【07】移動途中Ⅱ
「……《カムオル》って後何日?」
アイの率直な問に困るのは、僕とアリカ二人であった。帳とヤマキは、四輪車――カートの操縦中でこの会話には参加していないからだ。既に二十回の同じ問に苦しめられている。――どんな拷問だよって言いたくなるけど、景色が全く変わらないのは困りモノだと思います。
アリカが小声で
「おい、貴様。答えてやれよ、彼女とは俺らは無関係だ」
それはそれで、凄く可哀想なのだろうがアリカの言い分も少しは納得できる。彼らと三日も一緒に暮らしていれば、彼女――アイと他3人は少しでも反りが合わないと、いうか色々と違うようで。
「ふざけたことを。たった八十時間前はおまえとも無関係だったさ、アリカッ」
「てか、眠いんだけど」
じゃぁ、寝なさいと返したいが、今のアイにいろいろ返答すれば、攻撃されると解っているので、うかつに何もできなかった。何だか、彼女は機嫌が悪い。
森のなかで、現在の空は真っ黒に染められていた。四輪車に乗ってるアイの炎が唯一の明かりであった。
何をしているのかと問われれば、「あ……うん」と何か解らない返答をしてしまいそうな、凄く何もない時間だった。別に、何をするわけでもなく絶景な景色も拝めない。どうして此処にいるのかも説明のしようがないような状態。
故に――――とてつもなく暇。
少しでも、打ち解けようと思っても、既にアリカとは喧嘩ができるレベル。それに、アイとは何だか一方的に懐かれているようだ。小動物的な彼女の仕草にはドキッとする場面もあったが、この状態では、何もする気が起きない、彼女を見る気力もない。
別に知りたい情報も無いし、興味もない。僕等には、共通の話題が無いのは解ったことであるのだが、まず、この不気味に紫に染め上げられた木々の見えない所まで進みたかった。
この不気味な森に入って、早半日以上。景色が変わらない。ずっと同じ所をグルグルしているようだが、帳いわく真っすぐ行けば多分進めるらしい。
なんて適当なの?と言いたいところであるが、当のアリカが絶対の信頼をしているというのだから、それ以上言えないのが現実。更に、北とは言え、それ以外の情報がないので今は、帳を信じるしか他はなかった。
この退屈は、多分僕が変わったからなのだろう。前までは、生徒会室に何日も篭っても大丈夫であったはずなのに。でも、もう関係ない。今の僕が僕なのだと言い聞かせてからその思考を打ち払う。
「地図では、あと4600kmだね。」
僕は言い切った。百キロくらい鯖読んでるけど気にしない。一日50km歩いても100日近く。車や、自転車ならもう少し早いものを。技術というのは凄いのだなと感じさせてくれるシーンである。それは、人間の最大の利点、最大の発明だろう。
「何もすることがないから、しりとりしようか。最初が俺で、『しりとり』」
「『りんご』」
暇なので、まぁ時間を潰すか。僕はしりとりに参戦した。
◇◆◆◆
「と……『蟷螂の斧』」
アリカは、ゼェゼェと肩で息をしながら吐いた言葉がこれだった。既に10日が経ち、勝負はことわざに入りこんでいた。《カムオル》には、もう10kmを切った所にいる。
結構最近に捨てられたと思われるトラクターに五人は乗っていた。二列シートの後ろに僕と、アリカ、アイが乗っていて前の運転席、助手席にヤマキ、帳がそれぞれ乗っている。
それで、一気に距離を進めていた。一日十二時間以上の走行。アリカと僕はずっとしりとりをしていた。アイは、本を全て読んだか、凄く退屈そうに窓の外を見ていた。
近頃は、地球の木に近いような緑が増えてきたので、でも砂漠地帯のほうが多いような気がしていた。
――と、いうか。あまりにもしりとりにムキになるのでとても26歳には見えない。
「『嚢中之錐』」
ふたりとも、意味を理解して続けているので凄いなぁと、アイは思っていた。小馬鹿に試合が進んでいく。
「『流言蜚語』」
「『豪放磊落』」
そこで「うっ」っとアリカは少し呻く。もう何もネタがないのか。それとも、何かが喉に詰まったか。この頃肉しか食べていないので、凄く健康に悪いというか、ビタミンが足りない。
「く……く……楠木……正成」
「誰だよッ!!!」
僕は思わず突っ込む。今まで人名が無かったのであるから、ほとんどの単語を使い果たして人名を出すのは仕方がない。しかし彼は誰なのだ。
「1500年前くらいの人物だ。……辞書によれば、神らしい」
ニヤニヤと。まぁ、辞書に乗っているのなら、仕方がない。で……次は『げ』で
「月下――氷人」
「……」
「……」
「…………」
「あっはっはーー。『ん』だって。10日続いたしりとりが遂に終わりました――。こうくんどんまい――。はっはっはー、はひッお腹痛い――」
シーンとしている車の中で、アイだけが笑っている。とても。悲しい。
全然アイの性格が解らないのは僕だけか。10日ずっと黙っているかと思えば、次はこうだ。
二日前のアリカが言っていたが
『……凄く正反対なんだ。凄く……こんなに下品な人とは分からなかった』
って残念がってたけど、別に下品ではないと思う。まぁ、特徴的とは思うんだけどね。可愛いし、そこらは打ち消し合って……。それと、彼女は言葉を結構濁すので理解に苦しむのも事実。
約束か知らないけど、食事中には「あーん」なんて云って食べさせてくれるのだが。何だか、好意を向けてくれているのは解っているようだが、それを面白がっている節もある。
前は、決してそんな人では無かったようだ。誰かに好意を抱くこと。それと一人に対して、凄くからかうような。
――まぁ、こんな人のほうが、僕はやりやすいけどな。
と、思って流していたのだが。……今回は酷いだろう。10日以上続いていてストレスも溜まりまくる状態で、そんな状態でやっていたことも不思議だが、そこで笑うのは、少しばかり空気が読めなさすぎている。
せめて、慰めて欲しかった。それが、最大の好意なのだとしたら何も言わなくてよかった。
この勝負の勝ちはアリカだった。負けた方、つまり僕が勝者――アリカのいうことを一つ聞かないといけない、ということで。
「ハァ―で?」
「ああっ!?」
僕が、何をすればいいか聞こうと思えば彼はキレていて。
「俺は寝る。起こすなよ、絶対」
寝不足からの目の下をこすりながら狭い車内で横になっていた。
荷物をトラクターの荷台に乗せて飛ばないように結界がはってある。
後ろの座席は、アイ、僕、アリカの順で、アリカが僕の場所にも陣地を進めてきたので仕方なくアイの方に詰めた。肩と肩が触れるほど近く。
少ないですが更新しました。
テストの結果が散々でした。欠点だらけ。現代文の異常な良さにびっくりしましたが。