第101話 到着! エルフの里と女王様!
ユキトとアウリティア、そしてアルマが、深い森の真っ只中に姿を見せたのは、太陽がすっかり沈んでしまった後だった。王都にて、パーティメンバーに説明を終えたユキト達は、朝を待たずに、即座にアウリティアの秘術である長距離瞬間移動で転移してきたのである。
「うお!? 真っ暗だな。何にも見えない」
夜の森の圧倒的な暗さに驚く現代人のユキト。日本も森の国ではあるが、明かりを持たずに夜の森に分け入るような経験はユキトにはなかった。
「ちょっと待て、明るくする。魔灯」
アウリティアがそう唱えると、彼の指先に光球が産み出される。ベージュ色の柔らかな光であるが、かなりの光量があるようで、周囲10メートル程度が明るくなった。
とは言え、夜の森の闇は深い。ユキト達の周囲が明るくなった分、その外側の闇がより濃く感じられる。そして、深い闇のある一方向をアルマがじっと見つめていた。
「マスター、この音は……」
グジュル……グジュル……
森の闇の奥深く、かなり離れたところからであるが、何やら粘液質な不気味な音が響いてくる。アルマの聴力は人間よりも優れているが、この不快な音はユキトにもはっきりと聞こえていた。
「恐らくは報告にあった化け物が出している音だろう。幸いにして距離は離れているようだ。先にエルフの里へと入ろう」
アウリティアはそう言うと、闇の中に向かって歩きだした。と言っても、光源は彼の指先にあるので、彼から遅れると闇に取り残されてしまう。ユキトは慌てて、アウリティアの後を追う。
「エルフの里はここから遠いのか?」
ユキトはアウリティアに尋ねた。真っ暗な森を長距離移動するのは非常に危険な行為である。七極であるこの男にとっては、そうでもないのかもしれないが、普通の冒険者であれば、避けるべき行動だ。しかも、森の中の気温はかなり低くて、長く歩きたいものではない。
「いや、もう着いた」
ユキトの問いに対し、アウリティアはそう答えると、目の前の木々の茂みに向かって、その手を伸ばす。すると、アウリティアの動きに呼応するかのように、何の変哲もない森の一部が陽炎のごとく揺らめき、次の瞬間には広大な『街』が姿を現していた。
「これが……」
「エルフの隠れ里ですか」
ユキトとアルマの呟きは森の夜風に流れていった。
エルフの里に立ち並ぶ家屋はどれも生きている樹木を利用したものになっており、木をくり抜いた中に居住空間が設けられているようだ。幹には窓が取り付けられており、灯りが漏れ出ている。一方で、家屋にされている樹木も、青々とした葉を茂らせており、枯れることなく成長しているようだった。
「幻術か何かで外からは見えなくなっていたんだな」
恐らくは外部からは視認できない魔法がかけてあったのだろう。先ほどまでの深い闇が嘘のように、里の中はたくさんの魔法の灯が煌めいていた。
「マスター、出迎えのエルフがいます」
ユキトは立ち並ぶ里の家屋に注意を惹かれていたが、アルマから声をかけられて、慌ててアルマの見ている方向に視線を送った。
視線の先には、集落への入り口と思われる小さな門があり、1人のエルフが立っていた。女性のエルフのようだが、銀色の軽装鎧に細身の剣を帯びている。鎧と言っても、RPGの女戦士が装備するようなビキニアーマーに近く、露出度が高めである。恐らく、里の中にいた彼女の側からは、ずっとユキト達が見えていたのだろう。両手を広げて歓迎の意を示してきた。
「ようこそ、エルフの里『タニアス』へ」
「えっと、シジョウ ユキトです。お邪魔します」
少々、間の抜けた挨拶をして、ユキト達はエルフの里『タニアス』に足を踏み入れた。小さな門をくぐって、森から集落内に入った途端、ユキトは気温や湿度が快適なものに変化したことに気付いた。どうやら、空調系の魔法がかけられているようだ。
(エアコンいらずか……魔法は便利だな)
エルフと言えば、魔法の使い手というイメージが強いが、先ほどの工学迷彩といい、空調といい、間違ったイメージではないようだ。
「では、まずは女王の館に向かおうか」
エルフの剣士と思われる女性の先導で、ユキト達は里の中を進んでいく。
ねじれた枝を持つ樹木の住居には、幻想的な灯りが幾つも燈っており、ユキトにとっては、今までも最も異世界らしさを感じる風景だった。
「まだ、無事でホッとしたよ」
里の中心へ向かう通りを進みながら、アウリティアがエルフの女剣士に話しかける。
「アレはまだ離れているが、既にエルフの集落が3つ壊滅させられているよ。エルフ族以外の集落も含めれば、もっと多くの犠牲が出ているだろうね」
エルフの女剣士が事態の深刻さを語る。やはり、アウリティアが長距離瞬間移動を使ってでも、急いで戻ったのは正解だったようだ。
「シジョウ卿の実力はアウリティアから話は聞いている。貴殿にも力を貸してもらえると有難い」
前を歩くエルフの女剣士は、こちらを振り返りながら力添えを頼んできた。アウリティアには伝えてあるが、もちろんユキトはそのつもりである。そうでなければ、同行などしていない。
「ああ、微力ながら協力するよ」
「マスターのご指示のままに」
ユキトとアルマがそう返事をすると、エルフの女剣士はニッコリとほほ笑んだ。人間の女性で言えば、30代くらいの外見だが、なかなかの美人である。眼光は鋭く、気が強そうな雰囲気がある姐さん系だ。
そんな姐さんに先導されて歩いていると、やがて向かう先に巨木が見えてくる。他の家屋と同じように、幹に窓がついているところを見ると、あれが女王の館なのだろう。
「館で女王様に面会して挨拶する流れでいいのか?」
館が見えてきたので、ユキトはアウリティアに尋ね、この後の予定を確認する。見えてきたのが、エルフの女王の館だとすると、そこでエルフの女王でありアウリティアの配偶者であるというティターニアに面会することになるはずだ。王族へ挨拶するのであるから、ユキトにも心の準備と言うものがある。
だが、ユキトの問いにアウリティアは一瞬怪訝な表情を浮かべ、その後何かに納得したように急に笑顔になった。
「そうそう。女王の館でティターニアに面会してもらうからな」
「ん?」
ユキトはアウリティアの表情に、口調に、言葉に何らかの違和感を覚えた。これはアウリティアが悪戯を思いついた時の顔ではないか。
「ん~、なんか変だな。何か間違えた予感がする」
「何がだよ」
何か企んでそうなアウリティアの表情を見ながら、そのまま先導する女剣士へと視線を向ける。
「ん? どうしたシジョウ殿?」
振り返った女剣士は一瞬、アウリティアに視線を送ったが、すぐに真顔でユキトの顔を見つめてきた。なかなかに凛々しいお顔である。
(なんか、以前にも似たような間違いを……)
頭を回転させていたユキトの脳裏に一瞬ストレィの顔が浮かぶ。その瞬間にユキトはピンときた。
(あ、そう言うことか。イメージと違うから完全に気付かなかった)
「分かったぞ……そっちのお姉さん、迎えの剣士さんかと思っていたけど、もしかして女王陛下なんじゃ?」
ユキトの言葉を受けて、すっとぼけていたアウリティアの表情が崩れた。悪戯を見つかった子供のように舌を出す。
「うおっ、バレた」
「全く……意味のない悪戯はやめろといつも言っているだろうが」
巻きこまれた女王陛下は、呆れた顔でアウリティアを眺めている。
「失礼しました、女王陛下。アスファール王国で冒険爵をいただいておりますシジョウ ユキトでございます」
意趣返しも含めて、わざと馬鹿丁寧に挨拶をするユキト。そんなユキトを見て、ティターニアは露骨に困った顔をする。
「やめてくれ。そんな堅っ苦しい挨拶などされたら、やりにくくて敵わん」
どうやらティターニア姐さんは、エルフの女王様という言葉から受けるイメージとは随分と違う性格を有しているようである。
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