第134話 判明! インウィデアの潜伏地!
これまでのお話
ストレィに夢魔の加護を付与することで、睡眠状態から覚醒してもらうことに成功したユキトは、眠神スロウと対峙する。
思っていたよりも友好的なスロウの言葉に、ユキトはホッと安心する。まだ油断できる状況ではないが、敵対する必要はなさそうだ。
「話が通じそうで良かったわぁ」
精神体となっているストレィも、ユキトの横に寄り添うように浮遊しつつ、そんな感想を漏らす。
スロウの個性的な外観に驚いていた彼女だが、その胸をユキトの腕にグイと押し付ける程度には余裕があるようだ。
だが、今は胸よりもインウィデアの情報である。ユキトはスロウに向かって質問を投げかける。
「インウィデアって名前は知ってるか?」
「ん〜、知っているヨ。元管理者だったヤツだネ」
ユキトの問いかけに対し、スロウはその名の通りゆっくりとした口調で答える。言葉の語尾が少し高音になる喋り方は癖なのだろうか。
「あぁ、元管理者ってインウィデア自身が言っていたな」
ユキトは先の戦いでのインウィデアの言葉を思い出す。元管理者。神の代行として、世界のシステムを管理する存在。確かに彼は自身をそう述べていたはずだ。
「俺はインウィデアに命を狙われている。なんでも、俺がヤツを倒す未来が予知されたとか、そういう理由らしい。ぶっちゃけ、俺からすれば言い掛かりだけどな。
で、こないだ襲撃された時はどうにか撃退したんだが、とどめを刺す前に逃げられてしまった。俺としては、その時に与えたダメージを回復される前に倒しておきたいんだ。
そういうわけで、インウィデアの潜んでいそうな場所に心当たりがあれば、教えてもらいたい」
ユキトは、スロウに向かって自身とインウィデアとの因縁及び事情を正直に説明した。
最悪、スロウとインウィデアが通じているという可能性もあるのだが、アウリティア曰く「スロウはそんな面倒なことに首を突っ込まないだろう」とのことだ。それを信じるならば、ユキト側の情報を素直に伝えた方が、スロウの印象も良くなるだろう。
「ククク……なるほド。そうカ……キミか。ヨうやくカ」
ユキトの質問に対して、スロウは思わせぶりな台詞を吐いた。下を向き、肩が小刻みに震えているのは、笑っているのだろう。何が可笑しいのかはユキトには分からないが、少なくとも不快というわけではなさそうである。
ひとしきり笑ったスロウは、両の掌を広げながらユキトの方へその顔を向けた。相変わらず、縫い合わされた瞼が不気味だ。
「いいヨ。教えてあげよう。それが運命というモノだろうからネ」
「……運命?」
スロウは、問い返したユキトの言葉を聞き流して、そのまま自身の言葉を続ける。
「そう……インウィデアは大陸の北、『迷宮群落』の中心部にいるはずだヨ」
――迷宮群落
その名で呼ばれる地を発見したのは、第5版大陸図を作図したことで知られている冒険者スカイリー・シルバーマンであった。冒険者も滅多に足を踏み入れないエルム山地の北側……すなわち、この大陸でも最も北側に位置するその場所に、無数のダンジョンが密集している場所があるという。
この異世界のダンジョンは、ダンジョンコアが魔物等の生物を取り込むことで発生し、その記憶や特性を元に成長していく存在である。ダンジョンは魔物の一種とも考えられており、宝物を餌に冒険者を誘き寄せ、ダンジョン内部で殺害することで、その力を吸収していると考えられている。
そんなダンジョンが狭い範囲に大量に発生しており、互いに影響・融合し合って、複雑極まりない大迷宮を構成している場所。それが迷宮群落だ。地下に広がる洞窟状のダンジョン、巨大な大樹の内部に広がるダンジョン、建物を模したダンジョンなどが重なり合って、非常に複雑な造りとなっているらしい。
なぜ、そんなにも多くのダンジョンが蝟集しているのかは不明である。だが、ダンジョン群で得られる宝物や魔道具は、レアリティやその性能が異常に高いものが多く、一獲千金を狙う多くの冒険者が挑み、そして消えていった。
『迷宮群落より富くじを』
そんな諺が生まれるほどに、危険なダンジョン群なのである。
「――ってところよぅ?」
迷宮群落に関するストレィの解説を聞いて、ユキトはウムムと唸りながら考える。どうやら、インウィデアは随分と厄介な場所に居を構えているようだ。複雑怪奇な迷宮、凶悪かつ固有の魔物、数々のトラップ。面倒な匂いしかしない。
もちろん、ユキトのパーティーメンバーの実力を持ってすれば、世界最難関とされるダンジョンの踏破も難しいことではないはずだ。
極端な話で言えば、フローラが一兆度の火球を、魔力を一切抑制せずに投げつければ、全てのダンジョンが消滅するはずだ。この大陸、あるいは世界ごと消える可能性があるため、実行はできないが。
「インウィデアを倒すには、そこに行ってみるしかないか……」
ユキトは半ば諦めという表情で、面倒くさそうに呟いた。そのユキトの様子が、スロウにとっても面白いものだったのか、眠りの神はニヤリと笑った。
「ククク……実に面倒臭そうだネ。やはり生きるのは色々と大変ダ。やっぱり、生きることは健康に悪いヨ。みんな、寝て過ごせバ良いのにネ」
「その考えには同意したいけどな」
ユキトはスロウの提案が魅力的な点は肯定しつつも、領主でもある自分の立場を考え、残念そうに言葉を続ける。
「俺が寝てばっかりだと困るやつも大勢いるんで」
ユキトとしては、異世界であろうが、日本であろうが、寝て過ごしたいところなのだが、下手に領主などになってしまったために、軽くない責任が生じている。その責務を投げ出すほどには無責任にはなれない。
「フゥ、全く……みんな、眠りを軽く考えているネ。眠りは死の予行演習。安らかな死を迎えたければ、良く寝ておくことだヨ」
眠りの神というだけあって、スロウは睡眠が軽視されていることを遺憾に感じているらしい。彼が現代日本に転移したら、きっと激怒することだろう。
「ま、いいサ……これで君の聞きたい事の答えになったかナ?」
特に問答をするつもりもないのか、それとももう眠いのか、スロウはあっさりと話を切り上げると、ユキトに対して、質問の回答は十分かと確認した。
インウィデアの居場所という、非常に有益な情報が得られたユキトは、目の前の神に対して素直に頭を下げる。
「ああ、十分だ。ありがとう。塒まで押しかけて悪かった」
「いやいや。ボクも君の目的が達せられるように祈っておくヨ。
……さて、ボクは睡眠の続きといこうかナ。クレアール様によろしくネ」
スロウはそう述べると、歩くこともなくスゥと背景に溶けるように姿を消した。その跡にはうっすらと燐光が残っていたが、すぐにそれも見えなくなる。
そこには先ほどと同じく、静まりかえった森があるだけだ。
「思ったより、親切だったな」
「見た目は不気味だったけどねぇ」
ユキトとストレィは互いに顔を見合わせ、眠神との会談の感想を述べ合う。確かにスロウは、奇怪な姿ではあったが、存外に友好的な存在であった。
「さて、俺たちも戻るか」
「そうねぇ。さっき寝ちゃったアルマのスリープモードも解除されるといいけどぉ……」
ユキトはストレィと会話しつつ、茂みをかき分けて、神域の外へと引き返そうとする。だが、ユキトの隣で浮いているストレィが、慌ててユキトを制止した。
「あ、ちょっと! 私の本体は眠っているんだからぁ。忘れずにユキトくんが担いで連れていってよぉ」
「そうか……今のストレィは精神体だったな」
ストレィの意識は夢魔となっており、ユキトと意思疎通が可能だが、ストレィの本体は眠っている。そのため、彼女の身体はユキトが運ぶ必要があるのだ。
夢魔の状態では、物理的な作用を及ぼす力が低下するため、彼女自身の身体を移動させるのは難しいのである。
ユキトはやれやれと愚痴を呟きつつ、ストレィの身体を抱きかかえる。お姫様だっこというポーズだ。
「重いとか言ったらぁ、後でひどいんだからねぇ」
自分の身体が抱き抱えられている様子を見て、珍しくストレィが頰を赤くして照れている。言葉がキツいのは照れ隠しだろう。
「了解、お姫様」
お姫様ってかサキュバスだけど…などと考えつつ、ユキトはぐっすりと眠っているストレィの身体を抱え、茂みをかき分けて行くのだった。
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