第97話 完成! その名はアルマ!
「初めまして、マスター」
「えーと、ストレィ……この娘は、もしかして?」
ユキトは宿の自室で、自分をマスターと呼ぶ少女と対面していた。少女の横には天岩戸からようやく出てきたストレィが立っており、ユキトに向かって何かを期待するような笑みを浮かべている。一方の少女は、感情を感じさせない冷めた目でユキトをじっと見つめていた。
いや、少女というのは正確ではない。確かにユキトから見ても、外見は少女そのものだが、その挙動には覚えがあった。そう、少女が部屋に入ってきたときの不自然な動きを考えると「これ」は……
「ええ、ユキトくんの世界ではロボット……だったかしら? ゴーレムの技術と生命の宝珠を使って産み出したの。作成に結構時間がかかっちゃったけど、自信作よ!」
「うわぁ、ロボットが来たかぁ……」
ストレィが自信作と呼ぶだけあって、その造形は見事なものだ。外見は完全に少女に見える。
「不気味の谷現象」という名で知られていることだが、人間の姿を模したロボットは、あるレベルを超えて人間に似てくると、その外見に嫌悪感や薄気味悪さが感じられるようになってくるものだ。その不気味な段階から更に人間に近づいて、ほぼ人間の外見になれば、不気味さは感じられなくなる。その意味では、目の前のロボットも不気味の谷は越えているようで、その点は有難い限りだ。ただ、表情の乏しさに加えて、挙動に若干ながら直線的なところがあり、ユキトはそこにロボットっぽさを感じていた。
「えぇ~、もっと驚くかと思ったのにぃ」
ストレィが口をとがらせて不満を表明するが、ユキトは充分に驚いている。驚いていると同時に困っているだけだ。
「ストレィ、この娘どうするつもりなんだ?」
ユキトの気のせいでなければ、このロボットはユキトをマスターと呼んだはずだ。そして、さらに重要なことに、目の前のロボ娘はメイド服を着ていた。しかも、この異世界で見慣れた地味メイド服ではなく、秋葉原で見るようなヤツだ。いつの間にそんな知識を仕入れたのかは分からないが、ストレィの趣味だろう。
「そりゃあ、この格好でぇ分かるでしょ~。ユキトくんの身の回りのお世話をするメイドさんよ」
「よろしくお願いします。マスター」
想像通りの展開にユキトは軽くのけぞった。ロボットメイドとは時代を先取り過ぎるだろう。
「いきなりロボットを連れてきて、専属のメイドさんにしろって無茶苦茶だろ……いや、ある意味でお約束なのか……どちらにしても、俺は専属のメイドはいらないから」
ユキトの抗議を受けて、ストレィは少女型ロボの方に顔を向ける。
「ですってぇ」
ストレィが少女ロボにそう話しかけると、少女ロボの目に涙が浮かび上がった。無表情のまま、目からポロポロと零れ落ちる。
「……マスターはアルマをお嫌いですか?」
「えぇ……なに、この機能……」
突然に泣きだした少女ロボを前に、ユキトは半分慌て、半分呆れる。ロボだと分かっていても、目の前で少女の形をした存在が泣きだすと、精神的にダメージがある。表情はほぼ変わってないのだが、それはそれで心に響くものがある。とんでもない機能をつけたものだ。
「だって、涙は女の武器だしぃ」
実装した機能が想定通りの効果を発揮して嬉しかったのか、ストレィがニイッと笑みを浮かべながら返答する。ユキトの元の世界であれば「涙は女の武器」など言おうものなら、あちこちの団体からお叱りの言葉が飛んできそうなものだが、この異世界では強かに生き抜くためには、男女に限らず手段を選んでいられないのが実情である。涙であろうと包丁であろうと、武器になるものなら何でも使うのが正しく、その意味ではストレィの整備方針も間違ってはいない。
ユキトがそんなことを考えている間にも、アルマと名乗ったロボから落ちる涙は、ポタリポタリと床を濡らしている。
「分かった分かった。でも、俺専属は勘弁してくれ。せめて、パーティ全体のお世話係ってことで頼む。涙を流す機能があるくらいなんだから、他のこともちゃんとこなせるんだろ?」
少女の形をした存在をいつまでも泣かせておくのも精神衛生上よろしくない。ユキトは早々に妥協案を出した。どちらにせよ、今更分解しろと言うわけにもいかないだろう。
「承知しました、マスター」
ユキトの返答を受けると、アルマの涙はピタリと止まり、了解の答えを返してきた。産まれて数日も経ってないはずだが、既に涙の使いどころを知っているようだ。
(そういう所は作者に似ているのか……)
身の回りの世話係が増えたというよりも、面倒を引き起こすメンバーが増えたとしか思えないユキトだった。
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「……というわけで、この娘はストレィが工房に籠って作っていたアルマだ」
「皆様、どうぞ宜しくお願いします」
宿の夕食時、パーティメンバーが揃ったところで、ユキトは彼女を全員に紹介する。怪訝な顔をする者、興味を持った視線を向ける者、口を開けたまま固まる者、反応はそれぞれである。
「こ、この娘を作ったって……なんばしよっと!? 産んだわけやなかろうもん!?」
久々にファウナからは方言が飛び出した。随分と動揺しているようだ。ゴーレムの知識がないわけではないだろうが、目の前に佇む少女が、ファウナの知っているゴーレムとはあまりにもかけ離れていたので、普通の人間と思ったのだろう。それにしても「産んだ」はないだろう。
「え、えーと……アルマさん……作った? え?」
一方のフローラも混乱しているようだ。アルマとストレィを交互に見比べている。
「へぇ、こいつはまた見事だな……ゴーレムの技術に生命の宝珠、ロボットの発想を混ぜ合わせたのか」
流石にアウリティアは、アルマの正体を見抜いたようだ。アウリティアは興味深そうにアルマを観察している。
「異世界なのに、ロボットが仲間に増えるとは思わなかったけどな」
ユキトはアウリティアに愚痴をこぼす。ユキトが迷い込んだのは、剣と魔法の世界だったはずだが、ロボットが出てきたとなると、世界観を修正する必要がある。尤も、その原因の半分くらいは、ストレィに電子辞書の百科事典を読ませたユキトのせいである。
「というわけで、すごく良く出来たゴーレムみたいなもんだ。皆のメイドさんとして働いてくれるんだとさ」
いまだに事態を把握できていないファウナ達に対して、ユキトは説明を投げかけておく。最初は慣れないかもしれないが、すぐに馴染むような気がしてしまうのは、子供のときからロボットものの創作物に親しんでいたからだろうか。
「あー、ロボとなると、相性の良さそうな加護がたくさんありそうだなぁ……」
そんなことを呟くユキトをその瞳に映し、アルマは無表情に首を傾げるのだった。
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ドォォォン……
また、一つ森の集落が消えた。
アスファール王国の北方に広がるエルム山地では、異常な事態が進行している。巨大な肉塊……いや、地上20メタほどの高さの巨大な肉の塔とでも呼ぶべき存在がゆっくりと広大な森の中を移動し、ドワーフやエルフの集落を襲っていた。蠢く肉には腕や眼などの人体パーツがへばりついているだけでなく、触手のようなものがヌラヌラと多数生えており、出会った動物や植物を片っ端から肉塊内へと取り込んでいく。
そのおぞましい光景を、少し離れた大木の頂上から眺めている者がいた。
「いやはや、大きく育ったものだ」
その影は濃紫色のローブを頭から被っている。ローブの下の顔を伺い知ることはできないが、ローブの袖から伸びる腕の皮膚はラピスラズリ鉱石のように青みがかっていた。
「そろそろ、グリトのやつを南に向かわせる頃合いか」
インウィデア。肉塊がまだグリトというドワーフの姿を保っていた頃、そのドワーフが呼んでいた名前だ。そして、ドワーフに何らかの呪物を喰わせ、あのような姿にした張本人でもあった。
高い樹木の頂上で、インウィデアのローブが風にはためく。一瞬、ローブから見えた顔には、何やら白い仮面が被せられているようであった。当然、その表情を確かめることもできない。
(ん……何かいるな?)
風の音が響く中、インウィデアは周囲に自分以外の気配が潜んでいることに気がついた。いや、潜んでいるというよりは、気付かせるために向こうが出てきたというべきか。
その存在は、墨が空間に滲み出たかのように、ゆっくりと隣の木の頂上に姿を実体化させた。それは、黒毛に覆われた一匹の猫であった。長い尾がくるりと円を描く。
「お前があの肉の塊に暇を喰わせたのだな?」
黒猫は出現した姿勢のまま、インウィデアへ向かって質問する。その顔は肉の柱がいる方角を向いており、インウィデアの方を見ようともしない。
「喋る猫とは驚いた……。だが……ふむ、貴殿はこの世界のモノではないな?」
一方のインウィデアも視線を肉の柱から動かすことなく、突然出現した存在に問いかける。2本の巨大な木の頂上に、1人と1匹が並んでいる。
「暇ならば、質問を質問で返すなと言うところだが、名乗りもせずに問うた我も無礼であったか。最近まで行動を共にしていた者は、我をシュレディンガーと呼んでいた。お前も好きに呼べ。お前の言う通り、我はこの世界とは異なる世界の者だ」
シュレディンガーと名乗る黒猫は、インウィデアに向かって、そう述べたのだった。
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3月末程度まで繁忙期で、更新期間が少し開き気味になってしまいますが、御容赦ください。