第11話『皇帝に集いし臣下たち』
「以上のことから選択肢は3つ。」
私達は謎の組織からの挑戦状について、議論を交わしているわ。
交わしているというよりは、一方的に私の意見を言っている状況ね。
「み、3つ?そんなにあるか?戦うしかねーだろ?」
「疾斗…。あんたは少し考える癖をつけなさい。」
「えー…。だってよぉ…。」
「まずは聞きなさい。1つは疾斗が言うように戦うという選択肢。これはとても危険な選択よ。明後日という準備期間がないうえに、相手の戦力も能力も不明。だいたい、『浄化』の意味すらわからないわね。現地での臨機応変な戦いを強いられるわ。それが今の私たちに可能かしら?」
全員が真剣な表情で私の言葉を待っている。
「2つ目は逃げるという選択肢。これにもリスクがあるわ。彼らが言うように、何時襲われるかわからないという状況に追い込まれるわね。というか、彼らが素直に挑戦状の内容を守るとも限らないけどね。つまり、今、この瞬間に襲ってくる可能性もあるってことね。」
「おいおい…。それじゃぁ、もう戦いは始まっているようなもんじゃねーか…。」
「そういうこと。そして3つ目は、彼らの仲間になるという選択肢。」
「あぁ、なるほど。だけど…。」
護だけが直ぐに理解したわね。
「そう、これもリスクが高いわ。能力浄化なんて言っているけど、その実態も理由も分かっていないわ。仲間になったと思った瞬間裏切られる可能性すらあるわね。仮に仲間になったとしても、その先にある奴隷のような生活なんて私は嫌。だけど、彼らのやり方は、敢えてこの選択肢も残しているようにも感じるの。だって、本当に潰すだけなら、さっきから言っているように今すぐ乗り込んでくればいいのよ。」
「だけどよぉ、相手が巨大な組織で余裕綽々だったら…。」
「馬鹿ね。皇帝は一人で十分だって言っているのよ。」
「はぁ?」
「わからない?2番目と3番目の選択肢は、後々の生活を考えると却下よ。誰かに怯えて暮らすなんて嫌。絶対に嫌。だから潰して私が皇帝として名実共に君臨する。」
「なんだよ。結局戦うんじゃねーか。」
「馬鹿ね。戦いには目的が必要よ。」
「そんなもんいらねーだろ。」
「重要よ。じゃぁ聞くけど、戦って勝ったらどうするの?」
「あ?勝利の雄叫びあげる…とかか?」
はぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…。
人生で何度も経験しないような、深いため息が出たわ。
「馬鹿疾斗!」
「な、なんなんだよ。」
「今言ったように、敵にも戦う理由があるってこと。まずはそれを知る。そこにはこの国、いや、世界的な能力者としての立場が少しでも分かると思うの。」
「つまり心優は、敵の背後には国レベルの組織が絡んでいると考えるのか?」
「護の言う通りね。能力浄化、これって普通に考えたら能力者を邪魔だと思う存在がいるってことでしょ。民間企業ならむしろ世間にバレないうちに徹底的に利用するはずだわ。だけど国のような立場から見れば…。とても危険だと感じるはずよ。」
「そうだな。世界のパワーバランスさえ変わるな。」
「そういうこと。だから私が初代皇帝となるの。」
「おいおい、ちょっと待ってくれ。」
「なに?」
私は不機嫌そうに答えた。
「国のような機関が能力者を恐れて浄化に走る…ってところまでは、まぁ、何となくわかるんだけど、その次の、心優が皇帝になるって部分はかなり話が飛んでないか?」
「心優タソ。僕もそこがわからないよ。」
「あらそう。言葉足らずだったかしら?じゃぁ聞くけど、なんで私達が集まったんだっけ?」
「そりゃぁ…、お前に負けたから?」
「違うでしょ!」
「へ?」
「能力者としての立場を確立する。そう言ったじゃない。」
「そうだっけ?」
「そうよ。だったら、私が能力者達の頂点に立てばいいじゃない。」
「つまり、心優が能力者達を仕切ると?」
「そう!そうすれば、国のような機関とも話し合いの余地は出来るでしょ。」
「おぉ!そうか!そうだよな!」
「………。」
言葉も出ないわ。
「でもね、日本中の、いえ、世界中の能力者と接触し賛同を得たり、勝負して勝っていくなんて事は現実的じゃないわ。」
「だよな。単純に考えても俺らの世代じゃ解決しないほど時間がかかるだろうな。」
護だけはちゃんと考えて聞いてくれているわね。
「だから、能力浄化なんて言ってる、いかにも国が操っていそうな組織のトップひっ捕まえて、そいつのバックの組織に直に接触すれば良いのよ。」
「さすがです!ご主人様!でも…、背後に国が関与しているとして、私達の交渉に乗ってくるでしょうか?」
「そうね、そこが問題。プランが無いわけではないけど、相手次第ね。まぁ、私の孤独な皇帝があれば大概の問題は対処出来るわ。」
「ところで、俺は皆の能力について聞いてないのだが…。」
護が大切な部分を指摘してきたわ。
「そうね、時間も無いし出来るところから始めましょ。まずはお互いを知ること。大切なことね。力音も聞いておきなさい。」
「御意。」
即答で『御意』なんて初めて言われたわ。
「まずは『遠藤 疾斗』。高校3年。間抜け面の考えなしの直感野郎よ。」
「おいおい。随分な紹介だな…。」
「あら?どこか間違っていたかしら?」
「間抜け面は勘弁してくれよ。」
「そっち?」
「え?」
「はぁぁぁぁぁぁぁ…。まぁ、いいわ。彼の能力は孤高の流星、所謂瞬間移動ね。とはいえ目に見えた範囲かつ、自力で歩いていける場所限定ね。」
「まぁ、よろしく。」
「次はさっき自己紹介した『栗林 力音』。マッチョなオタクね。能力は怪力で名前は至高の破滅。ちなみに大学生ね。」
「はい。僕は心優タソに忠誠を誓います!」
チョイチョイ
私は指で力音を呼びつける。同時に椅子に登ると、丁度良い高さとなった。
何が丁度良いかって?
バッッッッシーーーーーン!!
「ありがとうございます!」
彼にご褒美をあげる高さよ。
「そして今日仲間に加わった『佐藤 護』、32歳。能力は防御壁が展開出来る、『絶対防御壁』よ。」
「よろしくな。」
彼は軽く手を上げて答えた。
「それから同級生の『麻美澤 芽愛』。能力は『視えない能力』、つまり能力を視る能力と薄い物なら透視も出来るわ。そして私の専属メイドよ。手を出したら絶対に許さないから。」
「私はご主人様の物です。」
「当然よ。こっちへ来なさい。」
トトトッと近寄ってきた芽愛を抱きしめ、そしてお尻を思いっきり掴んでやった。
「アァァンッ…。」
「特別に、あなたに私の紹介をすることを許可するわ。」
「あ…、ありがとうございます!」
芽愛がゆっくりと離れ振り返る。
「この御方は、時時雨財閥の一人娘にして世界で屈指のお嬢様、心優様であられます!能力は孤独な皇帝!時を止めることが出来ます。」
「おいおい、マジかよ…。勝てる訳がないじゃん…。」
「だから言ったじゃない。戦う前から勝負はついているって。」
「心優タソ、チート過ぎ!」
「そうね、、だけど息を止めている間しか能力は維持出来ないわ。そこは全員で留意して欲しいわね。」
「ふむ。その能力があれば、お前が言う通り世界が狙えるな。」
「別に私は虚言を撒き散らしている訳じゃないわ。そこを理解して頂戴。」
こうして見ると、予定通り攻守のバランスの良い戦力が揃った感じはするわね。
だけど時間が足りない。何の時間かって?
連携や個々の能力向上を整える時間よ。これは凄く残念な部分。
だって見てみたいじゃない。完璧な異能バトルってやつを。
まぁ、本音を言うと、今回の挑戦状はかなり嫌なタイミングで叩き付けられたことは事実ね。
しかし古風な手口を使ってくるわね…。まさか…。
「芽愛。」
「はい、ご主人様。」
私は彼女の耳元で、ある事を伝えた。
芽愛はゆっくりと周囲を見渡し、そしてゆっくりと首を横に振った。
「ありがと。」
何をしたのかって?
既にこの場所に敵が潜んでいないか確認したのよ。
芽愛の『視えない能力』には、能力自体が映るからね。
タイミング良く自己紹介しちゃった訳だけど、これを敵が聞いていたのならこちらの手の内は丸裸ね。
それに、挑戦状を送っておいて、その作戦会議を覗かせるような敵だったなら、それだけで強敵だと理解出来る。
まぁ、居ないようだし取り越し苦労だったわ。
私は、『戦いは既に始まっている』という気持ちを強く持って、戦いまでの日々を最大限活かすことにした。
「ちょっと聞いて頂戴。」
全員が私に注目する。
「今日から決戦の日まで、ここに全員泊まりなさい。」
「はぁ?」
疾斗の間抜け面が視界に飛び込んできた。
「み、心優タソと1つ屋根の下…、萌える…。」
「変なこと考えるんじゃぁない。」
力音は相変わらず妄想が激しいわね。
「ここから仕事行けってことか?」
護だけが唯一現実的よ。
「違うわ。学校も仕事も休みなさい。」
「おいおい、今日転勤したばっかりなのに…。」
芽愛だけは静かに頷いた。
彼女は私の真意を知らないだろうけれど、絶対服従してくるわ。
どこまで本気かは知らないけれどね。
まずは混乱する男達をなだめる。
「学校は適当な理由で休みなさい。護の方は私から店長に連絡しておくわ。それと、全員何か勘違いしていないかしら?この挑戦状は一歩間違えると私達の死を招く、異能バトルなのよ?」
私の言葉に全員が考えを巡らせる。
「能力浄化と言いっているけれど、単純に能力だけを消すのか、それとも私達ごと消すのかは不明よ。そこを理解して頂戴。」
「挑戦状の内容が、あまりにも中二っぽくて、何だか他人事にように聞こえちゃったよぉ。」
力音の言いたい事もわかるわ。確かに挑戦状はオタク臭がするだけに、何だか冗談のようにも聞こえちゃう。もしくは馬鹿にしているようにも聞こえるわ。
「だけど意識を変えて頂戴。これは生きるか死ぬかの戦いなのよ。」
私の言葉に疾斗が反論してきた。
「だけどよぉ、能力が消されるだけかも知れないじゃん。最悪それってあんま重要じゃなくね?」
「本当に馬鹿ね。私達は既に能力者なの。分かる?息を吸い、ご飯を食べ、ベッドで眠る事と同じように能力を使っているの。つまり、能力は既に身体の一部、生活の一部、あって当たり前の存在なの。それが、ある日突然消えたらどう思う?」
「実感ないなぁ。」
「本当に馬鹿疾斗!」
私は真剣に、そして全員に訴えた。
「今あなた達は、お金でも社会的地位でも生まれてきた環境でも手に入れられない、世界で唯一無二の力を持っているのよ。それがどれだけ貴重で、どれだけ運命的か…。失くせば二度と手に入らないの。能力自体奇跡なの。」
皆は私の声を受け止め、そして徐々に気付いてきた。
「能力を失ってから、事の重大さに気付くでしょうね。生き残った能力者を妬み、恨み、そしてもがき苦しんで、精神が壊れたって不思議じゃないよ。それだけ大きな力を今、ここにいる全員が持っているの。」
「だよな…。なんて言っていいかわからないけど、能力って言ってもよ、もう身体の一部なんだよな。きっと。」
疾斗の感想は、相変わらず直感的だけれど的を得ていると思ったわ。
「あぁ、でも疾斗君の言いたいことは分かるよ。亡くなった途端、心に空洞が出来ちゃうって奴だよ。」
力音の意見も合っているわね。
「まぁ、俺は能力を封印してきたのだが、これから思う存分使えるって思うと、ちょっと興奮した自分もいるんだよな。だから、それをいきなり取り上げられたら、やり場のない思いだけが残るかもな。」
「そう、そういうことなの。だから、命を奪われなくても、人として死んじゃう可能性もあるの。精神崩壊って奴ね。当たり前が当たり前じゃ無くなるっていうのは、そういうことよ。」
仲間はやっと理解してくれた。皆頷きつつ納得してくれたみたい。
良かった。これは重要なことよ。
「だから私は全員に宣言したわ。導いてあげるって。そして全員守ってあげる。孤独な皇帝なら可能だからよ。」
皇帝としての私の覚悟。
自分一人ではこの先々では戦えないのは明白よ。だから君主タイプの私が導くって誓っているの。
だけどそれは、都合の良い命令でも駄目、聞こえの良い演説だけでも駄目。
実行力と全員を納得させるだけの実力がないと駄目なの。
そして全員で結果を出し、更に前へと進む。
そうね、賛同者が増えれば、尚良いわね。
「ということで、残り少ない時間でやれることをやっておきたいの。後悔しない為にね。」
翌日早朝から、連携を高める為の訓練を開始したわ。
芽愛からの情報、疾斗の撹乱、力音の攻撃力と護の防御力。これらが効率良く機能すれば間違いなく西京の称号を得ることが出来る。
そう確信していたわ、この時点では。
そう、事件が勃発したの。