ハイエルフな彼は笑ってる
森の中を散策して目に付いた薬草を抜いていく。抜きすぎれば育たなくなるから気をつけて。
この森には人は立ち入らない。それが危険な証だけど、私からすれば庭のようなものだ。手慣れた手つきで果物も収穫し重くなった籠を背負う。魔法袋なんて無駄なものは使わない。持って歩けば済むのだから。
来た道を戻りながら森の木の様子を確認する。この間はオークが暴れたせいで一部の木が傷んでいた。そういった木は早めに対処をしなければ朽ちてしまう。
朽ちて森の養分になるのもいいけど、あまりにそれが増えてしまえば栄養があっても森は死ぬ。私がいるからには死ぬことにはならないが。
暫くして辿り着いた我が家の前に籠を下ろして蜘蛛型の魔物から採取した糸を木から木へと繋ぐ。
その糸に絡ませるように薬草をぶら下げて乾燥をさせる。長持ちする上に処理がしやすいからだ。
それが終われば果物だけになった籠を持ち木に絡みつくようにある家に入る。
家の中は今日も静かだけど、一つの場所からは音がした。
「…はぁ」
ため息がこぼれるのも仕方ないと思う。私は悪くないさ。でも彼女が悪い訳でもないから、キッチンに籠を下ろして音のした部屋へ向かう。
開きっぱなしのドアをノックして来たことを告げれば悔しそうな目が私を捉える。
「…っ」
声の出ない彼女は何も言えない。怪我のした足じゃ動くのも大変だ。トイレに行った為か壁に手をやってベッドに向かう彼女。その足は小鹿のようにふるふると震えている。
「はい、持ち上げますよ」
恨めしそうに私を睨む彼女を喉を鳴らして笑いつつも横抱きをする。そうすればまた不機嫌そうに眉をしかめる。いい加減慣れれば楽なのに。反抗する様が可愛らしくてクスクスとまた笑っていれば彼女よりも長い耳が掴まれ引っ張られた。
さすがに地味に痛いね。
「目の前にあるものにすぐ手を出すなんて子供のようですよ、エスメラルダ」
「っ!」
「ふふ、抱っこされて運ばれるあたりも子供のようですが。」
キッ─と眉を吊り上げて私を睨みつける彼女に笑いを噛み殺す。これ以上笑ったら目も合わせてくれなくなりそうだ。つり気味の薄紫の目が見れなくなるのはあまりに勿体ない。
すぐにベッドの側につき、ベッドに彼女を下ろす。優しく下ろしてるのに痛がる彼女。自業自得なのだから私は何も言わず楽しげに目を細める。
そうすれば不審者を見るような目で私を睨みつけるエスメラルダ。
「スープとフルーツサラダを持ってきますから、待っていてくださいね。悪戯は駄目ですよ?」
「…」
音の無い返事を薄紫色の目から貰い、私はキッチンへと向かう。思えば彼女を拾ってからひと月がたった気がする。
───私が彼女を拾ったのは、崖の下だった。他の動物のように倒れ朽ちそうになる彼女を見つけた時思わず笑ったのだ。何百年ぶりに。
彼女は自殺をしようとしていた。何故かは知らない。興味もない。だけど、死にゆく彼女はやってきた私を見て睨みつけたのだ。
瀕死の状態で。自らそんな惨めな姿に落ちたというのに。
それが出会いだ。気に入ったから人になど使ったことのない上級治療魔法を使い、彼女の命を取り留めた。
それでも完全に治らないほどの傷で、どれほど痛みがあったかも分からない。…が、想像を絶する痛みなのだろう。通常の人なら狂うほどの痛み、それを死ぬまで続くというのに彼女は受け入れた。
狂うこともなく、受け入れ、そして自分を生かした私の手に噛み付いてきた。
喉が落ちた時に潰れたのかは分からなかった。精神的なものかもわからない。むしろ、元からなのか…彼女は喋れなかった。
自分を痛みから救った私の手を血が滲むほど噛み付いてきた彼女は、なるほど、獣と変わらない。
クスクスと笑いながらされるがままで私は彼女を抱き上げた。ボロボロの体で抱き上げられ、痛みが走ったのか手を噛む力が弱まり、手が離された。
「いい子ですね、大人しくしていてください」
優しく微笑んだつもりだったが彼女は何か気に入らなかったのか私の肩に噛み付いた。
本当に獣のような娘だと笑いながらベッドに下ろして、それから彼女を私は家に置いている。
幾度も彼女は悪戯をした。例えばキッチンのナイフで自分のお腹を刺そうとしたり、窓から身を投げようとしたり…。自殺を計る彼女を毎度止めているせいか最近その悪戯も減ってきてはいる。
でも、なぜそんなに死にたがるのか、私には分からない。エルフは元々人には関わらない。その中でも人嫌いなハイエルフである私が分かるはずもないのだ。人間の心象など。
だけど夜中に部屋に訪れればいつも彼女は泣いている。窓の外を見て一人で泣きじゃくり、それに疲れたように眠りにつく。
誰を思って泣いてるのかは知らないが、それはとても気分が悪かったのを覚えている。だから最近は彼女と共に寝るようになった。
最初は反抗してきたが、相手にしなければ軈て諦めた。夜に外を見て泣くこともなくなった。寝ながら魘され泣いてはいたが、それは許してあげるようにしている。
今日も私は日々の習慣を終え、彼女の横に横たわり、眠りにつく。彼女はいつも自分を守るように布団で体を包むが、寝てしまえば自分から私に擦り寄ってくる。
その当たりも獣らしい。熱を求め、熱にすがり、熱とともに眠る。
だけど、今日は違った。
彼女はナイフを手にして私の首に押し当てていた。完全治癒魔法を自分でしたのか足も治っていて、尚且つ…。
「動くな。」
言葉を話せるようになっていた。
「ふふ、そんな声だったのですね。エスメラルダ」
「名を呼ぶな。」
「君が教えたのではないですか、わざわざ紙に書いて」
「あれはお前が私を獣と呼ぶから…!」
その言葉に首を傾げる。首に当てられたナイフがくい込み、血が流れた気がするがどうでもいい。何を言ってるんだろうかこの子は。
どう考えても君は獣になっているだろうに。
「で、君は私を殺すのですか?」
「…なぜお前は」
何が言いたいのか分からず瞬きを繰り返す。本当に幼子のようだ。なぜ、どうしてと知りたがる。
「何が知りたいの、言ってごらん。エスメラルダ」
「…ッなぜ助けた!」
「…? 面白いと思ったからですよ」
死にゆく癖に目はやたらと生きていて意思も生きていて、その癖死に縋り付く君が。
そう言えば顔を顰めてしまう。
「生きたかったんでしょう? 惨めに死ぬ自分に酔っていただけで、生きたいと望んでいた。 声にない声で、何よりも正直なその美しい目で」
「分からない、なんなんだ…なんなんだお前は!」
叫ぶ彼女に微笑む。本当に君は獣のようだ。理性も無く心のままに行動し、そして愚か。
突き放しているようで突き放せていない。殺すと脅しているようで、まるで甘えているようにも見える彼女。
「本当に君は悪戯が好きだね」
「っな…ぁ」
彼女の手を捻って自分と彼女の位置を入れ替える。からん、とナイフが床に落ちる音がしたけど私は自分の下で睨み付けてくる彼女に目を細めた。悪戯ばかりする手は頭の上で掴んでしまえば動くことも出来ない馬鹿な彼女。
「くっ、そ。なにを…」
「口が悪いね。話さなければわからないとはこのことだ。口を開かない君はまるで人形のようだったのに」
美しい人形。作られたプライドに縋って虚勢を張るそんな人形の様だった。獣のように理性も無く本能のままに動くことも出来ない馬鹿で、愚かで、とても愉快な娘。
「っ」
薄紫の目が潤み、私を睨みつける目から力が抜けていく。本当にどこまでも馬鹿で──可愛らしい娘だ。
「でも、そうだね。今の方がずっといい、口を開いて馬鹿らしさをさらけ出して。私に噛み付いてくるのもなかなか面白い」
「っ変人!」
「なら君は自分を痛めつける変態だね」
顔を赤くして力を入れ直して睨み付けてくる彼女。それがとても面白い。
「私は君のことを気にっているからね。獣のような君も、人形のような君も、変態な君も」
「な、にを…ッ!」
毒を吐くために口を開いた彼女に深いキスを零せば大きく見開かれた目から涙が白い肌を伝っていった。
「最初から君を逃す気は無いんだ、ごめんね。」
薄紫の目を見開かせ、唖然とする彼女に出来るだけ綺麗に微笑んでみせる。
今更気づいても遅いんだ。
君を抱き上げたあの時から私は君を離さないと決めていた。
だから、君は馬鹿なんだよ。
捕まったことにすら気づかない。
その内、彼に絆されるんでしょう。
こんな性格のキャラを書いたのは生まれてこの方初めてです。