第116話 登場! 黒幕のインウィデア!
前回のお話
ベズガウドに首を刎ねられたユキト。ギャグマンガ由来の不死の加護により一命は取り留めるも、追いつめられる。だが、そこにイーラが現れ、ベズガウドの胸を氷柱で貫いたのだった。
「ぐぐぐ、イーラ! 貴様……よくも……」
ベズガウドは身体を氷柱に貫かれたまま、イーラに怒りの言葉を浴びせる。だが、当のイーラはそれを気にする素振りもない。冷酷な表情のままで、ベズガウドに向けてさらなる詠唱を行う。
「氷槍よ、貫け!」
ドスッ!!
イーラの力ある言葉に従い2本目の氷柱が出現した。今度はベズガウドの正面から、彼の眉間を貫く。人間であれば、即死だろう。人間であれば……だが。
「よくも? それは、こちらのセリフじゃな。妾を虚言にて計ってくれたのは、インウィデア……貴様のほうじゃぞ」
イーラがユキト達を襲ったのは、インウィデアからの偽情報が原因であった。つまりイーラは騙されて利用されたことになる。彼女が怒るのも無理はない。
「調子に乗っておるようじゃから、少し頭を冷ましてやろう」
「この……ぐぐぐ!」
パキ……パキ……
眉間に突き立った氷柱を始点として、ベズガウドの身体が音を立てて凍りついていく。流石は氷結の魔女だ。顔から始まり、肩、上半身、腰、脚へと氷が広がっていく。ほどなくして、ベズガウドの全身には薄っすらと白い霜が降り、見事な氷像が出来上がった。
「この男が、インウィデア?」
一方のユキトは、インウィデアの部下だとばかり思っていた男が、インウィデア本人であると聞き、戸惑っていた。目の前で凍りついている男の外見は、普通のおっさんにしか見えないのだが。
「こいつはまだ死んではおらぬ。今のうちに回復しておかなくてよいのかえ?」
イーラはユキトからの質問には答えずに、ユキトに回復を促すことで、遠まわしに肯定を示す。確かに今が回復のチャンスである。
「…サンキュー、イーラ」
イーラに礼を述べ、ユキトは腰の袋から豆を2粒取り出すと、1つを自身の口の中へ放り込み、もう1つをアウリティアへと投げる。
「ん? なんだこりゃ。 ああ、これがお前が言ってたアンブロシアか。エリクシアルみたいなもんかな? ……どれどれ」
アウリティアもユキトの意図を汲み取って、受け取ったその豆を、即座に口に入れた。バリボリと噛み砕き、嚥下する。すると、豆の効果であろう。急速に体内の魔力が回復するのが実感できた。
「おおっ、これはいいな。だけど、傷までは回復してくれないのか。OK、そっちは俺の魔法で治癒させよう」
消費した魔力を取り戻したアウリティアは、ユキトの側に駆け寄ると、傷の様子を確認する。やがて、力強く頷くと、目を閉じて何やらブツブツと詠唱を始めた。
「生命の息吹よ、土より出て、風に舞い、水に流れ、火と燃え盛り、千秋を超えて輝かんことを。極魔復命術!」
その言葉と同時に、柔らかな緑黄色の光がユキトを包み込む。特に首の周囲にはオーブ状の光球がいくつも出現し、ユキトの体内へと染み込んでいく。ユキトの傷口は濃緑色に発光し、その光が消えるとともに、傷も跡形もなく消え失せていた。
「おお、楽になった」
極魔導士という大層な二つ名を持つだけあって、アウリティアの回復魔法はユキトの傷をたちどころに癒し、失われた血液をも補充してしまったようだ。先ほどまでの全身の虚脱感が嘘のように消えている。
「流石は極魔導士だな」
「おうよ。死んでなければどうにでもなるぞ」
頼もしい言葉を返す元世界からの友人。その友人の力も借りて、魔力と体力、両方の態勢を整えたユキトは、ベズガウドへと向き直る。
そのベズガウドの氷像は、白く輝き、ひんやりとした冷気の靄を漂わせ、完全に凍りついているように見えた。
「これは……死んでないか? 見た感じでは、俺たちの出番はなさそうだが……」
せっかく万全の態勢になったというのに……とユキトは、半分安心、半分残念な心持ちで、凍り付いた氷像を眺める。
「いや、そう簡単じゃないぞ」
アウリティアが油断するなと警告を発する。その言葉を肯定するかのように、突如として氷像に亀裂が入ったかと思うと、その全てがパァーーーンと砕け散り、内部から濃紫色のローブを纏った怪人が出現した。
「なるほど、さっきまでは魔力を隠蔽していたのか。俺も魔力を消費していて正体に気づけなかったよ。久しぶりだな、インウィデア」
アウリティアは、ローブを纏った存在に声をかける。どうやら以前に顔くらいは合わせたことがあるようだ。七極同士の懇親会でもあったのだろう。
「こいつが……」
ユキトの前に出現した濃紫色のローブの男……いや、性別は定かではないが、その存在は奇妙な姿をしていた。ローブから突き出した手の皮膚は青みがかっており、その爪は鋭利で、明らかに人間のものではない。
だが、特に変わっているのはインウィデアの頭部だった。首から上、すなわち頭があるべき箇所には、小さなホイールのようなものが横倒しになって浮かんでいる。
そのホイールの外側には、いくつもの仮面が並び、ぐるりと一周していた。ベズガウドがユキトの加護を消去しようとしたときに、ユキトへ向けた仮面と同質の白い仮面だ。
それら各仮面の表情は、喜怒哀楽など全て表情が異なっている。そして、正面を向いている仮面にだけ、眼孔の奥に赤い光が宿っていた。
「まるで阿修羅像だな……顔の数はこいつの方が多いけど」
そんな仮面群の中で、右側面に位置する仮面の1つのみ、額に大きな穴が穿たれ、キラキラと白く凍りついていた。その造形は、先ほどまでユキト達の前に立っていたベズガウドの顔にそっくりである。
強度的に限界が来ていたのだろう。ユキトの目前でベズガウド顔の仮面は額の穴からパキリと2つに割れてしまった。そのまま地面に落下し、粉々に砕け散る。
「ちっ、変化の面が割れたか……全く忌々しいヤツらだ」
インウィデアが忌々しげにそう述べると、その頭部がカシャンと回り、別の仮面が正面を向いた。荒々しい怒りの表情をした仮面だ。移動した仮面の目からは光が消え、今度は新たに正面を向いた「怒りの仮面」の目に光が宿っている。
どうやら仮面が複数あっても、同時に「顔」として機能するのは1つだけのようだ。インウィデアは、頭部を回転させると、自分の背後に立つイーラの方へ「怒りの仮面」を向ける。
「イーラ……貴様は皇国と王国の戦争に出向かなかったのか?」
怒りの仮面が唸るような声でイーラに問いかけた。
「ああ。シジョウ卿の近くにいれば、いずれはお主が出てくると踏んでおったのでな。妾の予想通りに現れてくれたのぅ」
「アウリティアが移動してきた時、その一行に貴様はいなかったはずだが……」
「妾も魔女と呼ばれておるのじゃぞ。アウリティアの使った長距離瞬間移動の術を再現し、空間の歪みを辿って追ってきたまでよ。流石にアウリティアの魔法の技には及ばぬゆえ、術を再現するのに命を1つ減らしたがな」
どうやら、イーラは、アウリティアの使った瞬間移動の魔法を見様見真似で再現したようだ。その代償に命1つとは、かなりの無茶をしたことが伺える。そこまでしてでも、インウィデアを許せなかったのだろう。
だが、2人の会話の中に、ユキトが聞き逃せない言葉があった。ユキトは声を荒げて問う。
「おい、皇国と王国が戦争って言ったか?!」
ユキトの質問を受け、インウィデアは「顔」をユキトの方へグゥルリと戻すと、面白くなさそうに言葉を紡ぎ始めた。
「本来なら……皇国軍を、もう数日ほど早く王国へと攻め込ませるはずだったのだ。そうすれば、シジョウ卿……お前は王国の貴族として、ハルシオム皇国との戦争に出向いていただろう」
既に太陽は大きく傾き、ユキト達の影も大地に長く伸びている。ユキトとインウィデアの間に風が吹き抜けていった。
「そうなれば、グリ・グラトにはアウリティアが単独で挑むことになったはずだ。だが、魔道士の身では、魔力を吸収するグリ・グラトには勝てまい。少なくとも苦戦は免れんはずだ。
そこに我が助力すれば、グリ・グラトの勝利は確実。あの肉団子にアウリティアも吸収させ、より強力にしてから、シジョウ卿と戦わせる計画だったのだ。
……だが、ケロンのヤツの侵攻開始が遅れおったせいで、シジョウ卿、お前までもエルム山地へ来てしまったわけだ。計画が台無しだ」
「皇国が王国へと攻め込んだ? ん~、サジン達から連絡は入ってないようだが……」
インウィデアに対して、アウリティアがそんな横槍を入れる。皇国が王国へと攻め込んできたのならば、遠距離通信の魔道具により、王国にいるサジン達から報告が入っても良さそうなものだ。
遠距離通信の魔道具の本体はエルフの里『タニアス』に置いてあるが、連絡が入ったか否か程度ならば、少し離れていてもアウリティアは感知できる。だが、魔道具に連絡が入った気配はなかった。
「ククク……この地と王国との間に魔気嵐を起こしたのだ。これで数日間は遠距離で会話する魔道具は使えんはずだ。そうでもせんと、シジョウ卿の油断を誘うのに都合が悪かったのでな」
確かにインウィデアの言うとおり、皇国が王国へと攻め込んできたと報告を受けていたら、グリ・グラトを倒した後も油断はしなかっただろう。恐らくは、急いで王国へと戻ろうとすぐに態勢を整えたはずで、インウィデアが隙をつけたかは微妙だ。
「なるほど、ユキトがこっちに来てしまったことで、作戦を変更してグリ・グラトを倒した直後の油断を狙っていたわけか」
アウリティアが感心したように述べる。実際、ユキトはまんまとグリ・グラト撃破後の油断を突かれてしまった。イーラがいなければ危ないところであった。
「お前は俺への陽動のために皇国を攻め込ませたのか?」
一方のユキトとしては、自分のために王国が攻め込まれたと聞いて、心中穏やかではない。
「我がケロン公爵をそそのかしたのは確かだがな。あの野心家は放っておいても、いずれは王国に侵攻していただろう。
シジョウ卿としては王国が心配なのだろうが、残してきたシジョウ卿の仲間がいれば、ケロンごときはすぐに蹴散らされるだろう。先ほどのグリ・グラトとの戦いを見たが、異世界の加護は強すぎる。ケロンには加護封じの魔道具を与えてあるが、あいにく異世界の加護には通用せんのでな」
インウィデアは皇国の敗北を確信している。彼としては、ユキトの仲間達に異世界の加護という圧倒的な力が付与されている以上、ケロンごときが勝てるはずもないと考えていた。
(陽動にすら使えない役立たずめがどうなろうと構わんが、今の状況をどうにかせねばな……姿を変える力を持つ「変化の面」が割られ、敵はイーラとアウリティア、そして異世界の加護を使うシジョウの3人か……)
インウィデアはこの状況を切り抜けるため、頭を悩ませていた。色々と会話をして、時間を引き伸ばしてみたが、良い打開策は浮かんでこない。流石に七極の2人と異世界の加護持ちを同時に相手にするのは分が悪い。
「ちっ……」
怒りの仮面からは忌々しげな舌打ちが聞こえるのだった。
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