第14話『運命の決断』
「あら?良いのかしら?時時雨財閥の一人娘さんの秘密を知っちゃって。」
可憐は口元に手を当てながら、声高々に笑う。
馬鹿ね。笑いたいのはこっちよ。
「良く見てなさい、可憐。笑っていられるのも今のうちよ。」
私は振り返り、羽交い締めにされて苦しそうにしている芽愛を見つめる。
そして小さく頷く。彼女は辛そうだった…。だけど、小さく頷き返してきた。
「芽愛!私だけを信じなさい!親友をこれ以上苦しめさせないわ!」
その言葉に彼女は苦しい表情の中でもニコッと微笑んだ。
絶対に助けてみせる。
私は、皇帝なのだから!
スッと右手を銃の形を作って男に向けた。
「私のボディーガード相手に、何をしようと言うの?まさか、指先から弾が出るとでも言いたいのかしら?」
オーホッホッホッ
まるでアニメの高飛車キャラのような笑い声が背後より聞こえた。
その笑いは私が言うべきね。
このボディーガードのおっさんは、能力者相手に人質を取った程度で何をしようというのかしら?
「よく分かったわね。知らないようだから教えてあげる。私は、紅月中学を影で支配する、最強無敵の電撃姫と呼ばれているの。」
「えっ…、どこかで聞いた気が…。」
おっと、まさか元ネタのアニメ知っているとは思わなかったわね。
まぁ、いいわ。
「おじさんには悪いけど、さっさと終わらさせてもらうわ。」
「………。」
彼はこの状況が、子供の遊びなのか本気なのか分からないでいるようだわ。
確かにそうね。
私だって、この下手くそな学芸会レベルの茶番に…、ワクワクしているんですもの!
「ばぁん!」
幼稚園生が鉄砲ごっこで遊んでいるかのような仕草。
そこで孤独な皇帝を発動よ。
今立っている場所とポーズをしっかりと確認しておく。
スカートの中に隠していたスタンガンで、芽愛を捕まえているおっさんの手に当てたわ。
そして元に戻ってポーズを戻すと、能力を解除した。
「ぐおぉぉぉ!!」
低いうねり声が響く。すかさず二発目を撃ったわ。
「ばぁん!!」
彼は直ぐに反応した。だけどどうすることも出来ないの。時間は止められているのだから。
そして同じ要領で攻撃してから元に戻る。
彼は両手を抑えながら片膝を付いた。
「芽愛!」
彼女は泣きそうになりながら走りより、崩れながら私の腰の当たりを抱きかかえてきたわ。
そっと頭を撫でてあげる。
「もう大丈夫。だから、泣くんじゃない。」
「はい…、ご主人様…。」
芽愛はヨロヨロッと立ち上がる。
「ボディーガードのおじさん。動いたら承知しないよ。芽愛見張ってなさい。」
「はい!」
「いい子。」
私だけ振り返り可憐を睨む。
「さて、どうしてくれようかしら?親友を傷付け、私の秘密を知ったからには、タダでは済まされないわ。」
「はぁぁぁ…、はぁぁぁ…。」
彼女は緊張からか、大きく息を吐き出していたわ。
あまりにも突拍子もない秘密に、どうして良いか判断出来てないわね。
「あなたを傷めつけるのは簡単よ。」
「ヒィィィィィィィ!」
可憐の瞳から涙が溢れ出る。恐怖の表情を向けられ、まるで悪役にでもなったみたいだわ。
これはこれで良いかもって、ちょっとだけ思っちゃったじゃない。
ゾクゾクするわ。
さて。
「私の秘密、絶対に喋らない事がまず条件。もちろん、あのボディーガードも含めて。いい?」
声が出ない可憐は、涙を撒き散らしながら何度も激しく頷いた。
「喋った途端、あなたの綺麗な顔に傷が付くわ…。」
顎を手の平で包み、視線を強制的に私に向けるよう持ち上げる。
「気を付けなさい。」
口をガタガタ言わせながら、大きく頷いたわ。脅しはこのぐらいで良いかしら?
「後、あなたのグループには属さないわ。絶対に。二度と誘わないで。」
可憐は、むしろ来ないでといった表情をしていた。
「私の望みはそれだけ。」
「えっ!?」
彼女は不思議そうな顔をする。そして直ぐに涙を流し始めた。
私の心を読んだようね。
そう、これ以上は無益なことよ。
それに、私は恐怖支配は好きじゃないの。
やるなら正々堂々競いあいましょ。
それに、可憐の言葉からいくつか分かったことがあるわ。
彼女は黙示録とは関係が薄いってことよ。
だってそうでしょう。私の能力のことすら知らなかったのだから。
透明人間まで送り込んで情報収集しておきながら、可憐には伝わっていなかった。
つまりそれは、黙示録から上層部に分断工作の要請があがり、そこから別ルートで可憐に伝わっていると予想出来るわ。
これだと納得出来るからね。
だから私は孤独な皇帝については語らなかったの。
こちらの手の内をバラす必要はないわ。
彼女の中では、私は電撃姫として記憶された。
この方が後々撹乱出来る。例えば彼女経由で新手の敵が来ても電撃攻撃に注意するだろうし。
こちらの成果は完璧と言っていいわね。
苦しい想いをした芽愛には悪いけれど。
そうだ。
「可憐。一つ聞いていいかしら?」
彼女はボディーガードに支えられながら立ち上がろうとしていた。
「な、なによ…。」
「あなたに私を呼び出させたのは誰?」
可憐は目を見開き、細かく震えだす。
「そ…、それは言えないわ!言えば我が財団が吹っ飛ぶ…、あっ…。」
「ありがと。もう良いわ。」
やはり。
彼女の財団の経営が苦しいとはいえ、それなりにお金は動かしているし、企業としても歴史は古い方よ。
そんな財団を吹っ飛ばすほどの力を持っている財団の数は少ない。
というより、民間ではないわね。
つまり日本政府。
こう考えるのが妥当ね。
だって、黙示録も動いているのだから。
能力浄化を狙っているなら、やはり国絡みだと思うのよね。
そう仮定すれば全てが繋がる。
これはやっかいな状況になってきたわ。
私達の事は、国として認知していると考えて間違いなさそう。
つまり、今回乗り切っても新手が来る可能性が高いわね。
難しい宿題が増えたわ。
どの教科書にも乗ってない答えを探さないと。
「芽愛、帰るよ。」
「はい。」
私達は部屋を出ると、そのまま谷垣が待つ駐車場へと向かう。歩きながら電話をかけた。
「谷垣。後5分で車に戻るわ。インカネに向かうわよ。」
『かしこまりました。着替え、芽愛様の分もご準備出来ております。』
「ありがと。」
ピッと通話を切る。
「急ぐよ。」
車に乗り込み、前部と後部座席を仕切る為のカーテンを閉める。
帰りの事も考えて、7人乗りの大きな車を準備させておいたわ。
急いで着替える。
通い慣れた道に入る頃には着替えを済ませた。
その時だった。
ドォォォォンッ…、ドドォォォンッ…。
地響きのような、信じ難いけれど爆発のような音が小さく聞こえた。
「谷垣!急いで!」
「かしこまりました。」
車は右に左に激しく揺れながらスピードを上げていった。
Incarnation of evilに到着し、急いで屋上を目指す。
管理室には、予め屋上の厳重な閉鎖を言ってあるの。
勿論、時間稼ぎの為ね。防ぐことは無理だと分かっているわ。
顔パスで屋上への階段を上がり、扉を開けた。
そこには…。
「………。」
3人共ボロボロになりながら倒れていた。
「疾斗!力音!護!」
私の声に3人はかろうじて反応している。大丈夫、死んでいない。
ここまでの惨劇に、久々にアッタマに来たわ。
敵を見る。
ん?男が一人?
だったら、さっさと終わらせてあげる。
スタンガンでイチコロよ。
前に歩みだそうとした時、ガシッと腰を掴まれた。芽愛だわ。
「止めないで、芽愛。敵討ちよ。」
「ダメです!絶対にダメです!!」
「何でよ!?」
「彼の能力は、能力を消す能力だからです!」
「なっ…なんですって…?」
「発動条件は握りこぶし状態で、身体のどこでも触れれば、相手の能力が消えます…。」
「だったらスタンガンで…。」
「それもダメなんです。半径1~2mぐらいが強制能力発動エリアですし、振れている物…、床さえも彼の影響を受けてしまうのです…。」
「………。」
取り敢えず、敵の能力は把握したわ。
高速で思考が駆け巡る。
遠距離攻撃だったら…。盲点だったわ。圧倒的に相性が悪いわね。
次に彼らの組織の情報を得る事を考えた。
「ミカエル。随分と手荒な歓迎じゃないかしら?」
「時時雨 心優か。やっとお出ましだな。しかし時既に遅し。勝負はついた。」
「言ってくれるじゃないの。」
私は横たわる力音のお尻を思いっきり蹴った。
「ぐはっ!」
「ご褒美よ。さっさと立ち上がりなさい。」
「み…、心優タソ…。ご…、ごめんよ…。」
「謝る必要なんか無いわ。あなた達、能力は消されていないわね?」
「うん。」
「なら、疾斗と護を後ろへ下げて頂戴。あいつを仕留める。」
その言葉を聞いていた護が口を開いた。
「駄目だ心優。俺達の能力は替えがきく。だが、お前のは特別だ。唯一無二なんだぞ。だから万が一があっちゃいけない。」
「馬鹿ね。人の心配する前に、自分の心配しなさい。だいたい、どうやったらあんたらがこんな負け方するのよ。」
そう。そこは少し気になっているの。ミカエルとの戦いの最中に仲間を呼ばれたら勝ち目は無くなるわ。
「透明人間は倒した。疾斗が消火器を見つけ、ぶちまけた。敵の動きは丸裸にされ、ナイフまで持ち出してきたが、案外あっけなく倒れた。そもそもそいつに攻撃力自体は無かったみたいなもんだ。それに…。」
「それに?」
「ミカエルとかいう奴が透明人間を殴った途端、あいつは悲鳴を上げて叫びだした。『能力が消えた』って言いながら。つまり浄化されたんだ。だから透明人間の脅威は消えている。」
「だったらどうして…?」
「爆弾魔がいたんだ。」
「リアル・ボンバーマン?」
何それ、いくら護の防御壁でも衝撃を抑えこむのは難しいわね。だからか…。
「そいつは何処に隠れているの?」
「もう居ない。」
「はぁ?」
「暴れるだけ暴れたら帰っていった。というか、そいつは小学生ぐらいだったぞ。」
「だいたい想像が出来たわ。よく耐えられたわね。」
恐らく手加減無し、状況判断も無し、敵が沈黙するまで攻撃し続けたでしょうね。
そして自分の言いつけられた役目が終わったら、さっさと帰っていった。そんなところね。
なんて無茶苦茶な…。あれ?ミカエルが4大天使を表しているなら、もう一人は…。
「もう一人居たんじゃないの?」
「あぁ、そいつなら…。」
疾斗が答えた。
「来なかった。」
「はぁぁぁぁ?」
「電話で口論になっていたぞ?」
「あら…、そう…。」
敵も一枚岩では無いってことね。
と言うか、挑戦状まで出してきておきながら、ろくな戦力がなかったのね。
まぁ、能力浄化の能力さえあればどうにでもなるってことか…。
力音が疾斗と護を後方へ担いで行く。
「芽愛も下がっていなさい。」
「ご主人様…。」
不安そうな表情を見せる彼女に向かって、真剣な表情で小さく頷いた。
大丈夫。心配しないで。
「心優!お前何をするつもりだ?」
相変わらず馬鹿疾斗ね。
「馬鹿は黙って見ていなさい。皇帝の戦いっぷりをね。」
「………。俺はお前を信じるぞ。このまま全員能力を奪われるんじゃないかって思っていた。寸前で心優がここに来てくれたことだけでも嬉しかったんだ。」
「当然よ。皇帝は臣下を裏切らないものなの。」
私は腕組をし、黙示録と名乗る組織から差し向けられてきた、ミカエルと対峙する。
「情報通り、随分と可愛らしい皇帝様だな。」
「可愛いは正義よ。」
「その強がりもどこまで続くかな?」
「ついでに教えて上げるわ。萌えは世界を救う。」
「クククッ。とんだお笑い種だ。まさか、時間を止められるような能力の持ち主が、妄想全開のお子様だったなんてな。浄化されて当然だな。」
随分な言い草ね。
「そうかしら?金と欲望に目が眩んだ大人よりマシよ。それを証明して見せるわ。」
「ほぉ?面白い。どんな断末魔をあげるか、どんな悲鳴をあげるか、どんな絶望を見るか、俺はソッチの方が楽しみだがな。」
「最後に一つ教えて頂戴。」
「お前に教えることなど、何もない。何も知らないまま普通の生活に戻れ。」
「あなたの背後にいる、大天使って誰なの?」
「あぁ、そんなことか。政府の能力開発部門、その中には少数ながら奴のような能力者研究者がいる。つまり俺は、国から派遣された、能力浄化みたいなもんさ。ま、お前らには関係がないことだ。相手が悪かったと、今更後悔しているか?」
私は全てを把握してしまった。
つまり、日本という国は能力者を歓迎していないってことね。
この理論的に解明不可能な能力というものに対して、研究し把握しようとした。
これこそ税金の無駄遣いね。答えなんて出ないんだから。
まぁ、いいわ。
それならそれで、道は2つ。
こいつをぶっ飛ばして政府に乗り込むか、一生政府から追われながら地下に潜って活動するかね。
ただし、どちらも乗り越えなければいけない、目の前の壁が高すぎる。
こんな形での能力浄化だとは予想もしなかったわ。
能力者同士の異能バトルだったら、5人で力を合わせれば勝機は必ずあると考えていたの。
そうすれば奴らの背後を吐かせ、能力浄化などという馬鹿げた行為を根本から潰せると思っていたわ。
最悪地下活動というのも想定していたけれど、これではそれも難しいわね。
遠距離攻撃が主体な能力者がいれば…。
ミカエルの影響範囲外から一方的に攻撃出来た。
無い物ねだりね。
総合的に判断すると、答えは一つ…。
この判断が、能力者達の新たな歴史を刻むことになるとは思いもよらなかった。