第105話 今だ! 必殺、メギド・フレイム!
「よし、このまま一気に倒してしまえ!」
ユキトはアルマに大雑把な指示を与える。
しかし、先ほどの初撃によって、グリ・グラトの側もアルマイガーGを捕食対象ではなく、自身の敵と見なしたようだ。
その証拠……と言えるのか定かではないが、脈動する肉塊には無数の青い血管が浮き出し、全体的に紫色が濃くなっている。さらには肉塊の内部からねじれて先が尖った骨が次々と突き出てきた。グリ・グラトの戦闘フォームなのだろうか。
次の瞬間、肉塊表面にある無数の眼球が、クワッと一斉にアルマに集中した。
「来るっ」
アウリティアの言葉が終わるか否かのタイミングで、肉塊表面にある歪な口の1つがグワァパッと開き、その中から緑がかった土気色をした巨大な人間の腕が高速で伸びてきた。まるで死体のような色だ。
しかも、腕と言っても途中に複数の肘が確認できる上、指のようなものが途中に何本も生えており、まともな腕ではない。その伸びてきた腕に、アルマイガーGの左手首はがっしりと掴まれてしまった。
「アルマ、大丈夫か!?」
「問題ありません」
アルマからは気丈な言葉が返ってくるが、ユキトとしては心配にもなる。
幸いにも、今のところロボは力負けしていないようだ。グリ・グラトから長く伸びた不気味な腕はアルマイガーGを引き寄せようとしているようだが、アルマイガーGは一歩も動かず、長い腕がミチミチと嫌な音を立てている。
だが、敵も腕が1本では足りないと判断したのか、体表にある別の口がねっとりと開いた。開いた口の中には、指のようなものが蠢いているのが見える。
「やばいぞ! アルマ!」
ユキトの焦りを余所に、グリ・グラトの口からは先ほどと同様の多くの間接を持った腕が飛び出し、アルマイガーGの右手首を掴んでしまった。これで両手首を掴まれてしまったことになる。あまり良い状況ではなさそうだ。
だが、ユキト側には百戦錬磨の極魔道士もいる。その状況を見て、即座にアウリティアは詠唱を始めた。
「時の流れよ……我が指示に従い、断絶せよ」
今回もなかなかに詠唱が中二っぽいと感じたユキトだが、アウリティアの邪魔をしないように黙っておく。
「……時絶切断術!」
アウリティアから力ある言葉が発せられるとともに、巨大で半透明な時計の文字盤が、グリ・グラトとアルマイガーGを横切るように出現した。
出現した文字盤は実体はない立体映像のようで、伸びているグリ・グラトの腕が、文字盤を貫いて、アルマイガーGを掴んでいる構図だ。
キィィーン……
次の瞬間、トライアングルを鳴らしたかのような、高い音を発して、文字盤は黒く変色し、そのまま崩れるように消え失せた。その代わりに、文字盤の存在した面で、グリ・グラトの長い腕がスッパリと切断されている。
自身を引っ張る力が急に消えたことで、アルマイガーGは後方に数歩だけたたらを踏んだ。
「この切断術は、物理的な切断じゃなくて、時間の流れを遮断することで、あらゆる結合を切り離す術だ」
アウリティアが人差し指を立て、得意げに魔法の解説をしてくれた。
つまるところは、時間を遮断してしまえば、原子間や分子間の結合する力そのものが伝わらず、そこからあらゆる物体が切断されるという理屈のようだ。科学的に正しいのかどうかはユキトには分からないが、そういう魔法なのだから、そこを言っても仕方ない。
「その術、グリ・グラトの本体に直接かけられないのか?」
ユキトは当然の疑問を口にする。なんでも切れるような口ぶりなのだから、腕ではなく、敵の本体にかけるべき術のように思われる。
「魔力を喰われることを考えると、あの細い腕で精一杯だ。それに、あの本体……ちょっと切断したくらいじゃ、すぐに再生しそうだろ?」
魔力を喰われても大丈夫なタイプの術なのかと思ったユキトだったが、アウリティアに言わせれば、やはり制限があるようだ。
実際、アウリティアはかなり高度な制御技術を用いて魔法を行使していた。ある程度の魔力がグリ・グラトの細胞に吸われることを前提として、ギリギリ魔法が発動するラインを見極めている。
それに、確かに彼の言うように、グリ・グラトの本体は、切断した程度では、即座に切断面が癒着しそうだ。その証拠に、先ほどロケットパンチが抉り取った肉も既に再生している。
「確かに切断してもすぐにくっつきそうだな……って、腕が!?」
ユキトとアウリティアがそんな会話をしている間にも、切断され、アルマイガーGの手首を掴んだままダラリと垂れていた腕がビクビクと脈動を開始した。切断面がボコボコと泡立つように盛り上がり、指らしきものが発生して、新たな腕が生成されつつある。
「敵生体片の再生を確認。焼却します」
アルマも、この再生能力を脅威とみたようだ。彼女は、両腕を少し前方へと突き出し、手首をつかんだまま垂れ下がっている腕を、自身の胸の前に持ってきた。さらにその直線上にはグリ・グラトの本体が位置している。
「メギド・フレイム!!」
アルマが声を発すると、アルマイガーGの胸の模様が赤く輝き、そこから強力な熱戦が放射された。
「お、アニメでよく見たやつだ」
「だな」
「おおっ!? 魔法も使えるのか!?」
元地球組の2人はこの程度は当然である言わんとばかりの表情だが、ティターニアは巨大な鋼鉄の騎士が魔法までも発したと驚愕している。アニメ経験の差だ。
アルマイガーGの発した灼熱の閃光は、手首を掴んだままの腕に照射され、次の瞬間にはアルマイガーGの手首ごと白い炎に包まれた。アルマイガーG自身の手は、閃光を浴びても無傷のようだが、土気色の皮膚をしていた不気味な腕は、黒く炭化してボロボロと崩れていく。
「お! 熱攻撃も効くみたいだな!」
「魔力を使わずにあの火力を維持する手段が、この世界にはほぼ無いけどな」
さらに、アルマイガーGの発したメギド・フレイムは、両手首を掴んでいた腕を灰塵に帰したのみならず、その先にいたグリ・グラトにも直撃していた。
閃光の照射を受けた部位は白い炎を上げ、グツグツと赤い泡を生じている。流石に一撃で灰にすることは叶わなったようだが、ダメージは与えていると見ていいだろう。
グガアアアア!!!
その痛みに反応したのか、肉塊に備わっている最も巨大な口が激しく咆哮する。その声は、低く、重く、どんな獣の声にも似ていなかった。
(それにしても、アルマとアウリティアばかり活躍してるな……)
ユキトも、先ほどからアルマとアウリティアしか有効な攻撃を行なっていないことに気づいている。流石にアルマに怪物退治を丸投げというのも気がひけるので、自身も何か攻撃や補助に参加できないかと考えを巡らせる。
(俺の加護であの化け物に対抗できそうなのは、銀色の巨人になる加護くらいだよな……超能力者もあるけど、あの巨体に念力は効かないだろうし)
ユキトが自身に付与できる加護の1つである巨人化の加護は、有効な時間が3分間しかない。その短い間だけ銀色の巨人に変身する力を得ることができるというものだ。その力はアルマイガーGと同様に強大であるが、3分しか保たない上に、一度使うとリロードに5日かかる。
(アルマと2人がかりで攻めて、3分以内で決着をつければいいかな……待てよ、その前に超能力者のテレパシーで何かしらアレの感情を読みとれないか?)
ユキトにとって、巨人化の加護は切り札中の切り札である。そのため、巨人化は最後の手段として、まずは他に有効な手がないか、試しておきたいところだった。
(今のところ、アレからは何も意志みたいなものは感じないが……)
ユキトは、超能力者としてグリ・グラトに思念を向けて集中してみたが、そこから感じたのはおぞましいばかりの食欲、同化欲、そして全方位へ向けた恨みや憎しみの感情であった。もはや理性など欠片もなさそうだ。
だが、そう思って肉塊に向けた思念を断ち切ろうとしたユキトの脳内に、不意に明瞭な声が響いた。
「あ、お久しぶり。 どうもどうも、ボクだよ。暇だよ〜」
ここまで読んで頂きありがとうございます。ブクマや感想、評価には大変感謝です。励みになります!