第108話 出発!3人の刺客!
以前に記した通り、アスファール王国やハルシオム皇国のある大陸は、地球で言うところのユーラシア大陸に近い形状をしている。ただし、面積はユーラシア大陸の5分の1程度だ。この大陸は、主に4つの地域に分けられており、ロシアにあたる北側一帯がエルム山地である。山地と呼ばれているが、高い山脈が連なるとともに、広大で深い森が広がっている未開の地である。この地域には、エルフやドワーフなどの種族が数多く暮らしており、ティターニアの治める里もこの地域に存在している。
アスファール王国は、大陸のアジアにあたる地域を広く国土としており、対するハルシオム皇国はヨーロッパにあたる地域を支配している。そして、中近東にあたる地域には、キルジャーノ地方と呼ばれる自由都市や小国が群立する地域が存在する。ここは、王国と皇国に比べるとずっと狭いが、流通の要としての地位を確立している。
そんな地理的条件下のもと、ハルシオム皇国とアスファール王国は、毎年の恒例行事のように小競り合いを繰り返してきた。大陸中央にあたる国境付近において、双方の軍に大きな被害が出ないように行われているもので、戦争と呼ぶには小さすぎる規模である。だが、これを止めると相手国に侮られると双方の好戦派が主張しており、いわばガス抜きを兼ねた行事である。
だが、今回は国境に集結するハルシオム皇国の軍は通常の10倍にも及び、武具の準備状況なども含めて、強い侵略の意志を示している。また、間諜からもたらされる数々の報告も、それを裏付けていた。
国境付近に集結する皇国軍は、久々の本格的な戦争を前に気持ちを昂らせている。各地から招集されたと思われる兵士達は、思い思いの場所に輪となって座り、真ん中に火を焚き、支給された食糧を炙っていた。
「王国と決戦とは、ケロン大臣も思い切ったもんだな」
「俺は歓迎だぜ。毎年の形ばかりの突っつき合いに、うんざりしていたとこだ」
「あれは、公共事業みてぇなもんだったからな」
兵士達はこれから始まるであろう戦いを前に、好きな調子で喋っている。
「俺の剛力の加護の力を見せつけてやるさ」
「手柄を立てれば、ツァーリ陛下からの恩賞も篤いって話だぜ」
当然、加護持ちの兵士も数多く動員されており、そう言った兵士は如何に手柄を立てようかと、その野心を燃えたぎらせている。
そんな野営地から、更にハルシオム皇国の領内側にある砦には、この戦争のための本陣が設営され、皇国軍の中でも特にエリートと目される白竜兵団を始めとした軍団兵が出入りする姿を見ることができる。襟元に見える白竜を模った徽章がその証である。
「ケロン大臣。兵士達の集合状況は問題ありません」
「ここでは大臣ではなく、軍団長と呼べ」
「はっ、失礼しました。軍団長」
「うむ。順調のようで何よりだ。ベズガウドのヤツが言っていた期日よりは遅くなったが、まぁ、問題あるまい」
ケロンと呼ばれた50代に見える小太りの男は、片目に眼帯をつけていた。先日、暇に襲われたときのダメージが回復していないのだ。尤も皇国内では、ケロン大臣は加護付きの暗殺者に襲われて負傷したものの、見事に返り討ちにしたことになっている。
「それにしてもベズガウドのやつ……どこに行きおった」
ケロン直属の工作員であるベズガウド。この男は、暇という賊を海に沈めた後から、何やら活発に裏で動いていたようだが、ここ2週間程はケロンの前に姿を見せていなかった。とは言え、姿を消す前にアスファール王国への侵攻については十分に準備をさせたのだから、彼の出番はもう済んでいるとも言える。
(アイツも少々知り過ぎているからな……ワシがツァーリとなった暁には……)
ケロンは、そんな野望を抱きつつ、眼下の兵士達を満足そうに見渡すのだった。
一方のアスファール王国は、急いで迎撃のための軍の編成を進めていた。ハルシオム皇国が軍を編成する動きは、毎年恒例の小競り合いのための動きがカムフラージュとなり、発覚が遅れたようだ。それ以外にも、何人かの諜報員が偽の情報を掴まされており、周到に計画が進んでいたことを伺わせる。恐らくは国内に対する調略も進められていることだろう。
「まだ不明確な点も多いが、入手できた範囲の情報を元に動くしかない。今回は敵を退かせることを勝利条件として、各員が総力を持ってあたってもらいたい」
王国側の総指揮はアスファール国王の息子であるサハルト・デ・アスファール王子が執ることになった。この現国王の長男であるサハルト王子は、なかなかに優秀であるという噂だ。更に王子を補佐する将軍たちも戦の経験が豊富な猛者ぞろいである。王城の会議室には、ブレイブリー公爵とラング公爵の姿も見える。
彼ら戦上手の立てた作戦としては、まずは開戦時にユキトの常識はずれな力を使って、敵の戦意を喪失させるよう試みることで一致していた。普通の貴族であれば、戦の手柄を取り合って、互いに先陣を譲らずとなる場面だが、そこは流石に公爵である。
「今回は急を要するからな。先陣で手柄を立てたい気持ちもあるが、効率で考えれば、シジョウ卿に一発お見舞いしてもらうのが良いだろう」
「それで敵が退かなかった場合、そこからは我々が手柄を競うことにしよう。被害は小さいに越したことはない」
ブレイブリー公爵とラング公爵の両公爵がそのような意見であれば、そこに異を唱える貴族はいない。内心では、成りあがり者であるシジョウ冒険爵に大きな顔をさせたくないという貴族も多いのだろうが、2人の公爵の前ではおくびにも出さない。それが貴族の社交術というものだ。
だが、そんな王子達のところに姿を見せたのは、ユキトではなく、そのパーティーメンバーであった。何でも頼みのシジョウ冒険爵は現在は不在であり、その代理としてファウナとフローラ、セバスチャンが軍に加わるという。フローラがサハルト王子らにユキトの不在を謝罪する。
「申し訳ございません。冒険爵は、アウリティア様の故郷が強大な魔物に襲われているため、共闘すべくエルフの里へと赴いております。急を要する出立だったため、御報告が遅れたことをお詫び申し上げます。魔物はエルム山地から南下しており、放置しておけば王国へも被害が出ると判断したための行動でございます」
ユキトは慌ててアウリティアについていったため、王城への許可や報告をすっかり忘れていたのだが、そこはフローラが上手くカバーしたようだ。
アウリティアの名に加えて、王国へも被害が出る可能性を示されれば、王子達もあまり強くは言えない。そもそもアウリティア1人では手に負えない魔物となると、ハルシオム皇国軍以上にやっかいかもしれない相手だ。
「フローラよ、シジョウ卿の不在の件は承知した。そのような事情であれば、不問とするしかあるまい。では、その方ら3名はすぐに国境に向かってもらいたい。国境にはブレイブリー公爵家の赤虎師団が陣を構えているので、その指揮下に入ってくれ」
サハルト王子の指示を受けた3人は頭を下げ、すぐに会議室から退出した。
そのまま、すぐに王城から出立したいところであるが、控えの間で少し待つことになる。手ぶらで国境に向かうわけにはいかないので、指示命令書を受け取る必要があるのだ。
「怒られなかったわね」
部屋から退出し、ホッとした表情でファウナがフローラに話しかけた。ユキトがいないことに対する言い訳の話である。
「伯爵や侯爵の中にはグチグチ思っている方々もいそうですけれども、王子が不問と明言してくださったのは大きいですわね」
フローラとしては、勝手にいなくなって何様のつもりだ、程度の陰口を叩きそうな数名の貴族の顔が浮かぶが、貴族社会とは得てしてそういうものである。
やがて、パスタが茹で上がる程度の時間が経過すると、従者が王子の名の入った指示命令書を持って、控えの間に入ってきた。フローラがそれを恭しく受け取ることで、この場のイベントは完了である。後は国境に向かうだけだ。ここは拙速を尊ぶべき場面だろう。
「では、国境までは獣車で向かいますか?」
セバスチャンがファウナとフローラに尋ねるが、ファウナが首を横に振る。
「2人くらいなら私が運べそうね」
「え?」
「ファウナ様がですか?」
戸惑うフローラとセバスチャン。まさか人力で運ばれるとは思ってもいなかったようだ。
「多分、これが一番早いと思うのよね」
そう言ったファウナは、フローラとセバスチャンをひょいと肩にかつぐと、新幹線を思わせるような恐るべきスピードで街道を駆けていくのだった。
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