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エピローグ ~終戦~

 時系列は前後しますが、これで本編は終わりです。あとは六話で告知しました通り、過去変である幕間を書ききり次第投稿していく所存であります。

 エピローグ




 あの小さく大きな戦争からどれほど経ったのだろうか。

 呉の山中からこれまで一睡もせず飲まず食わずで一昼夜を歩き続けた。すでに足は棒の様になり体力も尽き果てそうだと言うのに、彼女の中にある帰巣本能がとにかく足を一歩一歩、確実に動かしていた。

 亡霊なのだとしても構わなかった。とにかく一目、家族の下に戻りたい。その為に死んだはずの魂を励起させここまで歩いて来ていた。すでに限界だった。

 肩口まで伸びた髪の毛が汗を滴らせる。体中の毛穴という毛穴、汗腺と言う汗腺から汗が流れおち、せめて軍服を汚さない為にもブレザーを脱いで汗で張りつくワイシャツも気にせずに目的地に急いだ。


 死んだ筈、そう死んだ筈だった。あれ以降の記憶は曖昧で、何かがあった筈だと言うのに靄が掛って思い出せない。それが今自分を生かしていると理解していながらも思いだせないジレンマは、彼女に言いようのないイライラを募らせた。

 どうして生きているのか。決死の覚悟で挑んだと言うのに、その不屈の意志を冒涜すると言うのか。

 生きていれば儲けものとは言うが、訳も分からずに生かされることほど屈辱的な物はないだろう。

 既に起こってしまったことにぐちぐち言うのも何であるが、あの爆発で生き残れるなどとは露ほども思っていなかった。だからこその決死の特攻。死ぬことに恐れはなかったと言うのに、思いだすだに恐ろしい。生きているという事実の何と甘美なことか、彼女は己の生存に心底安堵していた。

 これは要するに強がりなのだ。考えることを止めれば、きっと心が何処かで折れてしまうから、だからこそ強がりを言って己の心を誤魔化すしかない。異常事態において己を鎮静化するには目を背けるしかなかった。

 きっとひと月も経っていない。一週間ほどだろうか、日付などとんと確認していないが、浦島太郎になるよりは圧倒的にましだろうと思えば少しは足が軽くなる様な気がした。

 陽炎が漂う街路を歩いて歩いて歩き続けて、彼女の脳味噌はきっと溶けているのだろう。考えがまとまらず支離滅裂な言葉が羅列されていくのはえも言えぬ不快感が伴うが、それを理解する事さえもできない。とにかく、安らげる場所に。何処かさえも分からない、己の帰るべき場所へ。

 うだるような猛暑の中、彼女はひたすら歩き続けた。


 やがて一軒の巨大な和風建築の豪邸に辿りついた。筆で書かれたのだろう達筆な表札の文字は自身の名字と同じ。そう、こここそ帰るべき場所。

 インターホンのベルの音が和風建築の中に響くのが分かる。早く出て来て欲しい。その為にここまで頑張って歩いてきたのだから。

 大事な副官に教えられた大切なこと、今度こそ自分を、自分のやりたいことを見つけて見せる。

 上官たちから教わった大切なこと、人間は時に一歩を踏み出す覚悟をしなければいけないと。

 やがて玄関の戸が開き、見慣れた人たちの顔が見えた。


 膝から崩れ落ちるのがやけに遅く感じられる。前に向かって倒れ込み、母親はそれを受け止めようと身体全体で迎え入れてくれている。

 そうか、目を向けていなかっただけで、本当はこんなにも近くに温かい場所はあったのだ。やっと、やっと帰ってこれた。


 こういうときは、何と言えばよかっただろうか?

 思いだせない。もう母の胸はすぐ傍に迫っていると言うのに、掛けるべき言葉が見当たらない。きっと何処かで落としたのかもしれない。

 馬鹿みたいなことを考えながら、刹那ほどの瞬間、彼女は蕩け切った脳味噌からそれを探り当てようと必死だった。

 帰るべき場所に帰れたのだと言うのに、迎え入れてくれると言うのに、こういう時に伝えるべき言葉を、他者と自分とを繋ぐ言葉の橋を、伝えなくては――

 顔に当たる柔らかい感触、優しい掌の温かさは、言いようのない安心感を与え、ようやっと彼女の脳はそれを思い出した。思いだしたのだから、伝えなくては。照れくさい様なそんな気持ちを持ちながら、彼女はそれを口にした。






「――――――――ただいま」







 Das Ende






 結局のところこれは何を言いたかったのかについては、皆さまの想像にお任せします。皆さまがこれが正しいと思われたことを実行なさってください。そのため、この作品の意図を感想欄で確認されにこられましても、自分は一切それらにお答えしないことだけは間違いありません。それ以外の感想には普通に返信していくつもりです。

 これに登場する女性ですが、まあ皆さまのご想像通りと言っておきます。

 これからも魔弾の射手をよろしくお願いいたします。

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