第54話『心優の決断』
私は吹雪と対峙しているのだけれど、彼女、一向に攻撃してくる気配がないのよね。
氷の壁を作っては、私の足止めだけするの。
まぁ私の攻撃を壁で防ぐなら分かるけど、行動を阻むのは無理ね。
壁に触れた途端に能力粒子の構成を把握し弱点を付けば直ぐに破壊出来てしまうから。
そうね、ガラスを破壊する専用のハンマーがあるでしょ。
アレと似たようなイメージね。
どんなに強固な物でも、相反するダメージを与える事が可能ならば、簡単に破壊することが出来るものよ。
ん?
ということは…?
孤独な皇帝も完璧な能力って訳ではないってことになるわね。
あぁ…、そうか…。
そういうことだったのね…。
アダムが残り1回だけ孤独な皇帝を使わせようとしているようにもみえるわ。
それは破る事が出来ると確信していると考えるのが妥当かもね。
なるほど…ね…。
これは何とかしなきゃ…。
おっと、今はそれどころじゃないわね。
また新しい壁を作って私の動きを封じ込めようとしてくる。
さっきとは能力粒子の配列を微妙に変えてきているわね。
こうなると、さっき破壊した力加減は今回は使えない。
だけどこれでは単なる時間稼ぎにしかならない。
吹雪は何を考えているのかしら…。
取り敢えず油断せずにきっちり破壊しておく。
すると、直ぐに新しい壁…。
最初は、この無駄な防壁に何か意味があるんじゃないかとか、裏があるんじゃないかと疑って慎重に対峙していたのもあって、ダラダラとここまできてしまった感はあるわ。
一気に畳み掛けるチャンスは、あるにはあったけど、この防壁による遅延行為の意味が気になるわ。
当然、私にとって不利な状況になることを待っているのだろうけど、それに対応する心掛けだけはしておかなければならないから。
「吹雪…。いつまでこんな茶番をするのかしら?」
「まぁ、慌てないでよ。」
彼女はアイスクリームをしゃぶる。
「そろそろのはずよ。」
そろそろ?
やっぱり何かを待っているのね。
その時だった。
「心優!」
振り返り、疾斗を認識した途端、彼は孤高の流星を使って一瞬で目の前にやってくる。
「大丈夫か!?」
「私は平気よ。それより、そっちはどうなの?」
「俺も大丈夫だ…。というか、刀真は自殺した…。」
「そう…。」
深くは尋ねられなかった。
自殺という結果から、それに至る経過がある程度は予測出来る。
そのどれもが、疾斗にとって辛かったでしょう。
そして、彼がここに来たというこは、その辛い想いを無理矢理にでも飲み込んできたはず。
「いけるわね?」
「あったりめーだろ!」
「吹雪!2対1になる不利な状況を、わざわざ待っていたというの?」
「それはあまり望んではないね。」
座っていた手すりから、ひょいと降りる。
壁も自ら消し去った。
何をする気かしら…。
「心優、あなた気が付いていない?」
何のこと?
「私わね、防御壁を作りながら、ドームの全周を薄く広く探りを入れて、全戦闘の結果を把握している。」
!?
「疾斗!警戒しておいて頂戴!」
「おう!」
疾斗に前衛を任せ、私は能力粒子を一気に広げていく。
………。
誰も…、いない…?
誰も探知出来ない…。
ん…?
芽愛…。
芽愛がいる!
しかも激しく能力を使っている!
「やっと気づいたようね。親友ちゃんがピンチよ?」
吹雪は何もかも見透かしているかのようだったわ。
「心優!行ってこい!ここは俺がなんとかする。」
「なんとかって…。」
吹雪は適当にあしらえるようなレベルじゃないわ。
だけれど…。
「芽愛は攻撃手段がない!だから心優!早く行ってやれ!」
そう、そこが問題よ。
この1対1で全員が戦うというシチュエーションは、想定はしたけれど可能性は限りなく低いと思っていたから。
だってそうでしょう。
お互い相性が悪いというリスクを負うことになるからね。
それに、そこから勝った方が数滴有利を作り出したら、一気に勝敗は傾いてしまう。
こんな賭けのような勝負を、これだけ用意周到なアダム側がやってくるとは思わなかったの。
だけど予想は外れた。
そして、その数的有利は微妙な状況となっている。
芽愛を助けることが出来れば、情報的な優位性が格段に上がるわ。
私が特殊だと言う仲間もいたけれど、芽愛こそ特殊よ。
攻撃力も防御力も捨てて情報力に全振りしたステータスなんだから。
「疾斗、ハッキリ言うわ。」
「なんだ?」
「あなたに吹雪は荷が重い。」
「………、そうかもな。」
「分かっているだけ成長したわね。」
「フンッ。まぁ、一度見ているからな。」
「それに、二人がかりでも時間がかかる。芽愛救出には間に合わなくなる可能性があるわ。」
「かもしれねーな。」
「珍しく話が早いわ。一人で戦うならば勝とうとしちゃ駄目よ。」
「?」
「徹底的に逃げて、時間稼ぎをしなさい。あなたのスピードなら捕まることはないわ。」
彼は一瞬考え込んで、直ぐに力強く頷いた。
「おうよ!それなら任せておけ!」
「その間に芽愛と…、他の仲間も連れて帰ってくるわ。そうすれば形勢逆転よ。」
「………。」
疾斗は少し暗い表情をしている。
「芽愛しか確認出来なかったんだよな?」
「そうね。だけど確定じゃない。」
「芽愛だけ助けて連れてくるんだ。」
「どうしてよ!他の仲間だって…。」
ちょっと待って。
疾斗は他の仲間は死んじゃったって言いたいの?
そんなわけないでしょ!
疾斗は、今まで見せたこともないような真剣な表情で、真っ直ぐ私を見つめている。
「心優…。現実を受け止めるんだ。」
!!!
「な…、何を言って…。」
「いいな。芽愛だけ連れて帰ってくるんだ。」
「バカ疾斗に何がわかるって言うの?兎に角行ってくるわ。頼んだわよ!」
「………。ここは任せておけ!芽愛を頼む!」
「仲良しごっこ終わった?」
吹雪は食べ終わったアイスクリームの棒を袋に詰めてポケットにしまう。
ゴミをその辺に捨てないとか、妙なところは律儀ね…。
「何でもいいから、早く決めてよ。」
「もう決まったわ。」
「あらそう。で?どっちが私と戦うの?それとも二人がかり?」
そうか…。
疾斗が救出に行った方が時間的には余裕が出来るわね…。
けれど、迷っている暇は無いわ。
それに逃げる事に関しては、疾斗なら完璧にこなせる。
芽愛救出には、その場の臨機応変も必要となるはず。
ならば…。
「吹雪と戦うのは疾斗よ。」
「ふーん。それでいいんだ。」
一々突っかかってきて、こっちの動揺を誘うつもりね。
「まっ、どっちでもいいけれど。」
吹雪は意味ありげな言葉と笑みを浮かべる。
私は迷いを捨てて、決めた方針で突っ走る事に決めた。
「疾斗!頼んだわよ!」
「おーけー!」
彼は一度だけ振り返り、真剣な表情のまま親指を立てた。
私は人差し指で彼を指し、そして芽愛のいる方向へ走っていく。
ゲートキーパーから右回りで回っていく。
こちら側のルートには、疾斗、力音、芽愛が行ったわね。
移動していくと、水浸しの地面の上に、誰かが倒れているのが分かった。
手には何も残っていなかったけれど、腹部には何かが貫いた傷が残っているわね。
彼が疾斗の親友、刀真ってことになるわ。
現場に残された能力粒子の残骸からは、スピード感がありながらも激しい戦いだった事が薄っすら伝わってくる。
地面の水に触れると、更に状況を把握することが出来た。
なるほどね…。
疾斗は案外鋭い思い付きと、それを信じて突っ走れる行動力があるわね。
親友を失ったことは辛かったでしょうけど、私達がフォローしてあげないと…。
先を急がなくっちゃ。
更に進んでいく。
今度は熱気が冷めていくような空気が漂うエリアに突入した。
何かしら…。
遠くに何かの塊があるのが見えるわ。
近づくと、高さは人ぐらいだけれど、横幅はそこそこある岩のような物が置かれている。
近づけば近づくほど、酷い熱気を帯びているのが伝わってくるわね。
能力粒子で熱を遮る防御壁を体に纏わりつかせつつ、更に近づくことにする。
そのままそっと触れる。
防御壁は熱を遮ろうとしていても、それでも蒸発するほどの高温。
今のところ、私の再生速度の方が速いようね。
見た目は只の岩だけれど、触れた瞬間私は絶望した…。
待って…。
これって…。
力音と不動だと言うの…?
嘘…、でしょ…?
私は何もかも忘れて抱き着こうとした。
「熱っ!」
危うく腕が溶けるところだったわ。
軽く火傷したわね…。
だけれど、それで少しだけ冷静になれた。
それに…。
触れた事によって力音の最後の声も聞こえたの…。
(ごめん心優タソ!もう会えない!!!)
バカね…。
こんな時までアニメのネタを仕込んでくるなんて…。
本当に大馬鹿…。
しかもこんな古いアニメなんて、私みたいなコアな人しか分からないじゃない…。
バカ力音…。
涙が零れては蒸発していく…。
彼との楽しい思い出が蘇ってくる。
(ん?そう?ぼ、僕もね滅多にクリア出来ないんだ今日は調子いいみたい。)
ロリコンで、ゲームやアニメが好きだったオタクの代名詞のような力音…。
(やっぱり僕…、犯罪者にはなりたくないよぉ…。)
汗と涎と油できったない顔で自分を変えようと願った力音…。
(心優タソのお陰で、自分を変えることが出来ました。感謝いたします。)
死に物狂いで自分を変えた力音…。
(僕は皇帝が信じてくれる限り、無限の力を発揮することを約束するお。)
あの時、死んだら許さないって言ったじゃない…。
約束したじゃない…。
それなのに…。
グッと拳に力が入る。
だけれど、今は悲しみに浸っている時間はない…。
力音だってそう思っているはず…。
(全部終わらせたら、また来るからね…。)
そう力音に告げて、この先にいるはずの芽愛のところへと駆け出していく。
近づくにつれて、一気に能力粒子の濃度が上がってくたわね。
しかも遠くからも強い光源があるのが分かるわ。
光源ってことは芽愛が仕掛けているのね。
良かった、まだ間に合う!
走って近づいていくにつれて詳細も見えてきたわ。
光源なんて生易しいものじゃなかった。
驚く事に、攻撃能力を備えた無数の光の玉が二人を覆い隠している状態だったの。
いつの間にこんな事を…。
私も能力粒子を散布していく。
それで分かったのは、この光の玉の攻撃性能がビームを撃てること、相手は風属性だということね。
これだけ隙間なく配置出来たなら、ほぼ避けるのは不可能。
防ぐ事になるのだけれど、それを分かったうえで芽愛が展開しているならば、勝算は十分あるわ。
芽愛の|能力粒子《アビリティ・パーティクルは限界まで濃くなっている。
私もこれだけの濃度までは上げ続けたことはほとんどないわ。
訓練で試した限りでは、これ以上は体が耐えられないというのが瞬時に理解できたから、直ぐに濃度を下げたの。
一番濃く出力している部位、例えば腕なら、その腕は肉も骨も関係なく粉々に吹っ飛ぶでしょうね。
体内に仕込まれた爆弾が爆発するイメージよ。
恐らくこれが能力者としての限界パワーなんだと思う。
能力の威力は青天井じゃない。
つまり、その限界点さえ防げる手段を確立出来れば、勝機が高まるってことよ。
でもこれって、恐らく狐とかいうふざけた神が作ったリミッターよね。
これ以上は神でも制御出来なくなる、そんな気もするわ。
芽愛のところまである程度近づいてきたわ。
ここで加勢すれば、勝てるチャンスは一気に広がる。
そう思った瞬間だった。
芽愛が展開する光達の熱量が一気に高まる。
私が手出しをするには間に合わない!
だけれど、これだけの攻撃ならば…。
ドドドドドドドドドドッオオオオォォォォォオオオン…
激しく連続的な爆発音が鳴り響く。
地鳴りをも巻き起こし、その威力の高さを物語った。
す…、凄い…。
素直にそう思ったわ。
情報系に特化した芽愛が、これだけの攻撃力を持つだけで、私達の戦力は恐ろしいほど高まるの。
そう感じた次の瞬間…。
ドォォォォォ…………ん
全てを吹き飛ばす勢いで、直径1mはあるんじゃないかと思うほど大きなビーム攻撃が巻き起こる。
クッ…。
爆風と荒れ狂う能力粒子のせいで、思わず目元を腕で庇う。
砂どころか小石まで勢い良く飛んできたから。
パラパラパラパラッ…。
舞い上がった小石達が落ちてくるころ、爆風による土煙も収まり周囲の確認をする。
「芽愛!」
彼女は無事だった。
右手を前に突き出し左手を添えた格好で、今自分が何をしたのかを確認しているようにも見えたわ。
それほどまでにも、自分では想像もつかなかった威力だったのだと思う。
そう、自分で何をやったのか正確に理解出来ない程の攻撃だったのよ。
私の声に我に返り「心優!」と笑顔で私を見つめる。
あぁ…、良かった…。
彼女が強くなったのが良かったのではないの。
生きていてくれたことが良かったのよ。
な、なによ、ちょっと涙目になっちゃったじゃない。
彼女は少しよろけながら私の方へ向かってゆっくりと近づいてくるわ。
私も両手を広げながら迎えに走る。
スパッ…
突如何かが通り過ぎる。
ブシャャャャャャャャッ!
刹那。
芽愛の横っ腹から大量の血飛沫が溢れ出す。
「芽愛!」
「み…ゆ………。」
彼女は苦しそうな表情をし…
吐血すると…
顔から地面に倒れ込んでいった…