決勝T1回戦 第2試合目 2
現状打つ手のない状態のフリッツ。暗器使いが再び危険な予感のする針を投げて来て――
フリッツは予感に従って回避したのだが、
「危ない! 今すぐに剣を振り下ろしなさい」
そこには暗器使いのトラップが仕込まれていた。無数に存在するピアノ線のようなやつで囲まれた空間を作られてその中に誘い込まれていたようである。
「せっかく急所をつかれた地獄のような苦しみを味あわせてあげようと思ったのにねえ」
応援席からのルーウィンの忠告がなければ急所を……。そう考えただけでぞっとする。渾身の一撃で斬れて良かったは良かったのだが、残念ながら無傷という訳にはいかなかった。防具をつけていない部分を傷つけられた感覚に支配される。
「どうしよう。こんな特殊鋼線の中に閉じ込められちゃっていると身動きがとれないよ」
精神状態からやけくそ気味に鋼線を次から次へと斬っていく。だが、その方法では暗器使いの思うツボだ。斬られた鋼線は回収、別の鋼線で動きの制限と攻撃が来る。どうにも出来ず翻弄されてしまっていた。
「鋼線を斬っても無駄無駄。大量に隠し持っているし、僕ちゃんが両断してくれている分、楽に結び直せる」
あちこち怪我させられた感覚があるという事は防具の隙間を狙われているという事。フリッツが鋼線に苦労している。
「返事をくれる余裕もないか!? そろそろ勝負を決めるとしようかねぇ」
フリッツは恐慌状態に陥ったからか、それが引き金になって相手を萎縮させる力を無意識に垂れ流している。さっきのやけくそで鋼線を斬っていた時と違い、目にも止まらぬ斬撃ですべての鋼線を使い物にならなくした。
(こいつは誰だ? 本当にさっきまでの奴なのか!?)
メインの暗器をつぶされた事でうろたえる暗器使い。得意の鎖をフリッツに巻きつけて動きを止めるつもりだったのだが、信じがたい事に動く鎖を腕力だけで引き止めて暗器使いの体を鎖ごと振り回す。
「邪魔をするなら容赦はしない」
無理矢理鎖を止めた時に負ったであろう痛みの感覚なんてものは、今のフリッツにとってはどうでも良さそうだ。無表情で暗器使いの喉元に剣を持っていった。
(俺は負けを認めた方がいいかねぇ。このままだと精神ダメージによる心的外傷が厳しそ……ん!?)
突如フリッツの意識が戻った。負ける覚悟をしていた暗器使いだが、逆転の目が出来たので降って湧いた最後のチャンスで奥の手を使おうと決める。
(あれ? 確か僕は濃霧ステージで戦っていて……いつの間にか鋼線から抜けているけどどうしたんだったか)
その瞬間の記憶がない訳ではない。だから後で記憶の混乱を減らそうと思う。今はどういう試合の流れになっているかとフリッツは戦況を読む。結果、相手も今こそがラストチャンスだと考えている様子だったのでフリッツも一撃で勝負を決めるつもりになった。
暗器使いは考えとして、一番殺傷能力の高い鋼線が使える状態にないので使い込んでいる鎖で勝負をつけようと決める。ただ、今回使用する部位は鎖の分銅の方、強烈な殴打の様なものを食らわせてしまえば肉体精神ともに意識を失う事を選ぶであろう。
対するフリッツはフリッツで、倒す算段を検討中だ。相手のどこに攻撃するか、いつどのタイミングで仕掛けてくるか、先に攻撃する場合はこのステージ条件を加味して――ほんの十数秒の間でとにかく無難に相手を戦闘不能にするつもりだった。
攻撃に移るのが早かったのは暗器使いである。フリッツは鎖の音から予測して分銅で後頭部を狙われているのに気付いた。狙いがわかれば怖くない、剣をしっかり握リ直してすぐそこまで近付いてきた分銅を弾き飛ばす。それからしばらく剣で鎖をこすって暗器使いの位置を確かめていた。ここから先は一直線だとピンと来たフリッツは素早く間合いをつめていく。
(この僕ちゃん、相当強かったよ。でも俺の最終手段はわからないだろうし勝ったな)
暗器使いは接近して勝敗を決すると考えていそうなフリッツを待つ。さながら鳥が魚を捕獲するように相手の油断が生まれている所を隠し武器で一刺しすればいいだけだと考えていた。瞬間的に暗器使いが跳躍する。そしてフリッツの肋骨部分をガードする防具と右肩に目を向けた。靴に仕込んである鉄爪で傷つけて終わらせるはずだったのだが……。
フリッツは仲間達から暗器使いのずるがしこさについての情報をもらっていたので直感していた。そのおかげでバックステップで回避。暗器使いの一撃を躱した後のBコートの床を見て驚く。石で造られている床に爪の痕が残るくらいなのでどれだけ威力があったのか、そして危険だったのかわかったもんじゃない。
「今の内に試合を終わらせちまえ、フリッツ」
靴底に鉄爪が仕込まれているとわかってしまえば色々と対処されてしまうと暗器使いも理解しているだろう。代替策を考える時間は? 当然時間を与える気がなかったフリッツがためらう気持ちを押し殺し、暗器使いの左肩から脇腹にかけて一気に斬った。
「すいません。でも相手を気絶させるとか、戦意を喪失させるとかしない以上試合終了条件に当てはまらないので」
暗器使いは重傷になってもおかしくない斬撃で受けた傷の感覚と、精神が弱くなっている状態のダブルパンチで救護室にすぐさま運ばれた。もしかしたら名医のいる救急病院第一号になるかもしれない。
「この試合の勝者は君だ、フリッツ」
そういう試合形式だと説明を受けているので頭では理解してはいるのだ、しかしフリッツは対戦相手の状態が気にかける。
そう考えている彼にセグが教えた。
「自分のせいで相手が……なんて思っちまう事もあるよな誰にもよ! 安心しなっ、一番悪い状態でも戦う気持ちが折れるだけだから」
フリッツは審判のセグに思った事のほとんどを答えてもらったのでどこかスッキリした気持ちになる。
「戦闘に恐怖心を覚えて折れた心になってしまうとでも表現しましょうか。きっかけさえつかめばある人は2~3ヶ月で。大半の人は1年以内に格闘大会復帰まで快復すると思うわ」
妖艶な雰囲気を纏っているフラナからも補足説明を受けて、フリッツは一息つけた。そうかと思ったら観客席の辺りが騒がしい、何かあったのだろうかと気になる。
「大変です。あちこちで観客が倒れています」
大会のチーフ運営委員から報告を受けたフラナは特殊ゴーグルを付けたまま気絶中の二十~三十人程度の人々を一箇所に集めるよう指示した。そして気絶中の観客達の目に焼き付いた、脳が覚えた記憶を封印する脳内にある前頭葉を活発化させた。
「ブレイントローラー」
フラナのそれは二度と思い出したくない記憶の封印を司る脳の部位に働きかけるもの。何かのきっかけで思い出して困る事があったら連絡しなさいと書かれた職場のチラシをフラナは気絶中の人達のポケットやカバンなどに入れておいた。気絶中の人々の知り合いがいた場合はその人達に渡す。
「どれだけ注意を呼びかけてもほんの一部の人達っているのよね。だから興味半分で使わないでと忠告したのに」
コラボ協力に感謝♪
不揃いな勇者たち としよしさん
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