第106話 お久しぶり! 食べられた男!
「暇!? なんで、お前が……」
ユキトが驚くのも無理はない。虚井 暇、ユキトと同様に日本出身だと称する彼は、王都においてニューマン公爵家の私兵を皆殺しにするという凶行を働き、その後行方知れずなっていたはずだ。ユキトとしても、グリ・グラトから、そんな男の反応が返ってくるとは思ってもいなかった。
「いやぁ、話せば長くなるんだけど、ボクはどうやらこの魔物に吸収されちゃったみたいでね〜。いやぁ、参ったなぁ」
とても化け物に取り込まれたとは思えない明るい口調で、暇の思考が流れ込んでくる。
ユキトのテレパシーは相手の思考を勝手に読みとる程の力はない。相手が意図的に強く念じた内容を感じ取れる程度だ。ということは、暇は意識してユキトに思考を送っていることになる。つまり、そこに嘘を混ぜることも可能なのである。
「グリ・グラトが、こんな化け物になった原因がお前ってことでいいのか?」
「グリ・グラトってのはこの魔物の名前かい? だとすると、そうかも知れない。ボクの呪いを取りこんじゃったんだろうねぇ」
「呪い? 何だそれは?」
「分かりやすく言えば、ボクに与えられた不死の呪いなんだけど、この魔物はそれを取り込もうとして、逆にボクの呪いに浸食されたんじゃないかな。知らないけど」
暇の説明は、アウリティアの所見とも一致する。何か強い呪いを取り込んだことで、グリ・グラトの力が暴走しているのではないか、という話だ。
「……何か俺にできることはあるか?」
ユキトとしても、暇の現状を知ってしまった以上はこのまま見捨てるのは、気が引ける。暇の現状は、ニューマン公爵の私兵団を殺害した報いだと言えないこともないが、この男が同郷者であるという意識も拭い去ることはできない。
「いや、特にないよ」
だが、暇の返事は至極あっさりしたものだった。
「ボクは既にコレの一部になっているみたいだ。シジョウ君にボクとコレを分離できる術があるのかい? まぁ、どちらにしても、コレごと吹っ飛ばしてもらって構わない」
「お前、化け物と一緒に死ぬつもりか?」
ユキトは暇の覚悟を確認する。脳内に響く暇の声色には、一切の悲哀も諦観も感じられないため、彼の真意が測れないのである。
だが、ユキトは暇の返信をテレパシーで受信することはできなかった。突如として、グリ・グラトの獣性が膨れ上がり、強大な敵意によってかき消されたためだ。
見ると、グリ・グラトの体表面の一部がミチミチと裂け、中から竜の頭部と思われる形状の器官が生えてきた。金持ちの家に飾ってある鹿の剥製のように、竜の首の先だけが、醜悪な肉塊から突き出している。その竜の鱗は、オレンジに近い赤色で、ヌラリとした光沢を持っていた。
やがて、竜の頭はその瞼をゆっくりと開くと、アルマイガーGに視線を向けた。だが、その眼球は爬虫類のものではなく、巨大な人間の眼球に見える。薄く濁っていることもあり、かなり不気味な光景だ。
「注意しろ! ブレスを吐く気かもしれん!」
ティターニアはそう言って、警戒している。グリ・グラトは、自身が喰らった魔物の能力を貯め込み、必要に応じて行使することができたと言われている。となると、あの竜はグリ・グラトに喰われた竜なのだろう。暴走して、腐肉の塊となり果てても、その能力は健在なのだと思われる。
「あの形状は火竜の首だな」
ティターニアがドラゴンの首を見て、その種族を推測する。この世界の炎属性のドラゴンは、火竜、炎飛竜、赤竜、灼熱竜、獄炎竜など複数いるらしいが、火竜はドラゴン種の中では下位竜にカテゴライズされる存在だという。下位竜とはいえ、ドラゴン種であり、そのブレスは並の魔物の攻撃より遥かに強力だ。
その火竜の首に注意を払いながら、ユキトは再びグリ・グラトに意識を向けてみる。だが、アルマイガーGへの激しい怒りの感情が渦巻く以外には、何も感じとることはできない。
(暇のことを案じている場合じゃないか……)
同郷者のことを案じる余裕があるわけでもない。ユキトは暇自業自得だと自身に言い聞かせつつ、何かグリ・グラトを滅ぼす手段がないかと、その思考を切り替えた。
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アルマイガーGとグリ・グラトが戦闘を開始した時間。アスファール王国の王都アスファでは、ファウナ達が、慌ただしくサブシアへ戻る準備を始めていた。
ユキトとアウリティア、それにアルマを加えた3名は、昨日の深夜にエルフの里へと移動した。だが、まだ夜も明けない暗いうちに、サジン達の持つ遠隔通信の魔道具に、ユキトからファウナ達への連絡が入ったのだ。
「怪物が向かおうとしている先は、サブシアだということが判明した。これから討伐に向かうが、万が一にでも、こちらで倒せなかった場合は住民を避難させてくれ。夕刻には定時連絡を行う」
もちろん、これは定時連絡がなかった場合には討伐が失敗したと見做せということだろう。もしも、夕刻の定時連絡がこなければ、サジン達はエルフの里へ、ファウナ達はサブシアへとすぐに出立する必要がある。怪物の足取りは緩慢であるということだったが、サブシアの人口を考えるとすぐに避難できるものでもない。
「アウリティア様もいますし、そうそう討伐に失敗するとは思えませんが……」
フローラはそうは言うものの、その顔にはユキト達への心配の表情がありありと浮かんでいる。
「今は私達にできることをやるしかないわよ」
気丈に応じるファウナも、無理に元気を絞り出しているようだ。
「大丈夫ですよ、ファウナさん。アウリティア様に加えて、ティターニア様もいらっしゃるのですから、相手がどんな怪物でも簡単に片付けられますよ」
エルフのウヒトは、ファウナを力づけようとファウナに言葉をかける。だが、ユキトの名を出さないあたり、嫉妬心のようなものがあるのだろう。もしくはエルフの自尊心だろうか。
そもそもティターニアの手に余るがゆえに、アウリティアに助けを求めてきた経緯を考えると、そう安心してはいられない相手なのは明白である。ファウナ達は、グリ・グラトのおぞましい姿を見ていないが、それは幸いであったと言えよう。あの姿を見ていれば、彼女達の心配はさらに増大していたはずだ。
「獣車の手配を済ませてまいりました。荷物を運び込んでおきましょう」
そう言いながら、宿の入口からセバスチャンが姿を見せる。流石に落ち着いたものだ。亀の甲より年の功である。彼は移動用の獣車の中でも、特にスピードを出せるものを借り受けていた。
「セミルトにも迎えにくるようにぃ、手紙を出しておいたわよぉ」
セバスチャンの後ろからストレィも姿を見せる。フローラとファウナを含めた3人の中では、一番動じていないのが彼女だ。百九年蝉のセミルトに運んでもらって、サブシアまで戻れれば一番早いのだが、当のセミルトがサブシアにいる状況だ。ということで、早馬でサブシアまで手紙を送り、セミルトに迎えに来てもらう手筈である。
セミルトならば、街道沿いに移動するファウナ達を発見することも容易いだろう。合流したら、荷物を運ぶ獣車組と先に戻って避難準備を進めるセミルト組に分かれれば良い。
「それでは、セバスの借りてきた獣車に荷物を詰め込んでしまいましょう」
そんなサブシアへ戻る準備を進めていた王都組の所へ、来訪者があったのは、まだ昼には早い時間だった。来訪者の服装から判断するに、男は王城務めの伝令者らしい。
「シジョウ冒険爵はいらっしゃるか?」
「ユキト? ユキトは王都を離れているわよ。アウリティアさん絡みで」
ファウナがユキトは不在であると伝えると、来訪者は困った素振りを見せる。ユキトに至急の用事とは、王城で何かあったのだろうか。
「うむむ……こんな時にご不在とは……。いや、そう言えば、ファウナ殿もS級の冒険者であったな」
しばらく悩んでいた男だったが、目の前のファウナがS級冒険者であることを思い出したらしい。
「S級の貴女ならば、冒険爵の代理も務まるかもしれん。これからお話することはシジョウ冒険爵のお付きの方々だけに留めておいてもらいたいのだが……」
彼もまたユキトのパーティメンバーの非常識なまでの戦闘力を知っている一人なのだろう。ユキトがいないと聞き、代わりにファウナに伝えることにしたようだ。男は周囲を確認すると急に声を小さくして、ファウナに告げた。
「王国に、ハルシオム皇国が攻め込んでくるようなのだ」
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