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記憶を辿る道2

 レストリノから北寄りの街道を半日ほど進むとソルラータという小さな町に辿り着く。急げばもう一つ先の宿場町まで行けるのだが、二人とも万全ではない状態で無理は禁物だと判断し、今日はここで宿をとることにしたのだ。


「レオさん……じゃなかった兄様! こっちに宿や食堂がたくさんある地区があるそうです。行きましょう」

「ロゼッタ。その兄妹設定、やはり少し無理がありませんか?」

「そんなことはありません! 私たちは兄妹で薬を売りながら旅をする、庶民派魔法使いです!」


 旅の間、二人は兄妹という設定で過ごすことに決めた。兄妹でもなく、夫婦でもない男女が一緒に旅をするわけにはいかないのだ。

 ロゼッタはレオのことを「兄」と呼び、逆に彼はロゼッタを呼び捨てにすることが決められた。

 レオがその設定は不自然だと主張したが、ロゼッタはそうは思わない。髪の色や目の色が違って顔立ちが似ていない兄妹なんて腐るほどいる。


「やっぱり、新婚夫婦の方が自然だと思いますよ」

「まだ言います!? それは絶対に却下!!」


 そんなやり取りをしながら、二人は町の中心にある旅人のための店が多く軒を連ねる地区に辿り着く。

 こういった場合、一番大きな通りにある、なんとなく繁盛してそうな宿に泊まれば安全だろう。記憶喪失でそもそも庶民の暮らしに詳しいはずがないレオを、安全に都まで導くのがロゼッタの仕事だ。母からそのように言われたわけではないが彼女は勝手にそう意気込んで適当に選んだ宿の中に入る。


「いらっしゃい。一部屋でいいか? あんたたち、夫婦……新婚かい?」


 宿の主人がロゼッタの方を見ながらそう言った。少しにやにやとした視線を向ける彼に、ロゼッタはいらついた。


「きょ、兄妹です!! だから部屋は別々でっ! 都まで行って商売をするために旅をしているんですよ!!」


 宿の主人は二人の顔を交互に見比べて、腕を組み、首を傾げる。


「俺も客商売が長いだろ? 人を見る目には自信があんだよ。隠さなくていい」

「だ、だから違いますって!」


 宿の主人の言葉にロゼッタの目が泳ぐ。会ったばかりの人間にさっそく二人の関係の不自然さを見抜かれてしまったのだ。ロゼッタはただの町娘だが、母は元『十六家』の令嬢、父も王宮に仕える騎士だった。二人に育てられた彼女の仕草はただの町娘より洗練されているはず。だからレオと並んでもそこまでの不自然さはないと考えていた。そんな彼女の考えはさっそく覆されたのだ。レオの身分を疑われ、役人に通報されたらかなりまずい。


「……あんたたち、さては駆け落ちだろ?」


 宿の主人ご自慢の人間観察力は、実に中途半端なものだった。どうしたらそんな勘違いができるのか、ロゼッタには理解できない。主人の思い込みは全くの検討違いで迷惑極まりないものだった。


「ち、違いますよ? 兄妹ですよ、なに言ってるんですか? 嫌だなぁ、あはははは!」

「……いいんだよ、俺は親御さんに告げ口するほど野暮じゃねぇぜ! こちとら客の秘密は守る主義なんだ! ほら遠慮するな」


 そう言って主人が差し出したのは客室の鍵、一つだけ。ロゼッタはとても短気だ。目立ってはいけないと思い我慢していた彼女の堪忍袋の緒は早くもぷつりと千切れる。


「違うって言ってるでしょーがっ!! 客商売なら詮索するなっ! このハゲ親父!!」

「お、おう……そうか、なら仕方ないな」


 主人はしぶしぶ二つの鍵をロゼッタに差し出す。それでも最後に一言、二人に忠告をする。


「お嬢さんは育ちがいいからわからないだろうが、若い女の子はできるだけ一人にならない方がいいんだよ。この町の治安はそれなりだが、旅人が多いんだからよ」

「ご主人、ご忠告ありがとうございます。肝に命じます……ロゼッタもわかりましたか?」

「わかってます! こう見えても私、すごく強いんですから。心配ご無用ですって!!」


 宿屋としては、若い女性が一人で宿泊するのをできる限り避けたいという思いもあったようだ。

 二人が泊まる宿は二階建てで、一階は受付と食堂、二階が客室になっている。渡された鍵と同じ番号の部屋の扉をそれぞれ開ける。


「うわぁ、狭いですね」


 ロゼッタが扉を開けると一歩でベッドにたどり着く。窓が一つ、木製の椅子が一つ、それだけの部屋だった。


「荷物を置いたら、私の部屋に来てくれますか? 先ほどの話も聞きたいですから」


 そう言ってレオは隣の部屋へ入っていく。

 ロゼッタも自分の部屋に入り、着ていた外套(がいとう)をハンガーに掛け、荷物は直接床に置く。それだけで足の踏み場がなくなるほど狭い部屋だ。

 最低限の荷ほどきをして、ロゼッタはさっそく隣の扉を叩く。すぐに返事があり、中に入ると外套を脱いだレオがベッドの上に腰を下ろしていた。

 部屋の作りは彼女の部屋と全く同じで、レオの長い足が窮屈そうに曲げられている。ロゼッタはレオに勧められて椅子に座る。


「体調はもう大丈夫ですか?」

「大丈夫です。もう治りました」

「そうですか、よかった。それで、あの奏者……変な感じがしたというのは具体的には?」


 ロゼッタは返答に少し困ってしまう。自分の中でもよくわかっていないもの、漠然とした不安を人に説明することは難しい。それでもレオはロゼッタの話であればきちんと聞いてくれる人だとわかっていたので、頭の中を整理しながら話す。


「私にも、よくわからないんです。あの人を見ていたら、急に不安になって……その正体を確かめようと目を凝らしたら眩暈がしたんです」

「あの奏者も魔法使いということでしょうか?」

「……私はそうだと思いました。でも私よりすごい魔法使いのレオさんが感じなかったのだから、勘違いかもしれません。母様だったら、きっと自分の感じたものの正体がわからない、なんてことないのに……」

「あなたの母君は力の強い魔法使いであることは聞きましたが、私を助けて、心を支配するのは――――」

「ごめんなさい! 役に立つどころか、今のところ足手まといにしかなりません。早く都へ行って、あなたを知っている人たちに会わせたいのに……そうすればきっと」


 きっと、本当に愛する人のことを思い出してくれる。

 ロゼッタはレオの言葉を遮り、最後まで言わせなかった。

 彼が全てを思い出したとき、今の彼の中にある「間違った感情」はいったいどこへ行くのだろうか。もし、彼がロゼッタに向けてくれる感情が純粋に恩義だけであったなら、どんなによかっただろう。もしそうだったら、もっと素直に彼に優しくできるはずなのに。

 言葉を遮られたレオは少し寂しそうに笑う。ロゼッタの言葉の中にあった、彼に対するけん制と拒絶を正確に理解したのだ。


「あの奏者が敵なら、とっくに襲撃されていると私は思います。だからと言って油断せず、なるべく一人にならないでください。あなたのご両親が敵を引き付けてくれているとはいえ、絶対に安全なわけではないのですから」


 少しぎくしゃくしながら結論が出る。

+

 外に出て買い物を済ませた後、近所の食堂で夕食を食べる間も二人は気まずいままだった。

 彼がロゼットに向ける気持ちを彼女が受け入れることはありえない。そんなことは絶対に許されないことだし『契約』を破ることは彼の命を脅かす。けれど、記憶喪失の彼に自覚を持てというのは無理で、彼が心のよりどころにしているにはロゼッタなのだということも知っている。


(助けてあげただけなのに、なんで私が悩まなきゃいけないのよ。理不尽だわ!)


 彼の気持ちを拒絶しても、受け入れても、彼に冷たくしても、優しくしても、何をしてもロゼッタの心が痛む。いくら考えても彼女には答えを見つけることができなかった。

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