第107話 侵攻! 皇国の軍靴
GWで遠出していたので、更新の間隔が空いてしまいました。
「こ、皇国が……?」
「ああ。恒例の小競り合いではなく、本格的な侵攻の動きのようだ。本来であればシジョウ卿に出陣いただくべきなのだが……」
伝令の男はそう述べると、困った表情をして自身の顎をさすった。ユキトが王都を離れている理由として、国王と会談までしたアウリティアの名を出されたため、不在を抗議するわけにいかなかったのだろう。
だが、男の言うことも尤もである。王国の貴族である以上、王国への侵略に対して、国を守るために戦う義務がある。アスファール王国としては、並外れた戦闘力や不思議な能力を持つシジョウ冒険爵には先陣を切ってもらい、敵の出端を挫きたいはずだ。そのためにこそ、一介の冒険者であったユキトに冒険爵という爵位を与えたと言っても良い。
もちろん、皇国側にも様々な加護を持つ者がいることは予想される。だが、ユキトが付与する加護は、この世界の平均的な加護の力を大きく逸脱している。特にステータスアップ系の加護に関しては、その上昇幅が段違いである。
その理由は明確であって、ユキトの付与する加護が参考にしている対象が、日本のアニメや漫画の設定であるためだ。この世界で一般的な英雄譚には『大人の背丈ほどある岩を持ち上げる怪力』や『風のように速く走る脚力』等の表現が出てくる。これらに比べると、ユキトの故郷のアニメや漫画の設定は具体的かつインフレ気味である。読者は、主人公が岩を持ち上げたくらいでは驚かない。そのため、地球をも破壊したり、音速を超えて移動したりする描写までもが存在するのだ。
アスファール王国としては、そこまでユキトの能力の詳細を把握していないが、ユキトとその周囲の者が並外れた加護持ちであることくらいは認識している。ユキトがいないとしても、S級冒険者と認定されたファウナをはじめとして、他のパーティーメンバーもまた驚異的な実力の持ち主であるのは周知の事実だ。
「シジョウ卿が何らかの事情で遅参されるのであれば、代わりにファウナ殿やフローラ殿に先陣をお願いしたい」
伝令役の男はそのように述べた。
ファウナは軍人ではないが、先陣の重要性くらいは十分に理解している。特に侵略を受けるアスファール王国側からすれば、今回の戦争は防衛戦であって、殲滅戦ではない。相手にとても敵わないと思わせて、兵を退かせることができれば勝利である。この場合、常識外れの力を持つファウナやフローラを秘密兵器として温存する必要はなく、初手で相手を驚かせた方が良い。尤も、フローラが本気を出せば、驚かせる以前に敵軍どころか敵国が一瞬にして蒸発しかねないのだが。
「わ、私たちが先陣……」
「他の貴族にも情報伝えねばならないので、いったん失礼する。後ほど返答を伺いに来るが、引き受けてもらう場合は、すぐにでも国境へ向かってもらうことになる」
伝令の男はそう言うと、ファウナの前から走り去った。風のような速さで走っていったところを見ると、風走の加護か何かを持った者なのだろう。
「どげんしよ……」
男の姿が消え、ファウナは泣きそうな顔で不安げに呟く。
ファウナやフローラの力を以ってすれば、ボロウのように余程特殊な加護持ち以外は相手にならないだろう。とは言え、ファウナが単独で判断できることではない。
「ファウナさん、どうしたのですか?」
ファウナが悩む様子を見て、フローラも「これは何か厄介なことを持ち込まれたのではないか」と心配したようだ。そして、ファウナの返答により、その心配が正しかったことを知る。
「ハルシオム皇国が王国に攻めてくるらしいわ」
「!!」
ファウナの声は思ったよりもよく通り、サブシアへの移動のための準備をしていたフローラ以外のメンバーも動きを停止した。幸いにも関係者以外はこの場にいないので、部外者にこの話を知られる心配はない。
「そ、それで王国はユキト様に何と……?」
フローラも侯爵家の令嬢である。王国の要望は容易に推測できるわけだが、ファウナに確認することで情報の共有を図る。
「ユキトに先陣をって話だったけど、遅れるようなら私やフローラだけでも……って」
「確かに防衛戦ですから、最初にこちらが圧倒的に優位であることを示したいのは分かります。最も良いのは、ユキト様とアウリティア様が怪物を退治され、すぐに瞬間移動で王都に戻ってきてもらうことですが……」
フローラの発言に対して、サジンが首を振る。
「アウリティア様の遠距離の瞬間移動は、数日ほど時間を空けないと使用できないと伺った事があります。首尾よく怪物討伐が無事に済んだとしても、すぐに戻ってきて頂くのは難しいでしょうな」
サジンの言葉に、ファウナとフローラががっくりと肩を落とした。その様子を見て、ウヒトがスッとファウナに近づいて、彼女の肩にポンと手を置く。ファウナを力づけようとしているのだろうが、下心があることは間違いない。
「元気を出して下さい、ファウナさん。大丈夫です。何とかなりますよ」
ウヒトのセリフは実に軽薄なものだったが、ファウナは軽く頷きつつ、彼に礼を述べると、そのままサジンへと顔を向けた。
「ウヒトさん、ありがとう。 ……そうだ。サジンさん、ユキトと連絡って取れる?」
ユキトが王都に戻れないとしても、本件は爵位持ちであるユキトと相談して対応を決めるべき事案であろう。アウリティアの付き人である彼らは、遠隔地と連絡を取れるというエルフの魔道具を持っている。アウリティアのいるエルフの里とは通信可能であるはずだ。
「可能です。まだアウリティア様達は怪物の討伐中だとは思いますが、このような状況ですからな。我らの里の者に伝言を依頼しましょう」
サジンはそう述べると、透き通った拳大の結晶の表面に磁器のような飾りが張り付いている不思議な道具を取り出した。恐らくは、これがエルフの里と通信できるという魔道具なのだろう。
サジンは魔力を使い、何やら魔道具の操作を始めた。結晶の中に光が生まれ、その色と強さを目まぐるしく変じていく。だが……
ザザザザ……ザザザザ……で……さが……ザザザッ
「むぅ……通信がうまく行きませんな……魔力が何かに干渉を受けている?」
「え……ということは」
フローラが不安そうにサジンに尋ねる。里が壊滅して、通信ができない可能性を考えたのだ。
「申し訳ないが、通信できない状況のようです。原因は不明ですが、魔力が途中で何かに乱されている様子ですな」
サジンは難しい顔をしながら返答した。魔力を媒体として通信する魔道具であるため、魔力により干渉されると通信ができなくなるようだ。
「里からの雑音のようなものを捉えることがあるので、里側の魔道具が破壊されたわけではなさそうですが……」
サジンが説明を付け加える。里側の魔道具が破壊されていた場合は、完全に反応がなくなるのだそうだ。ユキト達が敗北して、エルフの里が壊滅したというわけではなさそうなので、フローラはホッとした表情を見せる。
「ってことはぁ、やっぱり私達で判断しないといけないみたいねぇ」
ストレィは、フローラやファウナよりは落ち着いている様子である。彼女は戦闘担当ではないため、戦地へ駆り出されることはなく、そのためかもしれない。ただ、普段はあまり見せない腕組みをしていることから、多少の緊張は見てとれる。腕に圧迫された胸がすごいことになっている。
「私がユキトの代わりに国境に向かうことにするわ」
「ファウナさんだけに任せてはおけません。私も参りますわ」
少しの間を置いて、ファウナとフローラが覚悟を決めた顔で宣言した。両名とも口元にキュッと力が入っている。アウリティアの里に出現した怪物程ではないが、一国の軍隊が相手である。2人とも常識離れした力を持っているが、それなりの覚悟は必要だろう。
「となるとぉ、私とセバスさんはサブシアに向かえば良いのね?」
ファウナとフローラの宣言を受け、非力なストレィは当初の予定通りにサブシア行きを担当するつもりのようだ。ユキトと通信がとれない以上、万一に備え、サブシアの領民の避難の準備を進める必要がある。
「お待ちください。このセバスチャン、フローラお嬢様だけを戦場へ向かわせるわけには参りません」
だが当然ながら、セバスチャンはフローラとともに戦場に向かう気のようだ。その表情からは絶対に同行するという強い意志が感じられる。
(まぁ、セバスさんはそうでしょうねぇ)
ストレィも仕方ないという表情だ。そのセバスチャンの隣でウヒトが手を上げる。
「あ、俺もファウナさんと同行す……」
「馬鹿を言うな、ウヒト! 我らが他国の戦争に関与するなど許されるはずがなかろう」
ウヒトはファウナと同行したがったが、サジンがそれを許すはずがなかった。平時ならともなく、戦争となれば、皇国と王国の問題である。そこにウヒトやサジンが関与すれば、国際問題になるのは間違いない。ウヒトもそれが分からないはずはないのだが、恋は盲目というやつだろうか。
「原因は不明ですが、魔道具による通信ができない以上は、我々もアウリティア様の指示に従って、里へ戻るしかありませんな」
未練がましいウヒトを制し、サジンが残念そうに口を開いた。それを受けて、ストレィが状況をまとめる。
「じゃあ、私は1人になっちゃうからぁ、王都でセミルトが来るのを待ってサブシアに戻るわねぇ。ファウナとフローラ、セバスさんが王国の要請に馳せ参じるってことで」
このような顛末を経て、ユキトを欠いた王都組の方針は固まった。これにより、後世に語り継がれる有名な英雄譚「二姫無双」が生まれることになるのである。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
GWは遠出していたので、更新の間隔が空いてしまいましたが、また週2更新くらいのペースで進めたく存じます。宜しくお付き合い下さい。