ラウンド0 Ⅲ
リオは相手を見て足がすくんだ。貧民街にいる者が着る原色のわからなくなったシャツとズボン。ポケットからナイフがちらついている。そんな危険な人物からは逃げろといわれている。だが、逃げる前に先回りされた。
「何もしねえって少しは信用しろよ、貧民街仲間だろ!?」
リオはおびえつつもナイフを指差す。
「あぁ、これか。しまっとくぜ。それより俺を見ろ! 見覚えあるんだろうがよ」
それで始めて目を合わせた。顔を見てから鮮やかな緑毛で誰か思い出した。一回戦で戦った緑毛の子だ。
「忘れてねえだろ? 表彰式が短くてよかった」
表彰されたということは優勝したんだとわかってリオは敗北感に打ちのめされた。
「目をそらすなよ……話しかけてほしくないなんていわないよな?」
緑髪の子がイライラしつつも手を突き出す。
「おい、お前の長槍出せよ。俺が折っちまったの。ありゃ結構値打ちもんだったろ」
リオは悔しさで唇をかみしめていた。リオの長槍の修理を手助けしようとしてくれる彼の優しさに涙があふれそうになる。しかし、長槍は手元にはない。係員にやられたと教える。
「係員がゴミにしやがった。直すなんて……」
「あっ、悪い……知らなかったからよ……」
彼は確かにそれではお手上げだと共感してくれた。リオはその理不尽さに唇を切りそうな程噛みしめて悔しさを表現する。突然、緑髪の子がリオの強さに敬意を表し出す。
「お前、長槍が折れなかったら俺より絶対強かった。他は雑魚だったし」
彼の励ます気持ちは伝わってきていた。最悪なのは、なんの慰めにも感じられないこと。
「俺はファーディ。お前は?」
「田中…………リオ……」
「聞き取れなかった気もするが……。いいかっ、自国はどんな所だったんだ?」
「トッキーが郷里です。おじいちゃんの代から落ちぶれているから、僕……」
嘆いていても仕方がないので口をつぐんで静寂を作って強制終了を狙ったが、ふと緑髪の子のフルネームが聞きたくなった。
「兄ちゃんの名前、ファーディ・なに?」
「ファーディ・オーナンド。俺もここ以外の国は知らねえ。ここが俺の国だから。生まれて物心がついたころにはもう浮浪児だったんだよ」
彼は自嘲気味に笑った。リオはそんなファーディを正面から見つめて自分の力が発揮できていたら勝ち目が十分あったと力説する。
「兄ちゃんの速さ=動きには対応可能だったのに。僕には運がなかっただけ。だから……」
だから? 何が言いたいのか自分でもわからない。
自分ではなく、ファーディがこんなみじめな思いをすれば良かったとでも思いたかったのだろうか? 自分の気持ちが分からない。リオは実力を出し切れずに負けたせいかとうとう悔し涙があふれてくる。 納得のいくまで泣き続けることにした。
しばらくしてリオは泣きやむ。泣いたことでストレス発散は出来たが、面食らったであろうファーディがどう受け止めたか不安だった。だが、そんなことを不安に思っていたのが恥ずかしいくらい、彼は優しい目に柔和な笑みで温かく接してくれる。彼への警戒心はほぼなくなった。リオは彼に気になったことを質問する。
「兄ちゃんも泣くの?」
少ししつこく似た質問を何度か聞いていたら彼が仕方ない奴だといった感じで、秘密を話してくれた。
「そりゃ泣くさ。でも俺には『こいつ』がある。心がくじけかけても願いが支えになるんだぜ」