第5話『ロリコンな豚狩り事情』
ここは、私専用のプライベートハウスの1室。
私はスマホの無料会話アプリを使って指示を出しているわ。
下民共に合わせる為に無料のを使っているだけよ。勘違いしないでね。
画像を見ながら文字を打つ。
まったく、面倒くさいったらありゃしない。
皇帝『監視カメラで疾斗の姿を確認したわ。だけど扉を開けるには、この前渡したカードを使わないと駄目よ。』
疾斗『どうやって?』
皇帝『説明が面倒だから芽愛から聞いて。』
後は専属メイドに任せる。そのぐらい現場の状況から察しなさいよ。
彼女は渋々ながらセキュリティカード兼、皇帝の臣下である証明カードの使い方を説明している。
まったく、こんなセキュリティシステムは昔からあるんだから知識として知っておきなさいよね。
監視カメラの画面には、恐る恐るリーダーにカードを当てている疾斗の姿が映しだされているわ。
まるで猿が文明に遭遇したようで滑稽ね。
召使に案内されてようやくアジトに入ってきた。
「遅い。」
「いやー、待たせたな。」
「待っていないわ。」
「そう言うなよー。」
私の言葉を軽く交わしながら近くの椅子に座る。
苛つくわね。
「まぁ、いいわ。」
「それで?」
話が早いのは助かるわ。芽愛とは大違いね。
「今回発見されたのは…。」
「されたのは…?」
「豚よ。」
「豚ぁぁ??」
おっとっと、ちょっと結論を急ぎすぎたわね。
「そう、豚。いえ、そう呼ぶには豚さんに失礼ね。」
「もうちょっと具体的に頼むよ。」
「そうね、24歳大学4年生。身長174cm、体重92kg。血液型はO型。」
「あぁ、だから豚なのか。」
「ちょっと違うわ。」
「え?デブって事なんじゃないのか?」
「まぁ、聞きなさい。せっかちは嫌いよ。」
「へいへい。」
「それに、私は見た目で人を判断しないわ。」
「へー。意外だな。」
「そうかしら?だとしたら認識を改めなさい。」
「わかった、わかった。それで?能力は?」
「ザ、パワーよ。」
「おっと、力系かぁ。手強そうだな。」
「バカね、瞬殺よ、瞬殺。相手にならないわ。」
「ほぉー。すげー自信だな。」
そこへ芽愛が割り込んできた。
「ちなみに、あなたとの戦いの前にも同じ事をおっしゃっておりました。」
「ちぇ、なんだよ…。」
「相性が悪いって意味よ。私の孤独な皇帝とあなたの孤高の流星では、どう考えても私の圧勝でしょ。そういうことよ。」
「その名前、何とかならねーのか?テレポーターでいいじゃないか。」
どうやら下民のくせに、私のネーミングセンスにケチをつけるのね。
まだまだ調教が足らないようだわ。
「本当にバカで思慮が浅いわね。」
「な、なんでだよ。どう考えても厨二臭せぇだろ。」
「だからよ良いのよ。」
「一応理由を聞こうか?」
「格好良いからよ。」
疾斗は呆れた顔をした。
「俺は格好良いとは思えないけど?」
「負け犬の意見なんて聞いてないわ。」
「いやぁ、それ言われるときついけど…。」
「それにね、ちゃんと意味もあるわ。」
「ほぉ?それも一応聞いておこうか。」
「この名前を聞いた一般人や、敵はどう思うかしら?」
彼は考える素振りをする。
無駄よ、バカなんだから。答えなんて導き出せないわ。
「厨二臭せぇだろ?」
「いいえ、あなたの能力を想定できないでしょ。だからいいのよ。テレポーターなんてモロバレな名前なんてつけたら、どこかでそれを聞きつけた敵にバレバレでしょ。」
「あぁ、なるほど。」
「はぁ…。」
私は深いため息をつく。どうして色んな想定をしないのかしら?
こんな事、むしろ向こうから出ても良い意見だわ。
そうは思わない?
「さて、話を戻すわよ。」
「あ、あぁ、そうだったな。」
「もう少し緊張感を持ちなさい。」
「へいへい。」
「その豚が普通のデブなら問題ないわ。放置するか仲間にするわ。だけど、一つ問題があるの。」
「ほぉ?」
「ロリコンね。それも生粋の。」
「ロリコンに生粋も無粋もあるのか?」
「あるわ。」
「ま、まぁ、いいや。どちらにせよ問題だな。」
「そうね、能力者でロリコン。犯罪の匂いしかしないわね。」
「どうするんだ?」
「もちろん狩るわよ。」
「豚狩りかぁ。なんか格好良くねーな。」
「戦いに格好良さは必要ないわ。」
「その割りには能力に名前付けたりしてんじゃねーか。」
「そこは重要よ。最重要ね。」
「わっからねーなぁ。」
「だから下民なのよ。」
「それも意味不明だ…。」
「思想にこだわりを持ちなさいって意味よ。」
「もっと意味不明になった…。」
「まぁ、いいわ。兎に角そいつを仕留める。使えそうなら仲間に加えようと思う。」
「そんな奴、信用できんのか?」
「そうね、更生が必要だけど、それ以外に問題がないなら構わないわ。」
「色々と考えているんだな。」
「考えない方がおかしいでしょ。」
「そ、そうかなぁ?」
また考える素振りをしている。
何度考えてもダメよ。あんたは考えている振りをしているだけ。
思慮の深い人は、一つ一つの言葉に自分の考えを直ぐに巡らすの。
だから会話しているだけで、どんどん意見がかわされていく。
疾斗はただ聞いて思ったことを口に出しているだけだね。
そんなんじゃ、いつまで経っても下民のままだわ。
「それで、真正面からやりあうのか?」
今度は俺が勝つ、みたいな雰囲気を出してもダメよ。
「残念ね、彼との物理的な勝負は分が悪いわ。」
「それでもさ、俺の足で惑わせれば勝てるんじゃね?」
「掴まれた瞬間、あなたの負けが確定するけど、それでも勝てる?」
そう聞いて、うーんと悩む疾斗は、やっぱりバカね。
勝負事に対して、そんな不確定要素が高い状態で挑むわけないじゃない。
「喧嘩なら疾斗が勝つでしょうね。相手はどう見ても喧嘩慣れしているようには見えない豚だし。」
「なら…。」
「でもこれは能力者同士の戦いでしょ。相手の能力と自分の能力の長所短所を考慮すれば、自ずと勝ちパターン、負けパターンが見えてくるのよ。」
彼はちょっと悔しそうだった。
「あなたの価値は何も戦闘だけじゃないわ。だから安心しなさい。直ぐに捨てたりしないから。」
「女子中学生に捨てられる日が来るのか…?」
「そうやって性別や年齢で判断するのを辞めなさい。世の中実力よ。」
「まぁ、それはあるな。」
「それしかないわ。それに、今回の戦いは物理攻撃は必要ないわね。」
「ほぉ?精神的な攻撃か?」
「概ね合っているわ。ただし、相手を人気の無い場所へ連れてくる必要があるわね。」
「能力使ってるの見られたらやばいからな。」
これは疾斗との戦いと同じ条件ね。というか、常にこれは意識しておかないと駄目ね。
「そうね。だから囮を使います。」
「ご主人様!私に任せてください!」
私の隣でべったりくっつきながら、黙って聞いていた芽愛が手を上げる。
「駄目よ。引っ込んでなさい。」
「でも…。」
彼女の視線からは、そんなロリコン野郎の囮に私が出向く危険性を危惧しているのが分かる。
「あなたの心遣いは理解しているわ。だけど今回は許可出来ない。」
「私はどうなっても構いません。ご主人様が傍に置いてくださるなら…。」
「余計に駄目よ。そういった自己犠牲的な精神は必要ないわ。それよりも、どうやったら作戦が上手くいくかに考えを巡らせなさい。」
「申し訳ございません…。」
「いいのよ。あなたのそういった所、嫌いじゃないけど危険な考え方よ。」
そうね。彼女を囮に使うリスクは高いわね。
だいたい、逃げる手段も何も持ってないじゃない。
私には孤独な皇帝がある。
逃げようと思えばいつでも完璧に逃げられるわ。だから…。
「今回は私が囮になるわ。二人はサポートして頂戴。」
「皇帝自ら出陣か?」
疾斗が茶化す。バカね、そうじゃないわ。
「私の能力を持ってすれば捕まる事もないし、この究極可愛い容姿で相手が油断するからよ。ただそれだけ。私は完璧に作戦を遂行させたいの。」
「究極…?可愛い…?」
その後、具体的な場所や方法を検討する。
といっても、一方的に私が提案し二人に把握してもらう作業になってしまったわ。
もう少し角度の違う意見が欲しいところだけれど、皇帝の素質を持った私と比べては酷というものね。
「ターゲットは少女アニメのカードゲームに最近ハマっているらしく、
『Incarnation of evil』のゲームセンターコーナーに頻繁に出没しているわ。」
「その時点でどうかと思うけどな…。」
「あなたに彼の趣味を貶す権利はないわ。」
「でもよぉ…。」
「では聞くけど、誰かに誇れる趣味があるの?」
彼はまた考える素振りをする。
その時点で、あっ、察し。
「ねーな。」
「無趣味な人間ほどつまらない人種はいないわ。」
「そうかなぁ?」
「家にいると暇って言う人いるじゃない。」
「ん?暇な時ぐらいあるだろ。」
「はぁ~?それが信じられないわ。勿論外出して趣味を楽しむこともあるわよ。だけれど、家なら家でやりたいことなんていくらでもあるわ。」
「何やってるのさ。」
「愚問よ。」
「ぐ、愚問?何でだよ?」
「人に誇れるほどの趣味があるなら、家の中でも徹底的に楽しんでいるからよ。」
「まぁ…、そうなるのか…?」
「はぁ…。ほんと、無趣味な人は可哀想ね。」
「冷たい視線をやめてくれ。」
「まぁ、いいわ。それと、面倒なのか自分の趣味の世界に入ってきて欲しくないのか知らないけど、隠している趣味がある人は下衆の極みね。」
「別に言わなくったっていいだろ。」
「何故言わないのかしら?いえ、言えないのかしら?その気持ちを考えるだけでも虫唾が走るわね。」
「本人の自由だろ、そんなもん。」
「そうかもね。でも、そう言う人もまともじゃないわね。自らコミュニケーションを拒否し、自分だけで趣味を楽しむ。本当に気持ち悪いわ。オタクの方がまともじゃないと思わない?」
「でもオタクの方が気持ちわりーじゃん。」
「酷い偏見ね。むしろオープンに自分はオタクですって宣言しているだけマシでしょ。関わりたくないなら関わらなければいいんだから。」
「まぁ、自分で公言しているんだから、嫌な人は避ければいいな。」
「そう。だけど隠している人は最悪。自分の趣味が貶されれば陰口や匿名で反撃してくる。なんて卑しい人種なのかしら。」
彼はまた考える素振りをしていた。
「それと、無趣味とか言いながら、後から食いついてくる奴。こいつらも最低ね。」
「あー、いるいる。趣味ないとか言っておきながら、音楽の話しとかしてると突然割って入ってきて熱弁するやつとか、いるいる。」
「自分を正しく理解していない証拠ね。」
「でもよぉ、趣味なんだけど誰かと話をするのに自信ない場合だってあるじゃん。そんで知識とかで打ちのめされてさぁ。それってやっぱ傷つくし嫌じゃん?」
「はぁ…。」
私はまた深いため息をついた。ため息はいいのよ。軽いストレス発散になるから。
「な、なんだよ。俺間違ったこといってねーだろ?」
「どれが正解かは、確かに個人差があるでしょうね。これまでの話も個人的な好き嫌いの話しとまとめてしまえば、片付けられるわ。」
「まぁな。」
「だけどね、趣味に自信とかプライドなんて関係ないのよ。好きなものを好きと言えない、不自然で気持ち悪い状況に気付くべきね。だから余計に変な空気が生まれるのよ。それに…。」
「それに?」
私は思わず笑みがこぼれた。
「気兼ねなく話せる方が楽しいでしょ!」
「お、おう…。だよな。それはあるよな。」
「だから私は厨二病を隠さないわ。だって、楽しいんですもの。」
「それって絶対黒歴史になるって…。」
「言ったでしょ。永遠の厨二病だから歴史にすらならないわ。常に現在進行形。好きな事を上手に楽しむ。それも重要なことでしょ。」
「万人受けはしないかもなぁ。」
「残念ながらそうね。バカはバカなりに楽しめばいいのよ。私には関係ないわ。」
そこまで語って、極甘のレモンティーを飲む。
かなり冷めていた。それに気が付いた芽愛がお湯を沸かそうと立ち上がったが制止する。
「そろそろ出発しましょう。余談が過ぎたわね。」
「おっ、そうだな。早速仕掛けるのか?」
「そうね。ターゲットが来ればだけど。着替えるから、部屋の外で待っていて頂戴。」
「へいへい。」
私と芽愛が着替えを済ませる。
彼女は中学の制服に、私はロリコンが好きそうな私服に着替えた。
バックを片手に部屋を出る。
「すげー格好だな。まるでマセた小学生みたいだ。」
「あなたがそう思うなら、私の思惑通りね。」
「あいつが好きそうな服装ってことか。」
「あら?多少は考えるようになったのね。」
えーっと言った顔をした疾斗も連れ出し、三人はうちの財団が経営する総合デパート
『Incarnation of evil』へと向かう。
芽愛は今回の作戦を聞いて、何度も気乗りしないと言ってきたけど、残念ながらメイド風情がでしゃばる必要はないわ。
皇帝は常に臣下の見本でいなくてはならない。
「さぁ、時間よ。行くわよ。」
私達3人は豚を駆逐するべく、デパートへと向かって行った。