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第一話 ~出撃~

 文学フリマ短編小説賞に出す予定だった短編です。4万文字以内で納めるつもりでしたが、やはり文章の量が多くなってしまうので小分けすることになりました。

 薄暗い司令室を年も背格好も様々な男女が行き交っていた。

 寄せられる報告、説明を要求する政治家。責任は何処にやるべきか、誰が責任を果たすべきか、誰がどのように処断すればよいか。指令室は史上初めてのこの一大事に誰もが騒然としていた。


「おい!第三十六女子前線艦艇科決戦艦隊にはまだ繋がらないのか!?」

「強襲制圧艦艇科にも打っていますがジャミングが激しく――」

「良いから事実確認を急げ!世間の平和論者が水を得た魚のようにこっちを糾弾してきてるんだぞ!」


 一人の男、階級章を見るに一佐だろう男が三尉の男に怒鳴りつけた。

 指令室を揺らす罵詈雑言。それを前に首を切られたくなかった彼らは一心不乱に寄せられるデータとにらめっこを始める。

 まともに得られないデータ。ただただ反逆と言う言葉が重くのしかかる。いったい何が不満か、いったいどうして御国を守る矛を――指令室の空気は最悪を通り越して腐っていた。

 そんなとき、一人の通信手の手元のモニターに一通のメール文書が送られる。


「第三十六女子前線艦艇科決戦艦隊の担当駆逐艦艦隊旗艦ハヤタカより文書が届けられました。間違いなく近付いてきた駆逐艦隊のスラスターを狙っての砲撃だったようです!その後女子前線艦艇科所属イージス戦艦大和改および訓練時に合流していた第二十三強襲制圧艦艇科所属イージスシステム搭載空母蒼龍、戦艦空母比叡は日本海側に向けて舵を取った模様!」


 衝撃が指令室を襲った。本来ならその一息でかき消せる駆逐艦と巡洋艦で構成された艦隊を退け、現在も緊張状態の続く中国の方面に進路を取ったとなれば、戦争が起こるのは必至だった。

 一佐の男が椅子に力なく座り込むと同時、扉が開かれ一人の初老の男性が入ってきた。階級は中将。優しそうな物腰にしっかりと整えられた髭が特徴的ともいえる好々爺然とした翁だった。


「――艦隊旗艦大和改の艦長の名は」

「国立防衛高等学校所属三年生、渡辺わたなべ 明野あけの一等海尉です!」

「――現在時刻1545より、国立防衛高等学校所属第三十六女子前線艦艇科決戦艦隊を国賊として国際法に則った処罰を下す」


 再びの衝撃。中将の口から発せられた言葉のなんと恐ろしいことか。下手をすれば外患誘致や外患援助で死刑が決定していると言うような物だ、それは。

 年端もいかない娘たちを国賊として処罰する、世論がゆるさなかろうが関係ない。これは決定事項なのだ。今この瞬間にも国民が危機に晒されている、ならばその危機を取り除くのが我々国防自衛軍の務めだと、翁は諭すように語った。

 老練で屈強な男の声が指令室をこだまして全ての人間の心にしみわたった。


「――関係各省に通達。第三十六女子前線艦艇科決戦艦隊は現時刻より反乱軍とし、これを逮捕ないしは撃滅する旨を伝えろ」


 腐った空気は一新され、毒を孕んだ空気によって人々は喚起された。そう、一人の歪んだ思想の持ち主によって。

 既に賽は投げられた。あとは譜面をなぞればそれだけでいい。それこそが計画成功の近道で、故に彼女たちには生贄になってもらうしかない。もとより、女の身で男の戦場をけがしたのがいけないのだから。


「清き清浄なる海のために、君たちは選ばれたのだ。その栄誉を胸に、逝くと良い」


 指令室を出た男は、しっかりとした足取りで、けれど淀んだ瞳は何処か別の場所を映して輝いていた。これが全ての始まりだと言わんばかりに。







「艦長、通信手が傍受した秘匿回線ですが、どうやら我々は国賊として指名手配されたようです」

「――そうか」


 藍色の髪が特徴的な女が、黒い髪をベリーショートにして軍帽で押さえつけている女に報告した。その眼からは困惑と憤りの表情が見て取れ、ちょっと前まで怒りに燃えていた女の心はその眼を見た瞬間に冷めきった。


 人と完全に同調できない。それが原因で親から不遇の扱いを受けていた彼女は、全寮制である国立防衛高等学校に入学して三年間、そして今度は佐官への任官を目指して、新入生のオリエンテーリングを含めた遠洋警邏の任に就くところだった。

 それが出てみれば、このざまである。突然の海域を担当する艦隊からの砲撃。それでも流石は戦艦と重巡洋艦で構成されているだけあり深刻な損傷を受けることは無かった物の、それは確実に乗組員の心をむしばんでいた。


 無言の殺意。死を体現するかのような熱線。退路は既になく押しとおるよりほかにはない。けれどそれは重大な命令違反でありそして反逆行為でもある。両方向に揺れ動く彼女らを導いたのは艦長である彼女、渡辺明野だった。

 軽巡洋艦と駆逐艦による攪乱の後に散布した機雷源におびき寄せ航行能力を奪う――この時代、機雷一発一発の簡単な遠隔操作技術などはとうの昔に確立されており、それを利用してスラスターを破壊したのだ。

 その采配に間違いは無かったと、副長である星崎由佳は思う。

 ほぼ死傷者を出さず、主機関を破壊するなどせず、勿論武装を破壊するなどもせずに簡単な修理だけで済むようにしたのだから、ある意味でその采配に間違いは無かった。が、ことここにおいて明野は己の失策に気が付いた。


「――仕組まれていた」

「は……は?」

「仕組まれていたんだよ、これは。ようは我々が攻撃してきたという証拠さえあればよかったんだ。損害の如何に関わらず」


 艦隊は即時集結を前提に足の速い艦で構成されており、補給艦や空母に至っても機関出力の底上げなどの改良が図られている。そのため、逃げようと思えば難なく艦隊から逃げることは可能だった。

 いや、そもそも逃げ出したところで今度は物資の横領で報告されていたやも知れない。ここに来た時点で、自分たちの運命は決められていた。国賊として後ろ指を指されると言う運命に。


「――全艦、全乗組員に通達。これより我々は日本国国防自衛軍国立防衛高等学校担当士官の指揮より離れての任務を開始する。これは極秘作戦であり満足な補給も認められないため、総員物資の使用は最低限に抑えるように。任務内容は追って指示がある。それまでは通常の遠洋警邏に努める様に」


 そんな物、十代中盤から後半の、まだ保護されることが当たり前だと思っている子供の抜けきっていない彼女らにはこくすぎる。理由ワケも分からずに国賊扱いされ不当な処罰を受けるなど、そんな物認められるわけがない。

 気休め、時間稼ぎ、あぁどうとでも言うが良い。要は彼女、渡辺明野もまた一人の女であり、この状況に恐怖し内心びくびくとおびえていた。


「艦長、それは――」

「分かっている。気休めだが、希望は持ってもらうべきだ。直ぐにばれてしまうかも知れんが、それまでは希望と栄誉を持って仕事に励んでもらいたいのだ」


 副官には分かっていた。彼女がこの状況に怯えていると言うことが。

 副官、星崎由佳は思う。本当は貴女が希望を持ちたいのではないかと。けれど艦橋要員にばれないように、そのことを口にすることは避けた。


「これより艦橋要員には緘口令を敷く。構成員全員がこの異常事態に気が付くまでの間、この事実を乗組員に吹聴することを禁じる」

「了解しました!」


 くろがねで構成された山々がその身を霧の中に隠す。ここに味方はいない。この艦隊だけが味方であり、そして敵は己らに攻撃する全てである。


 戦いぬく、そう戦いぬく。いつか誰かが気が付くまで、戦って戦って戦いぬく。艦長である渡辺明野は己の恐怖を押し隠し、強く決意する。いや、そうでもしなければやっていられない。

 認められるものか。既にこちらにも被害が出ている。先に攻撃され、それを受けて沈めと言うのか政府は。そんなことは断じて許せないし、そして何より死傷者など出してたまるものか。ここには、この艦隊には年端もいかない少女が何百人と乗り込んでいるのだ。一人たりとて欠けさせない。全員で胸を張って母港に帰れるように、その想いが明野を突き動かしていた。







 反乱の報が緘口令を敷かれた日本国内でまことしやかに語られ始めた一週間後、ある場所で一人の男が無骨な戦闘機を見上げて整備兵に言った。


「こいつの名前はなんて言うんだ?」


 軽薄そうで、けれどどすの利いた声。威圧感まで放たれてはいないが、けれどその言葉は重かった。

 まるで戦場その物。この男に目を付けられたら全てが焼け野原になったとしても追いかけられるだろう、そう地の果て海の果てまで、三千大千世界の悉くを燃やし尽くして、そして笑い飛ばすのだ。そういう捕食者の匂いが、整備兵には感じ取れていた。


たい対消滅ついしょうめつ機関用振動弾頭搭載型超音速重爆撃戦闘機“ダインスレイブ”です」

「ドヴェルグ一族のダーインの遺産。血を求めて吸い尽くすまで鞘に戻らねえってらしいな。俺にぴったりじゃねぇか、なぁ整備兵君?」


 問いかけてくるその瞳はドロドロと汚れているようで、実際のところ今を生きる人間の中ではとても純粋な方と言えた。

 まさしくダインスレイブ。血を吸い尽くすまで鞘に戻らないと言う魔剣の主として、いや魔剣の刃としてこれほどまでに似合う男はいないだろう。


「っは!現状ダインスレイブを完全に機能させられるのは世界中を探したとしても少佐殿以外にはいないでしょう!」

「ハハハッ!嬉しいこと言ってくれねぇ!気に入ったぜ整備兵君、名前を教えてくれよ」

篝火かがりび 八雲やくもと言います!」

「へぇ、良いんじゃない。読みやすくて響きも俺好みだ。――よっし整備兵君、君を俺の専属整備士として引き入れようじゃないか!」


 陽気な男のその言葉に整備兵は己の耳を疑ったが、逆に聞いていたうわさ通りだとも思った。

 馬鹿みたいな言葉づかい、一見大らかにも適当にも見えるその立ち居振る舞いは味方であるという事実に安堵させる。こういうタイプの人間が一番切れたら怖いタイプなのだと経験で整備兵篝火八雲は知っていた。


「こいつで早速反乱だか何だかおっぱじめやがったカワイコちゃんたちとデートに洒落込むかぁ!」

「発進準備は既に整っています」

「用意がいいし気が利くねぇ、好きだよそう言う仕事に対する姿勢。……んじゃまぁ、ちょいと陸の奴ら黙らせるためにも、証明して見せようじゃないの。ダインスレイブコイツとだったらそれが出来る」

「御武運をお祈りしております!――ハッチ開けぇ!ダインスレイブが出るぞぉ!」


 整備兵の怒号に何事かと周りが慌ただしく動き始め、しばらくしてハッチが開かれ空母の甲板上に踊り出るとダインスレイブは、それに乗る“少佐”は早速エンジンに火を付けた。

 単純な核融合炉による核パルスエンジン、その緩やかな曲面を描く尖塔から火が噴きこぼれてゆきダインスレイブを少しずつ押し出していく。少しとは言ったが、通常動力戦闘機における普通の数倍はある。


「こちら“少佐”対対消滅機関用振動弾頭搭載型超音速重爆撃戦闘機ダインスレイブ、発艦するぜ!」


 マッハ5、気が付いた時にはその台詞を残してダインスレイブは遥かな上空にその身を投げ出していた。音速の実に約五倍の速さだ。それが海を突っ切り空を切り裂いてとある艦隊に向けて直進していた。

 しかしそれならコクピットが相当な振動に晒されるはずだと思うが、そんなことは無かった。ともすればいっそ快適な位に静音がコクピットの中を包み、空を突っ切るあの耳をつんざく音などの一切がコクピットには無く、あるのは計器の作動する静かな音と少佐と呼ばれた男の息遣いだけだった。

 これには男も驚いていた。最新鋭のステルス重爆撃戦闘機と聞いて、いったいどれほどのじゃじゃ馬かと思ってみれば、以外と言うよりも呆気ないほどにその操縦は簡単で、かつ気を散らすあの雑音の無い静かな世界が待っていた。


「ハハッ、こりゃあいい。最高じゃねぇの。流石は技術大国日本!ってな。核融合炉をここまで小さく畳んで、その上円錐状のバーニアで押しだそうなんて、アメ公どもでも考えつかねぇぜこんなのよぉ」


 計器を見るあいだも、男はこの戦闘機を作った技術者と整備兵の腕を誉めていた。これほどの戦闘機ならば反乱軍の一つや二つあっという間に撃滅出来るだろう。そう言う意味で言ってしまえば男は舐めていた。他ならぬ彼女たちを。







 その頃、第三十六女子前線艦艇科決戦艦隊は騒然としていた。いや、事情を知る各艦長や艦橋要員以下の乗組員が騒ぎ立てていると言った方が正しいか、少なくともそれは彼女たちが騒ぐに事足りることだった。


 日本の艦艇からまたも砲撃を受けたのだ。

 以前から任務内容に関して乗組員たちは懐疑的であった。それならばなぜ未だに任務内容が知らされないのか、なぜ駆逐艦艦隊から攻撃を貰う羽目になったのか、その説明が一切なされなければ不信感は自然と募っていくばかりだった。

 そこに輪をかけるように日本国籍の最新鋭超音速戦闘機が艦隊に近づいていると言うではないか。


『あ、あ~聞こえる~?反乱軍のオニャノコたち?』


 軽薄で、けれど重苦しい殺気と狂気を孕んだような男の声。まるでこの世の全てを焼け野原に変えるかのような無邪気さと、そして地の果てまで食らいついて離さない猟犬のような、けれど残忍さまでをも兼ね備えた酷薄さを持つ声。

 この男は何の躊躇ためらいもなく沈めに来る。それこそ多少なりとも罪悪感から手心を加えてきた海自の正規艦隊の連中とは違う。何の躊躇いもなく、笑ってわらってわらいながら何の抵抗も葛藤もなく殺しに来る。まさしく戦争屋だ。


『ごめん、時間無いから用件だけね――実は君たちの艦隊にプレゼントがあってねぇ、そのプレゼント、気に入ってくれると良いんだけど……』

「右舷後方距離5000キロより高速飛翔体を確認、巡航ミサイルです!」

「両舷全速面舵!振り切れ!蒼龍および比叡に電文、艦載機の発艦を急げ!」

『喜んでもらえたみたいだねぇ、んじゃまぁ!頑張ってねぇ!』


 白々しい。そしてそう思うならお前は精神病院で精密検査を受けた方がいい。この声を聞いた人間は皆そう思ったが、それすらこの声の男にとっては揺さぶりでも何でもない言葉なのだろう。世の中に息をするように嘘を吐ける人間が居るのと同じ理屈で、こういう狂ったブギーマンも世の中には存在すると言うことを、否応なしに理解させた。


 何かを考えている風な艦長に代わり副長が指示を出すが、直後にそれは止められた。

 凛とした声がやめろと告げる。何事かと艦橋要員が驚いて振り向く中、一拍の間をおいて艦長、渡辺明野は砲術長に告げた。


「面舵60、艦体がミサイルと垂直になると同時に右舷主砲中間子メーザー砲及び副砲パルスレーザー砲を使って撃ち落とせ。予想が正しければ、あれはこちらの防御など簡単に打ち破れる。艦載機なんか出した日には奴に撃ち落とされるだろうな」

「でしたら尚更――!」

「――転舵した方がいいと?それは甘い。こちらはわずか60ノットに対し相手の戦闘機は恐らくマッハ5ほど。回り込まれて次弾を撃ち込まれるか、それかあのミサイルが転身して向かってくるかのどちらかだろうな。運良く逃げられたとしても、あれはそれすら織り込み済みだろう。確実にこちらは日本海溝側に舵を切るしか出来ない状態になる」


 まるで知っているかのような口ぶりに数瞬、艦橋に詰めていた少女たちは艦長の方に目を向けて、すぐさま言われたとおりに主砲を巡航ミサイルの飛来方向に向けて発射態勢に入った。

 すかさず副長である星崎由佳は明野の方に向き直り、疑惑の目を向けた。


「艦長は、あの戦闘機について何を知っているのですか?」

「いつか自衛軍のネットワークを閲覧していたときに目にとまった。対対消滅機関用振動弾頭搭載型超音速重爆撃戦闘機、長すぎるため名前を付けようとしていたがこれ以上の軍拡は世論が許さないために一般公募出来ず、自衛軍の将官や口の堅い上級将校で公募したそうだ」


 こともなげに言うその姿に嘘をついている風は無いが、その話を信じるとするならばその戦闘機はまさに現在の主力艦隊にとっても弱点になりうる諸刃の剣。下手をすれば己の首を切ることになるかもしれないと考えなかったのだろうかと疑うしかない。

 もしもそんな物が中国にでも渡ったらそれこそ今の緊張状態は崩れ去り下手をやらかせば第三次世界大戦が起こりかねない。


「たしかその時には名前が四つほど出ていたな。ダーインスレイブ、レーヴァテイン、雷切、ヴァジュラ。どれも血を吸い尽くさないと鞘に戻らないとか、ヴィゾーヴニルを確実に殺すとか、雷を切り裂いて半身不随になった逸話とか、ヴリトラを倒す為にインドラがダディーチャを殺して作らせた武器とか、碌な物がない。ある意味で皮肉が利いている」


 皮肉が利いているなどと悠長な、由佳も各艦橋要員も同時に同じことを想っていた。そんな持ち主にまで危害を加えかねないと暗喩するような名前ばかり、もっと他に無かったのかと言うのもそうだが縁起が悪すぎる。

 ならばなるほど、転舵するよりも反撃に出る方がよほど生存率が上がると言う物か。観測要員は納得しながらもレーダーに表示されている巡航ミサイルを完全に捉えて砲術長の方にそのデータを流していた。


「巡航ミサイル、有効射程内に収まりました!」

「随時発砲を許可する。出来るだけ一撃で落とせ」




 第三十六女子前線艦艇科決戦艦隊の旗艦、イージス戦艦大和改。その前部甲板に二基、後部甲板に一基配置された主砲が一斉に横を向き、目標の相対速度を計器が測定、砲塔の俯角仰角を算出し対消滅機関から対消滅時の残存物質で作られた中間子と莫大なエネルギーが砲塔内部、薬室内に設置されたレバーのような物の内部に注入される。レバーの外側、拳銃で言うところの撃鉄ハンマーが軽い音を立てて引き絞られた。


 発射態勢は既に整えられた。後は手元のボタンを押すだけだ。

 対消滅機関が出来上がってからと言う物、イージス艦やイージス戦艦の類は軒並みエネルギー弾頭が採用され、砲弾を砲塔に詰め込む人間が必要なくなり、魚雷や機雷に至っても完全機械化による自動制御でどうにでもなるようになった。

 故に砲術長は思う。この発射ボタンは米国大統領が常に持ち歩くと言う核の発射ボタンと同じ意味を持つのではないかと。いや、その責任はもっと重大だ。この発射ボタン一つで、発射されたメーザー砲の一撃で、その余波でいったいどれほどの人間を死に至らしめるのか。

 なまじ相手が駆逐艦や巡洋艦なだけに満足な自衛を行えないでいた。故に今この瞬間に至ってその重大さに気が付いてしまった。




 もしもその海の向こうに町があり、その一撃が何十万と言う人を焼き払ったらどうしようかと。





「――鉄装てっそう つづり砲術長、どうした?気分が悪いのなら代わりに押すが」




 艦長足る彼女、渡辺明野が心底心配でたまらないと言いたげな呑気な顔で小首をかしげながら言うが、砲術長である鉄装綴はその言葉に黙ってかぶりを振り、深呼吸をひとつしてボタンを押した。


 砲塔から某宇宙戦艦の様な音を出しながら進む白濁色の中間子メーザー砲。射程距離は坊ノ岬に今も沈む本来の大和の1.5倍ほどだが、その火力も超弩級戦艦にふさわしい超火力。それが都合九条の光線の束となって目標が通過すると予測された座標に向かって真っすぐ・・・・に進み、そして爆発音がした。


 命中した。


 他国よりも一世紀分は進んでいるという技術の、その代表たる五十口径四十六センチ三連装中間子メーザー砲。撃つ機会など戦争にでもならない限りはないだろうと思っていたそれが、初めて目の前で火を噴いた。


 爆発、爆発、爆発。


 煙が空を覆い尽くすように広がって近寄ってきていたミサイルが全て撃ち落とされた。後には何も残らない。

 たとえ中間子防御フィールドを破るための振動弾頭であろうとも、反中間子メーザー砲であろうとも、この巨大な艦砲の前には何も意味はない。全て原子よりも小さく破砕されこの世に留まることは許されない。

 砲術長である鉄装綴も、この光景には驚きを隠せない。

 無論、テレビ中継やDVDなどの媒体でその光景を見たことは幾度となくある。そのたびに憧れていた砲撃だ。だからこそ砲術長になったとも言える。けれどここまで間近でその白濁光を見れる日が来るなど思ってもいなかった。


 中国や韓国、北朝鮮やロシアが煩いが、それでも国際法に則った平和的な撃退方法と言えば、ある程度遠隔操作可能な機雷でスクリューを破壊するか船体に穴をあけるか。無論、海賊やテロ組織がいつ襲ってくるかもわからないためにこのように大仰な戦艦が作られはしたが、活躍した瞬間などここ最近では見たこともない。

 その幻とも言える艦砲射撃が今目の前でミサイルを撃ち落としていた。感動しないわけがなかった。観測手の絶叫がなければ。


「本艦隊に向けて前方50キロメートルからミサイルが!――あれ、後方60キロメートルからも!?」

「左舷側70キロメートル、右舷側80キロメートルからもだ!」

「艦隊直上を高速飛翔体がかすめて行くと予想されます!速度は――マッハ5です!」


 何処の宇宙を滅ぼす復活してほしくないロボット映画の発動篇かと思うような濃い弾幕。勿論、やろうと思えば大和改単独でも突破できないことはなかったが、こちらには空母も重巡洋艦も駆逐艦もいる大所帯だ。読んで字のごとく飛んで火に入る夏の虫だった。

 寄り集まればどれかが被弾した際に他の艦にまで伝播しこちら側は総崩れになること間違いなしで、端的に言って絶望的である。相手側は湯水のごとくこちらを完全に破壊できる兵器を所持していると言うのに、こちら側は戦闘機を発艦できない状況にある。発艦できたとしても、即座に落されてしまうのは通信してきた男の性格からして間違いない。

 何か打開策は無いか。

 艦橋に詰めている少女たちは恐慌状態になりかける。どう考えても手が足りない、足りなさすぎる。実戦経験も何もない彼女たちにとって、これはまさしく絶体絶命だった。


「鎮まれ」


 そこにこの状況下でも凛とした明野の声が響き、艦橋は水を打ったように静かになった。


「輪陣形を取れ。全方向から飛来するミサイルに艦の横腹を見せるように展開、そのまま輪を回転させながら主砲正射。直上を通過する戦闘機には煙突ミサイルをくれてやれ」

「りょ、了解です!」


 通信手が艦隊の全ての艦に通信をかける。間違っていようと間違っていなかろうと、どの道明野の言うことを信じるほかはない。他にいい案を出せる人間がいないのだから、艦長を信じて動く他ない。

 まだ負けが決まった訳ではない。敗北よりも生存の確率の高い方に舵を切れ。勝利なんてなくても構わない、敗北もなくて構わない。死ななければそれでいい。







「ハッッッハッハハハ!いぃじゃん盛り上がってきたねぇ!」


 男は歓喜していた。

 思惑通り転進するでもなく、ましてやミサイルの雨に身を焼かれるのを待つでもなく訳の分からん奇策に打って出る。これぞまさしく人間だと、これだから面白いと思っていた。


「輪っか描いてグ~ルグル回って、外側に主砲を向けて乱射ねぇ。波状攻撃に晒されているっつったって、もそっとましな方法があるだろうに――なら、もうちょっと遊ぼうか」


 面白い歌劇を見たとでも言うような笑みが男の顔に広がる。

 もっとだ、もっと楽しませてくれ。その抵抗する姿が、闇雲に悶えるその姿が堪らなく愛おしい。人間味があってとても興味深く面白い。

 そう、ある意味一点においては、男は彼女たちを愛しているとさえ言えた。死なないために戦おうとする姿が、窮地に陥っても取り乱さない指揮官に、そして何よりその仕掛け人をして驚嘆させるその度胸に。


 やはり違う。こいつらは上の言うような反逆者じゃあない。恐らく指揮官も何が起こっているか分かっているうえで戦っている。

 ならば見せてみろ。お前達に戦いきるだけの力と覚悟があるのかを、他ならないこの俺に示すのだ。それ以外に生き残る術など存在しないし、ここで躊躇うようならこの先生き抜くことは不可能だ。


「本当は好きじゃないんだよねぇ、こういう試すようなの。――まぁ、やるんなら本気でやろうさ!その方が楽しいに決まってらァな!」


 急加速。身体に掛かるGは嫌でも自分がこの闇よりも暗い世界に生きていることを教えてくれる。

 無言の殺意、敵意。あぁこれだ、これこそ戦場だ。これだから燃やし甲斐がある。そしてこの手によって闇に葬り去る予定の彼女たちが今この瞬間とても愛おしい物に代わった。その死に際まで、その死の瞬間まで残さず愛している。


 そう、人の可能性というのはいつだって死と隣り合わせの状況でのみ花開く。それを見せつけてくれる瞬間を心待ちにして、それを見せつけてくれるだろう彼女らがとても愛おしい。


 ――そうとも


「愛してるんだ君たちを!だから、俺に可能性(その先)を見せてくれぇ!」


 狂っている、応とも狂っている。そうでなくては始まらない。


 ダインスレイブと呼ばれた凶鳥は高く羽音はおとを響かせながらその軍艦の輪に吶喊とっかんした。





 SFです。誰が何と言おうとSFです。

 この時代の艦艇には動力源として対消滅エンジンが使用されており、対消滅のエネルギーで艦全体を駆動させています。ですのでfuel(燃料)は必要ありません。最後に出てきたダインスレイブは核融合炉による核パルスエンジンでマッハ5を出しており、此の世界のステルス戦闘機は現実の戦闘機よりも使っているエンジンがエンジンなのでとんでもなく揺れます。

 これから4話で話を終わらせます。ただ今までの短編同様に後味の悪い終わらせ方で行くつもりです。

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