座敷童子
机の上に風呂敷に包まれた平たい物が置いてある。
また何か買って来た……。
教授の研究室はガラクタで溢れている、もっとも本人に言わせると大事な研究資料らしいが。
資料らしい物も確かにあるけれど欠けた茶碗や皿、そこの抜けた桶、古い唐笠を資料だから大事にしまっておいて下さいと言われても正直困る。
場所は有限なのだから。
「教授、これ以上物を増やさないと約束したじゃないですか。」
「これは出張のお土産ですよ、お土産。凄く縁起が良いものなんですよみやさん。」
「岩手出張のお土産ですか、フィールドワークで忙しくて買い物も出来なかったと仰っていませんでしたか?」
すると、もうすぐ60になる教授が宝物を見せる子どもみたいに得意げに風呂敷包みを開けて中身を見せてくれた。
「……草履、子ども用の古びた草履に見えますが。」
「そう、草履です。これは座敷童子の草履なんですよ。」
「座敷童子に本当に会ったのかは置いておくとして、どうして持って来るのですか。持ち主に許可はもらたのですか?珍しいからと勝手に持って着たら犯罪ですよ、子どもの物を勝手に取り上げるなんて大人失格です普段家の中に居るにしてもいつか引っ越したくなったとき履物が無かったらどうしたら良いのですが、相手の座敷童子が困るとは思わなかったのですか。そもそも先生は……。」
「みやさん待って待って下さい、今説明しますから!」
詰め寄ると慌てて説明をしだした教授。
「これの持ち主は岩手の古いお宅でおばあさんと二人暮らしをしていた座敷童子の物なんだ。」
「して いた ですか。では今は……。」
「うん、今はばあさんが亡くなって一人になって居たよ。でもね、おばあさんとの思い出の有る今の家から出たくない、この家で最後まで過ごしたいと言ってね家を出る履物はもういらないからとこれを僕にくれたんだ。」
「それは気の毒な話ですが……というかやはり直接話したのですか……いずれ悲しみが癒えたら家を出たくなる日も来るかもしれませんし、おばあさんの墓参りに行きたくなる事もあるのではありませんか?」
「そう、そうなんですよ。でもその場ではそんな言葉も耳に入らないほど座敷童子も落ち込んで居た様子だったからこちらに戻ってからプレゼントを送ったんです。」
「どうやって送ったかは置いておくとして、何を送ったのですか?」
「赤いワンピースと靴です、家を出たくなったとき今時着物では目立ちますからね。」
「ワンピースを着た座敷童子……教授は伝統をなんだと思っているのですか。」
「でも可愛いと思いませんか?」
小首をかしげて不思議そうな表情を浮かべる教授、研究室の外では威厳のある白髪もそんなポーズをしてしまうと可愛らしいくしか見えなくて困ってしまう。
「私は会って無いのでわかりませんが……可愛いかもしれませんね。」
溜息交じりに答えると教授はいつものように笑顔で続きを話す。
「でね、添えた手紙におばあさんにご挨拶をしたら是非僕の研究室にも遊びに来て下さいと書いておいたからいつか座敷童子が遊びに来てくれるかもしれませんよ。」
「遊びにですか?」
「ここなら仲間も沢山居るし……」
「気のせいです奥にあるのは普通の資料と骨董品です。仲間なんて多分居ません。」
「みやさん落ち着いて、落ち着いて誰か来たみたいですよ!」
再び教授に詰め寄っていたらタイミング悪く来客が来たようだ。
ドアの隙間からは赤いワンピースと小さな靴がちらりと見え、見なかった事にするか美味しいお菓子を用意するか悩む。
「みやさん。」
手を合わせて見上げるようにこちらの様子を窺う教授。
やはり私は教授のお願いに滅法弱いのだ。
「しかたないですね……。」と渋い顔をしながら答えると教授の顔を輝かせてドアに向かう。
「みやさんならわかってくれると思ったんですよ。」
変わったお客様は困るのだけれど教授がこれほど喜んでくれるのならそのかいもあるはず、……でもいつもは困るから今回だけ。
そう心に決めてお茶とお菓子の用意をしていると資料庫からクスクスと笑い声が聞こえて来た気がした、まるで「次も断るなんて無理な癖に。」とみんなが言っているかのように……。