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幕間 ~竣工~

 だいぶ遅れましたが、幕間を一つ書ききったので投稿させていただきます。

 それと、本編で挿入し忘れていた描写があったので、そちらも幕間に手描写しようか現在絶賛葛藤中でございます。もしかしたら書くかもしれないとでも思っておいてください。

 ついでに、この幕間での主題はこれまでの話同様、皆さまご自身の頭で考えてください。それを逐一感想欄に書きこまれなくてもかまいません。自分の中で整え、他者の意見ともすり合わせて納得のいくものが出来上がればそれで構わないのです。

 勿論、読んだ皆様がこれをどう思われるかは皆さまの勝手です。そのうえで、別の主題があるのではないかと探されても別にかまいません。実際別に主題ありますし。

 そのうえで『差別や虐待はイクナイ!』とか『国際化を進めるためにとりあえず難しい英単語をビシバシ使おう!』とかいってるだけのふざけたのにさえならなければそれで……。




「――そろそろ戻ってこいよ」

「何度言わせる気だよ……」


 痩せ形で影の薄い男、夜長よなが契司けいしの呼びかけをバッサリと切り捨てるように、男は吐き捨てた。

 少しばかり筋肉質だが引き締まった体はパッと見外から見ただけでは見苦しいとは思わせない。ある種の調和がとれた体型をした男のことを羨むように見ながら、夜長は飽きることなく彼を呼びとめる。


「待てよ――お前が妹の介護で休職中なのは知ってる。けどなぁ、お前は一つの艦隊の指揮官なんだぞ?副官だから今お前の雑務を一手に引き受けてやっているが、そろそろお前もうえとの付き合い方を覚えろ。そうでなきゃ――」


 旗艦が潜水艦と言う面妖な艦隊であるが、要するに国防の一番の要諦である二十九番目の海域強襲制圧艦隊の司令官であり艦長であるこの男が、こう言っては何だがたかが・・・妹一人・・・のために、そういう男ではないという印象のほうが彼の中では強かった。それほど夜長たちの目に映る渡辺暁という男は冷徹だった。

 ある意味では最も指揮官向きの男で、だからこそ上官からの信任も篤かった。それを蹴ってまで休暇を取る理由とは何かと聞かれれば、こともなげに暁は答えたのだ。妹が危篤で、長い看病が必要だと。

 一体何の冗談だ。家族の話なんぞ防大を卒業するまで、卒業して以降も終ぞ聞くことは無かった。やぶを突いたわけでもなく、窮鼠きゅうそとなるまで追い込んだわけでもないある日突然に休むと言い出したのだ。


 いや、百歩譲って休暇の理由はよしとして、だが復帰して以降はどうすると言うのか。まず間違いなく昇進は遠のくだろう。もしかしたら本当に――――

 最悪の考えがよぎった瞬間、衒うでもなく涼しい顔で言ってのけた。


「間違いなく左遷させられるか、クビだろうな」

「分かってるんなら――」

「だけどなぁ夜長、俺はもう間違えたくないんだ――――あいつには俺が必要だ。俺が付いていなければ、あいつは間違いなく死んじまう。手首かっ切るか、それともDV再発か、もしくはストレスかナ?どの道、あいつが癒えるまではどうしても無理なんだ。もう、あんなふうにしたくないんだ」


 怒鳴りつけたいのを必死で我慢しているところで、まるで今にも煙草でも吹かしそうなほど朗々と祭囃子まつりばやしのように空嘯そらうそぶくく。




 お前にも血が繋がっていない妹がいるんだ、分かってくれるだろ?




 皮肉だ。暁の言うことももっともであるし、確かに星崎由佳(義妹)がそうなれば、おそらく彼は正気を保つことはできないだろう。もしかしたら彼のような暴挙に及ぶこともあるやもしれない。そう公言してきておいて、今更そんな風に言えた筋合いでもないと知っていて――。

 どうしようもなく嫌な気分だ。親友と思っていた奴に見捨てられたようで……だが同時に気遣われたようで怒りのやり場がなくって、まるで思春期の少年同士が口げんかしているかのようで、そのうえであしらわれているかのようでやるせなかった。


 やがて暁は背を向けて彼との距離を離していく。まるでそれが、お互いの心の距離のようで、彼は一体あの豪邸で何を見たのか、それはそれなりに幸せな家庭で育ってきた夜長にはとんとわからないことだった。

 休日に家に帰省して、彼は見てしまったのだろう。嘯くその陰で、彼がこれほどの使命感に燃やされるほどの何かを。そのうえで、夜長にまで飛び火しないように彼らしいやり方で遠ざけるのだ。


「あばよ――もしかしたら次会うのは、査問委員会かもな」

「――――――――――――――――――――――――っ!くそっ!後悔しても、俺は弁護なんてしてやらねぇからな!」

「好きにすりゃあいいさ――じゃあな、色男。精々彼女ちゃんと妹ちゃんに囲まれてうはうはしとけ。時は金成ってな、今だけの特権かもしれねぇんだからヨ」


 公園から立ち去っていく姿を見送りながら、彼は再び喪に服すように、あるいは死刑台に送られる死刑囚のように首をうなだれ、どこを見ているともつかない視線を地面に投げかけていた。

 暁が使命感を燃やすほどの残虐な虐待が星崎由佳(義妹)の身に起こったらと考え、そして暁に対する反骨心が顔をのぞかせてはモグラたたきのように引っ込み、それを繰り返すうちにあたりは暗くなって、やがて運命のように彼はソレ・・と出会った。


 巨大だ。月影つきかげに隠れてしまってよく分からないが、それでも初老あたりの男性にしては珍しくも180cmはあるのではないだろうか。そんな巨体が、自分を見下ろしている。


「君は第二十九海域強襲制圧艦隊司令官渡辺暁付き副長、夜長契司一等海尉だね?」


 それから一年後、碌に功績がないはずの渡辺暁は二等海佐に昇進した。







 兄さま兄さま、と呼ぶ声が聞こえてくる。彼、渡辺暁は億劫そうに布団から首だけを出して、声の発生源に目を向けた。


「兄さま!先ほどテレビで――――」

「そうかい……良かったな」


 寝不足なのを隠して、目の前ではしゃいでいる(明野)の頭を撫でると、まるで子犬か何かのように目を細めて喜んでいる。

 もしも彼女の臀部でんぶのあたりに犬の尻尾があれば尻から取れるのではと思うほどブンブン振り回しているだろう姿が簡単に想像できる。その姿が愛らしくて、彼、暁はなおのこと妹の頭を撫でまわしてやった。


 あの物置小屋で発見してから半年、そしてこの生活が始まって早二カ月。少しずつ家は元の状態に戻り始めていた。

 同時に、これまでどれほど家に、自分の身の回りに無頓着だったのかを思い知らされた。

 中学からすでに防衛高校受験を目指し勉強に励んでいた。その間も、今これほど溺愛している妹がこんなことになっているとは露とも知らなかった。彼にばれることがないように徹底的に隠されていたのだ。

 ガリガリにやせ細り、それでも必死に生きようともがく姿を見てしまった。痩せぎすの体中に痣や傷跡を残しながらも耐えていたのだ。

 それを目の当たりにしたとき、強い衝撃とともにそれが弾けるように脳裏を駆け巡った。


 何が学歴か。何がエリートか。実の妹の窮状を知らずにのうのうと生きて、その結果この始末だ。これでは散々見下してきた同級生かれらのほうがましな人間ではないか。

 自責の念は止まず、意図せずして彼はいまだに細い彼女の肢体を折らぬよう、まるで壊れ物を扱うかのようにゆっくりと抱きよせる。

 華奢で、薄皮一枚でも剥がれれば、身体を流れる血の一滴でも滴れば死んでしまうのではないだろうかと思うほど、その身体は柔らかくも脆い。儚く、そして小さい。まるで手のひらに収まるほどの人形のようでいて、同時に壊れなくて良かったとも思っていた。


「――兄さま、大好きィ…………大好きデすゥ」

「……そうか」


 本来灯されるべき光を失い、暗い暗黒を宿した井戸の底のような仄暗いそれが彼の瞳を射抜く。うっとりとした表情でつぶやかれる言葉は、けれど同時に彼を縛る鎖と化して彼の肢体を雁字搦めにしていくのだ。

 脅迫とも違う。だが愛の言葉ともまた違う。では何かと聞かれれば、それは彼に彼の罪を意識させ、彼の彼自身の彼によっておこされた過ちを基幹に紡がれる呪いの類としか答えようがない。

 呪詛の毒が、全身を巡る痛みの記憶が彼を離してはならないと意図せずに力の入らない痩身を無理やりに駆動させ、非力な筈なのにまるで万力のように締め付ける。もう、目を背けることは許されないとでも言うように。

 暗い暗黒のような瞳の奥底で、彼女は一体何を考えているのか、それをすら考える暇もなく、彼はいまだに痩せこけている彼女の身体を力いっぱいに抱き締めるしかなかった。


 やがてぽつりと彼女、明野は独白し始めた。

 暁の胸板に擦りつけていた頭を、その瞳が暁の瞳と対角線になるように合わせて、甘いとも辛いとも表現しようがないその声が耳目を震わし目を背けることを許さない。

 まるで蛇に睨まれたかのように目を逸らすことはできず、彼女はこれまでに幾度となく行ってきたこのやり取りをもう一度再生リピートする。


「兄さま、明野は怖いです。またあの暗くてじめじめした部屋に逆戻りしてしまうのではないかと思うと夜も眠れません……」

「明野……」


 自分が付いていなければならない。彼女を守れるのは文字通りに自分だけなのだから――そう思うほど、これはただのマインドコントロールに過ぎないと別の自分がひょっこりと顔を出し冷静に吐き捨てる。

 生き残るためのすべとして、学習してしまったのだ。これまでに現れてくれさえしなかった味方に甘えろ、己を守れる存在は貴方だけだと言い募れ、と。


 彼女は少なくともそれを異常だとは思っていない。少なくとも自分を生かすためには当然のことだと認識している。そういう風な価値観しか与えられなかったのだ、これまでの十年間で。

 掻き抱くようにして強く強く、彼女が求めるままに抱きしめてやる。そうしてやらなければならない。少なくとも、自分だけは、彼女の味方でなければいけないのだから。

 親を親とも認識できなくなったって構わない。彼女の傷が埋まるまでは――そう、彼女が前を向けるようになるまでは、守っていく。


 落ち窪んだ瞳孔を虚空に投げながら、明野は縋るように暁の耳元でそっと、いっそこそばゆいくらいの声量で問いを投げかけてくる。それはまるで黙示の天使ガブリエル預言者ムハンマドに与えた預言がごとく、暁の心の中に小さな波紋を起こして染み込んでいった。


「兄さま、兄さまだけはいなくなりませんよね?兄さまだけは明野を愛してくださいますよね?」


 切なくも儚いその小さな体温を感じながらはっきりと、彼女と同じように、出来るだけ怖がらせないように努めて小さく声を抑えながら、それに答えた。

 他人がどう言おうと知ったことか。少なくともこれは、この愛だけは、真実だと胸を張って言えるから。


「――勿論だ。俺も、お前のことが大好きだからな」




 かくして兄妹けいまいは時を同じくして壊れて行く。だが、もしかしたらそれが一番幸せだったのかもしれない。

 少なくとも、お互いだけしか見えない現状こそが――――。






 夜長契司さんと星崎由佳さん、家庭がすごくややこしいようですが、そちらは設定資料集のほうに明記しときましたので、設定資料集の投下をお待ちください。勿論、フロム脳よろしく考察されても良可ですよ。そんなに考察できるほどヒントが少ないわけではないので簡単に答えにたどりつくでしょうけど。

 一応“渡辺明野の始まり”という意味を込めて“竣工”としました。

 もうお気づきの方も多いかもしれませんが、サブタイトルを二文字にしているのは理由がありまして、話の内容的にしっくりくる二文字熟語からサブタイトルを決めております。そのため目次で見ていただければ一目瞭然ですが、サブタイトル全て二字熟語で統一させていただきました。

 なんか一話目と二話目まではノリで決めていたんですけど、なんだかだんだん『二字熟語にしなければならない、私はそれを――強いられているんだっ!』ってなってしまい、話を書くのよりもサブタイトルの二字熟語に終始『オゥッ!(←上田教授の鳴き声)』と言わせられましたww六話のあたりは話を書くのにも足りなさすぎる語彙力を総動員して、一日一日知恵熱が知恵熱を呼びオーバーヒートする寸前までやってようやっとあの廃クオリティ(←捨てるに値する残念クオリティの略)で、そのうえサブタイトルにも悩まされましたwwだってホントは六話におまけ程度に入れておくはずだった話が七万文字の制限に引っ掛かって遠心分離するとは思っていませんでしたからww

 ですので『第六話が決戦なのに第七話って……』って感じで、二日ばかり悩んだ後に『決戦』にしましたww

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