6/11 通学
「おー。これが羊になり損ねた時雨かー」
あまね似の少年が俺を抱き上げてそう言う。
「なーーー!」
いきなり何をするーー
「柊子がヒツジって名前を付けようとしたところ、オレが時雨って付けたんだぞー」
「な、なーーー」
ヒツジはイヤーー
機嫌よく奴は俺の首に何かを巻いた。
「よっし。似合う。柊子、ココの住所とさなえねーちゃんの携帯番号書いた首輪付けたから」
チリリと鈴の音が聞こえる。
「はい」
お嬢がにこにこと頷く。
「あ、おみやげー。支払いは親父さんだけどねー。ちゃんとオレが選んだんだー」
小さな小箱をお嬢に渡し、少年は奥へと入っていく。
「みんなまだ学校ー?」
「いいえ。鈴音さんはお熱が出てて、それに今日は天音さんも早退です」
「様子、見てくる」
情報を聞いた少年は俺を置くとあまねたちの部屋の方へ走った。
「泊まっていくから。学校も一日くらいなら平気だから。帰り? 電車で帰るよ。浩次兄さんたちは予定通り先に帰ってたらいいよ」
「いいんですかい? ボン、一人くらいは運転手として残ってもだんな様も何もおっしゃいませんよ?」
「だいじょーぶ。男は冒険しなきゃいけない時があるんだよ」
「ボン。ご立派になって……」
ボスの下僕たちは少年の成長に喜び咽びながら車に乗って去っていった。
その夜はいつもよりにぎやかだった。
「公志郎様がいらっしゃるとお嬢様が嬉しそうで何よりですわ。流星のカップルイベントに申し込んで明日はランチデートですわ」
ボスも嬉しそうだった。
ボスに、つがいはいないんだろうか?
「時雨さん、ホッケの頭食べますか?」
「なーー」
食べるーーー。
翌日、朝から少年に抱き上げられ移動中。
なぜだ?
「おはよう! 鈴音ちゃん!」
障子を勢いよく開け、少年はすずねに挨拶をする。
びっくりした顔のすずねを見ながらにこにこと笑う。
「鈴音ちゃんの学校見たいからいずるん、置いて一緒に行こう! さぁ、着替えて。ランドセルはおにーちゃんが用意しておくから」
有無を言わさず着替えを渡し、プリントを参考にランドセルに教科書をつめる少年。
ボスがサンドイッチとミルクをお盆に載せて部屋に入ってくる。
「どうぞ」
「ありがとー。いずるんは?」
「出さんはまだ気づいておられません」
「ふふふー。鈴音ちゃん、いずるんに気づかれることなく動くぞー。ぉー」
「ぉ、ぉー」
本当に気がつかれていないんだろうか?
通学路を少年がすずねの手を引いて歩く。
出かける直前に、ソウがすずねの髪を手早くツインテールにしていた。
「いってらっしゃい」
と、ソウに言われてすずねが頷くのを見てボスも安堵の表情だった。
「鈴音ちゃんは新しい学校きらい?」
「嫌いじゃないけど……」
「けど~?」
「恭兄と公兄がいない」
「でも恭兄がいると天音ちゃんも宗兄も大変だしなぁ」
ぽつぽつ言うすずねに少年は空を見上げる。
「大変?」
「うん。恭兄は束縛ヤンデレ系の人だと思うしね」
「……ヤンデレってなぁに?」
周囲で犬の散歩やごみ出し中の町の人々の視線は微妙だったがこの兄妹は気にせず、会話を続けようとした。
「そこまでだ。少年よ」
二人に声をかけてきたのはジャージ姿に天狗の面。そんないでたちの男だった。
「なー」
天狗ー
「おはようございます。ほら鈴音ちゃんもご挨拶」
「ぇ。あ。おはよおございます」
「うむ。おはよう。朝の挨拶ができるのは上々」
「通学中なので失礼しますね」
「うむ。……いやしばし待て。少年は何も持っていないようだが?」
「オレはこのあたりに住んでるんじゃないんで。妹の学校を見るために一緒に来てるだけです」
「そうだったか。しかし、ひとつ忠告しよう」
「はい?」
「年端もいかぬ幼い妹に対して不適切な内容の話題は避けるべきだろう」
天狗様借りてます。




