第127話 発覚! セバスチャンの過去
「え? セバスさんが勇者を殺した?」
セバスチャンの発言に、思わずユキトは聞き返す。パーティメンバーを、しかも勇者ともなればリーダーだったのではないだろうか。それを殺めるとはただ事ではない。
「はい、そうなります」
「てことは、その墓が……」
ここまでの会話から、予測される結論をユキトは口に出そうとした。綺麗に手入れをされた墓に、白い花が供えられている。
だが、セバスチャンの回答はユキトの予想に反したものだった。
「いいえ、この墓はクローリアのものです」
「え?」
セバスチャンが勇者を殺したという話だが、目の前の墓は魔法師のクローリアのものだという。
「どういうことだって顔をしとるな。ここからはワシが話そう」
ユキトの困惑した表情を見て、バイオムが説明役を引き継ぐ。
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今から二十年近くも前、皇国中にその名を知られていた冒険者のパーティがあった。多くの凶悪な魔物を屠り、勇者と呼ばれるようになった男、ランカールに率いられたパーティ「白銀の爪」だ。
ランカールの実力はA級上位とされており、その他のメンバーである剣士セバスチャン、格闘家バイオムもA級下位の実力と見做されていた。魔法師クローリアだけが、魔法による回復・補助担当であったこともあり、冒険者ギルドのランクはB級となっていた。回復や補助という役割は重要なものなのだが、この時代はなかなか評価に結び付きにくかった。
白銀の爪の一行は、その日も依頼された魔物退治をこなし、その報酬を使って酒場で祝勝会という名の宴会を開いていた。討伐依頼対象は山に潜むハッグという老婆のような姿をした魔物だった。数年前から山のどこかに棲みついたらしく、山道を通る旅人や行商人、冒険者が何人も襲われていたものだった。
本来であれば、B級相当の冒険者が数人いれば討伐は可能だったはずだが、既に2組のB級パーティが返ってこなかったため、白銀の爪に話が回ってきたのである。
「まさか、ハッグが2体もいたとはな」
「しかも、ハッグ・ゴールドとハッグ・シルバーだ」
「全く……金さん、銀さんかよ。それにしても、今回は危なかったぜ。クローリアの補助魔法がなければ、俺たちは今頃ハッグの姉妹に鍋にされてたな」
「あの時、ランカールが突撃しなかったら、もう少し安全に倒せたんだからね」
「悪い悪い。でもよぉ、1体だけだと思ってたからな。ハッグが複数で行動することは珍しいんだろ」
「例がないわけではないが、かなりレアケースだ」
通常のハッグと思って棲み処に踏み込んでみれば、敵はハッグ・ゴールドとハッグ・シルバーの2体であった。ハッグ・ゴールドは、ノーマルハッグよりも筋力が高く、身体も一回り大きい。一方のシルバーは、ノーマルよりも長身で、特に素早さが向上している。また、両者ともに皮膚の硬度がノーマルハッグよりも高く、冒険者にとっては恐ろしい敵と言えた。
白銀の爪の力をもってしても、非常に苦戦した相手であったが、これまでに多くの場数を踏んできたことが幸いして、メンバーを欠くことなく両ハッグを退治することに成功したのだった。
「よし、今日は飲むぞお」
「ランカールは酒癖が悪いんだから、控えめにしろよ」
「とはいえ、命があるうちに飲まんとな」
「肉、もっと注文するわよ」
久々に命の危機を感じる戦闘を乗り越たことでメンバー達のテンションも高い。その時、一行のテーブルに一人の男が近づいた。
酒をあおりつつも、ランカール、セバスチャン、バイオムの目がスッと鋭くなる。クローリアだけがキョトンとした表情で男を見つめている。
「おっさん、何か用か?」
背後に立った男に対して、ランカールが静かな声で問いかける。
「おっと、俺は怪しい者じゃない。ベズガウドという。少しだけ話をさせてもらえねぇか?」
「手短にな」
白銀の爪の名も随分と有名になっている。そのおこぼれに与ろうとする有象無象も多い。普段であれば、追い返すところであるが、その男の身のこなしが常人の者でないことに気づいたランカールは、ひとまず話を聞くことにしたようだ。
「端的に言うぜ。俺は某貴族様の私兵団をまとめているんだが、そこに加わって欲しいんだ。そうだな……月に金貨このくらいは出せるぞ」
そう言うと、ベズガウドという男は、腰にぶら下げていた革袋をランカールの目の前に置く。ジャラと金属がぶつかる音が響いた。中身が金貨だとするとかなりの枚数が入っていることが伺える。
「あいにくだが、金には困ってねぇんだ。他をあたってくれ」
男の目的を把握したランカールがそっけなく回答した。安定した収入でこそないが、白銀の爪への依頼件数は多い。それらをこなしていれば、目の前の革袋ほどとはいかないまでも、それなりの収入を得ることができる。
冒険者の中には貴族に仕えることを目標にしている者もいるが、ランカール達にとって、仕官はあまり魅力的には思えなかったのである。
「そこを何とか考えてくれねぇか? 大きい声じゃ言えねぇが……俺の仕えている貴族様ってのは某公爵様なんだわ。突出した強いパーティを求めてるってわけよ」
断られたにも関わらず、ベズガウドは軽い口調で更に言葉を続ける。セバスチャンは、公爵という単語が出てきたところから、どうやら国レベルの囲い込みのようだと判断した。国同士の戦争になった際に、自国にいる高ランクの冒険者が敵国に雇われることを避けるため、国や大貴族のお抱えにするというパターンだ。
「断ると言ってる。この話はここまでだ……あんまりしつこいと実力で黙らせんぞ?」
ランカールが強い口調でベズガウドの勧誘を打ち切らせる。ひょっとしたら、少し酒が回ってきたのかもしれない。
だが、次の瞬間セバスチャンとバイオムに緊張が走った。口元にこそ笑みを浮かべているベズガウドだったが、一瞬だけ細めた目にすさまじい殺気が宿ったのだ。
セバスチャンはいつでも剣を抜けるように、バイオムも相手の動きに反応できるように身構える。
だが、ベズガウドなる男の殺気はすぐに消えた。まるで気のせいだと言わんばかりだ。
「そうかい。それじゃあ、しょうがねぇな。こっちはこれで消えますかね……」
そう言って、得体の知れない男は酒場の出口から夜の闇へと消えていった。
「あれは、暗い仕事をしている者だろうな」
バイオムが呟く。セバスチャンもその言葉に黙って頷いた。あれは単なる戦士とは異なった、もっと血生臭い仕事に携わっている者の雰囲気だ。一瞬だけ見せた殺気は、人間ではないかのような冷たさだった。
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その日を境に、少しずつ歯車が狂っていった。
元々、酒癖が良くなかったランカールだが、さらに悪化していったのだ。
特にクローリアに絡むことが多くなった。
「おい、クローリア……今晩、俺の部屋に来い」
「ちょっと、何言ってんのよ」
「ランカール……酔い過ぎだぞ」
「うるせぇ、バイオムは黙ってろよ……」
元々、ランカールは女好きだ。白銀の爪のリーダーであり、A級冒険者である彼はそれなりに女性に人気がある。
「あの黒い髪と瞳がエキゾチックで素敵」
そのように懸想し、一夜を共にしたいという女性は多い。
ランカールもそのような状況は満更でもないらしく、満足そうに「ハーレム系のルートだな」と意味不明の言葉を吐いていたのをバイオム達も聞いている。
だが、このところクローリアに対して、明らかに一線を越えた誘いが多くなっている。クローリアは適当にあしらっているのだが、その態度が不満らしい。
「俺は勇者だぞ! 俺に抱かれるんだから、光栄に思えよ!」
終いには、そのように叫びながら、酔い潰れて眠ってしまったことが何度かあった。素面の時であれば、そこまでではないのだが、クローリアとしてはかなり困っている様子だ。
セバスチャンとバイオムが厳重に注意するのだが、ランカールはそれも不満げである。これはパーティの解散も考えないといけないと、セバスチャンらが考え始めた頃に、その事件は起こった。
きっかけは、魔物の攻撃を受けたランカールとセバスチャンに対して、クローリアが回復魔法を使ったことだ。それだけならば、何も問題はないのだが、彼女はランカールより先に、セバスチャンの回復を実施した。両者とも命に係わる傷ではなかったので、どちらが先でも問題はなかったのだが、それがランカールにある疑念を抱かせた。
バイオムはうっすら気づいていたが、クローリアはセバスチャンに淡い想いを抱くようになっていたようだ。恐らくはセバスチャンも気づいていただろう。明らかに二人の間の空気が変わった。
尤も、そうなった理由は、セバスチャンがランカールのセクハラ紛いの言動から、クローリアを守ろうとしていたことに起因する。
その点では、二人の関係性にランカールが文句を言える立場にはなかった。だが、ランカールの心は歪な形でクローリアに執着していたようだ。彼はセバスチャンを治療するクローリアを濁った眼で見つめていた。
その日は宿場町に辿り着けなかったため、野営であった。
幸い、魔物もほとんど出ない地域である。焚火さえ切らさなければ、夜を過ごすのにさほど苦労はないはずであった。更には馬車もあるので、食材や寝具も十分だ。
バイオムが夕飯の準備をし、セバスチャンが剣の、クローリアが魔道具の手入れを行っていた。
パチ……パチ……パチン……
薪の爆ぜる音が夜の闇に静かに広がる。
オレンジ色の灯りが薄っすらとクローリア達を照らしていた。
(あれ? ランカールはどこに行ったのかしら)
ふと、ランカールの姿がないことに気づいたクローリアは、魔灯の魔法を使い、明かりを作り出すと、馬車の裏側を見に行く。
傍から見れば、何か道具を取りに馬車の中へ向かったようにも見えただろう。
――そして、料理の具材に火が通る程度の時間が過ぎた。
「……むぐぅ……むぅ」
「……!?」
どこからかくぐもった声が響く。ちょうど食事を準備していたバイオムには聞こえなかったようだが、セバスチャンが異変に気付いた。声は馬車の裏手の茂みの奥から聞こえてくるようだ。
「クローリア!?」
セバスチャンは剣を取ると、声の発生源へ向かって跳ねた。茂みの奥に魔灯の光が見える。その光に照らされたシルエットは誰かが誰かを押さえつけているものだった。
「何をしているッ!!! ランカール!!!」
セバスチャンが吠えた。振り向いたランカールの顔は赤く、酒に酔っているのが分かる。だが、片手でクローリアの口を押さえ、馬乗りになり、衣服を剥ぎ取ろうとしている姿は酔っているという言葉で許される類のものではなかった。
ドガッ!!!
セバスチャンはそのままランカールに体当たりし、クローリアの上からランカールを弾き飛ばした。ランカールはそのまま転がり、木の根元へとぶつかる。押さえつけられていたクローリアが顔を上げる。
「セ、セバス……!」
「大丈夫か! クローリア!!!」
セバスチャンは慌ててクローリアに駆け寄り、その身を抱き起そうとした。彼女の衣服は上半身が大きく破られており、下着が見えてしまっている。
「ランカール……貴様」
セバスチャンは怒りに震えつつ、勇者の名を呼ぶ。
「俺を……俺を……馬鹿にしやがって!!」
セバスチャンの言葉が聞こえているのか、いないのか。弾き飛ばされていたランカールは、腰の剣を抜き放ちながら、立ち上がる。その表情はセバスチャンへと向けた歪な怒りに溢れており、正気を保っているようには見えない。恐らくは、ランカールもクローリアの心がセバスチャンに向いていることに気付いており、その失望が怒りへと変換されていたのだろう。
「喰らえ!!」
ランカールはそう叫ぶと、剣に魔力を集め始めた。剣に魔法を纏わせて、魔物を斬り殺すランカールの得意技だ。歪んだ勇者の叫びに従って、剣身が赤く赤熱していく。
(炎の魔法剣……)
セバスチャンも、ランカールの実力が偽物でないことは良く知っている。そして、この攻撃の恐ろしさも。
「死ねッ! 赤熱斬!!」
ランカールの声とともに、彼の剣がセバスチャンに襲いかかった。だが、セバスチャンは、クローリアを抱き起そうとしていた姿勢が仇となって、十分に体勢を整えられていない。
(これは……避けられないか)
だが――
ザグシュッ!!!
ランカールの剣は、セバスチャンの前に立ち塞がったクローリアを斬り裂いていた。
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