未踏の黒姫
ーーーとある路地裏、一人の少女は目の前の光景に体が震え動けなくなっていた。
少し前まで彼女は輩数名に取り囲まれ、下品な常套句でどこかに連れていかれそうになっていた。
ちょっと冒険したかった、平和な日常から抜け出して何かが起きてほしかった。それは彼女の気の迷いから生じた事故だった。これからどこかのホテルに連れて行かれて、服を破られ、男たちの欲望のままに蹂躙されるに違いないと思っていた。自分の欲望に逆らえずこんなところまで来てしまったから、この人たちの欲望に捕まってしまった。だから仕方のないことなんだって、そう思っていた時だった。
ドカン!大きな音がした。最初は車が壁に激突した音だと思った。でも男たちが騒ぎだし、だんだんと状況が把握できてきた。車なんてなかった。代わりに見えたのは自分の周りを取り囲んでいた男たちが次々とブッ飛ばされ壁や地面に埋め込まれていく光景だった。その暴力の嵐の中心にいたのは黒色の美少女だった。彼女の超人的な運動神経による技の数々は目を見張る物であった。そしてあっという間に片が着いた。
彼女はゆっくりと近づきこう言った。
「けがはない?もうだいじょうぶよ」
声はアルトに近く落ち着きを感じさせた。路地裏に差すわずかな光が彼女の顔を照らし、率直にこう言ってしまった。
「きれい」
ブラックチョコレート色の髮に、飾りのようなくりっとした女性らしいまつ毛の長い人目を引くブラウン色の目、肌は雪のように白く、唇はぷるっとしていて妙にエロかった。つまり絶世の美女だった。
「・・・ッ!?」
彼女の顔は真っ赤になり、片手を頭の後ろに当てて恥ずかしがっている様子だった。それを見た途端、緊張の糸が切れて地面にひざをついた。
「おい!?だいじょうぶか!?」
彼女は頷き抱きかかえられた腕に包容力を感じた。
「あの、ありがとうございます」
「いいんだよ、そんなこと。もうこの辺近づくなよ。かわいい顔してんだから」
どうしてこんな上手な口説き方ができるんだろう。だから再び欲にかられた行動をしようとした。
「あなたはーーー」
「やばい!!もうこんな時間じゃん!!店長に早めに来いって怒られたばっかなのにー!!!」
「え、あの」
「あ、だいじょうぶ!!このことは桂サンも見てるはずだし、警察に連絡しなくていいよ。もうすぐ来るから」
「は、はい。じゃなくて、ええと」
「じゃ。そうゆうことで。アタイ、用事あるからもう行くね!」
そうまくし立てるように言うと、超人的な跳力で近くの屋上に飛び乗った。それを見て唖然としていると、タイミングを見計らったようにスーツ姿の男が数名、路地裏に入ってきた。
「11月5日、午後5時43分。少女誘拐未遂により逮捕。連行しろ」
初老の鋭い目付きの男はそう言うと、彼女の方を向いた。
「すまないが、君も同行してもらいたい」
「は、はい。証人が必要ですもんね」
彼女は当然のように答えた。しかし初老の鋭い目付きの男は彼女の目の前に立ち、こう言った。
「いや、残念ながら違う。あの子に近づこうとした君を簡単に返すわけにはいかない」
「・・・。何で」
「普通、こんな路地裏に少女が一人で来るわけがない。それには相応の理由があるはずだ。例えば都市伝説とか。君はそれを聞いて、現実逃避という欲に負けてここに来た。別に君はあの男たちに連れて行かれても、よかったと思っていたはずだ。なぜなら自分の欲望を満足させるためならどちらでもよかったからだ」
彼はまっすぐ彼女の目を見て更に詰めた。
「つまり、君が再びあの子に近づき今日のような行動を起こさないともかぎらない。だから私は君を放ってはおけない。私にはその責任がある」
説明は以上だ、と男は最後に言った。彼女はしばらく黙っていたが顔を上に向けて唱えるようにこう言った。
「黒羽あかりは本当にいたんだ。・・・ううん貴女を畏怖して人類はふさわしい名をつけたんだよね」
『未踏の黒姫』
十五年前、地球に人類の進化形態、人類よりも高度化した生物が誕生した。噂は広まり、ニュースにもなったが、不自然なほど何事もなかったかのように短期間で終息し、現在では都市伝説となった。しかし人類はネッシーや宇宙人のような存在として畏れた。人類とは違う新たな世界の王として。