銀河鉄道のチョム-女性OL編-
重力があるだと!?
宇宙空間に出て気づいた。
これは私に大いなる衝撃とショックを与えた。
宇宙と言えば最大の魅力は無重力である。
その期待を胸に秘め、私はこのWWRの運行する、地球初イトカワ行きの列車に乗ったのだ。
銀河鉄道ハヤブサはイトカワ直行便としては最速の便であり、また低価格でリーズナブルである事から私はこれしかないと思った。
が、しかし。
宇宙空間に出たらグラビティシステムが作動し、なんら地球上と変わらない環境下で宇宙の旅をする事になるなんて夢にも思っていなかった。
こうなってくると唯一の宇宙空間への体験が、脱出速度でとんでもないGがかかったってだけになる。多分3Gぐらいかかったぞ。私は体重60キロ弱だけど180キロぐらい重くなったと思う。体感だけど。
予想外だったから発射した瞬間につい「グェッw」っていう声を出してしまったではないか、恥ずかしい。
そもそも、グラビティシステムが稼働できるなら脱出速度運行時にもっとどうにかできただろ。そしたら変な声も出なくて済んだのだ。
色々思うところはあるが、銀河鉄道の醍醐味の一つ銀河駅弁を食べて落ち着こう。
私は地球東京駅で買った、やわらか煮込みハンバーグを取り出した。1480円と高めの物である。ちょっと奮発したのだ。
美味しそうな匂いがする。その匂いに私の空腹度が加速する。割り箸を割り、蓋を開けた。
なんじゃこりゃああああ!!
松田優作ばりの声をあげてしまった。
やわらか煮込みハンバーグのメインは名前の通り、やわらか煮込みハンバーグである。弁当の中央にあるハンバーグが、ハンマーで叩き潰されたスライムのように潰れていたのだ。肉汁はまわりに飛び散っており、弁当はそれは凄惨な姿と化していた。
「なんでや!!」
そう言わずにはいられなかった。
すると精悍な顔をした男性が声をかけてきた。制服を着ている、車掌だろうか?
「お客様、どうなさいましたか?」
いきなりの事で驚いてしまった私は、「うぇっ?ww」
と変な声で返してしまった。
次になんて彼に話をすればいいのか、私は高速で考えたがその思考はすぐに止まった。
彼のネームプレートが目に入ったのだ。
チョム・ポルムキン・E
あああああああ!?
どこの国出身なんだよ!!
顔を見ると碧眼金髪のイケメンである。
何があったチョム!どうしてチョムなんだ!君の顔は私の中ではヴィルヘルムなのに!
そもそもEってなんだよ。普通なら
チョム・E・ポルムキンじゃないのか?
昔の偉い人にジョン・F・ケネディっていたらしいし、そんな感じになるだろ!
「あの?お客様…」
うわぁっ!チョムが話しかけてきた。
私はとっさに返した。
「弁当の中身が予想外な事になってたのでつい…」
チョムは私の弁当を見ると、あぁ…という表情を見せ、脱出Gに耐えきれなかったんですねと言った。
彼は弁当のパッケージを取り、注意書きの部分にある、地球上でお食べ下さいの項目を指さした。
今から宇宙に行く奴相手に売るなよおぃいいい!
「ではお客様、何かおありの際にはお呼び下さい。」
私は軽く頭を下げチョムを見送った。Eの謎が解けなかったのが心残りだったが仕方あるまい。
とりあえず私は一息ついて、潰れたハンバーグを食べようとした。
「じいちゃん!なにあれー」
二つ前の席に座る、小学生ぐらいのボウズ頭の少年が窓の外を指していた。
おじいちゃんはスペースデブリじゃなと答えていたが、私も少年につられ窓の外を見てしまった。
なんかゴタゴタある中に一際大きい塊があるのに私は目が行った。
その大きな箱のようなスペースデブリにはWCという文字が…
宇宙簡易トイレかよ!
宇宙工事業者しっかり片付けろよ!
べちゃ…
私は音と共にその音がした方向、弁当へと目を向けると、箸で掴んでいたハンバーグが落ちて弁当へと帰省していた。
それを見た瞬間、脳内でジャージョボボボとトイレの流れる音がした。そのハンバーグはもはやあれだった。食欲が失せた瞬間である。あの子供が黙ってゲームでもしてれば私がWCの文字を見ることもなかった。そうすればこの連想ゲームが起こることもなかった。厄日だ。
私はそっと弁当の蓋を閉じた。
やわらか煮込みハンバーグの文字が恨めしい。
なぜ、こんな事になったのか。
それは、社員旅行の前日に火星インフルエンザにかかったからだ。
そして皆は翌日に楽しく金星へと旅立った。
しかも、そこでカップルが一組できたらしい。後輩男性社員が金星で言った「君はヴィーナスだ。」は社内の流行語大賞間違いなしだった。
楽しそうな旅行の話を聞くたびに、悔しさと怒りで戦いの神が憑依しそうだったよ。
火星インフルエンザになったけど。
あまりにも腹が立ったので有給とって宇宙旅行してやろうと思ったら、やわらか煮込みハンバーグだよ。チョムだよ。トイレだよ。
とんとんとんぽーん。
一人で愚痴を漏らしていると車内アナウンスが流れた。
「これよりワープ走行に入ります。ワープ走行中はグラビティシステムが稼働できませんので無重力状態になります。ご注意下さい。ワープに切り変わり次第無重力状態になりますのでシートベルトを着用して下さい。ワープ走行3分前です。」
チョムの声だった。
私は特に手荷物も持っていなかったしシートベルトをしめた。
まさかのワープ走行中の無重力。宇宙空間をゆっくり眺めながら無重力を味わいたかったのに、あの光が走りまくるワープ空間の中で無重力なのか…赴きもクソもないではないか。
銀河鉄道ハヤブサはダメだな…
観光用ではないし安いパック買った私が悪いんだけどさ。
「ワープ走行1分前です。」
私は初めての無重力に期待をしながらワープ走行を待った。こういう時の1分間は異様に長く感じるものだ。
「ワープ走行に入ります。」
窓の外が光り始め、カーン!と高い音がした瞬間に体の重みが無くなったのを感じた。
これが無重力!!
私は感動した。シートベルト着用サインが消える。私は即外した。体が浮く!浮いてる!
とはしゃいで一回転した時、ちょうど自分の席が目に入った。
そしてあることに気づいた。
やわらか煮込みハンバーグがない。
しまった!あいつはシートベルト着用してない!
手荷物固定袋に入れるのをすっかり失念していた。
私は周りを見る。弁当の蓋が外れ中身がこぼれて浮遊していた!!
のぉおおおおおおおおお!?
私は回収すべく動いた。慣れない無重力空間である、天井に頭をぶつけてその反動で自分の席に叩きつけられた。
グェッww
気持ちいいぐらいにうめき声が漏れた。
しかしそんな私の苦労もしらず、やわらか煮込みハンバーグは自由に浮遊を続けている。
奴はそのまま車両の自動ドア付近まで、もう間に合わない。
べちゃっと扉にあたってクリーニング代支払いの未来が見えるー!
あぁもうダメだ。
そう思った瞬間、自動扉が開いた!
何故だ?
私のそこからの視覚情報はスローモーションで処理された。
徐々に開いていく自動ドア。その向こうに見える人影。
その人影は精悍な顔立ちの碧眼金髪の青年…
チョム・ポルムキン・Eだー!
チョムは開いた扉から突然自分に向かってくる物体Xに気付いた。とっさに避けようとする、しかし無重力状態である為咄嗟に動く事ができない。
そして顔面にぐしゃあーー
うわぁあああああああ
やわらか煮込みハンバーグが
とつぜんチョムにハンバーグにーー!
チョムの最後の表情が頭から離れない。そいつが何なのかがわからない恐怖、とっさに動けない恐怖、そして自分の未来が見えている恐怖。
たった数秒の間に彼が抱えた恐怖の数はどれ程であっただろうか。
ちなみに彼が顔面で受け止めてくれたおかけでクリーニング代はどうにかなった。彼が顔面にそれを浴びた瞬間、母国語だろうか?よく分からない言語で騒いだ。結局出身国も分からなければ彼の名のEの謎も解けなかった。