第46話『ゲートキーパー』
「時時雨 心優。後1回しか使えない能力で、俺の所まで来れるか…、じっくり楽しませてもらおう。」
アダムはそう言うと、ドームの中へと入っていく。
さっきの攻撃で、その1回を使い切るかどうか迷ったのは事実。
気になったのは、他の能力者の存在。
そうでなくても「能力解除」なんて奴が門番しているぐらいだし、私の孤独な皇帝を発動させないとか、妨害する、解除する、効力を無くす、その他何が起きるかは予測不能の域よ。
ここは死角も多いわ。
発動しなかった事が、正解だと信じたいところね。
今視界に入っているのは、門番の老人と吹雪だけ。
さて…、どうしたものか…。
「心優。そこのお爺ちゃん。ただの門番じゃないわよ。」
「そうかしら?泣かなければどうってことないでしょ。気絶させる事も可能よ。」
そう。
泣かなければ問題ないのであれば、方法はいくらでもあるわ。
「だから、そんな単純なことではないってこと。」
「あらそう。どうでも良いわ。」
「珍しく早計ね。そこの透視のお嬢さん、教えてやってよ。」
指名された芽愛は私の顔を見て小さく頷く。
「彼の能力は、能力解除だけじゃありません。」
「………。」
「というか、別の能力が本体でした。彼は『ゲートキーパー』という能力者です。」
「門番?」
「はい。彼は門を開けようとするあらゆる方法を相殺する事が出来ます。だから、孤独な皇帝も解除されました。」
「あぁ、なるほど。」
手で開けようとすれば、開けられない力が働き、壊そうとすれば、強度が上がるとか、多分そんな感じね。
面倒ね…。
「ゲートを開かせる方法は、本人が決めたルールに従わなければなりません。」
「ルール?」
「条件ですね。今回の場合は…。」
芽愛は小さく可愛い口を半開きにしたまま固まる。
そっと閉じると、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「『黙示録とアダムの使者が1対1で闘って、相手側を全員殺した方が入場出来る』です…。」
「何ですって!?」
愕然とした…。
「ご主人様…。」
「相手の人数だってわからないのに…。全滅?ならば、この老人には悪いけど、手荒な事をしてでも能力を解除する方法を探した方が…。」
得策だと言いたかったけれど、吹雪によって言葉は遮られたわ。
「残念ね。もう準備は整っているわ。」
吹雪は相変わらずポケットに手を入れたまま階段を降りてきた。
全員で倒してしまう選択肢もあったけれど、『1対1』という条件から外れてしまう。
ただし、この老人の能力は、何らかの力を得て嘘の情報に書き換えられ、それを芽愛が読み取った可能性も否定出来ないわ。
だけど、そう言った関連の可能性は、確証出来ない限り可能性の域を出ないわ。
確定事項じゃないと実行出来ない。
慎重に動く必要があるわ。
「私はこれでもエデンの園ではNo.2なの。分かる?何千人集まろうが、この地位は不動だったわ。だから心優。私と対戦するのは、あなたよ!」
「心優。俺達は向こうの有利な条件に誘導されているぞ。」
護からの意見だったわ。
全面的に同意ね。
しかし、拒める状況でもないのも事実よ。
それは全員分かっていると思う。
「やるしか無さそうね。」
皆に、そう伝えた。
全員真剣な表情だった。
「そう、やるしかないのよ。それは私達も同じ。」
そうか…。
吹雪達も、私達全員を殺さないと中に入れないってことなのね。
やはりアダムは戦略家ね。
厳しい条件を突きつける事により、仲間のレベルアップ、更には振るいにかける事により強い能力者だけが残るわ。
どちらかのチームの全滅が条件な以上、私達かアダム側が全滅するまで続けられることになる。
私達が全滅すれば御の字だし、アダム側が全滅したとしても、5千人と言われる人質を前に、どうすれば良いかは難問中の難問よ。
それに彼には催眠術がある。
いざとなれば私達の活動も止められてしまう可能性すらあるわ。
………。
分が悪いのは知っていたこと。
今は悲観している場合じゃないわ。
「それで?吹雪の仲間達はどこにいるのかしら?」
「ヤル気になったようね。ドームの外周沿いに居るわ。誰と戦うかは、その場で決める。戦闘が始まれば、それはもうゲートキーパーの条件の始動となるわ。つまりチェンジは出来ない。」
「随分と消極的なやり方ね。」
私は少し煽ってみることにする。
勿論、追加情報を得るためよ。
「あーら。前回全勝しちゃったのは、どこの人達だったかしら?」
こう嫌味たっぷりに返されると、何も言えないわね。
「わかったわ。右回りと左回りの人選はさせてもらうわ。」
「お好きにどーぞ。」
吹雪に警戒しつつ円陣を組む。
だけど彼女は不意打ちや奇襲は考えていないようね。
ルールから外れる可能性があるし、私と戦えればそれで良しとする態度すら感じる。
階段に座り私達のミーティングが終わるのを、アイスを食べながら待つ姿勢を見せたわ。
「かなり不利な条件よ。向こうがこちらの誰と戦うかを決める権利があると思っていいわ。ただし、こちらの情報は一昔前のものだと思っているの。つまり属性や能力粒子については、こちらがどれほど熟知しているか、どの属性が得意なのかは分かっていないと思うってことよ。」
全員の視線を受け止めながら、話をすすめる。
「なので、ここから先は運の要素が強い。つまり、能力の相性も、属性の相性も合わない、最悪の状況すら考えられる。」
「まっ、そうなってもよ、やるしかねーだろ。」
「そうね。疾斗の言う通りよ。これは運だから。だから、最高に条件の良い戦いも可能性としてあるわ。」
「そうだお。そうなったら、さっさと倒して他の人の援護にいけるお。」
「力音の言う通りよ。だけれど忘れないで頂戴。嘘か本当かは別にして、今回の条件は『1対1』よ。手助けした時点で誰も中に入れなくなる。」
「あの爺さん、気絶させてしまえば行けそうな気もするが…。」
護の意見ね。
「いえ…、多分寝ていても泣くことが出来ると思います。何せ孤独な皇帝の中でも泣けていましたから。あれは普通の『泣く』とは別次元です。恐らく死んでしまうまでは、能力の効果が残ると思います。」
芽愛からの情報は貴重な判断材料をもらえる。
「ゲートキーパーの攻略は、もしも吹雪が言った条件が嘘だった場合のみよ。」
そう。本当に戦闘結果が条件なのかは気になるわ。
条件という割には複雑ですもの。
「それと、奴が泣かされているのも能力の可能性もあるわ。だから攻略は難しいと考えているわ。」
「心優ちゃん。それじゃぁ、なんでもアリになっちゃうよ。」
「元々異能の世界は何でもアリよ。」
驚きの表情を見せた夕美に賛同する人は多いわね。
だって、こうなったら考えだしたらキリがないですもの。
「だから正面突破よ。さっき力音が言った通り、好条件だった人は勝負を付けたら他の援軍に行くこと。行くだけでも効果があるわ。相手は目の前の敵を排除するだけでは終わらないというプレッシャーをかけられるし、戦えば戦うほど手の内を見せる事になる。数が多い方がどんどん有利になるわ。」
全員が一斉に頷いた。
「1つ心配なのは、敵の方が数が多い場合。でも冷静に対処するように。不利だと思った遅延作戦も有効よ。こちらの援軍が来ることを信じて…。」
誰にも悲壮感が漂っていた。
これは仕方のないことだったかも知れない。
「では、右回りを芽愛、疾斗、力音で、左周りを護、夕美、烈生で行くように。私は吹雪とやる。」
全員が力強く頷いた。
「よし!いくぞ!」
仲間達は打ち合わせ通り、ドーム正面ゲートから右回りと左回りの組みに分かれて移動を開始する。
これが、別れになろうとも知らずに…。
右回りの芽愛、疾斗、力音チームは、直ぐに疾斗が捕まる。
「お前の相手は俺だ!」
「刀真!」
「次こそ、お前がただの理想だったと気付かせてやる!」
「違う!現実を見ろ!」
二人は水で刀を作ると、激しく撃ち合っていった。
次に力音が接触する。
「我らの決着もついておらぬな。」
「不動…。」
二人は静かに対峙する。
左回りの護、夕美、烈生チームは、まず夕美が捕まる。
「遠距離同士、仲良くしようや。」
相手はライフルのモデルガンを持っていた。
「あなたが内海ね。」
似た者同士だからか、二人は距離を取りながら攻撃体勢へと移行していく。
次は護が接触した。
既に相手は右手に炎を纏っていた。
「俺の名は『火月』。そっちの小さいのはあいつに任せるわ。だから俺と勝負しろ。」
「後悔するぜぇ?」
二人は既に能力粒子を散布し、戦闘準備をすすめていった。
残ったの烈生は、いかにも格闘系の屈強な男と遭遇した。
「おいおい、こんなちびっ子とやれってか?バカバカしい…。」
「お兄さん。油断していると足元救われますよ?」
「あ~ん?まぁいい。ガキが何を言おうがねじ伏せるまで。」
「能力に年齢や体格は関係ないって知らないの?」
「上等だ…。」
二人は少しずつ殺気を高めていく。
右回り最後は芽愛となる。
「あら?可愛いお嬢さんだこと。随分遅かったけれど、怖いのならそこで自殺するといいわ。面倒が省けるからね。」
「戦いは情報を制した方が勝つのですよ。」
「情報だけで勝てるなら、苦労しないわぁ~。」
「勿論。」
「気に入らないわね。」
「あなたに恨みはありませんが、ここを通していただきます。」
女性二人の対決となった戦場は、緩やかに風が吹き抜けていく。
「別れは済んだ?」
吹雪はよっこいしょと言いながら立ち上がり、お尻の砂埃をパタパタと払い落とした。
「再会する為のミーティングよ。」
「まっ、やってみなくっちゃわからないさ。」
「そうね。あなた次第だと思っているわ。」
「あら?なんで?」
「No.2なんでしょ?それであなたの仲間の実力もわかるってことよ。」
少し考える素振りを見せた吹雪。
「ふーん。同い年なのに、随分色々と考えているんだね。」
「考えない方が無駄だと思わない?」
「考えても無駄だと言っているの。」
彼女からは自信が溢れていると感じる。
油断は出来ないわ。
アダム側のNo.2と言うのも伊達じゃないってことよ。
既に能力粒子の散布は完了しているわ。
ゲートキーパーも含め、彼女の動向は把握済み。
勿論、どんな能力者なのかもね。
芽愛による能力解析は完了していて、ミーティング後にこっそり教えてもらっているわ。
その後に私は耳打ちし、全員の相手の解析を行い助言することと伝えてある。
手は出していない、口だけよってやつ。
悪いけど使える手段は全て使わせてもらう。
何せ、命がかかっているんだから。
「さぁ、始めましょうか。」
吹雪がポケットから手を出した。
「そうね。楽しいお喋りはお終いよ。」
「あなたとは、本当に楽しいお喋りが出来たかもね!」
!?
どういうこと?
一瞬の戸惑いを突かれる。
能力粒子により、上空に何かが作られ勢い良く落ちてくるのが分かった。
直ぐに移動し避ける。
ザッザッザッ!!!
鋭い氷柱が石製の床に突き刺さる。
石は砕けたものや割れたものがあった。
威力はかなり高いわね。
「どうしたの?さぁ、反撃してきなさいよ!」
そうね。
本来ならば孤独な皇帝でスタンガンでも何でも武器を取り出して攻撃してお終いね。
だけどアダムの能力『言の葉の力』によって1回使った後はアダムを倒さない限り再び使えない状況となってしまっている。
本当にあいつは厄介ね。
おっと、その前に吹雪だった。
私は色んな選択肢の中から武器を決める。
左手を腰の一に持ってくる。
直ぐに吹雪は警戒したわ。
スッと刀が現れ、左手に収まっている。
刀と私を交互に見る彼女は、こう言ってきた。
「何のアニメを参考にしたのよ。」
私はその一言で、吹雪もアニメやマンガが好きなのだと理解した。
なるほど。
だから私と戦いたかったんだ。
「小説投稿サイトの最下層に埋もれている小説の設定よ。」
「ぐぬぬ…。」
「知らなくて当然ね。」
そう、彼女も能力は想像力、妄想力がキーになっていると分かっている。
だから、創作者が大好きな彼女だからこそ、今までに見たり読んだりした知識をフル活用して、同じタイプの私と戦いたい、そう思っていたようね。
「この刀の名前は、『妖刀 朱雀』よ。」
「妖刀?妖怪物なの?」
「フフフ…。そうよ。とーっても面白い小説。」
「よ、読みたいなんて言ってないわよ!」
「絵の大好きな少年と、もう直ぐ死んじゃう病気の少女が出会って…。」
「ちょっと待って!ネタバレは最低の行為よ!許さないわ!!!」
あら、かなり怒ってみたい。
どうやらビンゴね。
これはつまり…。
強敵ってことよ。