第35話『芽愛の試される勇気』
私は、紅月中学の校門近くに身を潜めています。
ブゥゥゥゥ…、ブゥゥゥゥ…。
スマホが着信を知らせてきました。画面を覗くと夕美さんです。
『ハァ…、ハァ…。もしもし!芽愛ちゃん?』
どうやら走って来てくれたようです。
「はい!夕美さん、今どちらに?」
茶髪の能力者、仮に圧縮君と呼びます。
彼に見られないように周囲を見渡します。
下校時間ということもあり、沢山の生徒が帰る中、ポツリと校門真正面に立ちながら帰る生徒をチェックしているようです。
目立ってます。
物凄く目立っています。
夕美さんは…、居ました。
圧縮君の左後方のコンビニの近くで、まるで紅月中学に通う妹を待つような感じで、スマホをいじっている振りをしているようです。
遠いながら視線が合います。
『よし!確認したよ!』
「こちらも分かりました。」
『で、どうしよっか?』
「そうですね…。」
取り敢えず合流出来たことで、一人で対決することはなくなりました。
2対1という状況です。
だけれど、夕美さんは遠距離攻撃が専門ですし、私は攻撃力自体ありません。
それに、こんな目立つ所で戦うのも問題です。
私も夕美さんも、答えが出せません。
「そう言えば…。この敵の人は、こんな目立つ所で戦うつもりだったのでしょうか?」
私は疑問を提言してみました。
『そう言われればそうね。でも、『圧縮』という能力が、人知れず離れた相手を攻撃出来るようなのだったら、関係ないのかもね。』
「あぁ…、なるほどです…。」
浅はかでした。
圧縮君の能力を再調査します。
まずは鏡で彼の姿を確認しました。
この状態だと、大雑把なことは把握出来ますが詳細は分かりません。
直接視る必要があります。
確認したのは、こちらを向いているかどうかです。
どうやらスマホをいじっています。
そっと顔を出して直視しました。
夕美さんが睨んだ通り、直接触れる必要はないようですが、その影響範囲は2~3メートル程度だと思われます。
『握る』という発動条件で、手で握れる大きさ限定で圧縮するようですね。
しかしその力は、握力の10倍ほど…。
手や足を掴まれたらアウトです。
ついでに透視で武器の確認をしておきます。
顔を引っ込めて、夕美さんにも情報を伝えることにします。
『うん、分かった。近づくのは危険だね。』
「そのようです。」
『他に武器とかは持ってなかった?』
「財布と鍵ぐらいしか持っていません。」
『OK!後は、どうやって人気の無い所へ連れ出すかだね…。』
「私、囮になります。」
『駄目よ!芽愛ちゃんは逃げる事も防ぐ事も出来ないじゃない。それに問答無用で襲ってきたらどうするのよ?明らかにあなたを狙ってきたのよ?』
「それもそうですね…。」
『よし、援軍が来るまで、このまま監視しましょ。これも一つの手よ。』
「そうですね。現状、それが良さそうです。」
その時です…。
突然日陰になりました。
雲が出てきたのかな?っと上を向きました。
「み~つけた~!」
「!!」
「なぁ、お嬢ちゃん。名前なんだっけ?」
「………。」
緊張が全身を襲います。
だけれど、冷静になれと自分に言い聞かせました。
スマホを通話状態にしたまま、胸ポケットに押し込みます。
「麻美澤です…。」
「ちげーよ!下の名前!」
「め…、芽愛です…。」
とても高圧的で、一方的で、正直怖いです…。
「それだぁ!芽愛ちゃん!写真で見るより可愛いなぁ!ちょっと俺と遊ぼうぜ?」
「どうするつもりです?」
「わかってんだろぉ~?」
これで確定です。
この人は私を襲いにきたのです。
「今日はツレがいねーみてぇだなぁ?」
心優の事を言っているようです。
「………。」
視線を外し、さも一人だということを演じました。
「よしっ!ちょっと着いてこいや。」
ここは大人しく従います。
圧縮君の後ろをついて行くことにしました。
確認はしていませんが、夕美さんも後を着けてきているはずです。
彼は暫く歩くと、車が通れないような路地裏に入りました。
鼓動が早くなっていくのが分かります。
人気がかなり少ないです。
そろそろ襲ってくるつもりでしょうか?
路地の先を見ると、古びた倉庫が見えてきました。
圧縮君は、躊躇うこと無くその倉庫へ入っていきます。
「東京のど真ん中なのによぉ、静かな所だろぉ~?」
どうやら破棄されたままの中規模程度の倉庫だったようです。
木製の大きなパレットや、錆だらけの棚が乱雑に重なり合っていました。
「さぁ、たっぷり可愛がってやるからよぉ!写真並べられてよぉ、一番やりてー奴を選ばせてもらったんだぜぇ?」
グヘヘヘヘヘヘッ!
厭らしい笑いが、静かな倉庫に響きます。
私は足が震えていました。
しっかりしろ!
今回何とかなったとしても、これからもこんな奴が嫌というほど来るはずです。
理不尽ですが、慣れが必要です。
「これからお前の体をバラバラにしてやるぜぇ!その後には思う存分犯してやるうぅぅぅぅ!!」
思わず生唾を飲み込みました。
この人は正気ではありません。
異常です…。
でも、その方が気兼ねなく戦えるのかも知れません。
同じ境遇の人ほど同情したり、感情移入してしまうからです。
「あなたは、アダムからの使者ですか?」
「あぁ?」
突然の質問に、苛々した表情をする。
「だったら何だっつーんだぁ?あいつは最高だぜ?俺らのヘブンを作るってよぉ!能力者達の楽園!最高だろぉぉぉおおおお!!」
ついさっきまで苛々していたはずなのに、興奮状態で悦びに満ちています。
涎を垂らしそうなほど、だらしなく口を開き、今直ぐにでも天国へ行きそうな雰囲気です。
「さぁ、ヘブンズ・ドアーを開けるとしようか!」
天国への扉?
気になるキーワードでしたが、戦闘に集中します。
立ち位置を入り口扉が背になるようにし、夕美さんを精一杯バックアップします。
彼女の情熱的な突撃は、多少の誘導は出来ますから。
学生カバンの肩紐をゆっくり外し、両手で持ちます。
「おっ!?ヤル気になったかぁ~?」
圧縮君に向けて、思いっきり振り回し投げつけます。
彼は冷静に、そしてニヤニヤしながら余裕を持って飛んでいくカバンを避けました。
ドンッ!!!
刹那、圧縮君は派手に吹っ飛んで行きます。
そして木製パレットの山に突っ込んで行きました。
私はこの時、直ぐに逃げるべきでした。
反射的にカバンを拾いに走っていってしまったのです。
直ぐに拾いましたが、彼は血まみれになりながらも、立ち上がってきます。
「おもしれぇなぁ!」
間一髪入れず、夕美さんは情熱的な突撃を繰り出しました!
だけど…。
圧縮君は、透明の矢が視えるのか、握りつぶす動作を繰り返しながら次々と矢を破壊していきました。
「ど…、どういうこと…?」
夕美さんが混乱しています。
まさか…。
「彼は能力散布で矢の軌道を把握しているのかも知れません!」
「まさか…。」
私達はアダムの使者に対して、少なからず油断があったようです。
こちらが、つい最近理解してきた能力散布について、敵は知らないだろうと思い込んでいたからです。
むしろ、敵が知っていてもおかしくないと考えるべきでした。
「目障りだから、お前から殺してやるよ!」
彼は両手をぶらんと下げたまま、不自然に走っていきます。
夕美さんは情熱的な突撃で応戦しながらも、尽く防がれていました。
私は…、どうして良いかも分かりません…。
ついに二人は至近距離まで近づきます。
夕美さんは震える手で、矢を放つ動作に入っていましたが、撃っても無意味な距離になっています…。
「お前を犯すのは二番目だったんだが、一番目にしてやるぜぇ!」
「最低…。」
「いい表情だぜぇ!アーハッハッハッ!!お友達の前で犯される気分はどぉだぁ~!?」
そして弓さんの右手を掴みました。
「!?」
「俺は苦痛に泣き叫ぶ顔が好きなんだぁ…。さぁ、腕を吹っ飛ばされて泣き叫べ!!」
このままでは…。
「あっ…、痛っ…、痛い!痛い痛い痛い!!!」
彼女の叫びに、圧縮君の顔が悦んでいるのを見た時、私の中で何かが弾けました。
このままでは、二人共殺される!!
直ぐに近くに転がっていた鉄パイプを拾い、彼の背後から思いっきり殴りつけました。
ゴンッ…。
鈍い音がしました。
嫌な感触も、手から伝わってきました。
突如恐怖に襲われ、思わず鉄パイプを手放してしまいました。
こんな経験、想像すらしたことありません。
圧縮君は…。
「め…、芽愛ちゃんよぉ…。」
頭からは、さっきよりも派手に血が流れています。
「ちょぉ~っとオイタが過ぎたんじゃないかなぁ~?」
バシンッ!!
突如私の体は、勢い良く吹っ飛びました。
目がチカチカして、頭がクラクラして、頬がジンジンしています。
どうやら思いっきり殴られたようです。
経験したことのない激しい痛みと、そして恐怖で動かない不自由な体からは、これからどうなってしまうのか分からないという絶望に覆い尽くされていきます。
痛いを通り越して、今どうなっているのかも分からない混乱で、既に正気を保てません。
「芽愛ちゃん!」
頭の奥の方から、夕美さんの声らしき声が聞こえました。
うねって聞こえたので、よく分かりません。
きっと圧縮君は、私を殺そうとしている…。
あぁ…。
私は死ぬんだ…。
そう直感しました…。
「芽愛!いつまで寝ているの!?さっさと起きなさい!!!」
聞こえるはずのない、心優の声が心に響く。
それはいつも聞いていた声、聞きたい声、聞きたかった声!
直後、頭を掴まれた感触が伝わってきました。
同時に意識が一気に戻って来ました。
「こーのーやーろー…。」
圧縮君の視線は、間違いなく殺意がこもっています。
「あんたなんかに…、負けない!」
「頭吹っ飛んでから同じこと言ってみやがれ!!」
グッと掴まれた頭部が圧縮されていきます。
「オラァァァァァアアアアアアアア!!!」
更に力が加わり、ミシミシした感触が伝わってきました。
「ァァァァァァァァァアアアアアアアア!!!」
私は叫びました。
思いっきり叫びました。
負けない!
絶対に負けない!!
負けるわけにはいかない!!!
負けない!負けない!負けない!
彼の圧縮能力が、今以上に強くなってきません。
まだ心優と一緒にやり残したがあるんだから!
だから…。
だから…。
「私が勝つんだから!!!」
ドンッ!!!
何かが弾けました。
刹那、驚いた圧縮君の視線が合います。
無意識に、その視線に意識を集中させます。
!?
強烈な閃光が彼の目の前で炸裂すると、彼は目を抑えて大声で叫んでいました。
「芽愛ちゃん!離れて!!!」
夕美さんの方を振り返りながら、圧縮君と距離を取ります。
小動物が肉食動物から逃げるように。
彼女は左手を目一杯伸ばすと、使い物にならない右手はぶらんとさせたまま、口で何かを加える動作をします。
そして体を逸し、情熱的な突撃を放ちました!
ドフッ………。
彼の体はこれ以上曲がらないだろうというほどくの字に折れ曲がり、そのまま瓦礫の山深く飛んで行きました。
辛うじて壁は抜けなかったようですね…。
ハァ…、ハァ…
疲労感が一気に襲ってきました。
ペタンと女の子座りしてしまいました。
「芽愛ちゃん!大丈夫!?」
「だ…、大丈夫です…。夕美さんこそ…。」
「ちょっと右手が痛いけどね…。芽愛ちゃんのお陰で潰されずに済んだよ…。」
彼女は涙を零しています。
自分の腕が吹っ飛ぶなんて、考えたくもないはずです。
だけど現実的に、飛ばされそうになりました。
この恐怖は体感した人しか実感がないでしょう…。
かく言う私も、頭が潰されそうになるという恐怖を味わいました。
二度と遭遇したくない感触です。
かなり気持ち悪いです…。
「課長さんに応援を要請しましょう。」
夕美さんは右手を抑えながら、近寄ってきました。
私も体が自由に動くなら、傍に居たいと考えていました。
身を寄り添うと、少しホッとします。
少しずつ冷静になってきました。
まだ震える手でスマホを取り出し、黙示録の情報管理官に任命されたばかりのオペ子さん、名前は城田 理絵さんに電話をかけました。
ワンコールでつながります。
自動で通話状態になるようになっているそうです。
『こちら公安9課の城田です。麻美澤さん、どうかしましたか?』
着信番号で、誰がかけたか理解しているようです。
「ハァ…、ハァ…。アダムからの襲撃を受けました。」
『相手は?』
「恐らく気を失っていると思います。今のうちに確保要請をいたします。」
『了解しました。怪我は?』
「夕美さんが右手を負傷しています。こちらも治療要請をいたします。」
『分かりました。大至急応援を送ります。』
「場所は…。」
場所を説明して5分足らずで車が来た音が聞こえます。
「早いですね…。」
「助かった…。」
物騒な装備を身にまとった人達がなだれ込んできました。
私達を見つけると、隊員の一人が直ぐに無線連絡を開始しました。
「情報通り、女子2名発見。確保し、専門病院へ連れていきます。」
『了解、怪我の程度は?』
会話が続く中、別の隊員が近寄ってきました。
「相手は?」
「あの瓦礫の山の中に…。」
圧縮君が吹っ飛んでいった場所を指差すと、3名の隊員が銃を構えながら近寄り、足で瓦礫を蹴飛ばしながら捜索する。
手の一部が見えると、一気に引っ張り出した。
彼は小さく呻きながらも、意識は朦朧としているようでした。
「容疑者確保!」
手錠をかけられ、至る所を縛られていました。
「司令官より、注意事項があるなら聞くように言われたのだが…。何かあるかい?」
隊長と思わしき人が質問してきました。
言うべきか迷いましたが、伝えておかなくては危険が及ぶと判断しました。
「笑わないで聞いてください。」
「大丈夫。何を言われても指示に従えと指令を受けています。」
小さく頷く。
「手を握らせないでください。もしくは握ったまま固定してください。」
握るという動作が発動条件なので、握って固定してしまえば封じることが出来ます。
ワニの噛む力はとてつもなく強いですが、口を開く力は極端に弱いのと似たような感じです。
「分かりました。」
隊長は真剣な表情で指示に従ってくれました。
彼の両手をグーのまま幾重にも粘着テープでグルグル巻にした後、何やら粘土のような物で固めていました。
「あれはね、速乾性のコンクリートみたいなものだよ。固まるとハンマーで叩くぐらいじゃないと壊れない。」
「ありがとうございます。」
私の言葉に、個人的には疑問を抱きながらも、司令官の指示を忠実にこなしていったようです。
私達はおんぶされて救急車に乗せられました。
圧縮君は護送車に運ばれ、どこかへ連れていかれてしまいました。
ようやく安堵すると、涙が止め処なくこぼれていきます。
「もう、大丈夫だよ。安心して、ゆっくり休んで。」
看護師の女性にそう言われ、泣き叫びそうになるのを我慢しました。
心優に連絡します。
『無事、生きてます。』
そのまま深い眠りに落ちていきました。
心優も生きていると信じて…。