第118話 凱旋! 戦後処理はメンドクサイ!
前回までのお話
ユキト達の連携攻撃により、加護を操るための宝石を割られてしまったインウィデアは撤退した。
決着はつかなかったが、山場は乗り切った。ユキトの感想はそんなところだ。
グリ・グラトを滅ぼし、インウィデアを退けることにも成功した。アスファール王国とハルシオム皇国との戦争の話は気になるが、インウィデアも言っていたように、ファウナ達ならば皇国軍を相手に後れを取ることはなさそうだ。
ユキトとしては、すぐにでもファウナ達の様子を知りたいところではあるが、流石にアウリティアに再び寿命を削らせて、長距離瞬間移動を使わせるわけにはいかない。
遠距離通信の魔道具があるので、サジンやウヒトと連絡を取れば良いのだが、残念なことに、遠距離通信の魔道具はあと数日程は使えないらしい。インウィデアの策略によって、通信に用いられている魔力波を乱すための、磁気嵐ならぬ魔気嵐が引き起こされているのである。
「いや、遠慮するなって。ユキトのおかげでこのタニアスの里も守れたわけだし」
「ファウナ達が気にならないわけじゃないんだが……。ファウナ達の力なら余裕だろうし、通信が回復するまで待つことにするさ。焦ると足元を掬われるのは経験済みだしな」
アウリティアは遠慮はいらないと言うが、ユキトも友人に寿命を削らせるほど図太くはない。もちろん、ファウナ達がピンチというなら別だが、そういう情報があるわけではない。
そもそも、某戦闘民族に近づきつつあるファウナと、一兆度の火球を撃ち出せるフローラが、中世レベルの槍と鎧で武装した兵士に負けるとは、ユキトには想像できなかった。余程に油断すれば別だが、2人とも一応は冒険者であり、つい先日まで日本人をやっていたユキトよりもしっかりしているはずである。
そんなわけで、遠距離通信が復活するまでの間、ユキトはタニアスにて歓待を受けて過ごした。エルフの里は比較的食べ物も美味く、温泉まで湧いていて、のんびり過ごすには持ってこいだ。イーラなどは氷結の魔女のくせに温泉が気に入ったようで、日に2度も3度も浸かりに行くほどだ。
「妾も今回は随分と無理をしたからの。休息も必要というわけじゃ」
別にユキトも文句があるわけではない。温泉の素晴らしさを存分に堪能して欲しいところである。
それから数日後、遠距離通信が再開したところで、ユキト達はサジンらとの通信を試みた。アウリティアが慎重に魔道具を調節している。
「テステス……こちらはアウリティア……サジン? 聞こえるか?」
「……はい、こち……はサジン……です」
まだ、雑音は混じっているが、意志の疎通は十分に可能であろう。
ユキト達は、通信に雑音が混じる度に聞き直しつつ、サジンから王国周辺の状況を聞きだした。サジン達が知っている情報をまとめると、次の通りだ。
皇国が王国へ侵攻してきたという知らせと王城からの要請を受けて、ファウナ達は国境へと向かった。一方のサジン達はアウリティアの命もあり、エルフの里へと帰ることにした。だが、サジン達は里へ向かう途中の王国内の街で、早くも皇国側が降伏したという情報を入手したという。噂では、シジョウ冒険爵の部下の3人が、鬼神のごとき働きを示し、皇国軍の3人の師団長を捕縛したということだ。
「ファウナ達がやってくれたようだな」
ユキトとしてはホッと一安心だ。
結局、サジン達には王都へ引き返してもらった。まだ王都から出立して、そこまで離れていないことでもあるし、更に言えば、ユキト達によりグリ・グラトというエルフ達の脅威が取り除かれたことで、サジン達にも急いで里に戻らねばならない理由がなかった。
話によれば、ストレィはが単独でユキトの領都であるサブシアへ戻るべく、百九年蝉のセミルトに迎えに来るよう手紙を出したらしいが、セミルトが王都まで迎えに来るまでには、まだ少しの猶予があると思われた。となれば、ストレィに事情を話すことで、セミルトに乗ってエルフの里「タニアス」まで迎えに来てもらうことも可能だ。
「分かったわぁ。エルム山地までお迎えに行けばいいのねぇ?」
実際、ユキトの狙い通りに、ストレィとは連絡がつき、ストレィはセミルトに乗って、ユキトを迎えに向かった。とはいえ、エルム山地は広大である。タニアスまでの案内人として、サジンが同行することになった。
もう一人の付き人エルフのウヒトは王都でファウナ達を待って、ユキト側の事情を説明するつ役目だ。だが、ここで軽微なトラブルが発生した。ファウナ達を出迎えたウヒトは、ユキト達の状況を説明したのだが……
「――をアルマイガーGの活躍で見事に倒したのですが、その隙を突かれてシジョウ卿がインウィデアに首を跳ねられてしまったようです。 で、この後……」
ウヒトとしてはちょっとした悪戯心で、ファウナ達を一瞬だけ驚かせ、すぐにユキトは加護の力で死ななかったと説明を続ける予定だったのだが、ユキトが首を刎ねられたと聞いた段階で、ファウナが「は!? ……はね…はね…」と呟いて、そのまま気絶してしまったのである。
「ファ、ファウナさん!?」
もちろん、彼女はすぐに復活。ウヒトからその後の展開を改めて聞き、ユキトが無事であることを知った。だが、それでもユキトと会うまでは、どこか落ち着かない様子だったらしい。
「だって、首を刎ねられたとか驚くやん!! なんでそげんことになると!?」
後日、ファウナと対面したユキトは、彼女に涙を浮かべながら詰め寄られた。某戦闘民族に匹敵するパワーで詰め寄られたユキトは、もしかして対インウィデア戦よりピンチなのでは、と失礼なことが頭に浮かんだという。
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ユキトとアルマは、アウリティアとティターニアに別れを告げて、迎えのセミルトに乗って王都へと帰還した。温泉から離れるのが残念そうであるが、イーラも一緒である。
セミルトを里まで案内したサジンも、里に留まらず、ユキト達と一緒に再び王都へ向かうようだ。ウヒトと合流してから、共に馬車でエルフの里まで戻るつもりらしい。
「サジンさん、何度も行き来させて悪いな」
「いえいえ、シジョウ殿には里の危機を救って頂いているのです。これくらいは当然です」
サジンも荷物がなければ、そのまま里に留まっても良かったのだが、王国に残してきた馬車内には旅の荷物が詰め込んであり、ウヒト一人に馬車を任せるわけにはいかなかったようだ。
「そもそも、長い寿命を持つエルフは、このような手間をあまり苦にしないのです」
急いで戻る理由もなくなったので、旅の続きを楽しむのだと述べるサジン。ユキトは素直に頭を下げておく。
そうして、王都に戻ってしばらくの間、ユキトは戦後処理と報告に忙殺された。まず、ファウナとフローラ、セバスチャンはハルシオム皇国を降伏させた功績が称えられ、何やらありがたい勲章をもらえることが決まった。この叙勲式一つとっても、それなりに準備が必要なのである。
さらには、王国の一大事にユキトが国を離れていたことへの言い訳をする必要もあり、詳細な報告が求められた。王城の文官達がユキトを囲んで、質問を矢継ぎ早に投げかけてくる。
「七極のアウリティア殿の手に負えない相手であったのか?」
「敵も七極のグリ・グラトだったと!?」
「シジョウ冒険爵は、そのような化け物を倒したのか?」
ユキトとしては、グリ・グラトについてだけでなく、人間に化けていたインウィデアの話もある。しかも、皇国の侵略はインウィデアが焚きつけた節がある。
(戦争を引き起こした張本人がインウィデアだってこと、話しておかないとダメなんだろうな)
インウィデアの話を信じるならば、ハルシオム皇国は人間に化けたインウィデアにいいように操られていたことになる。ユキトも、その件がとてもデリケートな話であることは理解している。この国にも、インウィデアに利用されていた貴族がいるかもしれないのだ。
考えた末、ユキトは王直属の調査官のみにこの話を伝えることにした。あとは王様の判断に任せようということだ。
「インウィデア!? また七極の名が出るのですか。 え? ハルシオム皇国を裏から……それは、重要な情報ですな」
ユキトの報告は、捕えてあるハルシオム皇国のケロン公爵からの証言とも一致しており、事実として国の上層の一部に周知されたようだ。この情報も、ハルシオム皇国との戦後交渉における重要なカードになるらしい。
「それにして、シジョウ卿には驚いたわ。 卿の部下がたったの3人で皇国軍を降伏させたかと思えば、当人は七極のグリ・グラトを滅ぼし、さらにはインウィデアをも退けたというのだからな」
「もう、シジョウ卿を七極に入れてしまって良いかもしれませんね」
「王国の全軍より、サブシアの方が強そうじゃな……」
「陛下のお気持ちも分かりますが、元々がシジョウ卿は冒険者だったんですから、敵国側にいなかっただけでも運がいいと思いましょう」
「確かに敵側にあんなのがいたら悪夢だのぅ」
王国としては、ユキトに冒険爵を与えた判断に間違いはなかったと安堵するばかりであった。
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エルム山地にある、エルフの首都ならぬ首里であるタニアス。エルフの女王、ティターニアが治めるこの里から北東に少し進んだ位置に、巨大なクレーターが存在している。つい先日までは深い森だった場所だ。
このクレーターは、アルマイガーGがグリ・グラトを滅ぼした際に叩きこんだエネルギーによってできたものだ。大地が抉られた部分からは、草木が完全に失われ、黒い岩と土砂が剥き出しになっていた。
時間は深夜。あたりは墨を流したように真っ暗であり、森の中では様々な生物が蠢いている。怪しげな鳥の鳴き声や虫の声、獣の叫び声がクレーターの中にまで響いてくる。そんなクレーターの中央部。最も深くなっている場所で、なにやら土が盛り上がっていた。
モゴ……モゴ……
ボゴッ!
盛り上がった土が崩れ、地中から人間の手と思われるものが突き出された。やがて、その隣にも腕が突き出され、自身を埋めている土砂を掻き出し始める。最終的には、土の中から一人の人間が這い出てきた。
「ふぅ、やっと出て来れたよ。いやぁ、あの化け物をやっつけちゃうなんて、シジョウくんは凄いねぇ」
彼の名は、虚井 暇。死ぬことを禁じられた男である。
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