第57話『皇帝の真価』
タタタタッ!
鋭く駆け出した先には、二階席用の手摺がある。
その上部を踏み台にしジャンプすると、そのまま勢い良く空中へ身を投げ出す!
「孤高の流星!」
言葉だけが取り残され、私の体はアリーナ中心の二階席の高さに出現する。
トンッ…
足元には空中に浮遊した、能力で作りあげた足場がある。
「視えない能力!」
クルッと360度見渡した。
だけれど…。
これだけの人数を把握するには、速くなった情報処理能力をもってしても時間が足りない。
「「「そいつを叩き落とせ!」」」
アダムからの指示は絶対なる命令となって、5千人の能力者達がありとあらゆる攻撃をしかけてくる。
属性攻撃や、弾丸なのか矢なのかは分からないけれど、色んな能力攻撃が飛んでくる。
これを冷静に対処する為の二階席の高さよ。
「絶対防御壁!」
壁は無規則に、だけど正確にそれらの攻撃を防いでいく。
「情熱的な突撃!」
それと同時に、執拗に攻撃してくる能力者には次々に矢を放っていく。
「純真な世界!」
そして、時間はかかるけれど強力な攻撃をしてくる能力者に対しては、爆弾を投げ入れ対処した。
でも、これじゃぁ埒が明かないわね。
もっと能力粒子の濃度を上げて、一気に勝負をつけなくては…
少しずつ濃くなっていく能力粒子。
ピシピシッ!
体に異変を感じた。
これはヤバイ…
これ以上は本当に体が吹っ飛んでしまう…
思考が駆け巡る。
それならば…
体ごと能力によって頑丈にすればいいじゃない。
そう結論に達する。
ハァ…、ハァ…
ここからは未知の世界。
どうなるかさえ分からない。
視界に映る銀髪のおさげが、既に想像以上に能力を使っているのだと気付かされる。
『大丈夫!だって、魔法をかけたんだから…』
イブの声が聞こえた。
またあの物語の中のセリフみたいだわ。
そうね…
今は…、やるしかない。
やらなければやられてしまう。
このドームの中は、単純で明快な世界なの。
強い者が勝つんでしょ!
アアアアアアァァァァァァァァァァァァッァアアアアッッッ!!!!!!
格闘マンガやアニメで見る、自分の力を最大限引き出すかのように、能力粒子の濃度を一気にあげていく。
パキパキ…
体が悲鳴を上げる。
吹っ飛ぶ前に、私は叫んだ!
「超絶・至高の破滅!!!」
力音の至高の破滅を超えた、更なる力の具現化を行う。
その力は単純に筋力増強ではなく、体の内部構造を未知の物へと改変していく。
何をどう強化したのかは説明しにくい。
だって、この体は生物の体じゃない、だけれど、確かに私の体。
そしてこの強化により、更なる能力を引き出す事が可能となる。
真っ赤に燃え上がる瞳がアリーナ中を見渡す。
「|視えない能力・見透かす世界!!!」
今まで芽愛が使ってきた視えない能力を超える力。
真っ赤な瞳が、さっきと同じように360度を見渡すと、5千人の身長・体重・性別・性格・能力の種類・属性の有無、そして動作から心境、流れ落ちる汗、抱えている病気まで、その全てを見透かしていく。
その力はアリーナ内の全てを見通し、埃から物陰に潜む虫の動きまでもを把握していった。
今まで経験したことのないような情報の濁流が押し寄せてくる。
だけれど不思議と不安はない。
必要な情報だけを拾い出し処理していくことが出来た。
これで全員の対処が可能となっていく。
アリーナ内の状況も全て把握しながら!
「「「一斉攻撃をしかけろ!」」」
アダムの命令で、まるで呼吸を合わせたかのように一斉攻撃が始まった。
幾千もの能力攻撃が、恐ろしい速度と物量で押し寄せてくる。
「|絶対防御壁・鉄壁の盾《アンコンディショナル・ウォール・ストレンジ》!!!」
護が使ってきた絶対防御壁の上位バージョン。
無数の触手のように伸びていく壁は、幾千もの攻撃の種類と属性に合わせて、完璧に防いでいく。
それを一瞬で一度にやってのけてしまう。
流石のアダムも躊躇した。
それほどの完璧な防御は、攻撃者の意欲すら削いでいく。
チャンスとばかりに反撃に出た。
「|渦巻く慕情・情熱的な突撃《パッション&サイクロン・ラッシュ》!!!」
夕美が使ってきた情熱的な突撃に改良を加える。
それでも攻撃してくる能力者に対して、無数の光速の矢が飛来するところまで同じ。
その攻撃は正確に相手の弱点をついていく。
中級以下の能力者は、発動条件を満たさないと能力を使えないはず。
その条件そのものを、この改良バージョンで防いでいく。
手を握るなら握らせないように、ジャンプするならジャンプさせないように、鋭く飛来した矢は、着弾すると粘着性の粘土かスライムのように発動条件となる動作を封じ込め固まる。
これを次々にこなしていくが、これでは潰せない人もいる。
例えば深呼吸をするや、あくびをするといった、止めてしまうと生命に関わる人達だ。
そういった人を確認するや否や、私は直ぐに次の行動に移った。
「新・純真な世界!!!」
烈生の純真な世界を更に大掛かりなものへと変化させた。
投げ込む動作も割愛し、一瞬で5千個の爆弾が対象者のもっとも効果的な場所に出現する。
その種類も相手に合わせ、威力、音、閃光など微妙に配合を変化させた爆弾を作り上げ、その効果範囲と方向、配置する場所に至るまで全員に合わせたものとなっている。
対象者の性格によるリアクションと逃げる方向、能力の種類と属性、病気による影響までもを考慮されている。
これだけのことを一瞬でやってのけ、そして迷わず一斉に爆発させる。
ドドドドゴォォォォォ………ン
重なりながらも連続的な爆発が起きると、人質は次々と気絶し倒れていく。
その過程で怪我をしそうな人に対しては、クッションになる程度の小規模な爆風を伴う爆弾を的確に配置させ爆発させていた。
これで誰もが怪我なく気絶し、恐らくマインドコントロールも解けているはず。
どのみち暫く寝てもらうことにする。
「「「近衛兵かかれ!」」」
アダムは背後に立ち並んでいた、2人の屈強な能力者を前面に押し出す。
その中の一人が光属性で、ビームのような攻撃をしてきた。
私は無意識に光属性で反撃する。
まるで太陽のような大きな光の玉を一瞬で作り上げ、その光源を強くする。
一瞬で眩しく照らされ手元が狂う。
「儚い・孤高の流星!!!」
疾斗の孤高の流星とは違う、まさしく次元を一瞬で飛び越える、本当のテレポートを実行する。
目が眩しさから開放された時には、私は二人の前に腕組みをしながら立っていた。
二人がかりで格闘戦に持ち込もうと、同時に殴りかかってくる。
バカね。
これは異能バトルなのよ。
片方の男の蹴りを、腕組みから右手を縦に振り上げただけで防ぐ。
ガキンッ!
まるで鋼鉄同士がぶつかりあったような音が響く。
なるほど。
一応能力攻撃なんだ。
調べる気すら起きないほど単調な能力攻撃。
私はボロボロのスカートをはためかせ、鋭く体を2回転させ回し蹴りをくらわせる。
一度目で顔面を捉え、二度目で首を襲う。
心配しないで。
相手の能力の硬度を把握したうえで、死なない程度、そうね、やっぱり気絶する程度の威力に調整しているわ。
この格闘技の根本は、恐らく谷垣のものね。
彼の得た知識が能力を伝って、私に自由に攻撃させてくれている。
残った一人が押さえ込もうと襲いかかってくる。
きっと彼には私は消えたように見えたと思う。
当然ね。
儚い・孤高の流星で本当に消えたんだから。
一瞬で懐に飛び込み、背負投をくらわせる。
上手く受け身が取れないほどの鋭い回転で、大男が舞い気絶した。
ステージ中央に睨む。
「予想以上だな。」
アダムは…
沢山の女性にしがみつかれている状況だった。
「何のつもり?」
「文字通り肉壁さ。見てわかるだろ?」
「くだらないわ。」
「本当にそう思うかい?」
私は細心の注意をしながら会話をする。
彼がいつ言の葉の力を使ってくるかわからないからね。
それに…
あいつからのとんでもない密度の能力粒子も把握している。
属性攻撃や、その他の攻撃にも注意しないといけない。
勿論両方同時に使ってくることも視野に入れておく。
「思うわ。」
「ほぉ?便利じゃないか。何もしないで物理攻撃を遮断出来る。あぁ、この肉壁ごと斬るという手があったか。」
「そんなことをする必要はないわ。」
スッ…
無造作に垂らしていた左手に、柄のないシンプルな刀が現れる。
「あなたも知っているわよね?『妖刀 朱雀』よ。」
「そうだな。『言の葉の力』自体、あの物語に出てくる。」
「偶然って恐ろしいわね。なら、この朱雀の力、知っているわよね?」
物語では、切りたい対象だけ斬る描写もあった。
暗にそのことを指している。
アダムは少しの間だけ無言だった。
緊張しているのが伝わってくる。
能力粒子が凛と張り詰めてきている。
それは一瞬のことだった。
アダムは肉壁と称する人質達の隙間から、無数の触手を伸ばし攻撃すると同時に、どこからともなく幾億もの弾丸を打ち込んできた。
勿論、その間も言の葉の力に気を付けなければならない。
朱雀で目の前の触手を斬りながら、同じく|絶対防御壁・鉄壁の盾《アンコンディショナル・ウォール・ストレンジ》で弾丸を防ぎつつ、|渦巻く慕情・情熱的な突撃《パッション&サイクロン・ラッシュ》で人質達の体を剥がし、超絶・至高の破滅はすり抜けた攻撃を弾き返す。
|視えない能力・見透かす世界でアダムを注視し、一瞬生まれた人質達の隙間に新・純真な世界で爆弾を潜り込ませ爆発させる。
ドンッ………
人質が5人剥がれ倒れる。
アダムの足の一部が見えたのと同時に朱雀を突き立てようとした。
「「「止まれ!」」」
!?
思わず叫んだアダム。
言の葉の力ではあったけれど、急に展開したから、能力粒子が薄く直ぐに解除される。
攻撃するタイミングを外したけれど、彼は未だ足の一部を露出している状態だった。
「「「離れろ」」」
彼は人質に命令しどけさせる。
そこには見た目は30ぐらいの、屈強な男が豪華な椅子に座っていた。
「やっとお目見えね、アダム。」
「………。」
彼は鋭い眼光を飛ばしながら、能力粒子を展開していることを把握している。
ゆっくりと立ち上がるアダム。
勝負は大詰め。
次の攻撃が、勝敗を決する。
|視えない能力・見透かす世界からは次々とアダムの正体を暴いていく。
なるほど。
ざっくり言ってしまえば、彼も中二病ね。
生粋で歴戦の中二病者。
コミケで会っていたかもね。
これはかなりやっかいだわ。
私の知らないアニメやマンガからヒントを得た攻撃を繰り出してくる可能性もある。
探りを入れてみようかしら…
「どこかで会ったかしら?コミケとか…」
「探ろうとしても無駄だ。ハッキリ言っておこう。俺はニートだった。その時間の全てをアニメとマンガと小説につぎ込んできた。」
これは益々やっかいだわ。
年齢差から倍程度の情報量かと思ったけれど、もしかしたら情報量としては5倍近くあるかも知れないわね。
「そのまま引きこもっていれば良かったのに。」
「いやいや出かけてみるもんだ。こんな銀髪おさげで紅目の萌え萌えJCに出会えたんだから。」
今度は私の視線が強くなる。
彼は一気に勝負を付けると確信したから。
二人の能力粒子が、通常の臨界点を突破していく。
どうして彼は体がバラバラにならないの?
「俺はどうやら特異体質だ。この状態からの言の葉の力は強烈だぞ?」
厭らしい笑みをこぼすアダム。
その瞬間…
「「「自分で自分の…」」」
言の葉の力!!!
「孤独な皇帝!」
「かかったな!!」
!?!?
一瞬で止まった空間。
しかしアダムは小刻みに動いたかと思うと…
バリンッ……
まるでガラスを割るように止まっている空間に入り込んでいた。
「「「首を締め…」」」
このままでは言の葉の力の餌食になる!!
「栄光なる・孤独な皇帝!!!」
彼の言葉に被せるように、私は全ての能力粒子を開放する!
これは時間を止めるんじゃない、任意のタイミングでコマ送り状態にするの。
今思いついた能力。
時間を止める孤独な皇帝から見れば下位互換になるかもしれない。
けれど今は、最大にして最高の有効手段よ。
数秒毎にアダムが一瞬だけ動いているのが分かる。
その間私は自由に動ける。
彼は何かを叫んでいた。
恐らく彼は、『自分で自分の首を締めろ』とか言うつもりだったのね。
でも…
このコマ送りの状態では、言葉自体が成立しない。
一瞬だけ動く世界ではグワングワンと音が流れていき、言葉が消化されていく。
栄光なる・孤独な皇帝がある限り、言の葉の力は通用しない!
更に言うならば、言の葉の力では細かい設定が出来ないのか、「孤独な皇帝」と「栄光なる・孤独な皇帝」を区別出来なかったみたい。
「後1回しか使えない孤独な皇帝」というアダムが言の葉の力で突きつけた条件が発動しなかったから。
私は右手でゆっくりと左上に朱雀を持ち上げ、右下に振る。
ブオンッ…
読んでいた物語のように、刀の長さは1.5倍になっていた。
そして両手で頭の高さで水平に構え、そのままアダムの心臓に向けて、迷わず一気に突き刺した。
ズブブブブ………
肉を貫く感触が気持ち悪い。
これで彼は…
だけど私は驚愕した…
目の前にはどこかで見た…
いえ…
見知った顔の女性が両手を広げて自ら朱雀の餌食になっていたから…
「あ…、あなた何しに…」
「心優を…、犯罪者にしたくないから…、あなたは今日の出来事を…、一生後悔するから…」
そう言った女性は…
私の母親だった…