第4話『下民君の逆襲』
腹を押さえながら立ち上がる下民君。
彼にはもう打つ手はないわ。
勝負はついたの、私の完全勝利という形で。
だけど私は一つだけミスを犯していたわ。
今後の反省点ね。
そう、彼の能力の発動条件。これを知っておくべきだった。
下民君は不意に芽愛の方を見た。
あいつと彼女の視線が合う。メイドは自分が標的にされたと自覚し、不安そうな表情で私の方を見た。
「ご主人様…。」
一瞬の隙を付かれたわ。
まさか人質などというくだらない戦法を取るとは思ってもみなかったもの。
直ぐに孤独の皇帝を発動する。
下民君は芽愛の右手を握ろうと手を差し出していた。
ギリギリ間に合った。握られてしまったら、私の握力で剥がせるかどうかわからないからね。まぁ、今度調べておきましょ。
彼女を引きずってでも逃したいけれど、流石に息が切れて能力が解除されてしまう。
だから私がメイドの頬を思いっきり引っ叩いてあげる。
「ハァァァァァァァン!!」
ロンリー・エンペラーを解除すると同時に、彼女は悦んだ表情をしながら倒れこむ。
下民君の手は、芽愛の急な行動に対処出来ずに空振ぶった。
「なんてゲスな男なの!」
「なんとでも言え!俺の目的は叶った!」
何ですって!?
彼の言葉は、私に一瞬でも考えさせる時間を作っていた。
私ともあろう者が、こんな言葉に惑わされているようでは駄目ね。
若さ故の過ちってやつかしら?
兎に角危ない、そう警告する直感に従いロンリー・エンペラーを発動しようとした。
!?
しかし…。
下民君が芽愛を掴もうとして空振った手が、勢いはそのままに私の手首を握ってしまっていたわ。
構わず能力を発動しようとしてギリギリで止める。
このままでは二人共ロンリー・エンペラーの世界に入ってしまう。
そう、私に触れている限り彼の時間を止められない。
完全に油断したわ。
こうならないように、しっかりと距離を置いて戦っていたのに。
私としたことが…。
完全勝利とは程遠くなってしまったけれど、でもまぁ私の勝利は揺るがないわ。
「やっと捕まえたぜ!もう逃げられねーぞ!」
「そうね。逃げることは叶わないわ。」
だけど、攻撃することは出来る。こいつはどこまで馬鹿なのかしら?
たかが女子中学生の攻撃力と侮っているようね。
彼の殺意が高まる。
左手を高々と上げて平手打ちの仕草に入った。
「不本意だが、おとなしくなってもらうぜ!」
その瞬間、私はベルトに携帯してある最終兵器に手をかける。
「バカね!お嬢様を見くびり過ぎよ!」
手にしたのは小型スタンガン。
掌サイズだけど100万ボルト仕様よ。
そうね。あの黄色いねずみの10倍の威力と言えば分かりやすいかしら。
私は躊躇せずスイッチを押しながら下民君に向けて付きだした。
バチッバチッバチッ
青白い閃光を撒き散らしながら二人の攻撃が交差しようとする瞬間。
どうしてかしら?
彼は私の手を離し、後退しようとした。
ここにきて逃げるの?
躊躇うこと無くスタンガンを打ち込むわ。
「痛っ!!!!ぐぉおぉぉぉぉぉぉおお!!いてぇぇぇぇぇぇぇええ!!!」
彼はうずくまり腹部を抑えているわね。
「芽愛、もう少し離れていなさい。」
「申し訳ございません、ご主人様…。」
直ぐに彼女に距離を取らせたわ。まったく、案の定自分が狙われたじゃない。
格闘技術を学ばせる必要がありそうね。
彼女の場合、肉体的な攻撃力は必要ないの。
欲しいのは知識ね。危険予知と対策方法。
まぁ、いいわ。
そして下民君を見下す。
「無様ね。」
呻き声をあげながら横たわる彼。
「くそっ…。」
私は手の届かない距離を保ちながら勝利の余韻に浸る。
そして疑問に思った事を聞いた。
「どうして殴らないで離れたのかしら?最悪相打ちでも勝算はあったでしょ?」
「あのまま電撃喰らったら、お前まで感電しちまうだろ。」
「救いようのない馬鹿ね。」
「なっ、なんだよ!?お前を巻き込まないように俺は…。」
「スタンガンはね、先端の電極間でしか電撃を発しないの。使用者まで感電したら元も子もないじゃない。馬鹿じゃないの?」
「あっ…。」
彼は苦しそうにしながら立ち上がり、あぐらをかいて座る。
「ちぇっ。煮るなり焼くなり好きにしろ。それとも死んで詫びればいいか?」
本当に下民共の考えることは浅はかでバカバカしいわ。
「死んで詫びるのはね、死ぬ価値がある人間が言う言葉よ。当然ながらあなたなんかにその価値はないわ。葬儀屋に1件仕事が増えるだけ。」
「そんな言い方はないだろう…。」
「あら?自分には価値があるような言い方ね。」
「俺には瞬間移動の能力がある。」
彼は苦しそうな表情をしながらもドヤ顔を決めた。
私は短いため息をつく。
「どんなに凄い力を持っていても、その使い方を知らないようでは宝の持ち腐れだわ。下民に真珠、そんな諺もあるでしょ。」
「俺は豚かよ…。」
「豚以下ね。豚に謝りなさい。」
「なっ…。」
下民君は驚いた表情の後、呆れた顔をしたわ。
「おまえすげーな。中坊だと思って舐めてかかったのがマズかったか。」
「いいえ。あなたの無理、無茶、無謀な戦法では100回やっても全部私が勝つわ。」
「ひでぇ言われようだな。」
「間違ってるかしら?」
彼は少し考える素振りを見せる。
考えたって一緒よ。事実だもの。事実を変えるには自分を変えなきゃいけない。
そんなこともわからないのかしら?
あぁ、だからうだつの上がらない冴えない高校生活を送っているのね。
でも…。
こいつは私達を傷付けるつもりはなかった。
これだけは理解してあげる。
スタンガンの特性を知らなかったとはいえ、下民の分際で私の事を心配したわ。
だから多少の無礼は許して上げる。ガッツポーズするぐらい喜びなさい。
「あなた、さっき煮るなり焼くなり好きにしろと言ったよね。」
「ん?あぁ、近距離も駄目、遠距離も駄目なら俺には勝ち目ないしな。喧嘩売っておいて情けねぇ。」
「そうね、最高に無様だわ。」
「おい…。」
「だから私が導いてあげるわ。感謝しなさい。」
「何処に?」
「下民の知らない世界によ。」
「へー。少しは楽しめそうか?」
「そうやってあなた達は、直ぐに他人に何かを求めるわね。」
「手厳しいなぁ。」
「何か面白いことある?って聞いてくる奴に限って究極つまらない人間ばかりだわ。」
「ご主人様、おめでとうございます。」
私の言葉に何かを言おうとした下民君を遮り、芽愛が勝利の祝賀を伝えに来た。
こういうところはメイドっぽくて良いわね。
「ありがとう。でも、最初から決められていた結果通りで面白くはなかったわ。」
「随分な言われようだ。」
下民君は完全に呆れているようね。
この程度の言葉遊びを笑い飛ばせるぐらいの懐の深さが欲しいわね。
まだまだ教育が必要そうだわ。
「間違ってないと思うけど?」
「まぁ、完敗だわな。それは認める。」
「あら?素直ね。それと、あなたは勘違いとはいえスタンガンから私を守ろうとした。殴る時もグーじゃなくて平手打ちだった。だから許してあげる。私の下僕になりなさい。」
彼はキョトンとしたあと大笑いした。
「はーはははっは。許されて下僕か。まぁ、いいだろ。命までは取られまい。」
「そうかしら?私に楯突いて中東の山奥で一生奴隷生活送っている奴もいるけど、死んじゃうのとどっちが良いかしらね。」
「ぉぃぉぃ…。」
「それにね、相手が年下の女だからって手加減するのは良くないわ。やるなら完膚なきまでに性別と年齢によって得られている肉体的な優位な条件を使うべきね。」
「そんな…。女の子にそんな事出来るかよ…。」
「それは男女不平等よ。」
「ふ…、不平等?」
「女の子は弱い、だから手加減したり守ったりするなら、弱い男も同じように扱いなさいよ。」
彼は一瞬考えた後即答した。
「男なら自力で…。」
「だから不平等なのよ。そう思うなら女にだって手加減しないことね。」
「………。」
「それに、私をか弱い乙女と認識したのが、そもそもの間違いね。まぁ、私の容姿からは仕方がないとは思っているけれど、情報分析はとても大切よ。それがあなたの敗因ね。」
「情報ったってよ、そんなのやってみなきゃ分からねーだろ。」
「だから負けたのよ。何度も言わせないで。」
「だってよ…。」
「まず一つ目。あなたのその靴。買ってあげるから頻繁に変えなさい。」
「へっ?買ってくれるの?でも、どうして…?」
「それだけ極端に擦り切れていたら、あなたが移動系の能力だって自分で言っているようなものよ。」
「移動?誰が?」
「はぁ…。あなたの能力は瞬間移動。だけどそれは時空を飛び越えるような高度なものじゃなくて、ただ瞬間的に速く走れるだけなの。それこそ目にも留まらぬ速さでね。」
「えっ?そうなの?」
「頭が痛いわ…。あなた自分の能力ぐらいちゃんと把握しておきなさいよ。ふたつ目の敗因ね。」
「そうだったのか…。瞬きするだけで目的の場所まで移動出来るから、てっきり瞬間移動かど思っていたぜ。」
「そう、あなたの能力発動条件は瞬きなのね。」
「発動条件?」
「ついでだから教えてあげるわ。能力には発動条件があるの。それが知られればタイミングを図られて対策を練られると思っていなさい。だから今後、軽々しく誰かに教えないように。」
「だいたいお前の能力はなんなのさ?条件は?」
「今言ったばかりでしょ!このバカ!!」
「な…、なんだよ…。」
「軽々しく誰かに教えないこと。それに、私はあなたを100%信用していないわ。だから教えない。」
彼はふーんといった顔をしている。
そこは自分でもそう思うのかしら?簡単に人を信用することの危険さ、信用される為にはいくつものハードルがあるということを。
それに発動条件は非常に繊細な問題ね。
彼の発動条件が瞬きなら、私は完璧にタイミングを図れる。それこそ勝ち目はなくなるわ。
このぐらい重要なことなの。
だから私は顔の前で手を開く。息を止めるタイミングを見られないようにね。
あの心優のポーズにも意味はあるのよ。
少しは納得したかしら?
この完璧な私の戦略を。
「おまえがすげーのも、信用されてねーのもわかった。で?俺はどうすればいい?」
「そうね。まずは私の下僕になった事を理解しなさい。」
「へいへい。」
「それと、連絡先は交換するわ。いつでも戦える準備をしておいて頂戴。」
「ほぉー。俺らの他にも能力者がいるってことか?」
そうか。こいつは他の能力者を知らないんだっけ。
「そうね。その人達が必ずしも友好的とは限らないでしょ。」
「まぁ、そうだな。でもよ、どうやって見つけるんだ?というか、どうして俺が能力者だって分かったんだ?」
ふふふ。驚いているわね。
「それもこれも、あなたが私達の信用を得たなら教えるわ。」
「なんだよぉ。教えてくれたっていいじゃないか。」
「まだ駄目よ。あなたが裏切ったりスパイだったりする可能性が残っているもの。」
「んなことするかよ…。」
まぁ、しないわね。
こいつは深く思慮するタイプではないのは、今までの会話でも十分過ぎる程に露呈しているもの。
裏切るとしたら、私の力不足。その時ぐらいかもね。
でもここは用心する場面よ。
慌てて仲間を増やさないといけない理由もないし。
「そうだ。名前ぐらい教えてくれよ。俺は『遠藤 疾斗』。」
下民らしい名前ね。
「まぁ、いいわ。名前もわからないと面倒ですものね。まずはこっち。」
私は静かに状況を見守ってきた芽愛に目配せする。
「この子は『麻美澤 芽愛』。私の従順なるメイドにして能力者よ。」
「へー。おまえ以外にも能力者がいたんだ。」
「《《おまえ》》呼ばわりしないで。失礼ね。私は『時時雨 心優』。これからは皇帝と呼びなさい。」
「そんでさ、心優。これからの事なんだけど…。」
「皇帝と呼びなさい!」
「やだよ。アレだろ?中二病ってやつ。俺もそんなんだったから分かるけどさ、後1年もしたら黒歴史だぜ?」
「私はそうはならないわ。」
「ほぅ?どして?」
「一生厨二病だからよ!!!」
「あぁそうでっかー。」
こうして瞬間移動の能力をもった疾斗を仲間にいれることにした。
正式採用はもう少し後になるわね。
まぁ、嫌いじゃないわ、こういうバカなタイプ。
だって扱い易いんですもの。
こうして初めての異能バトルを片付けて、一段落ついたかと思った翌週。
さっそく状況が動いてきた。
4人目となる能力者に出くわしたから。
何だか急に周囲が騒がしくなってきたように感じるわ。
まずはプライベートハウスに仲間を呼ぶことにした。
そして立て続けに見つかる能力者がいることで、私は一つ大きな疑問と不安をもつようになった。