表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さよならからはじまる恋。  作者: 川上桃園
さよならのつづきは。
15/29

11

 対戦相手のライノルトは、美々しい装備と美々しい軍馬の両方をひけらかしながら会場にやってきた。それらでコンラートの全財産を巻き上げようという気らしい。


 対するコンラートと言えば、元は養父の家で眠っていた装備に自分の金で足りない部分を付け足し、やたら気性が荒くて安く売り払われていた馬を持ってやってきた。新人騎士とはこんなものである。


 市壁の外の野を舞台に行われる騎馬槍試合は、若い騎士たちが名を上げ、財産を築くには絶好の機会である。さらに近隣の領主との戦争での陣の配置にも考慮されるという。そのために試合を見渡せる絶好の場所に天幕が張られ、そこに領主たる女伯と重臣たちが居並んでいるのである。


 試合はすでに始まっている。一対一で騎馬が激しくぶつかり合い、片方が地面に身体を叩きつけるまで続く。それを横目にコンラートが最後の装備の点検をしていると美々しいライノルトがわざわざコンラートのいる陣までやってきて、腰に巻かれたドレスの裾を自慢する。


「ロレッタの愛を賭けて勝負してやろう」


 素面のライノルトは堂々と言い放つ。コンラートは呆れた。――だからロレッタとは何の関係もないって。


「賭ける必要はない。俺には別にミンネがいる」


 手首のハンカチをひらひらっと見せて告げる。


「ミンネはたった一人で、それはロレッタではない。痴話げんかに巻き込むなよ」


 ライノルトは恥辱で震えた。夫婦の内情をコンラートに知られている。


「……騎士コンラート。我が誇りに賭けて、再起不能になるまで負かせてやろう!」


 ライノルトは胸を二度力強く叩く。……威嚇の合図だ。


 話し合いは無用。コンラートも同じく胸を二度叩く。互いの眼光から火花が散る。


 まもなくコンラートの出番が来た。もちろん相手はライノルトである。上にどう掛け合ったか知らないが、対戦相手を操作したのだろう。


 馬に乗り、進行係の合図を待つ。互いに先を鋳つぶされた巨大な槍を持ち、構えた。最初はお互い離れたところから始まる。実際の戦争でも大概そうであるように。


「始めよ!」


 声とともに二体の馬が勢いよく走りだす。コンラートはしっかりと馬の背に跨りながら、ライノルトの槍がどこに向かってくるか、馬がどう走りこんでくるのかを見極めながら、ぶれないように槍を持つ。


 一度目。ライノルトの槍が脇腹をかすった。コンラートの槍もライノルトが身体を捻って躱す。馬同士が派手にぶつかった。コンラートの馬は元暴れ馬だから、勢いで競り勝った。だがライノルトの身体が揺らぐこともなく、互いに一度距離を取る。


 二度目。コンラートは胸を狙われた。が、ライノルトの馬が怯えて、馬上は大きく揺れて狙いが外れる。コンラートは呻きながら腹を押さえた。彼自身の槍の狙いも外れた。


 ライノルトはそこを見逃さなかった。ほとんど距離を取らず、二度、三度と狙う。コンラートは辛うじてこれを躱すも、あちらこちらに打撲の痕ができることになった。


「ちっ」


 コンラートは舌打ちをして、おざなりに持っていた盾を捨てた。昔からどうも盾の扱いには自信がなかったのだ。盾がなくなった分だけ身軽になる。


 コンラートの馬は「荷物」の重さが減ったのがうれしいのか、ぶるる、と鼻を鳴らす。


 三度目。コンラートには防御がない。けれどその分だけ勢いを増した槍が、ライノルトの胸元に届く。


「ふんっ!」


 彼は自分の胸にも槍が届こうとしているのにも頓着せず、その勢いのまま押し切った。


 ぐらり、とライノルトの身体が傾ぐ。コンラートは落ちろ、と叫んだ。しかし、彼自身の身体も大きく揺れる。


 三度目の攻防では最終的にどちらも馬から落ちた。


 が、コンラートの方が落馬するのが遅く、しかもすぐに立ち上がることができた。


 進行係はコンラートの勝利を宣言した。


 思わず拳を上に挙げたコンラートの腕には草や泥に汚れたハンカチがしっかりと結びつけられていた。







「おめでとう」


 少し土の汚れが残ってしまったハンカチを受け取りつつ、コンラートの武勇伝を聞かされたユリアはまずそんな素朴な祝福の言葉を贈った。紛うことなき本心であった。けれどもコンラートは不満顔である。


 そういえばユリアは昔からわからなかったが、コンラートはどうしてだか、ユリアがちゃんと話を聞いて相槌を打っているにも関わらず、「俺の話をちゃんと聞いていなかっただろ!」と妙なことを言いだすことが多い。今考えればかなり理不尽な話である。


「ええっと……わたし、最初から最後まで話を聞いているわよ?」


 先んじて言えば、コンラートは渋々頷いた。


「……わかっている」

「わたし、何か怒らせるようなことをした?」


 大人になった今だからこそ、ユリアはそう尋ねることができた。


「いや……俺が一方的に怒っているだけだ。お前、昔からそんな感じだったろ」

「どういう感じ?」

「誰にでも優しいけれど、一本線を引いている感じというか。きっと他の誰かが同じ内容の話をしても、まるっきり同じような反応をするんだろう、と思っていた。誰のことも特別に思っていないのが丸わかりだったんだよ」


 それはユリアにとっては意外な話だった。コンラートほどユリアを色んなところに引っ張り回そうとあれこれ仕掛けてきた幼馴染はいないし、ユリア自身はもっとも近い位置にいたと思っていたのだが。


「俺はさ、ユリアにずっと褒めてもらいたかったのかもしれねえ。俺の自慢話を、誰よりも喜んで聞いてほしかったんだよ。……今だからこそ言えることだけどさ」


 彼は素っ気ない口調で言うが、もちろんユリアには初耳のことばかりである。


「わたし、ちゃんとすごいと思っているわ。ほら、コンラートはいつも強引だったけれど、わたしが皆の遊びに加わりたいと思った時、コンラートのおかげで入れていたもの。いつも皆を引っ張っていっていたし、喧嘩となれば年上の子にも食って掛かって、皆のこと守ってくれていた。……そういうところは、昔からすごいと思っていたのよ。今だから言えることだけれど」


 思い出とは美しい。過ぎてしまえば、嫌なことを半分以上押し隠してしまう。……あぁ、とユリアは今になって思いだした。


 コンラートに泥と牛糞の溜まり場に落とされた後、仲間たちと一緒に笑って去っていったはずのコンラートはなぜか戻ってきた。鼻が曲がるような嫌な臭いに顔を背けつつもそろそろとユリアの元に近づいて、ある程度の距離で立ち止まり、じっとユリアが上がってくるのを待っていたのだ。あの時は腹立たしいだけだったが、あれはコンラートなりにユリアのことを気にしていた結果だったのかもしれない。


 ユリアがしみじみと納得している一方で、コンラートは盛大に照れた。慌てて話題を変える。


「そ、それで、話は戻るんだけどさ! 試合に勝ったからちょっとした金が出来たんだよ。だから、これを修道院への礼に」


 小袋を机に置く。中からはじゃらじゃらと金の音がした。


「結構良い武装をしていてな。でもって、負けた相手側がどうしても俺の戦利品を買い戻したいと言い出したんだが、こういう場合普段の二倍近くの値がつくってことで合意した。ユリアから修道院長に渡しておいてもらえるか?」

「ええ、確かに。院長さまにちゃんとお渡しするわ」


 ユリアは大事に手に持ち、立ち上がった。


「ごめんなさい。コンラート、今日はもう早く帰った方がいいわ。今修道院の方で色々とばたついていて。もしかしたら授業の約束もしばらく守れないかもしれない」

「なにかあったのか?」

「うん……ちょっと今大変なことになっていて。下手にここにいれば、コンラートも巻き込まれてしまうかもしれないの。喜捨の方はきちんと院長さまや修道次長さまに報告して、管理してもらうから気にしないで。……じゃあ、門の方まで送っていくわ」

「ちょ、ちょっと待て」


 扉まで行きかけたユリアは振り返った。


「……何か?」


 ユリアはあくまで部外者に配慮していただけなのだが、コンラートは違った。彼は突き放されたと感じ、食い下がった。


「いきなり言われても困る。……俺にだって、知る権利はあるはずじゃないか?」

「でも内部の問題よ? ……あと、私が話していいことなのかもわからないから」


 そこまで言われてしまえば、コンラートも引くほかなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ