ラウンド2 準決勝前 1
リオは父親に仕返しされたけど気にしなかった。個人的には親友と対等な言葉で付き合っている自信がある。今のリオは誰からでもお坊ちゃんと呼ばれるに違いない。パトリオープンで一勝したのだから。今までは照れが強くて仕方なかったが、父親に自慢したくなっている。不思議な感情だ。母親に話したら嬉しさ倍増かもと考えた。
「今日は特製ピザをリクエストしたんだ」
「何!? 好きなのを頼んだか。俺も好きなくいもんだがな。急いで帰るとしよう」
リオと父親はスラム街を近道に利用する。この通りは街灯一つまともに機能しているのが少ない。ボロマンションの入口付近にはならず者や薬物中毒者が多いのだ。リオの父親が無言で彼を担いだ。父親は早足でその場から離れていく。 その怪しげなグループの中に近所の悪ガキ仲間だったゲルターがいた。でもグループに入ったら人生最後と噂されているのでリオは悲しかった。
翌日、リオは目覚めの悪い朝を迎えた。パトリ・オープン勝利時の高揚感が消え去り、不安に押しつぶされそうになっていく。
「リオ! 早く下に降りてきなっ」
「うん、今行くよ」
母親の声で我に返り、朝の光を全身に受け止め始める。布団の誘惑に負けかけていたが、得体のしれぬ不安感のせいで一休みもままならない。起きて布団横に用意した川の水をろ過した水(理科の実験っぽい)で顔を洗い始めた。その時、会場の控え室で使用したシャワールームが脳裏に浮かぶ。
メッレンとの勝負を意識した。リオが寝ぐせを整えつつ台所へ行くと、母親が仕事着でいる。リオの母親は売店で働いているのだ。母親も奨学金制度以外の諸制度の手続きによって得る収入(手続きが面倒なのが難点)と、生活費を稼ぐために仕事をしてくれているのである。その母親はリオの顔をまじまじ見つめてからわざとらしく、じらすだけじらして目の下のことを指摘する。
「クマが出来てるわね、眠れなかった?」
「わざとさ。最近の流行だからね」
二人だけのジョーク。それから母親にBMSからの手紙を渡されたいつもなら食事をしながら手紙を読もうとしただけで怒られるので遠慮したが、今日は母親も行儀よりも手紙の内容が気になるようであった。
「えーとっ、あなたの勝利を祝福します……だけ!?」
リオはその手紙を破ってゴミ箱に捨てる。
「馬鹿にしてるよ。この程度で十分だって考えているのがわかる文章、やる気が失せるね」
「お金持ちは大抵がそんな奴らなのよ。パトリ・オープンに出場した事実が快挙でしょう?」
リオはただ黙って首を横に振った。
「参加しただけで大騒ぎなのはパーラだけさ」
すると母親に頭を軽く叩かれた。
「お前にはお金持ちになれるチャンスがあるの。仮にそうなっても憎まれる人には……ねっ?」
「叩かなくてもそれだけ教えてくれれば」
その後でリオは一勝程度ではもういい気分に浸れないと思ったせいか、いつも愛飲しているミルクをまずく感じてコップを遠ざける。
母親はそんな息子のサインを見逃さなかった。
「あんたのためにしぼりたてを持ってきたんだよ。二回も転びかけたし」
「いつもありがとうとは思っているよ」
「いいわ。隣に来て。聞きたいことがあるの」
こうなると何があろうと話を続けるので軽くため息をついてから座る。
「リオ、怖がる必要はないでしょ? 相手がメッレンさんでもあんたは自分の力を信じなさい」
リオは母親に真剣に考えて欲しいと思った。
「勝てさえすればチャンスは続くよ? でも負けたらそこで終わり。恥さらし者は街の邪魔者になる。そんな重圧も感じちゃってね」
そんな状況を想定しただけでリオは恐ろしくなった。
「最初から推薦なんて辞退しとけば良かった。小さな幸せさえ得られなくなるくらいなら」
「落ち着きな。そんなことはないから」