第12話 稼ごう!レッツクエスト!
翌朝。ユキトとファウナの部屋は隣同士ではあったが、待ち合わせ場所は昨日と同じように、宿の前にしていた。
昨日と違う点と言えば、今日のファウナは当て革をした冒険者用の格好で姿を見せたことである。
今日はお互いクエストを遂行する予定なのだが、ファウナが自身の加護に慣れるためにと討伐系のクエストを別途請け負うことにしたので、2人は別行動をすることになっている。
ユキトの請け負った薬草採取のクエストは、難易度Fというだけあってほぼ危険もない。いざとなれば変身の加護もあるのだ。ユキトとしてもファウナに頼りっぱなしというわけにもいかないので、薬草の採取については1人で遂行することにした。
一方のファウナは、昨夜、荷物を取りに行ったついでに冒険者ギルドにも立ち寄り、ロートゥの討伐を請け負ってきたようだ。本来はEランク冒険者のファウナではCランクのクエストは受けられない。
だが、ファウナの場合はどうやら有名な武術家の弟子ということがギルドでも知られていたとともに、絡んできた男4人を撃退したという事実から、戦闘能力に問題なしと判定された。そういうわけで職員から特例の許可が出たらしい。
難易度の割に報酬が少なく、しばらく宙に浮いていたクエストだからという理由もあったようだ。
ユキトとファウナは街の北側の門まで一緒に歩き、そこで別れた。なお、最初にユキトたちが入ってきたのは南側の門である。北側にはあまり大きな街はないらしく、馬車が1台通れる程度の細い道が北に伸びていた。
ユキトのクエストの対象となる薬草は数種類あるようだが、いずれも北の山のふもとに自生しているらしい。山に踏み込めば別だが、ふもとの原野あたりでは、昼のうちは魔物らしい魔物も出ないようで、ユキトも気楽に道を進んでいく。見たところ植生は日本とそう変わらないように見える。
1時間ほど歩くと、ターゲットが自生しているという原野に到着し、いよいよ、資料に記載された薬草の図を頼りに、足元の草をかき分けてターゲットを探すという地味な作業が開始された。
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「見つからねぇー!」
資料中の薬草の図と近しい姿の野草を求めて、ユキトは屈みこんだ姿勢で1時間程度探しまわったが、成果は挙がらなかった。
「この図、本当に正しいんだろうな……」
資料には4種類の薬草が描かれており、見分ける際に特徴となる葉の形状やその付き方といった注目点も記されていた。この図を頼りに探している以上、図が間違えていたら見つかるはずもない。
とはいえ、伝説の薬草であればともかく、今探しているのは難易度Fという簡単クエストのターゲットとなる程度の薬草であり、しかも、参照している資料もこれまでに何人もが使ったと思しきものである。間違えているとは思えなかった。
「なにか加護を使って探せないかな……」
せっかくのチートを使わない手はない。薬草探しに適した加護が何かないかと思いを巡らせたユキトだったが、残念ながら有効そうな加護を思いつけない。名探偵の加護などは失せ物探しには効果があるだろうが、薬草探しには向かないように思える。地道に探すしかないだろうか。
一方のファウナは、ロートゥの巣があると目されている場所に向かって移動していた。
ギルドで聞いた情報によると、ユキトと別れた地点からさらに西へ10キロ程移動した周辺でロートゥの目撃情報が頻出しているとのことだ。
どうやら、付近の森にロートゥの巣が作られたものと推測されている。街の近辺にある村の傍の小さめの森だ。ネロルの街は大きい街なので、衛星都市ならぬ衛星村と呼ぶべき村々が周辺に点在しており、いずれもネロルの街向けの農作物を栽培している。
今回のクエストの目的は、その村の安全のためにロートゥの数を減らし、可能であれば巣を潰すことだ。
目的地まで10キロ程度の道のりであるが、この世界の移動手段に自動車などという文明の利器なものはない。付近の村を巡る馬車はあるのだが、高価なものであるし、乗り合いを利用するにしても時刻を待たねばならないなど不便もある。そもそもファウナなら走ったほうがはるかに速いのだ。
現に走っているファウナ自身もその速度に驚愕していた。加護のおかげで敏捷性が異常に上昇しているのが自覚できる。移動を開始した直後などは、早すぎて自身の認識が追いつかなかったほどだ。自身の身体を操作する感覚と実際の速度に乖離が生じていたのである。
10分も走っていると慣れてきたが、これは元々ファウナが武術家として鍛錬を積んでいたことが大きいだろう。常人では、上昇したステータスに振り回されて慣れるどころではないはずだ。
途中、カゲビトの姿も何度か見かけたが、カゲビトがファウナに気付く頃には、すでにカゲビトはファウナのはるか後方にいた。ファウナは、強い追い風を受けているかのようにグングン進んでいく自身の身体に、驚きを隠せない。文字通り飛ぶような速さである。
「これほど爽快に走ることができると楽しさすら感じるわね」
ファウナは小川を飛び越え、茂みを走り抜け、目的地に到着した。
といっても、何か特異な地形があるわけではない。見たところは、ただの小さな森である。ただ、ファウナが足をとめた理由は、目の前の茂みの中にあった。森の周囲に広がっている茂みのひとつである。
「出てきなさい。隠れていても無駄よ」
茂みに向かって声をかける。ファウナは茂みの中に複数の気配を察知していた。魔物に人語が通じるとは思えないが、相手が隠れていることを承知しているという意図は通じるだろう。気配の伏せ方からしてもカゲビトのものではない。
そのまま警戒を解かないファウナ。やがて、茂みから狼の顔を持つ人型の魔物が何匹も飛び出してきた。ロートゥである。狼の顔といっても、歯茎がむき出しになった大きな口と真っ赤に血走った眼は、この生物が充分に危険であることを示していた。
さらに、そのうち2匹ほどは、錆付いたナイフのようなものを握り締めている。尤も、彼らの爪は小さなナイフに匹敵するサイズであり、貧弱な武器を握り締めておく必要性があるのかは甚だ疑問である。
「さて、加護の力、存分に試させてもらうわよ」
ファウナはそう宣言すると、気合を入れ、自身の戦闘のスイッチを入れる。敵はどうやら8体のロートゥだ。散開し、ファウナを取り囲もうと動くロートゥの群れに対して、ファウナはまっすぐに目の前の1匹に走り寄る。ターゲットとなったロートゥの両隣の2匹がカバーに入ろうとするが、それを許す前にファウナはターゲットのロートゥに近接する。
「はっ!」
気合を入れた拳をロートゥの腹部に叩きつける。そのまま後方にふっとばして……とファウナは考えていたが、拳は「ドスッ!」と音を立てて、ロートゥの腹部を貫通した。威力がありすぎるのだ。
拳で腹を貫かれたロートゥは、一瞬驚愕の表情を浮かべた後、口から血を吐きつつ前のめりに倒れた。致命傷であることはまず間違いない。
「……え? すご過ぎん?」
思わず方言が出たファウナを、危険な敵と見做したロートゥたちが距離をとって包囲する。ロートゥ達から見れば、一瞬で近接して、武器も持たずに腹を貫いてくる相手だ。単騎で挑みたいはずがなく、集団で仕留めたいと考えるのは当然だ。
「グルルルル……」
ファウナを警戒しているのか、どの個体も犬歯をむき出しにしてうなりを挙げている。
「じゃあ、一気にいかせてもらうわ!」
自身の拳の予想以上の破壊力に一瞬戸惑っていたファウナであったが、すぐに気持ちを切り替えて、自身を囲むロートゥ達を回視する。次の瞬間、背後のロートゥが動いた気配を察知し、振り向きざまに背後から迫るロートゥの頭部に回し蹴りを浴びせる。
パァン!
派手な音を立てて、ロートゥの頭部がはじけ飛んだ。首の骨をへし折ったなど生易しいものではない。威力があり過ぎて、もはやスプラッタ映画である。その勢いのまま、ファウナは一気に他のロートゥ達をも仕留めにかかった。
一匹に対して一撃必殺。胸を貫手で貫く。手刀で首を千切り飛ばす。数十メートル上空に蹴りあげる……など、1分もかからずに、その場に8体のロートゥの死体が転がることになった。
「あああああ……返り血が酷い事に」
ふと気がつくと、ファウナの服は元から赤い服だったのではという程に返り血を浴び、すっかり染め上がっていた。この程度のロートゥの群れであれば、ファウナにとっては加護がない状態であっても勝つことは不可能ではない。
ただし、それなりに慎重に攻める必要はあるし、何度も拳や蹴りを叩きこむ必要がある。その場合には、首の骨を折ったり、内臓を破壊したりすることで止めを刺すことになり、ロートゥからの出血は少ない。
それが、今回は文字通り返り血の出血大サービスである。全てはファウナの徒手空拳の威力が強すぎることに起因している。
「まぁ、仕方ない。大体の感覚はこれでつかめたので良しとしないとね」
強力になった身体の感覚に慣れることができたことで、ファウナは満足したようだ。だが、この程度のパワーアップは、加護のほんの一部であることをこのときのファウナはまだ知る由もなかった。なにしろ、まだ光弾も撃っていないのである。
――その頃、ユキトは地面を這うように探し回って、ようやく薬草と思しき植物を3株入手していた。まだギルドに提出できるだけの数は揃っていないが、手ぶらで帰ることは避けられそうだ。
資料によると、2株がセンゼンカズラといって傷に効く薬になるもので、1株はハウリ草という毒消しの類らしい。先ほどまでなかなか見つからなかったのは、原物がユキトが思っていたよりも小さかったのが原因である。図の印象では、もう少し大きな植物だと思っていたせいで、見逃していたようだ。
「痛ててて……腰にくるな」
長いこと屈んでいたせいで、ユキトの腰は鈍い痛みを発していた。ここらで休憩が必要だろう。ユキトは近くの木の根元に手ごろな石を見つけると、そこに腰を下ろした。
「さて、一休みついでに、加護について色々確かめてみるか……」
昨夜、宿の部屋でも色々と加護について試してみようかと考えたユキトであったが、下手な加護で火でも出たり、壁に穴でも開けたりしたら大変だと思いなおした。だが、クエスト中ならば野外だし安心だろうと計画していたのだ。
ユキトは、神話や伝承以外に、どうやらアニメや漫画なども加護を作成するモチーフとして使えることに気が付いている。まずはその範囲を探りたいところだ。
(こっちに来る直前までに読んでいた漫画のキャラの能力とか使えないかな?)
ユキトは自身を対象として、週刊誌で連載されていた休載がちな漫画の登場キャラクターを思い浮かべる。
「あれ?」
だが、妙なことに気付いた。今までだと自身にせよファウナにせよ能力を発動させるつもりで対象を決めると、なんとなく自身の能力が起動するような感覚があったのだが、それがない。
「おかしいな?」
能力に違和感を覚えたユキトは、今度は加護の実績がある天照大神をモチーフに能力を発動させようとする。だが、何も起こらない。
「だめっぽいな。能力の発動を感じない」
ユキトがどう念じても加護の参照は通らないようで、加護が生成される気配はない。
「おいおい、能力を失う展開ってもっとラスト間際だろう。こんな初期に起こる展開じゃないぞ」
誰に対してかは不明だが、ユキトは抗議の声を上げた。加護を付与する能力を頼りに異世界生活を安定させようと思っていたのに、肝心の能力が発動しないようでは大問題だ。ファウナに加護を付与したことで、能力が失われたとでもいうのだろうか。
ユキトは、どうにかこうにか能力を発動させようと、様々なポーズを決めつつ色々と念じてみるが、やはり何も起きない。
「こいつは……困ったな」
しばらく足掻いてみたユキトであったが、どうにも事態が進展しないため、いったん能力を発動させる活動を中断する。
(変身はどうだろう?)
「変身っ!」
既に付与されている変身ならば使えるのではないかと考えたユキトは大声で叫んでみる。
1秒……2秒……3秒と時間が過ぎ、鳥の鳴き声があたりに響く。心地よい微風が地表の草を撫でるように流れていく。そして、ユキトには何の変化もない。
「これ、誰も見てないからいいけど、何も起こらなかったとき恥ずかしいな」
変身には発動アクションが必要なぶん、不発に終わった場合の虚しさと恥ずかしさは、また格別であった。
(ステータスはどうなってる?)
ユキトは自身の状態を確認してみるため、ステータスを開こうと念じた。すぐに目の前に半透明なウィンドゥが出現する。
シジョウ ユキト
『まろうど』 付与師
冒険者ランク E
+変身の加護:超金属の甲冑を身にまとう「変身」が使用可能となる
やはり、ステータス上は変身の加護に変化はないようだ。
「ふぅ、わからねーな」
息を吐きながら空を見上げると、太陽も中天にかかり、空腹を覚える時間となっている。
「腹が減っては何とやらだし、食っておくか」
考えてもわからない時には、一度別のことに意識を向けることが重要である。そう考えたユキトは空腹を満たすことにする。
ユキトは、今回のクエスト用の食料として、管理者からもらった豆を持ってきている。かさばらず、腹を膨らませるのに都合が良い。
弁当を買うという手もあったが、どこの弁当を買えば良いのかよく分からなかった。どうせなら美味い店のものを買いたいし、そうそうないとは思うが、変な弁当を買って、食中毒などという結果は避けたい。ファウナに相談するべきであろう。とりあえず、今日は豆が昼食である。
ユキトは石に腰かけて、ボリボリと豆を齧り、一息つく。豆の薄い塩味が口の中に広がり、香ばしい香りが鼻を抜ける。この豆は結構美味いとユキトは思っている。そんな豆を5〜6粒食べるとほぼ空腹感が消えた。だが、空腹感が消えたのと引き換えに、先ほどの問題が頭に戻ってきた。ユキトは、再び何故能力が発動しないことについて考えはじめた。
(なぜ能力が使えなくなったんだ? 能力自体が失われたのか、それとも何かMP的なものが枯渇したのか)
前者であれば絶望的だが、後者であれば回復させれば済む。ステータス上は加護が残っていることもあるし、前者の可能性は低いだろう。やはりMP的なものが不足しているのだろうか。
しかし、管理者はユキトの身体には魔力が一切含まれていないと言っていた。とすると、MP的なものは元々ゼロだったと推測できる。ゼロだったものが枯渇するだろうか。
「こうやって対象を自分にとって……」
諦めきれないユキトは、もう一度能力の発動を確認してみる。
「あれ?」
ユキトは能力の発動の感覚を覚え、思わず、声が出てしまった。能力の対象を決定したときの特有の感覚が生じている。先ほどまでの不発が嘘のように、無事に能力が発動しているようだ。
先ほどとの違いは何か。まず間違いなく豆である。ユキトは豆を食べたのだ。もちろん豆に限らず、空腹時には能力が発動しないという可能性もあったが、その可能性は低いだろう。それよりは管理者から渡された不思議な豆に秘密があると考えた方が自然だ。
「この豆を食べると、俺に魔力か何かが宿るってことか?」
そう言えば、管理者も豆について色々と効果があると言っていた。魔力のないユキトの身体に魔力を与えるための食料なのかもしれない。
ただの腹が膨れやすい豆と考えていたが、もっとありがたいものだったのだ。説明不足なのは故意だろうか。魔力を回復してくれるものだと考えると、大切に使うべきアイテムかもしれない。
「とにかく、能力は使えそうだな。変身もいけるか?」
ユキトは座っていた石から立ち上がると、先ほどの不発を上書きすべく、気合を入れて声を上げる。
「変身っ!」
ユキトの身体が光り輝き、白銀の甲冑へとその姿を変える。同時に身体能力も向上したことを自覚できた。
「よし、大丈夫だな。それにしてもこの姿の方が身体能力が上がってて疲れなさそうだし、薬草を探すときは変身してから探した方が良さそうだな」
そう呟くと、ユキトは再び足元に目を向けるのであった。
閲覧ありがとうございます。
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8/27 文字数調整のため、いくつかの話を分割したため話数がずれました。(ストーリーには影響ありません)