第124話 いらっしゃい! 皇都クレアシオン
ちょっと急な予定が入ったせいで更新が遅くなりました。申し訳ないです。
ハルシオム皇国の皇都であるクレアシオン。その名の通り、創造の女神クレアールの名を冠した都市である。皇国側の出迎えを受けた国境からそのクレアシオンまで、先導されての移動中にも大きなトラブルはなく、平和な旅であった。小型の魔物がメメコレオウスに追い払われた程度だ。
ただし、双方の国のトップが同じ車に乗っており、そこにユキトが同乗させられるようなことがなければ、ユキトはもっと平和な気持ちでいられただろう。
「ほぅ、噂には耳にしておりましたが、サブシア産の作物とはそんなにも美味いものですか」
「ツァーリの耳にも入っておられましたか。私も初めて口にしたときは驚きましたぞ。普通の作物よりも、ぐっと味が濃厚でしてな……」
(なぜ、こっちの獣車に乗るんだよ……なぜ、そこに俺が同乗してるんだよ)
ハルシオム4世の希望によって、4世はアスファール王の獣車に同乗しており、車内の小さなテーブルを挟んでアスファール王と談笑している。かなり広めの獣車内ではあるが、ハンドラ伯爵に加えて、ユキトと皇国側の従者1名も合わせて乗っており、空間にそこまで余裕はない。
もちろん、ユキトとしてもこれは両国友好のアピールと、皇国側に敵対意志がないことを示すパフォーマンスであることを理解している。だが、偉い人と一緒の旅というものは、ユキトの胃に少なからずダメージを与えるものである。
そんなふうにユキトの胃を犠牲にしつつ、かたや両国の友好を深めつつ、一行はクレアシオンへと到着したのだった。
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創造の女神クレアールの名を冠する都市クレアシオン。この世界の他の大きな都市と同様に、クレアシオンも大きな城壁で囲まれている。もちろん、これは戦時の備えと魔物への対策である。
地球の中世と異なる点として、この世界には魔物が存在している。そのため、砦や城壁は他国の兵だけでなく、魔物を防ぐ役割を持つことになる。
ハルシオム4世によれば、この周辺に大型の魔物はほぼ生息していないが、それでも月に1~2度は中型の魔物が城壁近くで目撃されるらしい。なお、中型と言っても、地球で言うところのサイだのキリンだのに近いサイズであり、十分に危険な存在である。
その魔物を防いでいる城壁を抜けると、全体的に象牙色をした街並みが広がっていた。使っている鉱石の色だろう。そんな街の中心部を貫いている大通りを獣車は進んでいく。通りの両脇には王国では見ない種の街路樹が植えられていた。道は街の中心にある皇城へと続いている。
流石に女神様の名を冠するだけあって、クレアシオンの都は宗教的な装飾に彩られているようだ。
多くの建物の角には、ロココ様式を思い出させる曲線が特徴的な飾りが施されている。これと似たような装飾を、ユキトは王国内の教会で何度か目にしていた。
人々の服装も王国とは異なっており、袖や裾が長めで少し宗教色が残っている感じだ。聖職者のローブを生活用に改めたものが元になっているのかもしれない。
「街の装飾はロカイユ模様と呼ばれる、教会などで使われている様式ですな。元は神々の……」
ハルシオム4世が、街の至る所を彩っている装飾について、説明を始めた。治めるツァーリ自らがガイドしてくれるとは、かなりの……いや、究極の贅沢であると言えよう。
「我が国よりも気温が少し低い気もするのぅ……となると、あの長めの袖の衣服も理に適っているということじゃな」
アスファール王も窓からの景色に興味が尽きない様子だ。皇都というだけあって、通りを歩く人々も多く、その表情にも活気がある。
やがて、一行は皇城へと到着する。皇城はアスファール王国の王城よりも、さらに繊細で芸術的な要素が強いように見受けられた。
複数の尖塔が突き出しており、城というよりはたくさんの細い塔を束ねたような意匠である。そこに、うっすらと青みがかった白い鉱石が飾り石として表面を覆っており、冷たくも美しい印象を与えていた。
「なかなか見事な城ですな、ハルシオム陛下」
「アスファール陛下にお褒めに預かり光栄です」
獣車から降りながら、アスファール王が城を目にした感想を述べ、それにハルシオム4世が応じている。
2人が同じ車から姿を現したことで、城の前で並んでいる貴族達は少なからず動揺しているようだ。これまでの歴史から、アスファール王国と友好関係を築けるとは信じていなかった貴族も多いのだろう。
(国のトップが大変なのは、外交もだけど、国内の貴族の手綱を握る方だよなぁ)
ユキトとしても、ハルシオム4世が今回の事態を利用することで、皇国内の実権を確かなものにしようとしているのが良く分かる。
インウィデアによる後ろ盾を得ていたケロン公爵が幅を利かせていたことで、相対的に低下していたツァーリとしての権力。それを、自身が率先してアスファール王国と友好関係を築くことで回復させようという狙いだろう。
ユキトとしても、その路線に不満はないし、アスファール王としてもそれに手を貸そうという算段のようだ。そうでなければ、自身の獣車への同乗を許可しないだろう。王国との友好関係を求めるツァーリの権力が確固たるものになることは、王国にとっても利益となる。そう判断したのかもしれない。
「……となると、俺の仕事はハルシオム4世とウチの王様が仲良くするのを邪魔させないことになるわけだな」
ユキトはそんなことを呟くと、出迎えるために並んでいる貴族たちを一瞥する。既にユキトのテレパシー能力は、アスファール王に対する軽い敵意をいくつも感じ取っていた。
とは言っても、そのほとんどは大した程度ではない。和平交渉も未だ途中である敵国のトップに向けられたものとしては、許容範囲と言って良いだろう。
だが、1人だけ明確な害意を放っている人物がいた。背が高く、口の周囲に髭をたくわえ、がっしりとした体格の中年の貴族だ。不機嫌そうな表情で、アスファール王を睨みつけている。
(あれは具体的に何か企んでいる感じか……)
ユキトはテレパシーを使って、ファウナやセバスチャン達に懸念を伝えておく。
(貴族たちの右端から3番目の背の高い男、要注意だ)
((了解))
ユキトの報告に対して、パーティーメンバー達から明確な意志が返ってきた。ファウナとセバスチャンが気を向けていれば、常人が何かしようとしても無駄だろう。
それにしても、ユキトはテレパシー能力は実に便利である。ユキトは改めて、自身の能力の使い勝手の良さを自覚した。能力を知られていない相手に対しては読心術として、能力を把握している仲間とは秘密通信として使える。手放せない能力だ。
「さ、アスファール陛下、こちらへ」
そうこうしているうちに、ハルシオム4世はアスファール王を皇城内へと案内していく。ユキト達も王の周囲を固めつつ、その案内に従って城内へと足を進める。
銅製と思われる観音開きの巨大な扉を潜ると、そこは白く輝くホールとなっていた。白く磨かれた艶のある石材が床材、壁材として用いられており、眩いばかりの白の空間を作り出している。
「これは見事な……」
その空間の美しさに、アスファール王も眼を見開いて驚いている。白い広間には、真っ赤な絨毯が敷かれており、まるで白い空間に浮かんでいるかのようだ。
「皇国の自慢の広間でしてな」
ハルシオム4世は得意げな表情でユキト達を振り返るが、あまり嫌味な感じがしないのは、ツァーリの人徳だろう。
そのまま、ユキト達は広間の真ん中まで進む。そこには大きな長いテーブルが用意されていた。椅子は片側に7脚ずつ。全部で14脚だ。
「ま、お掛けください」
ハルシオム4世がアスファール王に座るように促す。だが、アスファール王ではなく、先にハンドラ伯爵が動いた。
「ツァーリの御前ですが、失礼いたします」
ハンドラ伯爵は中央の椅子を引くと、そこに自らが座る。そして、椅子の肘かけやクッション部に何も異常がないことを確認すると、すぐに立ち上がり、アスファール王に席を譲った。
「特に問題ございません」
これは早い話が毒見である。和平交渉が完全にまとまっていない以上は、ここは敵国である。椅子に毒針でも仕掛けられている可能性はゼロではない。先に座ることで、何も仕掛けがないことを確認したのである。
「我が臣下が失礼した。だが、形式上は交戦中という事情を考慮して、ご容赦願いたい」
アスファール王はハルシオム4世にそう述べつつ、毒見が終わった椅子へとゆっくりと腰を下ろす。
「いや、むしろ当然です。貴国から見れば敵国となるわけですからな」
ハルシオム4世もそう答えつつ、アスファール王の対面の椅子へと座る。
その間もユキト達はアスファール王の背後に一列になって立ったまま控えている。何かあった際には、とっさに動けるようにするためだ。それに加えて、和平交渉の内容にユキト達は口出ししないという姿勢を示している。
ハルシオム4世はテーブルに両の手を乗せ、アスファール王の背後に控えているユキト達へと、チラリと視線を向けた。
「さて、話を始める前に1つだけ良いですかな、アスファール王」
「はて、なにかな?」
きたか、とユキトは心の中でつぶやいた。ハルシオム4世とアスファール王のこの会話は事前に獣車内で打ち合わせがなされていたものだ。
ハルシオム4世曰く「家臣の中には今回の敗北を納得できていないものが大勢おり、このまま和平交渉をまとめると、王国に対する不満として残る可能性がある。もちろん、それは指導者たる私の力不足ではあるのだが、家臣らに敗北を理解させるため、シジョウ卿らの実力の一端を見せつけて欲しい」ということだった。
これをアスファール王も快諾した。敵国の中心部でユキト達の力を見せつけるのは、戦勝国としてのアピールとしても悪くない。そう考えたのだろう。
「先の戦争においては、我が国の軍団が貴国の英雄に簡単に蹴散らされたと聞く。臣下の報告を疑うわけではないが、それほどの力は俄かに信じられぬ。是非その一端を拝見させて頂きたい」
「ふむ。逆の立場なれば、私も同じように思ったでしょうな。後ろに並んでおられる皇国貴族の皆さんも、実際に見ないと半信半疑でしょう。良いでしょう」
ハルシオム4世がアスファール王国の英雄の力を見せて欲しいと希望し、アスファール王が快諾する。事前の打ち合わせ通りである。
「では、我が国の国軍の師団長、皇国一の剣士と手合わせを……」
ハルシオム4世は、皇国一の剣士という師団長を呼び出そうとする。ユキトも事前に相手が剣士ということを聞いており、ここはセバスチャンの出番だと思っていた。
だが、そこに待ったの声がかかった。
「お待ちくださいツァーリ。その役目、私にお命じください」
「おぅ、指南役のバイオムか。こちらに来ていたか」
ユキトが声がした方へと目を向けると、熊のようにがっしりした髭面のおっさんが立っていた。いや、おっさんというよりは初老程度の年齢だろう。どこかの空手道場の館長みたいな風貌だ。
そして、その館長に向かってファウナが呟いた。
「え、お養父さん……?」
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