第24話『皇帝の威信』
結論から言うわ。
弓道部の部員が30人程度増えたわね。
結局、著名な作家に書かせた、ちょっと詩的な誘い文句も効いたみたい。
作家にはご褒美として、最新作を10万冊買ってあげるわ。
そして近場の公共の場に寄付してあげる。
印税で札束のシャワーでも浴びてなさい。
結局咲も入部して、増えすぎた部員の育成を手伝っているようね。
夕美は年内は部長を務めつつ、卒業まで面倒をみることにしたみたい。
まぁ、好きにするといいわ。
一段落した一週間後の週末。
メンバー紹介も兼ねてアジトへ招待したの。
「平野 夕美。高3よ。疾斗と同じね。能力は『情熱的な突撃』。目に見えない矢を放つ事が出来るわ。」
「すげー。つか、可愛い…。」
「何か言ったかしら?疾斗。」
「い、いや?」
「情熱的な突撃は連射が効かないわ。そこは皆も注意して。だけれど威力、命中率は高いから、牽制やトドメ、そういった決定的な射撃となるはずよ。」
「ご紹介に与りました、平野 夕美です。心優ちゃんには大変お世話になりまして、御恩を返したいのと、能力者としての自分の居場所を求めてやってまいりました。不束者ですが、宜しくお願い致します。」
「夕美。」
「はい?」
「硬っ苦しいわ。」
「えっ?でも…。」
「今自分で言ったように、私達《能力者》が生き残る為の居場所は、今のところ限られているわ。それについては以前に話した通り。そこに、礼儀や作法、それこそ法律なんて存在しない。」
私達が今、どういう立ち位置かを説明しているの。
まぁ、当然不安にもなるし、無法地帯の中での安全地帯が必要だと感じるわよね。
夕美はチーム内で見ると、護のようにある程度思慮するタイプ。そんな彼女が直ぐに私の意見に賛同してくれた。
そういった意味では、弓道部存続の恩返しの方が、意味合いとしては軽くなっているわね。
そこは十分承知しているから問題ないのだけれど、まだどこか、能力について軽く感じているのは、人としての経験の差かもね。
まぁ、直ぐに思い知る事になるわ。
「アダムやイブといった勢力が、今後どう動いてくるかによっては、私達の中の誰かが死ぬ可能性だってあるってことを、全員が理解しておいて頂戴。」
「………。」
全員の表情が、少しずつ真剣になっていく。
そうよ。遊びじゃないのよ。
萌え萌えの少女達とイケメンの男達が楽しくバトルする世界じゃない。
私達《能力者》が立っている所は、生きるか死ぬかの場所なの。
「だけどね、私は軍隊を作りたい訳じゃぁない。そこは勘違いしないで。」
「まぁ、それは今までの言動を見ていればわかる。」
護がフォローしてくれた。
「理解してくれているなら助かるわ。それと、今後の予定だけれど、旧黙示録のトップだった大天使を撃つわ。課長《総理》からは、その朗報を待つばかりとの連絡も受けている。だけど多少の不安要素があるの。」
「そうだお。悪の科学者だとすると変な薬で何をしでかすかわからないお。」
力音の指摘ね。いい線をいっているわ。というか、彼のようなオタクが想像出来てしまう、非現実的な事が起きる可能性が高いってことよ。
「そう。科学兵器を作っているとすると、もうこれはテロ組織と同じ。」
「おいおい、そんなんじゃ、能力者の方が闘いやすいんじゃぁ…。」
「疾斗の指摘も正解よ。恐らく姿をくらましているでしょうから、探すのすら大変な状況だわ。」
「お姉ちゃん。どうするの?」
「心配ないわ、烈生。そろそろ連絡が来るはずよ。」
不安そうな彼の頭を撫でながら、これからのプランを話すことにする。
「大天使が烈生や夕美と連絡を取っていたのは分かっていたから、連絡先を聞いて、それを元に逆探知をかけているわ。端末番号からGPSでの捜査もしているところよ。」
「うひょー。まるで刑事ドラマみたいだお。」
「相手が能力者じゃないなら、私《時時雨財閥》に敵う奴はいないわ。まぁドラマに出てくるデジタルな捜査方法は、さも奥の手みたいに表現しているけれど、今や当たり前だし、本物の警察はもっとハイテクを駆使して捜査しているのよ。」
「まぁ、そうだろうな。」
護だけが頷いてくれたわ。
「だって、現時点で使っている最先端のハイテク捜査をドラマなんかで紹介されたら、リアルな捜査に影響が出るかもしれないでしょ。犯罪者だってハイテクを駆使してくるんだから。」
「なるほどー。」
夕美も直ぐに理解したようね。
まぁ、世の中そんなもんよ。見聞きした時点で、それはもう過去の遺物なの。最先端な物は、一般人には見えないものよ。覚えておきなさい。
「と、言うわけで、場所が分かり次第乗り込むわ。ノータイムで攻める作戦よ。時間がかかればかかるほど、相手に武器を作らせる時間を作ってしまうからね。だから乗り込むメンバーはその時の状況によって私が決める。異存があれば言って頂戴。」
「乗り込んだらどうするのさ。」
「あなたはそろそろ馬鹿疾斗から卒業しなさい。」
「ん?卒業したら敵が倒せるのか?」
「ハァァァァァァァァァァァァァァァ…………。」
「そ、そんなわざとらしい深い溜息なんかするなよ。」
「呆れて物も言えないとはこのことよ。あなたは何かを聞く前に、自分で答えを見つける癖をつけなさい。そうすれば馬鹿を卒業するスタートラインに立つことが許されるわ。」
「そう言うなよ。キャラだよ、キャラ。俺はこういうキャラ。」
「ありえないわ。人として失格よ。」
「えぇー………。」
「まぁ、いいわ。乗り込んでしまえば何も問題ないわ。私達はどういった集まりか忘れたの?」
全員の目に力が宿る。
「それにね、私の孤独な皇帝は、誰とでも相性がいいの。考えてみなさいよ。」
「あぁ、それは俺も思っていた。」
私は護に向かって小さく頷く。
「時間を止められれば、力音の至高の破滅で一撃破壊も出来れば、護の絶対防御壁で身動きを封じる事も出来る。」
各々が自分の能力と孤独な皇帝の相性を想像しているようね。
「ご主人様…。私とも相性が良いのでしょうか?」
芽愛からの質問ね。いえ、愚問ね。
「勿論よ。時間を止めた状態で相手の情報を得られれば、リアルな時間軸では一瞬で相手を丸裸に出来る。そうなれば打つ手を考える時間が増えるわ。」
「良かった…。」
変なところを気にするわね。
「ねぇ、ねぇ、僕は?」
一切の淀みの無い瞳で、私の顔を烈生が覗き込んできた。
「烈生とは物凄く相性が良いわ。」
そう言うと、パァァァッと笑顔が広がる。
一体彼らは私に何を期待しているのかしら…。
相性という意味では、当然夕美とも良いわね。
時間が止まった状態で攻撃出来るのだから、攻撃系との相性は抜群ということになるわ。
ということは…。
「そう言えば、疾斗との相性は良くないわね。」
「はぁ~?なんで?」
相変わらずの間抜け面で聞き返してきたわ。
「だって、時間を止めたとしても、疾斗の孤高の流星を活かすことは出来ないからよ。私も移動すれば、どっちも瞬間移動なのだから。」
「………。」
あれこれと想像しているようだけれど、馬鹿疾斗には答えなんか出せないわよ。
「はぁ…。」
「お願いだから溜息は辞めてくれ…。」
「そう思うなら、普段から色んな想定をして備えておきなさいよ。」
「そんなもんはさぁ…。」
「やってみなくては分からないとでも言うの?本当に馬鹿ね。」
「そ、そこまで言うなら心優の意見を聞こうじゃないか。」
「教えてください、ご主人様でしょ?」
「いやいやいやいや…。」
「まぁ、いいわ。さっきも言った通り、お互いが瞬間移動のように振る舞うことで、相手の撹乱は出来るわね。それに、疾斗は孤独な皇帝を仕掛けていない時に活躍出来るのでしょ。」
「あっ、そっか。」
「『あっ、そっか。』じゃないわよ!」
私は直ぐに孤独な皇帝で時間を止める。
そして疾斗の目の前に移動し、顎を手で包み、強制的に私の顔に向けさせる。
能力を解除すると、一瞬驚く疾斗。
「お、おい…。」
「疾斗はそろそろ次のステップに移行しなさい。」
「な、なんだよ、それ…。」
「自分だけが瞬間移動するのではなくて、他の物質も瞬間移動させるの。あなたなら出来る。」
「………。」
突然のことで驚き、慌てつつも私の言葉を噛み締めているのが分かる。
「ここにいる全員の為に成長しなさい。そして、疾斗の存在価値を見せつけるのよ。」
顔と顔が更に近づく。
彼はこのまま何をされるのか想像しているのかも知れない。
唇と唇が最接近する。
そして直ぐに離れると、
パンッ!
と、大きく手を叩いたわ。
「!?!?」
訳も分からず腰を抜かす馬鹿疾斗。
「あなたに暗示をかけたわ。」
「えっ?」
「これから疾斗が、急速に成長する暗示よ。」
「あんま変わってない気が…。」
「そっかー。やっぱり馬鹿には通用しないかー。」
「いや、なんか変わった気がする。」
「あらそう。なら頑張りなさい。」
「えぇー………。」
こんなくだらない事で、少しでも自分に自信を持ってくれれば良いのだけれど…。
まぁ、あまり期待は出来ないわよね。
それでも彼に何かをしたいと思うのは、瞬間移動という力の大きさからよ。
勿論他の仲間達にも期待はしているわ。
だけれど、彼らは彼らなりに色々と模索し、少しずつ結果を出しているのは知っている。
だけれど疾斗だけは、出会った頃と変わっていないわ。
でも、一番可能性を秘めた能力よ。
私はそう思っているの。
「とは言え、個人でやれることに限界はあるわ。だから、全員で成長しなくてはならないわよ。スキルアップは勿論、連携も含めてね。」
「そうだな。お互いを理解することも必要だろう。」
護の意見に頷く仲間達。
「そっかー。なら、まずは夕美ちゃんの誕生日から…。」
「おい、馬鹿疾斗。」
「まぁまぁ、冗談だよ、冗談。」
はぁぁぁぁ…。
本当に溜息しか出ないわ。
「ごめんね、夕美。あの猿には近づかないで頂戴。」
「さ…猿…?」
「さかりのついた馬鹿疾斗《猿》よ。」
「大丈夫。今は男性には興味が沸かないの。むしろ心優ちゃん、今日はお泊りの許可を親にもらっているから、一晩一緒に過ごそ!」
本当に楽しそうに語っているけれど、夕美の目がガチで真剣よ。
「ご主人様は誰にも渡しません!」
そこへ芽愛が間に割ってきたわ。ややこしくなってきたわね。
「心優タソ、今夜の深夜アニメの考察するって話しじゃ…。」
力音がちょっと残念そうに言ってきた。そう言えば今日は話題の深夜アニメの放送日だったわね。
「えー?今日は僕に本を呼んでくれるって言っていたのにー…。」
烈生が寂しそうな表情で訴えてきた。
私は何が何だかわからなくなってきたわ。
「どうしてこうなった…。」
「ハッハッハッハッ!いいじゃないか、賑やかなのも。」
護が他人事のように笑う。
「まぁ、カリスマが無い皇帝ってのも滑稽だしな。」
疾斗がここぞとばかりに逆襲してきたわね。
「あんたに言われると、私自信を全否定されているようで気分が悪いわ。」
「えぇー…。」
何だか今までに体験したことのないような空間に、私は戸惑っていることに気が付いたわ。
生きるか死ぬかの議論の後なのに、この仲間達とずっと一緒にいたいって強く感じている。
誰かが欠けるかも知れないのに…。
でも、それを防ぐ事が出来るのは自分の才能にかかっている。
絶対に守ってみせる。
皇帝の威信にかけて!
そう思った矢先。
ブゥゥゥゥゥゥ…、ブゥゥゥゥゥゥ…
スマホが着信を知らせてきたわ。
何よ、いい感じだったのに。
だけれど、相手を見て直ぐに電話に出た。
「パパ?どうしたの?」
『心優…。良かった。』
良かった?
『今ニュースで毒ガス騒ぎを報道していてな。巻き込まれていないか確認したかっただけだ。大丈夫なら問題ない。』
毒ガス?
「私は大丈夫よ。家に居るわ。」
『分かった。外出には気を付けろ。』
「わかったわ。」
電話が切れる。
直ぐにテーブルの一角をスライドさせ、埋め込まれているボタンを二つ押す。
もう一つの蓋をスライドし、リモコンとマウスを取り出した。
押したボタンによって、天井からモニターが2個降りてくると、一つは夕方の報道番組を、もう一つはネットの画面を映し出す。
『現在地下鉄の駅では、毒ガスによる被害に巻き込まれた人達で溢れかえっています!』
アナウンサーの興奮気味な報道が続く。
以前にも官庁街の駅で毒ガステロがあったわね。
今回もそれによくにている。
というか…。
「どうやら痺れを切らして動いてきたわね。最悪の事態よ。」
私の言葉に仲間が反応する。
「それって…、まさか…。」
疾斗すら気付いたようね。
「そう、大天使アークエンジェルよ。」
「でも心優ちゃん、彼の標的は私達なんじゃ…。」
夕美が不安そうに番組に視線を送る。
私はネットで情報を漁ってみる。
「それは私達の勝手な意見よ。向こうからしたら、手下だったはずの能力者が去り、政府からの支援も途絶えた今、自分が生き残る為の最悪の一手を仕掛けてきたってところね。」
「ご主人様、これでは自分から窮地に追い込んでいるようにも見えます。」
「そうね、芽愛。彼は交渉材料が欲しいのよ。だってそうでしょう。政府から見放された今、未公表情報を握っている自分の行く末は、決して明るくない、そう感じたのでしょうね。だから交渉したいのよ。無差別テロをチラつかせて。」
私の言葉に怒りを露わにする人もいるわ。
その騒ぎの中、ネット上でとある一文を見つけるのと同時にスマホにメールが届く。
本文に添付されているアドレスを開くと、地図が映し出された。
なるほど。間違いないわね。
ネットで見つけたのは犯行声明。
地図は毒ガステロが起きた駅を差していた。
この情報は大天使の携帯のGPSを逆探知した場所。
これで繋がった。
どう動くか模索し始めた時、無料SNSは課長からのメッセージが届いたことを知らせてきたわ。
どうやら今夜は忙しくなりそうよ。