第55話『孤独な皇帝』
私は…。
今、視界に映る光景が、現実なのか悪い夢なのか理解出来ないほど混乱している。
「芽愛ぉぉぉぉぉぉっ!!!」
無意識に能力粒子を展開し、芽愛の傷口を塞ぐ。
良く見ると、彼女の右手も無くなっていて、そこからも大量の血が溢れ出している。
同じように包み込む。
目眩がしながらも、急いで駆け寄り抱きかかえる。
芽愛は不意に瓦礫の山を見つめると、3つの光の玉を浮かべ、無造作にも見えるビーム攻撃を執拗に繰り返した。
直ぐに、瓦礫の隙間から鮮血が流れ出てくる。
「彼女の…、彼女の能力が分身だと…、わ…、忘れていました…。これでは…、情報集収役なんて…、し、失格ですよね…。」
彼女の瞳にハイライトはない。
「んーん。そんなことないっ!だから…、だから…。」
なんて声を掛けよよいか分からなかった。
「ご…、ごめんね、心優…、私…。」
凄く悲しげな表情。
「ダメみたい…。」
「いっ、いかないでっ!」
「ごめんね…。」
「お願い一人にしないでぇ…。」
掠れた声で嘆願するけれど、心優は苦しそうにしながらも優しく微笑んだ。
「心優なら、だ、大丈夫…。アダムの暴走を…、暴走を止めて…。」
「そんなの関係ない!芽愛とは一生友達なんだからっ!親友なんだからっ!だから…。」
大粒の涙が止め処なく滴り落ちる。
「死なないでぇぇ………。」
芽愛は「嬉しい…」と微笑み左手を小刻みに震えながら差し出す。
私はその手をギュッと握る。
「もう…、感覚もないし…、目も…、見えないの…。」
!!!
「今まで…、ありがとう…。一生の親友だよ…。」
「芽愛…?」
彼女の手が力なく落ちる。
「芽愛…、芽愛…、芽愛!!!」
彼女が最後に流した涙が地面に染みる。
あぁ…
あぁぁぁぁぁ…
アアアアアアアァァァアァァァァァァアァァァアアアアアアアアアアア!!!!!!
守ってあげられなかった!
救ってあげられなかった!
助けてあげられなかった!
私はなんて無力なの!
なんて無能なの!
無意識に高めた能力粒子が荒れ狂う。
二人の空間に凝縮された能力粒子が、空間を捻じ曲げ次元の壁を壊すほどの密度になっていく。
パキパキパキッ………
凍らせすぎた氷が粉々になる直前のような、嫌な音が不気味に響く…。
暴走しそうになっている。
私の能力が暴走しそうになっている。
未熟な自分を呪い、理不尽な世界を呪う負の感情が剥き出しになろうとしてた。
(アダムの暴走を…、止めて…。)
芽愛の声が不気味な軋む音に紛れて聞こえた気がした。
急速に我に返っていく。
ハァ…、ハァ…
自暴自棄になっても…、仕方ないわ…。
再び涙が溢れたけれど、直ぐに拭く。
芽愛の汚れた顔も綺麗にし、そっと寝かせてあげた。
「芽愛の最後の願い。必ず叶えてみせるわ。」
爪が刺さるほど強く握りしめた拳。
グッと頭を上げて更に奥へと突き進んだ。
どうしても確かめなくてはならない。
そう思った。
他の仲間の安否を…。
奥へ進むと、床の石のタイルが派手にめくれ、沢山の爆発があったのが分かる。
烈生…。
誰の仕業かは直ぐに分かった。
近くの窪みにそっと手を触れる。
残された能力粒子からは、烈生が何種類もの爆弾を駆使して敵と戦っていたのが分かる。
純粋な爆弾に始まり、耳を聞こえなくするものや、目くらましの爆弾、属性も色んな種類を使ったことも分かった。
でも…。
人影がない。
気配がない。
少し先に、一際大きなクレーターがあるのを見つける。
嫌な予感が走った…。
駆け寄りしゃがみ込みながら、そっと触れてみる。
ドクンッ…
嫌な予感が的中する。
この爆弾は、炸裂するタイプとは正反対の永久に収縮するタイプのもの。
つまり、烈生は…。
体が震える。
敵も相当な強者だった事が理解出来る。
そうか…。
この敵がアダム側のNo.1だったのね…。
烈生には荷が重すぎた。
だから…、彼は…。
あっ…。
あれ…?
どうして谷垣の気配も残っているの?
ま…、まさか…。
彼が助太刀に入って、しかも3人とも…。
嘘でしょ…?
(僕達は英雄になる!!!)
烈生が残した声と同時に、ガクッと膝が崩れた。
力が入らない…。
彼らが自らの命と引き換えに、アダムサイドのNo.1を沈めたという事実が分かってしまったから。
嫌な予感はどんどん大きくなっていく。
まさか…、まさか…。
他の仲間も…。
私はよろよろっと立ち上がり、急ぎ先へと進んだ。
烈生の時とは違って、細かい傷跡が少しずつ増えていく。
壁や床に、無数に何かが突き刺さった感じ。
これにもそっと触れてみる。
直ぐに夕美の放った矢だと理解出来た。
ところどころに、少し威力の高い傷跡がある。
こっちは銃弾ね。
プライベートハウスで不動と対峙した時にいたスナイパーだと理解した。
遠距離同士の戦いだったのね…。
少し先に男女二人が倒れているのを見るける。
心はドス黒いほどの嫌な予感に包まれていた。
走って近づいたけれど、目の前に倒れる女性が誰だか確認出来ると、歩みは遅くなり、そのままその場にペタンと座り込んでしまった。
「夕美…。」
彼女の体には、貫通した弾丸の傷跡が残っていた。
こんなにまともに攻撃を喰らうはずないのに…、そう思うほど無造作にやられているのがわかる。
男の方を見た。
一瞬ゾッとした。
彼はどう考えても自ら頭を撃ち抜いていたから。
どうして?
どうしてこうなったの…。
夕美にそっと触れる。
(そして、あなたも救ってみせる!うん!)
彼女の言葉脳裏に浮かぶ。
そうか…。
夕美は最後まで内海を救おうと試みたんだね…。
バカ…。
でも、夕美らしい…。
足に力が入らない。
だけど、無理やりにでも立ち上がる。
残るは…、護のところ…。
足取りも重く、ゆっくりと走り出す。
私だって、泣いてばかりいられない。
皆の想いを…、つながなくっちゃ…。
二人の倒れた姿を見つけた時、絶望という暗闇が私を覆っていくのが分かった。
護にそっと触れてみる。
(心優、立ち止まるんじゃねーぞ。)
まるで今の私を暗示しているかのような護の言葉に、胸が詰まってしまった。
どうして…。
やっと、仲間と呼べる人達が出来たのに…。
グズッ…
もう何度目かも分からない大量の涙が溢れる。
そこで私はハッと思い出した。
まだ疾斗が戦っている。
それも、あの吹雪と…。
護の言うように、立ち止まっている場合じゃないわ。
フラフラッとしたけれど、何とか立ち上がると、ゲートキーパーと吹雪がいる戦場へと戻っていっった。
涙を拭き、無理やり気持ちを切り替える。
疾斗を助けるんだという、たった1つの希望にすがって、辛い想いを無理やり心の奥の方にねじ込んだ。
二人の姿が視認出来る距離まで来ると、疾斗達は激しく能力をぶつけ合っているのが分かった。
あれほど逃げろと言ったのに…、と思ったけれど、攻撃しなければ分が悪いということなのかも知れない。
確かに反撃がないのなら、好きなように攻撃されてしまう。
急いで駆け寄っていく。
吹雪は、鋭く尖った氷柱を一瞬で数十メートル伸ばす。
それを一瞬で何個も何個も作っては攻撃してくる。
テレポーターの疾斗とは言え、こうも瞬時に攻撃されては、行く先々で攻撃が待っているような状況だった。
彼は不意に水の塊を吹雪に向かって飛ばしているけれど、ノート程度の小さな壁で受け流されていた。
方向を変えられた水の塊は、背後のドームの壁にめり込んでいく。
水と氷、相性は悪いわ。
疾斗もそう思ったのか、同じように飛ばした水の塊に吹雪の対応が一瞬遅れた。
今までと同じように壁を作ったけれど、直ぐに自らも身を反転して攻撃を交わす動作に入った。
不思議がっている間もなく、その答えが分かる。
飛ばしたのはグツグツに沸騰した熱湯だったからだ。
そうか、これなら一気に相性が良くなる。
吹雪が作った氷の壁を溶かし、貫いた沸騰した水の塊だったけれど、ドームの壁に届く前に蒸発して消える。
発想は良かったけれど、射程が短いわ。
だけれど彼にとっては、そんなことはどうでも良かった。
身を反転した吹雪に向かって突撃し、水で作り上げた刀を振り下ろしていたから。
「もらったーーーーーっ!!!」
私はこの時、確実に疾斗の勝利を確信した。
だけれど…。
!?
疾斗の刀身は、半透明になった吹雪をすり抜けた。
クルンッと回転し、半透明から実態に戻った彼女は、ふふふっと意味ありげな笑みを浮かべ、再び攻撃をしかけてくる。
彼は急ぎ距離を取りながら下がっていく。
急げ!
二人がかりなら攻撃の突破口は開ける。
だけど、「すり抜け」が能力の吹雪にどうやって攻撃を当てるの?
この難題をクリアしないと彼女は倒せない。
物理的に触れられないとなると…。
私は可能性を拾い出しては、検討していく。
だけれど有効手段が思いつかない。
こんな能力…、物理的な戦闘ならば無敵じゃない…。
だけれど私は引っ掛かった。
彼女はアダムサイドではNo.2だと言ったからだ。
吹雪にもダメージを与える方法があるってことよ。
それに気が付いた奴がNo.1になったってことよね。
ならば、それが分かれば…。
まるで彼女への攻撃方法は私に丸投げしたかのように疾斗は無心で攻撃をしていく。
だけど分が悪かった。
直線的な移動では、いつか捉えられてしまう。
テレポートする距離感さえ掴めてしまえば、移動先を正確に把握し、そこへ予め先制攻撃することにより自ら攻撃に当っていくようなことになってしまう。
それは恐らく能力粒子の微妙な変化で掴めるだろうし、テレポートをすればするほど情報が集まっていってしまう。
そんな時だった。
!!
かなり際どい攻撃が疾斗を掠る。
「もうジリ貧だね。」
吹雪の言葉は余裕とか慢心とかそんなんじゃない。
確信よ…。
「そいつはどうかな?」
疾斗の強がりが虚しい。
再び孤高の流星を繰り出す。
細かく移動し方向転換することで先制攻撃を防いでいる。
考えたわね。
だけど吹雪は、大胆かつ的確に疾斗を捉えようとする。
!?!?
横一列に数十本の氷柱を前面に展開する。
こうなっては距離感も何もない。
細かく移動しているのが分かっているればこその攻撃とも言えた。
疾斗が出現した周辺には氷柱の列が押し寄せてきていた。
万事休す!
だけど疾斗は上に飛んだ。
ダメ…
上は駄目よ…
だって、そこからじゃ孤高の流星が…
出来ない…!!!
案の定、吹雪は待ってましたと言わんばかりに、上手投げのモーションから氷柱の山を投げ込んできた。
もう逃げ場はない。
勢い良く、疾斗がいた空間を通り過ぎていく氷柱達に、私は絶望しか感じられなかった…。
ニヤリと笑う吹雪。
しかし二人の予想は外れていた。
タンッ…
タンッ…
何かを弾く音が聞こえる…。
吹雪も気が付いた。
私は戦場に到着し、音の正体を探る。
あっ…
疾斗が…、疾斗が孤高の流星を使っている!
どうして…、どうやって…。
そして恐らく吹雪と同時に気が付いた。
自ら水で地面を作って、それを蹴ってテレポートしているんだわ!
これだと軌道が読めない。
私も攻撃体勢に入る。
これで、ここで一気に仕留めるんだ。
そう思った矢先。
吹雪は今までより細いけれど、不規則に曲がる氷柱を何本も展開していく。
もう疾斗は近くに来ている。
連続テレポートで姿は見えないけれど、水の壁を蹴る音が近い。
瞬きをするな!
勝負は一瞬で付く!
刹那。
疾斗は何故か吹雪の目の前に出現した。
その手に持つ水の刀は大きく振りかぶっている。
吹雪は恐ろしいほどの反射神経で、直ぐに氷柱を繰り出した。
ドンッ…
その氷柱をまともに喰らう疾斗は、同時に刀を吹雪に突き刺した。
「しまった…。」
彼女は悔しそうにしながら、口元から血を流し始める。
「どうやって…、攻撃している時はすり抜けられないって気がついたの…?」
!?
まさか吹雪のすり抜けられない状況があったとは、私も気が付かなかった。
急いで二人の元に走る。
「へへ…。勘だよ…、勘…。」
「バカバカしい…。」
二人は同時に倒れていく…。
ちょ…、ちょっと待ってよ…。
「疾斗!」
彼は小刻みに震えながら立ち上がろうとする。
「動かないで!」
止血すると同時に彼を膝に乗せる。
「今止血したから…。」
彼はニヤッと笑う。
「へへ…。やっぱ俺はバカだからさ…、バカだから…、こんな方法しか思いつかなかった…。すまねぇ…。」
吹雪もぐったりして、精気を失っていた。
「バカ疾斗…。」
「もうすぐ…、仲間が来るんだろう…?」
彼は私にあんな事を言っておきながら、実は仲間は助かっていたと信じていたみたい。
「そうよ。」
「なら…、良かった…。あっ…、あーあ…、やっぱ俺って真っ先にやられる人生だったんだな…。」
「そんなことないわっ!」
「まっ…、後は皆に任せるわ…。もしも誰かがやられていたら…、お前は…、お前は悲しんで…、辛いだろうから…。」
私は彼の優しさで、皆のところには行かない方が良いって言ってくれていと気がついた。
その優しさは…、更に辛さを増幅させてしまう。
「バカ疾斗!さっさと起きなさい!」
涙がボロボロと溢れる。
「すまねぇな…。俺は…、これで…、ちょっくら休ませてもらうわ…。あの世で刀真と…、暴れてくるわ…。」
「ダメよ!!」
「………。」
「返事をしなさいっ!疾斗!!!」
声が裏返るほどの叫びは…、誰にも届かなかった…。
ウワァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!!
私は立ち上がれなくなった…
体に一切の力が入らなかった…
能力つながりではあったけれど…
初めて友と呼べる人達が出来た…
友達がこんなに素晴らしいものだったなんて知らなかった…
アニメやマンガや小説だけの話しかと思っていた…
そんな素敵な関係を知ってしまったのに…
私は全てを失ってしまった…
時時雨財閥《地位や名誉》は望んで手にしたものではない…
だから、何もかも失った…
ここに佇むのは…
ひとりぼっちになった中学生…
世界で一人だけになった皇帝…
泣き叫ぶことしか出来ない…
孤独な皇帝だった…