第128話 悲しい過去! クローリアの想い出!
ランカールがクローリアを斬りつけた。
ここまで話すと、バイオムはフゥと息を吐きだした。戻らない過去を思い返しているのだろうか。
「ワシが駆け付けたのは、既にクローリアが斬られたときじゃった。そして、ランカールは倒れたクローリアを見て『俺を拒んだ報いだ!』と叫びおったのだ。
それを聞いたセバスは、ランカールを斬った……。剣の腕で言えば、2人は互角じゃったろうが、ランカールは平常心を失っておった。勝負は一太刀で終わった」
「私は、その行動の記憶がございません……ただ、クローリアが斬られた瞬間の光景だけが今でも頭に焼き付いております」
セバスチャンはそう述べると、辛そうに目を細めた。
「勇者ランカールは仲間を襲おうとして、仲間に討たれた……これは事実じゃが、ワシらはそれを伏せることにした。ランカールが魔物を討伐して、この国の人々を救っていたのもまた事実。結局、ランカールとクローリアは魔物を討伐する際に、命を落としたということにした」
バイオムは苦々しい表情で語る。
「しかし、ワシらにも腑に落ちぬところがあった。ランカールは確かに女癖が悪かった。酒を飲むと多少は粗暴になる傾向もあった。だが、あそこまで道を踏み外すような男ではなかったはずじゃと」
「その後、バイオムと2人で調査した結果、その前後に国内の有力なパーティメンバーが仲違いをしたり、事故にあったりしているケースが散見されたのです。ほぼ全てのケースが、ベズガウドからの勧誘を断った後に起きておりました」
ベズガウド。先ほどの過去の話に出てきた名前だが、ユキトはその名を聞いたことがある。七極のインウィデアが人間に化けていたときに名乗っていた名だ。
「ワシらはベズガウドが何か呪いか薬物を用いて、ランカールの精神に影響を与えたのではないかと疑った。だが、そのような薬物や呪いが実在することを確認できんかった。ゆえに疑惑の域を出なかったのじゃ」
「私たちもベズガウドが人間だと思っていましたからね……」
セバスチャンが悔しそうに唇を噛む。
「……インウィデア」
ユキトはその名を口にした。バイオムとセバスチャンが同時に息を吐く。
「まさかベズガウドが、七極の1柱であるインウィデアとは……ユキト様からその報告を聞き、全てを理解することができました。インウィデアであれば、何らかの手段を用いて、ランカールの心中にある粗暴な部分を肥大化させることもできたでしょう」
「ワシもケロン公爵の懐刀とされた男の正体が七極だったらしいと聞き、心底驚いたわい。だが、納得もした。アヤツは皇国をコントロールするために、自身の意に沿わない強者を排除してきたのじゃろうな」
(それにランカールってやつはきっと……)
インウィデアは、自身が異界から来た『まろうど』に消される予知をしたことで、その予知を回避するためにユキトを殺そうとしていた。恐らくは、ランカールも同じだ。彼も『まろうど』だったのだろう。推測に過ぎないが、先ほどのバイオムの話の端々から、ユキトはそのような感じを受けた。
「……話は分かった。それで、その墓が」
「はい。クローリアをここに埋葬したのです。彼女の希望でございましたので。もちろん、ランカールは別の場所に埋葬しました。流石に彼女の隣に埋葬する気にはなれませんでした」
セバスチャンが少し寂しげに答える。
なるほど。確かに、正面に美しい皇城を臨みつつ、壁の外側に広がる麦畑や草原を見渡すことのできるこの丘は、ロケーションとしては素晴らしい。クローリアが自身の眠る場所として、ここを指定したのも理解できる。
「クローリアの夢はまとまった資金が溜まったら、冒険者を引退して、孤児院を作ることでの」
暗い話題から転換を図ろうという意図だろう。バイオムがニッと笑いながら、クローリアの引退後の夢だったことについて口にする。
「なるほど、バイオムさんがその夢を引き継いだと」
「ワシも子供嫌いではなかったしな」
高名な格闘家でもあるバイオムが、戦争孤児らを引き取って育てているのは有名だ。なにしろファウナもバイオムの孤児院出身なのである。だが、それも元を辿ればクローリアの夢だったらしい。
(でも、セバスさんは孤児院に関わらなかったのか?)
ユキトはバイオムの方がクローリアの夢を引き継いだという話を聞いて、首をかしげる。先ほどの話を聞いた感じでは、クローリアとセバスチャンの方が関係は深かったように思える。恋人までは進展せずとも、わずかな期間でも、両者は想い合っていたのではないか。
「私は彼女が息を引き取る前に、別の仕事を引き受けてしまいましてね」
ユキトの表情から言わんとすることを汲み取ったのか、セバスチャンはクローリアから依頼されたことを話し始めた。
「実はクローリアは冒険者になる前は貴族の令嬢だったようなのです。貴族の世界が嫌になり、直接民衆と関わりたいと、家を飛び出して、冒険者になったらしいのです」
「へぇ、フローラに似てるな」
クローリアが冒険者となった動機を聞いたユキトは、フローラの姿を思い浮かべた。確か、フローラも似たような動機だったはずだ。
「ええ、やはり伯母と姪。似るものなのでしょうな」
セバスチャンの発言を理解するのに、ユキトは2秒程を費やした。伯母と姪。クローリアがフローラの伯母。フローラはクローリアの姪。
「え!? ってことは、クローリアさんってウィンザーネ侯爵の……いや、母方の方もあり得るか……」
「はい。クローリアはウィンザーネ侯爵様の姉にあたります」
予想外の展開ではあるが、これでセバスチャンがフローラとともに行動している理由も分かってきた。
「クローリアとしては故郷のことも心配だったのでしょう。自身の命が散ったことを故郷に伝えるとともに、弟が困っているようだったら力を貸してやって欲しいと頼まれました」
こうしてセバスチャンは王国へ向かい、当時のウィンザーネ候に謁見して、クローリアの客死を報告した。前ウィンザーネ候も悲しんだようだが、娘が色々な活躍をして、多くの民衆を救っていたという話を聞き、涙を浮かべつつも、満足気だったという。
その後、セバスチャンは後を継いだ現ウィンザーネ候爵の配下として働くことになったようだ。
「しばらくして、フローラ様がお生まれになりました。ご成長に伴って、フローラ様はクローリアとよく似てきたように存じます」
「ってことは、クローリアさんも銀髪だったのか?」
「ええ、長さは短めでございましたが。さらに申し上げますと、クローリアが使える魔法は、回復魔法と補助魔法が中心でしたが、1つだけ攻撃魔法が使えました。いえ、1つだけしか使えなかったというべきですか」
「まさか……」
「ええ、火球です」
今でこそ魔法少女の加護による影響で、フローラはいくつかの魔法を使えるが、出会った当初はフローラが唯一使える魔法が火球であったのだ。血縁関係があるのだから、当然とは言え、これは何か運命的なものを感じさせる。
「このような経緯で、私はフローラ様の護衛をしております。フローラ様が立派に成長され、幸せになるまで、お傍で見守るつもりでございます」
そう答えるセバスチャンの表情は、自身の娘を見守る父親のような、力強い自愛に溢れていた。
「この話ってフローラは……」
「もちろん、フローラ様はご存じありません」
「そうか。まぁ、俺からは言うつもりはないので安心してくれ」
ここまでの話を聞いて、ユキトはハルシオム4世がセバスチャンやフローラを見て動揺した理由を理解できた。
「白銀の爪」が多くの魔物を討伐していたとなると、国から褒章を授けるようなこともあっただろう。その当時のハルシオム4世が既にツァーリになっていたのか、まだ王太子だったのかはわからないが、セバスチャンやクローリアの顔を見る機会はあったはずだ。
「かつて自国の英雄の1人だった剣士が、敵国の英雄として出てきた。ハルシオム4世がセバスさんを見て驚いたわけだな」
「そういうことでございます。今後ともフローラ様を宜しくお願い致します」
そう言うと、初老に差し掛かりつつある剣士は、ユキトに頭を下げた。
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その夜、セバスチャンは久々に夢を見た。
「セバス……」
彼の腕の中で横たわるクローリアは、セバスに向かって微笑んでいる。だが、その表情に反して、その体からは止めどなく血液が溢れ、衣服を真っ赤に染めていた。
「……クローリア」
腕の中の彼女に応えるセバスチャンの姿は、当時の若さを取り戻していた。あの日、ランカールが狂ってしまったあの日の光景だ。だが、クローリアのセリフはあの日とは異なっていた。
「私の姪だけあって、フローラもお転婆さんみたいね」
「ああ、他人のために自分の身を顧みず、無茶するところなんてそっくりだ」
「でも、私はその生き方で後悔してないわ」
「だが、俺はお前に死んで欲しくはなかった」
「あら。生きているときには、私の気持ちを知りつつもそっけない態度だったくせに」
「……すまん。後悔はしている」
セバスチャンが情けない顔で謝る。
「でも、貴方らしいか。ランカールの前でイチャついてたら、もっと早く怒らせてたわよ、きっと」
そう言うとクローリアは悪戯っぽく笑った。フローラよりももう少し大人びた魅力的な笑顔だ。
「ランカールをあんなにふうにしたのは七極の一人だ。いつか必ず討つ」
「無茶はしないでね」
「お前に言われたくないぞ」
「クスクス……確かにそうね。それじゃ、フローラのこと宜しくね」
そう言うと、クローリアは首を伸ばし、自らの唇をセバスチャンの唇に重ねると、スッと力を失い腕の中から姿を消した。まるで、あの日と同じように。
ただ、セバスチャンの少し寂しげだが、どこか清々しい表情だけがあの日とは異なっていた。
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