第20話『熱血部活少女との交渉』
「咲ちゃん、ど~しよぉ~…。」
今回のターゲットである破魔矢の能力を持つ夕美が情けない声をあげていたわ。
芽愛と一緒に尾行をしているのだけれど、どうやら悩みがあるらしいわね。
夕美は長いポニーテール、チラチラ見える顔からは、どちらかというと文系っぽいイメージ。
咲ちゃんと呼ばれた右側を歩く女生徒は、軽いため息をする。
彼女はショートカットがよく似合う。こっちの方が部活少女っぽいイメージだわ。
「夕美はそればっか。もう仕方ないじゃん?」
「え~、流石に辛すぎだよ~。先輩になんて言えばいいのよー。あー、マジでヤバイィィ~。」
夕美はそう言って頭をかかえたわ。
悩みは深刻なようね。
咲が言う、仕方ないってところが気になるわね。
「でもさ、夕美は頑張ったじゃん。関東8位とかすごいよ。」
「でも誰も入部に来てくれなかった。」
「だから、こればっかりは仕方ないじゃん。弓道って古風だしさ。」
「それがいいんだよぉ~。あー、このままじゃ廃部だぁ…。」
なるほど。
夕美は弓道部が廃部になることを悩んでいたのね。
「全校生徒が何百人もいるのにさ、これだけ誰も興味がないってのも不憫ではあるねぇ。」
「だよねぇ…。私のアピールが下手だったんだよぉ…。」
「そんなことないよ。まぁ、熱苦しいぐらい頑張ったのは褒めてあげる。」
「熱苦しいは余計だよぉ。」
「ちょっと必死過ぎたかもね。それで逆に引かれちゃった?みたいな?」
「あー、やっぱり私のせいだー!」
ここまでの話をまとめると、新入生への部活紹介かなにかに熱弁過ぎてドン引きされて、関東8位の成績を残しても、誰も興味を持ってくれなかったってところかしら。
まぁ、私から見たら関東8位とか大した事ないけど。
確かに、咲が言うように、今時熱苦しいのも嫌がられるかもね。
同世代や少し上の世代を見ても、辛いの嫌、疲れるの嫌、面倒臭いの嫌、厳しいの嫌、汚いの嫌と、まぁ、これだけ我儘言っておきながら勝負には勝ちたい、又は逆に勝たなくったっていいという、何とも不条理な状況を求めている人も沢山いるわ。
財閥の二世にもそういうの多いわね。
何をするにも、大成功したいなら努力は絶対に必要。
綺羅びやかに見える部分は結果だけ。多くの人は、そのたった1%の部分だけ見て評価しているけれど、それはとても残酷なことよ。
その影である99%の部分は、場合によっては知らない方が良かった、なんて場合もあるかもね。
例えば私の大好きな神絵師達もそうよ。
最初から巧かった訳ではないわ。毎日の努力、そうね、それこそ寝る間を惜しんで描き続けた結果よ。
だけど努力をしない人は、それを知りたがらない。
知っても努力しようとはしない。明日でいいや。明日から頑張る。それが神絵師になれるかどうかの境界線とも知らずに。
いや、知っているのか。
少しやればわかる。そこにたどり着けるまでの、途方もない道が…。
それを知って尚、突き進んだ者だけが得られるのよ。
神の称号を。
でも。
それだけではダメなの。
何事でもそうだけど、神として伝説を作るには、幾つかの要素が必要よ。
まずは技術を努力で得られたなら、それを活かすセンス。
それから、世にでるための人脈。
そしてタイミング。つまり時代よ。10年早かった、10年遅かったって議論は聞いた事があるでしょ。
最後にカリスマ。
これがもっとも重要。
後一歩が届かない状況なのも、折角成功しても一回限りで終わってしまう原因は、私の推論ではカリスマ不足よ。
そういう時はどうすれば良いかって?
バカね。
カリスマがある人に頼ればいいじゃない。
ならば今回のケースでの答えは簡単ね。
そう、私が彼女のカリスマを補ってやればいいのよ。そして仮初でも、彼女にカリスマを付与する。
そんなこと出来るのかって?
あなた達、今まで何を見ていたのよ!
直ぐに彼女を救うプランを立てる。
プランなんて大袈裟なものすら必要ないわ。彼女が勧誘に失敗した理由から、立て直せば良いだけよ。
弓道というと大きい弓が印象的で、とっつきにくいというか、難しそうというか、ちょっと躊躇するところはあるわね。
だけれど射ってみれば分かる。あの爽快感、自分と向き合う瞬間。神聖な空間を切り裂く矢…。
だからこそ射ちたいと思わせれば良いのよ。簡単でしょ?
さて。
ある事をスマホで確認し決定する。
よし、いける。
(ご主人様、どうしますか?)
芽愛が小声で訪ねてきたわ。
(もうプランは立てたわ。後はきっかけね。)
(流石ご主人様!)
(騒がないの!)
(申し訳ございません…。)
(まぁ、いいわ。あっ…。後をつけるわよ。)
二人は何だかんだ騒ぎながら、ファーストフード店に入っていった。
こんな所へ食べに来た事はないのだけれど、知識として知っているわ。
夕美と咲は手慣れた様子で注文し、窓際の椅子に向かっていく。
私達も注文する。
「おすすめの品はどれかしら?」
「はい!期間限定の…。」
「それで良いわ。2個頂戴。」
「はい!丁度千円になります!」
安すぎるわ。私が買うノートより安いじゃない。
「私がお持ちします。」
芽愛がメイドらしく気を使っているわね。
「かまわないわ。落とした方が面倒よ。」
「すみません…。」
「芽愛を責めているのではないわ。」
「…はい!」
なによ、ちょっと不思議そうな顔をしたわよね、今。
まぁ、いいわ。
取り敢えず、夕美と咲の隣に陣取る。
「はぁ…。」
「もう、奢ってあげたんだから、元気出しなさいよ。」
500円程度で奢ってあげた?
桁が四つぐらい足らないわよ。
「もうダメなのかなぁ…。」
「諦めるの?」
あら、やる気がないなら私のプランも披露する必要はないわね。
「諦めない!絶対に…、絶対に諦めない!」
そうこなくっちゃ。
「五月蝿いわね。」
私は主導権を握るべく、高圧的に接するところから始めたわ。
「あっ…。ごめんなさい。」
「気が付いてくれたならいいのよ。」
「えへへ…。」
人懐っこいようね。これでもって入部がないって、どれだけドン引きされたのよ。
「いいわ。それと、あなた達、何について悩んでいたのかしら?」
「ちょっと。随分と上からじゃない?中学生でしょ?」
「悩みに年齢は関係ないわ。もしかしたら、私なら解決する方法が導き出せるかもって思って聞いただけよ。聞きたくないなら別にいいわ。」
「本当!?」
咲の指摘を無視し、夕美が食いついてくれたわね。
「ちょっとちょっと。その制服、あの紅月中学のでしょ。お嬢様がファーストフード?おかしくない?」
むっ。
顔に似合わず鋭いわね。これは予想外だったわ。
「私が買うノートより安く食べられるらしいから来てみたのよ。悪い?」
「ノ…、ノートより安いって…。どんだけ高いノート使っているのよ。」
「素材もデザインもオンリーワンに決っているじゃない。」
「と、特注!?」
「咲!そんなことどうでもいいよ!それより、悩みを解決出来るって本当?」
「そうね、色々とプランはあるわ。でも、それには大会に出て頂戴。」
「えっへん。私関東8位だよ!」
ドヤ顔というか、満面の笑みでそう答えた夕美。
その気持は分かるけど、あなたは私の言葉の意味を理解していないわね。
「それは個人でしょ。」
「あれ?どうして分かったの?」
「私、その時の関東1位だから。」
「!!」
まったく鈍いわね。
「あっ…、あぁ!!思い出した!そうそう!こんな感じの娘が優勝してた!」
「大きい声を出さないで頂戴。」
「あっ…。ごめんなさい。」
「いいのよ。」
「でも全国大会には出ていなかったよね?」
「都合が悪くなったのよ。」
「えっ?」
「これでも忙しいの。あなたのように弓道に打ち込んでいられる時間はないわ。」
「勿体無い…。」
「あなたから見ればそうかもね。私にとっては嗜みの一つなの。自分と向き合うためのね。」
「だよね!だよね!そういうの良いよねー!」
「それをアピールすればいいじゃない。」
「それがね…。どうやら熱くなり過ぎてドン引きされちゃった。」
「バカね。だったらアピールの方法を変えればいいじゃない。」
「?」
「最初に言ったでしょ。大会に出なさい。近々開催される、区が主催の小さな大会があるでしょ。それに団体で優勝するの。」
「えー。関東8位でも食いついてくれなかったよ?」
「はぁ…。個人で頑張る競技だと、関心も薄いでしょ。仲間と切磋琢磨する。そういう方向性も重要じゃない。」
「でも…。」
「まったく。もう少し多角的に考えなさい。その大会の様子を動画で撮影して、見てもらうの。弓道がどういうものなのか、どんな空気なのか、雰囲気が分かるようにするの。そうすれば、大きく興味も引くでしょ。」
「あっ…。なるほど!」
「その動画を昼休みにでも流させてもらいなさい。同時に部活のHPにも乗せておくの。見逃した人用にね。」
「凄い凄い!完璧!」
「はしゃぎすぎよ。そういう熱苦しいのが引かれたって自分で言ったばかりじゃない。」
「うぅ…。反省します…。」
「素直でいいわ。」
「でも…、団体となると、後二人必要だし…。」
「私が助太刀してあげる。」
「本当!?関東1位さんと一緒なら優勝もみえるよ!」
「ただし、条件があるわ。」
「だよねぇ…。」
ちょっと困惑しながらモジモジする夕美。こういう真っ直ぐな性格、嫌いじゃないわ。なにより扱い易いし。
「団体は3名、残りの一人は、そこのお友達にやってもらうわ。」
「げっ!?わ、私経験ないよ?」
「それがいいの。初心者でも、ビギナーズラックで勝利に貢献できるってアピールもあるわ。」
「………。」
咲はそれを聞いて黙った。フフフ、もしかして私がキーマン?みたいな顔しているわね。
バカね。ピエロになれって言っているのよ。
「それともう一つ。」
「まだあるの?」
夕美が不安そうな顔をしたわね。
「これは二人で話したいわ。いいかしら?」
夕美はコクリと頷く。
二人で席を外し、彼女は飲み物だけを持ってあまり人がいない席へ移動した。
「黙示録…。知っているわよね?」
「はっ…!?どうしてそれを…。」
「私は政府から新たに黙示録のトップに任命されたの。」
「ちょっと待って…。」
ガタッ!
突然の事に慌てて立ち上がった夕美の手が、飲み物を引っくり返し、テーブルの下に落ちていく瞬間。
「孤独な皇帝!」
心優のポーズから小声でそう叫んだ。勿論、夕美も取り込んでいる。
「なにコレ…。」
窓の外では沢山の人の動きが全て止まっているわ。
落ちていく途中の飲み物、食べていたはずの店内の人、商品を作っている人、全てが止まっている。
「時間が…、止まっている…。」
私は落ちていく飲み物を拾いテーブルに戻すと、能力を解除した。
「………。」
唖然とする彼女。突如動き出した人々で我に返ったわね。
「あなた…。」
「そうよ。」
「………。」
「察したようね。だけど、部活優先でかまわないわ。それに、無理強いはしないつもり。だけど、いざと言う時は助けて欲しいわ。その代わりあなたは、部活存続を叶える事が出来るかも知れない。」
「私、アレは使いたくないの。」
なるほど。そりゃぁ、そうよね。能力で当ててるなんて思われたら、今までの努力が一瞬で消えるからね。
「そんな事、言われなくても分かっているわ。勿論私も使っていない。関東大会の時は、まだ目覚めてなかったしね。」
私の視線を真剣に受け取る夕美。本当かどうか見定めたようね。
「分かった。考える余地もないよね。」
「廃部を逃れたいなら、私の案は魅力的だと思うけれど?」
「その提案、乗ります!例え、廃部になってもさっきの条件は飲みます。だから…、どうか…。」
ポロポロと泣き出す夕美…。そんなに弓道が大切なのね。
理由を聞いてみようかしら。
「どうしてあなたはそんなに廃部を逃れたいの?」
「私を育ててくれた先輩と…、その…、たった二人で守ってきた部活なのです。」
ちょっと頬を赤くして語る彼女。はぁ~ん。なるほどねぇ~。
「もう良いわ。理由は把握したから。」
「えっ?まだ何も言っていないのに…。」
「夕美の惚気話を聞きに来たわけじゃないわ。」
「あっ…、えっと…。その…。はい…。」
「さて、次にあなたの友達の説得よ。ほら、やることは沢山あるわよ。」
「そうだね!」
「それと、コレ。」
私はメモ用紙を渡す。
「私の連絡先よ。誰にも漏らさないで頂戴ね。面倒くさいから。」
不思議そうな顔をする夕美を見て思い出した。
「そうか。自己紹介がまだだったわね。私は時時雨 心優。」
「時時雨…。変わった名字だね。」
あれま。うちの財閥知らないのね。まぁ、そういう人もいるか。
私達は元の席へと戻ったわ。
「で?条件は?」
「わざわざ人気の無い所で話したのだから、例え親友でも言うわけないでしょ。」
私は釘を刺しておく。まぁ、能力の事なんて、例え友達だとしても言わないと思うけどね。
むしろ、言えないわ。
「それは内緒なの。ごめんね。でも、変な条件じゃないよ。どちらかというと対等…かな。」
「ふーーーーん。お嬢様からの条件とか、聞いてみたかったけど。変な条件なら直ぐに言ってよね。」
「もう、大丈夫だってば。」
咲は一応心配しているようね。コレなら上手くいくかも。
「で、私だけ何だか巻き込まれて、いきなり弓道やれとか。どーすんのよ。」
「じゃぁ、あなたにも成功報酬を約束するわ。何がいいかしら?」
咲の目の色が変わる。
「ほんとー!?二言は無いよね?」
「良いわよ。言ってみなさいよ。」
「じゃぁね、私、新作のバックが欲しいの!でも高いわよ~。」
「で?いくら?」
「30万!どぉだぁ!?」
「あら、安いわね。それで良いなら買ってあげるわ。」
「えぇー?一切の迷い無し?」
「だって、私が月に使うお金の消費税分にも満たないばかりか、その消費税の半値八掛け二割引以下よ。」
「あんた、いくら使ってるのよ。」
「上限なんか無いわ。使わないと減らないもの。」
「………。すげぇ…。」
下品な驚き方ね。
まっ、多少の無礼は許してあげるわ。
おっと、習い事が始まる時間が近づいているわね。
そろそろまとめといきましょうか。