており、その影には何が潜んでいるかも分からない。
「流石は迷宮群落。手が込んでるね」
かなり不気味な光景だったが、暇は躊躇うことなく畳の広間に足を踏み入れ、そのまま土足でズカズカと進んでいく。もちろん、迷宮の一部であるので、靴を脱ぐ必要はないのだが、日本人が見るといささか落ち着かない光景かもしれない。
一方のシュレディンガーは暇の影に潜ってしまったようで、その姿は見えない。暇の姿だけが、暗く何処までも続くような広間を奥へ奥へと進んでいた。行燈の明かりによって、彼の姿は長く畳の上に影を作る。
時折、屏風の裏から赤子の泣き声が聞こえたり、衝立の影に何者かの腕が見えたりしたのだが、暇はこれらを全て無視している。いずれの怪異にも相当の怨念が籠っているのだが、暇に掛けられた呪いに比べると児戯にも等しいのだ。
だが……
「ん? 何か見えるな。宝箱かな」
仄暗い広間を進む暇は、進行方向に何かの影を発見した。行燈の光に照らされたソレは、丸く木で拵えられた……入れ物。それも人が入る程度のサイズだ。それが、広間の真っ只中に置いてある。暇は恐れることなく、その物体に近づく。
「ふーむ、これは和式の棺桶だね」
暇は観察の結果として、その名を口にした。
……と同時に、その棺桶の蓋がゴトリと音を立てて開いていく。
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