第110話 対決! 皇国軍の加護持ち!
前回のお話
皇国軍を迎えたファウナとフローラは、とりあえず岩山をぶっ飛ばしたり、焼きつくしたりして、脅しをかけました。
皇国軍の先頭集団がファウナとフローラに遭遇したことは、即座に後方の部隊へと伝えられた。もちろん、そこには指揮権を持つ軍団長がいる。
「先頭集団がファウナとフローラと名乗る女2人と接触した模様。巨大な岩山をも破壊する力を持っており、恐らくは強大な加護持ちであろうとのこと!」
「あぁ? 加護持ちだと?」
報告を受けたケロン軍団長は、忌々しそうな顔を作る。その顔はガマガエルに良く似ていた。
「……ファウナとフローラか。おい! 事前の調べにあったか?」
軍団長は椅子に深く腰掛けたまま、傍に控えていた騎士に顔だけを向け、2人の名について尋ねる。
「はっ。 確か、シジョウ冒険爵の仲間だったかと。ファウナは格闘系の加護を、フローラは魔法系の加護を持っていると推測されております」
「ああ、思い出した。調べにあった女冒険者か。だが、岩山を破壊したなど信じられんな。どうせ何か仕掛けがあるんだろう。加護を強力に見せかけるためによくある話だ」
ケロンはファウナとフローラが岩山を破壊して見せたことをトリックと決めつけた。実際、加護のあるこの世界では、何らかの仕掛けや魔法を組み合わせることで、持ってもいない強大な加護を演出することがある。
「ふん。師団長なら対応できるだろう。とっとと片付けさせ……いや、ファウナだかフローラだかは美貌のエルフだったな。生け捕りにして、ワシの所へ連れてくるように言え」
ケロンは好色な笑みを浮かべると、伝令にそう命令を降した。
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一方、こちらは先頭集団。ファウナとフローラのパフォーマンスを目の当たりにして、皇国軍の兵士達はその歩みを止めていた。岩山を徒手空拳で吹き飛ばし、さらに高火力で岩山を丸くくり抜くことが果たして人間に可能なのか、判断がつきかねているようだ。彼らは困惑した表情で岩の上の2人の姿を注視している。
「はっ、そんな強力な加護があるなんて聞いたこともねぇぞ」
「爆薬でも使ったんじゃねぇのか?」
兵士達の中から自信ありげな声が響いた。声の主と思わる2人の兵士が、ざわつく集団の中から歩み出てくる。その装備は使いこまれて薄汚れた革鎧で、正規兵のものではなさそうだ。恐らくは傭兵なのであろう。傭兵の装備は自前が基本なのである。自信満々の表情の2人は、1人は体格のがっしりしたスキンヘッドの大男であり、もう一人は痩せ型の小男だった。
「剛力と俊足のカラマー兄弟とは俺達のことだ。俺達の力と早さの連携に勝てるかな?」
大男の方が名乗りを上げる。どうやら皇国内では多少は名が通っているらしい。だが、王国内では聞かない名前だ。
(いや、知らないし……)
ファウナは内心で返答しつつ、2人の男の挙動を眺めている。
「格闘家って言ったなぁ、姉ちゃん。なら、そこから降りてきて、俺達と勝負しようぜ。本当に岩を破壊したのなら、簡単なことだよなぁ?」
今度は、げっ歯類を思わせる小男の方がファウナに向かって挑発的なセリフを吐いてきた。どうやら、ファウナが岩山を破壊したのは、爆薬もしくは魔道具を使ったと信じ込んでいるようだ。
「分かったわ」
ファウナは軽く笑みを浮かべると、既に上半分が消し飛んでいる岩山から、ひょいと飛び降りる。それなりの高さではあるが、ある程度の高ランク冒険者ならば無理な行動ではない。
ストッ……
ファウナが静かに乾いた大地に降り立つ。皇国軍の兵士達も、その身のこなしを見て、やはりファウナは相当な実力者なのではないかと考えていた。
「ふん、全くの無能ではなさそうだな! さぁ、いつでもきやが……ブベッ!?」
大男は最後まで喋ることなく、後ろに吹き飛ばされた。ファウナが瞬時に男に近づき、デコピンを放ったのである。男は、脳震盪でも起こしたのか、もはや立ちあがれないようだ。
「え?」
大男の隣にいた弟分らしき小男が驚きの声を上げる。が、その時には、既にファウナが彼の目前に移動していた。
ボフッ!!
ファウナにとっては軽く腹部を払った程度だったが、それでも小男は数メタほど後方に飛ばされ、白目を剥いたまま泡を吹いて動かなくなった。こちらも一撃である。
「私の勝ち。 ふぅ、あっけないわね」
「か、カラマー兄弟があっという間に……」
「今の動き、見えたか?」
「ば、化け物かよ!?」
ファウナが軽く息を吐く背後で、兵士達は驚きを隠せないで騒いでいる。
ファウナがあっという間に片付けてしまったカラマー兄弟だが、実は皇国内では初見殺しと評される賞金稼ぎだ。この兄弟、実は大男の方が俊足の加護持ちであり、小男の方が剛力の加護持ちという、見かけのイメージとは正反対の加護を有している。それゆえに、兄弟の加護を誤解した敵は、剛力自慢と思っていた大男の俊敏な動きや、早さしか取り柄がないと思っていた小男の意外な剛腕に倒れることになるのだ。尤も、ファウナの前にはどちらでも同じであったようだが……。
「さ、私の力はわかったわよね?」
ファウナは皇国軍へ向かって声をかける。ファウナがその気になれば、一般兵など蟻を払うかのように虐殺することもできるだろう。兵士達もそれを理解しているのか、青ざめた表情でその場から動けないでいた。ファウナ一人に全滅もありえるのだ。
だが、ファウナはファウナで、可能な範囲で皇国側にも犠牲を出さずに済ませたいと考えていた。ファウナ自身が戦争により親とはぐれた孤児である。敵であってもできるだけ、戦争での死者は出したくないのが本音だ。兵士の多くは、快楽殺人者などではなく、国の命令で動いており、故郷に戻れば良き父、良き夫、良い息子であるはずなのだ。
(それにユキトが、望まないだろうし……)
王都にいた間、ユキトが時折考え込むような表情をしていることにファウナは気が付いていた。決まってユキトがイーラと話した後のことだ。ファウナは思い切って、ユキトに聞いてみたことがある。
「ユキト、イーラさんと何かあったの?」
ユキトは内心を見透かされた気恥ずかしさからか、頬を掻きながら答えた。
「いや、何かあったと言えば、大ありだ。俺、アイツの首を刎ねたことがあったろ? 今、冷静に考えるとやっぱりやるべきじゃなかったのかもって思うんだよな」
「でも、あれは……」
「ああ。もちろん、イーラから王国に攻撃してきたわけだし、結果としてファウナは生きているけど、一歩間違えたら死んでたんだ。王国としても許すわけにはいかないし、俺も許さない」
ユキトはそう断言してから、口調を少し柔らかくして続けた。
「でも、元々俺のいた世界では、こっちよりも命の価値が大きくってさ。なかなかこっちの価値観に慣れないんだよ。こっちの基準だと死罪でも仕方ないのかもしれないけど、あの時は、ファウナが殺されかけたこともあって、無理にこっちの基準に従わなきゃって焦ってた気がする……」
「ユキトの住んでた世界、いい所だったのね」
「そうだな。だから、俺ももう少しちゃんと考えてからイーラに剣を振るうべきだったんだろうなって思うんだ。まぁ、イーラは結果として残機を減らしただけ……だったけどな」
ユキトはそう言って軽く微笑んだ。ファウナにはそれが少し寂しそうに見えた。この世界の価値観に染まっていくということは、故郷がそれだけ離れていくということだ。
(あの時、ユキトは言わなかったけど、そのままイーラさんが死んでたら後悔してたって顔してたもんね)
ファウナはユキトとのやり取りを思い返しながら、再び皇国軍を見据える。仮にユキトがここに立っていたら、王国を守ることを最優先にしつつも、可能な範囲で皇国軍の被害も少なくなる方法を模索するだろう。
「さぁ、退くの? それとも全滅する?」
そんな思いを胸に秘めつつ、ファウナは大声で皇国軍を恫喝した。
荒野を吹く風が、ファウナと皇国軍の間に砂埃を巻き上げ、西へと流れていく。ジリジリと地を焼く太陽も少しずつ地平線に近づいている。
「実力は本物のようだな」
ファウナに恐れをなして動けなくなった兵士達の後方から、明瞭な声が響いた。大きな声ではないが、真っ直ぐに通る力強い声である。
やがて、兵士達が左右に分かれ、その道を通って一人の騎士がゆっくりとこちらに向かってきた。6本足の大型馬にまたがった彼は、黒く塗られた鋼の鎧を身にまとい、派手な装飾の施された片手剣を握っていた。
「流石に我が軍も加護持ちの兵が2名やられた程度で退くわけにはいかんのでな……。我は師団長を務めているアケローン。ファウナ殿と言ったな。その命、頂戴する」
アケローンと名乗った男は馬から飛び降りると、ゆっくりとファウナの前方まで歩み寄ってくる。
「馬に乗らなくて良いの?」
「貴殿の力では、馬ごと吹き飛ばされてそうだからな」
ファウナの問いかけに、アケローンは本気だか冗談だか分からない答えを返すとニヤリと笑った。
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