第102話 探査!怪物の目指す先は!?
「こいつか……」
「正気度が下がりそうな姿してるな……」
「マスター、このような魔物は私のデータにありません」
エルフの女王であり、アウリティアの配偶者でもあるティターニアの館。ユキト達はその館の中で、『肉や臓物の塊』とでも表現すべき醜悪な怪物の姿を眺めている。
もちろん、館の中に怪物がいるわけではない。恐らくは魔道具と思われる大きな水盤に、そのおぞましい姿が映し出されているのだ。
水面に映るその姿は、腸や内臓を剥き出しにした巨大な肉塊に多くの眼球や口吻が張り付いており、手や足がその肉から無秩序に突き出している。その手にしても、指の数は8本やら10本やらと一定ではない。腕の途中から別の腕や指が生えている箇所すらある。
怪物の全体の形状としては魔女の被るような帽子に近い。中心部は円錐形であり、その高さは20メートルというところだろう。その中心部はどす黒い赤を基本色とし、そこに紫や茶色を混ぜたような色をしており、不気味に脈動していた。帽子のつばに当たる箇所は、触手やら貝の足のような肉の膜が広がっている。
ティターニアによると、怪物は隠れ里タニアスから5キロ程離れた場所で止まっているらしい。しかし、風に乗って粘着質な音が里まで届くこともあるのは、森に到着したユキト達が聞いた通りだ。
「外見は分かったが、他に情報はないのか? 探査は?」
アウリティアがティターニアに尋ねる。どうやら、敵対生物を調査する魔法があるらしい。
「既に試した。だが、魔力が喰われるようで、反応が返ってこんからな」
「魔力が喰われる……やはり、グリ・グラトか……」
アウリティアは眉を寄せながら、苦々しげに呟いた。ユキトはその理由を尋ねてみる。
「魔力が喰われると、なんでグリトグラなんだ?」
「グリ・グラトな。そいつが七極の1人で、様々な魔物を喰い、その力を体内に貯蔵しているという話は以前にしたと思うが、ヤツは魔物だけじゃなくて魔力も喰うことができるのさ」
「そして、この怪物がやってきた方角が、グリ・グラトの住んでいた集落のあった方角なのさ」
ティターニアがアウリティアの説明を捕捉した。そして、悲しげにこう付け加える。
「尤も、この怪物のやってきた方角にあった集落はどこも壊滅していたけどね……」
それは変貌した怪物がグリ・グラトだった場合、己の住んでいた集落の住人を全滅させたことを意味していた。逃げた者もいるようだが、ティターニアが調べた限りでは、住人の半数以上が殺されたようだという。
「じゃあ、もうあいつに理性はないんだな」
ユキトは確認するように2人に尋ねる。どう見ても、理性を持った存在には見えない。
「それは、ほぼ間違いないさ。何度かアレに攻撃も行ったが、意志の疎通など叶わなかった。攻撃も効果はなかったようだしね」
ティターニアの答えはユキトの予想通りのものだった。ティターニア達も近づいて来る肉塊の怪物に対して、何度も排除を試みたのだろう。そうでなければ、緊急無線でアウリティアを呼び戻すはずがない。ティターニアが、術者の寿命が減ることを承知の上で、アウリティアを呼び戻したのだから、様々な手段を試した後なのだと推測できる。
「じゃあ、俺が探査を使うとしよう」
そう述べたアウリティアは、水盤から離れると、そのままツカツカと数歩だけ壁に向かって進む。その方向に怪物がいるのだろう。アウリティアは前方に向かって腕を伸ばすと、掌から青い光の粒子を無数に発生させた。粒子は粒子線となり、壁を貫通して飛んでいく。この粒子線は攻撃力は持たないが、相手を透過する際に様々な情報を取得するのだ。
だが……
「ふむ、やはり喰われるようだな」
あまり気にしていない表情でアウリティアがそう口にした。どうやら、先ほど飛ばした探査の魔法は怪物に喰われてしまったようだ。とはいえ、ここまではアウリティアの想定していた範囲内である。
「では、次は……」
再び、アウリティアが前方に腕を伸ばし、粒子を発生させた。だが、今度は光が随分と淡い。注意して確認しないと見逃してしまう程である。先ほどと同様に、淡い粒子は次々と壁を貫通して消えていく。
「普通の探査よりも透過力を高めた術だ」
アウリティアはニヤリと笑うと、そのまま目を閉じて意識を壁の向こうの存在に向けた。
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「やはり、あの怪物……元はグリ・グラトだな」
アウリティアが目を閉じたまま2分程が経過して、彼は唐突にそう呟いた。どうやら、探査の魔法が成功したようだ。それでも時間がかかったということは、やはり喰われた粒子も多かったのだろう。
「だが、グリ・グラトに何やらとんでもなく禍々しい呪いが混じり込んでいる。そのせいでグリ・グラトの能力が暴走しているようだ」
「呪い?」
ユキトはオウム返しに尋ねる。
「あまり深くは探れなかったが、『まろうど』が吸収されている形跡があった。そいつが持っていたものみたいだな」
アウリティアの表情が深刻なのは、それだけその呪いが恐ろしいものなのだろう。
「『まろうど』が吸収か……」
その時、ユキトの脳裏には、あの飄々とした虚井 暇の姿が浮かんだ。もちろん、吸収された『まろうど』が暇であると、ユキトに知る術はない。単に思い浮かぶ『まろうど』が暇だけだったのだ。
暇という日本出身の『まろうど』に出会ったことを、ユキトはアウリティアに伝えている。王国で凄惨な事件を起こした後に姿を消したこともだ。だが、アウリティアは直接には暇に会っていない。仮にアウリティアが暇と出会っていれば、グリ・グラトの中で渦巻く禍々しい呪いが、彼の持っていた呪いと同質であることに気付いただろう。
「他には何か分かったことは?」
『まろうど』については結論が出そうにないのを見て、ティターニアがアウリティアに尋ねる。最高責任者としては、少しでも情報を持っておきたいという判断だろう。アウリティアもティターニアに顔を向けて、得た情報を説明する。
「まず、グリ・グラトは夜の間は移動をする気がないようだな。理由は分からないが、元の姿の時の習慣が残っているのかもしれない」
「なるほど、朝日が昇る前に消滅させてしまいたいところだね」
夜間は移動を停止するというアウリティアの説明に、ティターニアが頷きながら、殲滅の意欲を燃やす。
「そして、奴は細胞単位で魔力を喰らうようだ。ほとんどの魔法は効果がないだろう。現象の方は有効のようだがな」
アウリティアがここで述べた『現象』というのは、魔力で引き起こされた結果のことだ。例えば、岩石を敵に向かって飛ばす魔法であれば、岩石に一定の初速度を与えるために魔力が消費される。だが、その後に岩が飛んでいく現象自体は、完全に物理現象であり、もはや魔力は介在していない。実際には、飛んでいく方向をコントロールしたりするために魔力を介在させることも多いが、魔法とは言っても、魔力を使って引き起こした物理現象そのものは、魔力を帯びていない。
「とはいえ、魔力の制御なしでの『現象』の攻撃力はたかが知れているだろう」
ティターニアが溜息をつく。
高位の魔法は、魔力の供給と現象の発生を連続的にコントロールすることで多大な破壊力を発生させるものである。だが、魔力の使用範囲を、ある現象を引き起こすのみで止めるとなると、その現象を制御して強大化させることができず、あまり攻撃力は期待できなくなる。
「最後に重要な情報がある」
ここでアウリティアが深刻な表情でユキトの方を向いた。ユキトも何事かと彼を見返す。
「グリ・グラトの向かっている先は……ユキト、お前の治領であるサブシアだ。何者かが座標指示をかけている」
ここまで読んで頂きありがとうございます。
先週末に更新予定だったのですが、金曜と月曜を休みにするくらいにがっつりと風邪をひいてしまって、寝込んでおりました。申し訳ございません。回復してきたので、更新していきます。