第13話 食べよう!神々の食べ物!
夕方になって、街の入り口でファウナと待ち合わせたユキトは、ファウナの服が別の色、具体的には茶褐色に染められているのを不思議に思いつつも、無事に落ち合えたことで安心した。
太陽が山にかかり始めたら街に戻り、門の前で待つという程度の取り決めだったが、その程度の曖昧な取り決めでも待ち合わせには問題ないようだ。
ユキトはあれから変身した姿で薬草を探し、さらに5株ほどの薬草を入手することに成功した。そして、その薬草捜索を通じて、やはり変身も魔力らしき何かを消費することを知ったのだった。
というのも、ユキトが変身したままの姿で、3時間ほど薬草探しに没頭していると、変身が強制的に解除されたのである。そのままの状態では再度変身することはできなかったが、やはり豆を食べることで再び変身が可能となった。
この事例から、変身状態の維持は魔力らしき何かを消費していること、豆にはそれを回復させる力があること、この2点が判明したことになる。
ファウナと合流できたので、そのまま食事に行こうとしたユキトだったが、ファウナがどうしても着替えたいと主張するので、食事に向かう前に宿屋を経由し、ファウナの着替えを待つことになった。女性はオシャレをしたいものなのだろうかとユキトは微笑ましいことを考える。実態は知らない方がいいだろう。
ユキトは、宿の前で赤く染まった空を眺めつつ、ファウナの着替えを待つ。通りは家に戻る人々で賑わっているが、仕事を終えた人々の表情は、朝とはまた少し違って、心持ち穏やかになっているように思える。路上をゆく人々の影が長く伸びている。
「お待たせ」
ようやく宿から出てきたファウナは、街歩き用の衣服に身を包み、一見すると街娘のようである。尖った耳がエルフであることを示しているが、とても岩をも砕くチート格闘家には見えない。ユキトはそんなファウナと一緒に、一昨日に行った店へと向かった。
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「アンブロシアじゃないの!」
訪れた店で、ファウナに豆のことを話し、現物を見せると、彼女はそんな名前を出した。
「南部ロシア?」
「アンブロシアよ。神々の食べ物という意味。こんな豆だけじゃなくて、パンや芋とかの形も知られているわよ。これはどこで手に入れたの?」
ユキトの異世界ボケを当然スルーしたファウナは入手元を尋ねてきた。確かに魔力を回復させる豆だとしたら、貴重な品だ。この世界にやってきたばかりの『まろうど』がどこで入手したのかは気になるところだろう。それにしても、神々の食べ物とはたいそうな呼び名だ。
「前に話したと思うけど、この世界に来るときに会った管理者からもらったんだ」
「なるほどね。神々の食べ物と呼ばれているだけのことはあるわ。神の代行者から授かるものだったのね」
「そんな大したものなのか。普通の食料みたいな感じで渡されたぞ」
「アンブロシアは魔力の器を生成する力があると言われているの。魔力の器というものは、人によってそれぞれ大きさが異なるんだけど、器が小さい者の器を大きくしたり、器を持たぬ者に器を与えたりすると言われているわ」
「なるほど。俺が『まろうど』で魔力がなかったから、これで魔力を持てるようにしてくれたってことか」
「ユキトの世界には魔法がなかったと言っていたわね。だとすると魔力もなかったんでしょうから、アンブロシアを摂ることでユキトは魔力の器を得たわけね」
どうやらアンブロシアには、魔力の上限を上げる力があるようだった。
「これ食べたら魔力そのものも回復したみたいだけど」
「器を広げる際に魔力も注がれるんだと思う。本来は休息により回復するものだけどね」
「なるほど……ところでアンブロシアって名前をファウナが知っているってことは、売買されているってことか?」
ユキトは気になっている点を尋ねてみる。ファウナはゆっくりと頷いて言葉を返す。
「出所不明なものが出回ることがあるわね。ただし、相当の高値がつくわ」
「まぁ、魔力の上限を上げる効果があるとなると相当の価値がありそうだな」
「ところが、ある一定以上の魔力を持ってると、ほとんど効果はないの。あくまでも魔力ほぼ持たない者にこそ効果があるだけのようね」
この世界では多かれ少なかれ誰もが魔力を持つが、稀に生まれつき魔力が著しく弱い者がいる。そういう者が人並みの魔力を持つ為の数少ない手段とのことだ。
某RPGの「○○の種」のように、人並み以上の力を加算することはできないらしい。
「ってことは、俺の魔力はまだ上がるのかな?」
「上がらなくなるまでは定期的に食べるべきでしょうね」
ユキトは魔力の上限を上げるため、しばらくの間は最低1日1粒の豆を齧る事にしようと決める。
(なんだか薬みたいだな。飲み忘れそうだ)
思えば、食後に1錠飲むようにと病院で渡された錠剤薬を頻繁に飲み忘れ、薬がなくなるはずの日数が経過しても錠剤にまだまだ余裕があるという経験を何度もしたものだ。
「そういえば、ファウナの方のクエスト、ロートゥの巣は潰せたのか?」
豆の情報は手に入ったので、ユキトは話題を変えることにした。
「ええ。最初、8匹ほどのロートゥと戦ったんだけど、加護のおかげで圧倒したわ。そのまま付近を捜索して、森の中に巣を発見したの」
「じゃあ、クエストはあっさり1日で達成か」
「それが、どうやら複数の巣があるようだったから、明日も討伐に向かうつもりよ。それにロートゥだけでなくオルグゥも見かけたわ。こいつも討伐しておきたい」
「オルグゥ? なんだそれ?」
「人型の魔物だけど、3メートル程度の巨体を持ってて、頭部に角が生えているのが特徴よ。怪力を持っていて、ロートゥとは比較にならない強さね」
「(聞いたところ、鬼って感じだな)強いのか。気をつけろよ」
「正直、加護のおかげでロートゥが100体、オルグゥが5体いても勝てると思うけど、油断をしないようにするわ」
「お、おう」
100体いても勝てるというのが比喩表現や誇張ではなさそうなことを感じ取ったユキトはやや引き気味に返答する。
実際、ユキトがファウナに付与した加護の元ネタを考えると、仮令十全に加護の力を引き出せなくとも、普通の魔物相手にはオーバースペックもいいところなのだ。
「ユキトこそ薬草の採取数は規定値に達したんでしょ? 明日はどうするつもり?」
「もう少し薬草を採ってみるつもりだ。採っただけ金になるしな」
ユキトはこう答えたが、本心では明日も加護関連の確認をやってみたいのが本音だ。
今日は豆と魔力の関連について仮説レベルだったため、あまり無茶をする気になれなかったが、先ほどファウナに確認もできた。能力が使えなくなったのが魔力切れのせいならば、そこまで恐れることはなさそうだ。
「そちらも気をつけてね。魔物は出ない地域のはずだけど、何事にも絶対はないから」
「OK」
「なに? そのオケというのは?」
「ああ、すまん。英語は通じないのか。了解って意味だ」
「じゃあ明日も宿の前で待ち合わせましょう。鐘が6つ鳴ったら宿を出て」
「OK」
ユキトとファウナは明日もそれぞれのクエストを進めることにし、朝に宿の前で待ち合わせをすることにした。すぐに各自のクエストに向かうとはいえ、朝にパーティで顔を合わせておくことは重要なのである。
例えば、夜のうちにパーティメンバーに何事かがあった場合、朝に顔合わせを行っていないと、それが発覚するのは夕方以降になる。こんな世界だからこそ、こまめにメンバーの生存確認を行う必要があるのだ。
2人はそれぞれの部屋に戻り、ゆっくりと眠りについた。
翌朝、宿の前に集合したユキトとファウナは、昨日と同様に街の北門を出るまで同行し、そこから各自のクエストの目的地に向けて出発した。
昇り始めた太陽の光は清々しく、吹きそよぐ朝の風はまだ少し夜の冷たさを含んでいるようである。
ユキトの目指す薬草の自生地まで、ユキトの足で1時間程度の道程である。今日の予定は、昨日に引き続き薬草の採集と自身の能力の確認だ。
薬草は採取すればするだけ買い取ってくれるらしいので、現金が必要であるユキトとしても、しっかり集めたいところだ。一方で、昨日は魔力切れであまり確認できなかった自身の能力についても検証を進めたい。
(まずは能力の確認からやっておくか)
薬草の自生地に到着したユキトは、薬草探しの前に能力の確認を行うことにした。うまくいけば、薬草を見つけることに役立つ加護を思いつくかもしれないという意図もあってのことだ。とりあえず、元の世界のアニメや漫画をモチーフにした加護を自身に付与してみることにする。
さぁ、能力チェックだ。
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「うげげげ……これは困ったな」
ユキトは色々な加護の生成を試していた。ユキトの検証によると、どうやら自身が持てる加護の上限は4つまでのようだった。いくつかの加護はまだ自身に付与されたままになっているが、一定時間しか効果がなかった加護のいくつかは既に時間切れで失われている。
また、自身に適性がなかったためか、どんなにイメージしても生成できなかったものも多い。
だが、ユキトが思わず声をあげてしまった理由は、今しがた自身に付与した名探偵をモチーフにした加護だ。いや、呪いと呼ぶ方が正しいかもしれない。
シジョウ ユキト
『まろうど』 付与師
冒険者ランク E
+変身の加護:超金属の甲冑を身にまとう「変身」が使用可能となる
+勇者の加護:一定時間、勇者の力を得る
邪悪なる存在に対して能力補正 +200%
剣技修得率 +500%
魔法修得率 +300%
+不死の加護:一度のみ、致死ダメージを通常の怪我の水準まで抑える
+推理の加護:神がかった推理力を得る。同時に周囲で事件が頻発する「不運」を得る
ステータス上の説明を読む限り、まさにテンプレ通りである。やはり名探偵は呪われているのだ。しかも一定時間ではなく永久的な呪いだ。ユキトとしては毎日のように殺人事件に出くわしたくはない。
「加護って解除できるのか?」
確かにユキトが自身で付与した加護なのだから、解除もできそうなものである。ユキトは自身の加護に意識を向け、強く解除を念じる。
(加護消えろ……名探偵ののr、じゃなかった加護……消えろ……いらない……解除……返品)
自身の加護を返送するイメージを強く念じた瞬間、フッと何か力が抜けた感覚を覚え、ユキトは急いでステータスを確認する。
シジョウ ユキト
『まろうど』 付与師
冒険者ランク E
+変身の加護:超金属の甲冑を身にまとう「変身」が使用可能となる
+勇者の加護:一定時間、勇者の力を得る
邪悪なる存在に対して能力補正 +200%
剣技修得率 +500%
魔法修得率 +300%
+不死の加護:一度のみ、致死ダメージを通常の怪我の水準まで抑える
無事に呪われた名探偵の加護が消えていることを確認し、ユキトは安堵する。
テンプレ通りとはいえ、恐ろしい加護もあったものだ。
なお、不死の加護についてはギャグ漫画をモチーフにしたところ生成された。確かにギャグマンガのキャラは大怪我を負っても死なないのだから間違ってはいない。
また、既に誰かに付与している加護と同じ加護は、別の対象に付与することはできないようであった。具体的には武術家の加護を自身に付与しようとしたが、ダメだったのだ。
その他、ユキトの数時間にわたる実験により判明したこととしては、アニメや漫画のような創作物が、加護のモチーフとして成立するには、元いた世界でテンプレと呼ばれるほどに一般的となった設定である必要があるらしい。
なるほど、ユキトの宇宙警察をモチーフとした加護についても、具体的なヒーロー名を思い浮かべたというよりも、テンプレ的な設定を思い浮かべた気がする。ファウナの武術家の加護も、元いた世界の色々な漫画、良くあるバトルモノのイメージから生成されたものだ。
この能力の判定がどのような仕掛けになっているかは不明だが、アニメや漫画の設定がテンプレと呼ばれるまでに一般化されることで、神話や伝承と同等と判定されるのかもしれない。
なお、これらの実験のために既にアンブロシアを3粒ほど消費している。加護を付与するのも安くはないようだ。
「テンプレに限るとなると、なんでも自由に使えるってわけじゃないか」
ユキトの世界の創作物絡みのテンプレの数は多いとはいえ、あらゆる状況に対応できるとは言い難い。とはいえ、ある程度の仕組みが分かったことは僥倖である。
「特撮モノで宇宙警察がいけたとなると、あっちもいけるかな?」
仕組みが分かれば使ってみたくなるのが人情である。ユキトは再び自身を能力の対象として、加護のモチーフに光の巨人を思い浮かべる。巨大化して怪獣と戦う典型的な特撮のテンプレートである。
「おっ、来た!」
力が自身に流れ込んできた感覚を覚え、ユキトは加護の付与が成功したことを知る。
(ステータス!)
加護に意識を向けてもその効果が脳裏に浮かぶのだが、明確に文字情報として確認したいときはステータスを見る方が良い。ユキトの思念に応え、ステータスを示すウィンドウが目の前に開く。
シジョウ ユキト
『まろうど』 付与師
冒険者ランク E
+変身の加護:超金属の甲冑を身にまとう「変身」が使用可能となる
+不死の加護:一度のみ、致死ダメージを通常の怪我の水準まで抑える
+巨人化の加護:一定時間(残り2分48秒)、巨人に「変身」できるようになる
「加護の有効時間が3分かよ!」
お約束の3分間が変身時間ではなく、加護の有効時間となっていることにユキトは思わず声を上げた。だが、せっかくの加護だ。さっそくユキトは変身する事を決意した。
なお、ユキトに似合っていない勇者の加護は15分程度で消えたことをここに記しておこう。何事にも適性と言うモノがあるのである。
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8/27 文字数調整のため、いくつかの話を分割したため話数がずれました。(ストーリーには影響ありません)