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故国に捧ぐカタナ  作者: 数札霜月
第二章 忠
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第十五話 おのぼりさんが二人

 忠継たちが出発したころ、その二人の姿を、屋敷の中から息をひそめて見守る者が有った。

 それも一人や二人ではない。窓枠やカーテンの陰に隠れるようにして、少なく見積もっても十人近い人影が、気配に敏感な忠継にばれない距離でじっとその出発の瞬間を待っていたのだ。

 その中には、この日二人を街歩きへと誘い、当日になって急な要件といってその予定から外れて除けた、ライナス本人の姿もある。


「……うっし!! とりあえず出発させることには成功だぁなライナス。いやぁ、正直あの様子じゃ今日はあきらめようって流れになるんじゃないかとひやひやしたわい!!」


「声がでけえよウォルトさん。それに見くびってもらっちゃ困る。そうならないように忠継には虚実入り混ぜていろいろ吹き込んでおいたんだから。それになんだかんだで、あいつもこの国の首都にはそれなりに興味が湧いてたみたいだしな」


「ふっ……、あそこで逃げ出すようなら男なら、彼は男ではなくただの玉無しだよ諸君」


「……ロメオ。お前はまたさわやかな面して品のねぇことを……。お前女の前でそれやって、何回振られたのか自分で数えていないのか?」


「ふっ……。空へと逃げた鳥のことなど忘れたよバクストン。僕が覚えていられるのは止まり木に止まった鳥の美しき歌声だけさ」


「おい、誰かコイツの言うことを通訳しろ。俺には無理だ。タダツグの言うことの方がまだ理解できる」


 窓から出立する二人の様子を見守りながら、ライナスたち騎士を中心としたその集団はそんな気やすい会話を繰り広げる。

 実際、ここにいる顔ぶれは皆同じ屋敷で働く身である故に親しくしている顔ぶれだ。特に騎士たちの中核としてゼインクルで忠継と共に活動していた通称【カタナ部隊】が存在していて、今回この計画を立てたライナスを中心に万全の監視体制を敷いている。


「あれ? そういえばアイラちゃんはどうしたんだ? アネットちゃんの方送り出したら、こっちに合流するって話だったのに」


「ああ、彼女だったらさっきエミリア様に捕まっているところを見たよ。泣きそうな表情をしてたけどそこがそそられちゃってね。美しく咲き誇る花はそっとしておくのがいいと放っておいた」


「おいロメオ、なんでお前はそう爽やかな面で下種なんだ!?」


「いやいや、もしも助けに入ってお嬢様にこっちに来られたらそれはそれで困ったであろう。アイラ嬢の不運も今回ばかりは僥倖だ。彼女の不運に感謝して、我々はじっくりとタダツグ達の監視を続けようぞ!!」


「だからウォルトさん、あんたは少し声を潜めろって」


 ワイワイと騒ぐ仲間の騎士三人、そして後ろで同じように話し込む侍女や使用人数名の姿を確認しながら、ライナスは忠継の後を追うべく、自分たち屋敷の玄関口へと移動を開始する。目的はもちろん忠継とアネットの“逢引き”の監視、そして必要とあれば、それらの前に立ちはだかるかもしれない障害の排除をすることだ。もっとも、後者は具体的に障害が立ちはだかる可能性を想定しているわけではないため、やはり前者の方が目的としての比重は高いのだが。


「さてと、諸君。それでは俺達もあの二人を追うとしよう」


 ライナスたちが先導し、その場に集った者達が街へと繰り出すべく一斉に移動を開始する。今日はこのまま二人の後をつけ回し、二人がどんな一日を過ごすのかを存分に見守る腹積もりであった。


 ライナスたちが今回の作戦を計画したのには、実はそれ相応の理由がある。まあ、彼ら自身の野次馬的な思考回路が働かなかったと言えばそれは間違いなく嘘なのだが、しかしその一方で、クロフォード家の関係者にとっての実利的な理由と言うのもわずかだが有った。


 武内忠継は異国から来た異邦人である。その出身国に関しては皆目見当がつかなかったが、しかし忠継自身が普段公言していることからも分かるのは、彼が自身の国への帰還を今でも少なからず望んでいるという点だった。

 まあわからない話ではない。むしろ何かの事故のような形で、生まれ育った国を遠く離れてこんな国まで連れてこられてしまったという彼の状況は、良く聞けばそれ相応に同情さえ覚えるような境遇だ。

 ただそうは思いつつも一方で、クロフォード家に属する面々が、忠継の存在を手放し難く思っているというのも事実だった。なにしろ、妖魔や魔術を一刀のもとに切って捨てられる特異な力の持ち主である。その力の有用性をこれでもかとばかりに見せられた身としては、その力を失うことは大きな損失であるようにも思えた。

それに騎士たちなどは、なんだかんだで忠継とは接触も多い。たかだか数か月とは言え寝食を共にし、死線をくぐった相手が遠い異国に去ってしまうというのはやはり寂しいものが有る。

 要するに感情面でも合理面でも、クロフォード家内部では忠継を引き留めておきたいと考える者達が圧倒的多数を占めていたのである。

 もっとも、この問題はそもそも忠継の国がどこにあるかもわからない、すなわち帰る手立てがないがゆえに楽観視する者も多かったのだが、しかし帰る手立てが見つかった時に本当に帰ってしまわれてもまずいと思う者達もいないわけではない。本人も最近では迷いのようなものを抱いているようだし、それならばいっそのことこの国に引き止めるくさびを打ち込んで留まる決意をさせてしまってもいいのではないかと、そう考える者達が出てくるのはむしろ自然なことだった。

 そうして、ではどうやって引き止めるとなった時に真っ先に案として浮かんだのが、忠継をこの国の誰かと結婚させてしまえと言う案であった。

 実際これほど確実な案も他にない。しかもそれではだれがと言う話になった時に、候補に挙がる人間が二人もいたのである。


 一人はクロフォード家当主、エルヴィス・クロフォードの妹であるエミリア・クロフォード。忠継がこの屋敷に来てすぐのころから何かと忠継に絡んでいた相手であり、歳が近いことなどを考えればおあつらえ向きと言える相手だ。本人もその境遇故かあまり意識している節はないが、傍から見ている分には随分と親密な関係に見える。

 ただし、こちらはやはり立場の問題があった。ライナスたちとてクロフォード家に仕える騎士である。貴族の、それも四大公爵家の令嬢であるエミリアを、それなりの家系だったらしいとは言え出身国すら定かではない異邦人とくっつけるのが問題があることくらいはすぐにわかった。本人の性格も相まって話がまとまってこそいないが、本来ならば彼女には縁談の一つも、それどころか婚約者の一人がいても全くおかしくはない立場である。そんな彼女を色恋沙汰に引き込むのは、難しいという以上に残酷というものだろう。


 そういう意味では、むしろもう一人の少女、アネット・モランの方がこの場合はよりおあつらえ向きと言えた。最近屋敷に拾われて侍女となった、元ゼインクル領民の少女。先の妖魔のカムメル襲来の際忠継に助けられて以来彼を慕っているらしいこの少女の様子は、本人は自覚していないようだが明らかに“そういうこと”であったし、彼女自身も出会った当初こそみすぼらしかったものの、最近では生活が落ち着き、先輩となる侍女たちに世話されたせいか北方人特有の銀髪がよく映える美しい少女へと変わり始めている。今はまだ十四と言う年齢もあって幼い印象が残っているが、あと数年もすればなかなかの美人になることだろう。本人の様子を見ていても。背中を押すにはうってつけの相手である。


 そして先日。ついにライナスがほとんど思い付きでこの企みを仕組むに至る。以前からささやかれていた『誰か背中押してやれよ』と言う言葉がついに現実のものとなり、背中を押した結果を見るためにここに多くの仲間たち(ヤジウマ)が集まった。

 後はあの二人が、いったいどんな逢引きを展開するのかと、そんな期待と心配に心を揺らしながら、一行が屋敷の正面玄関から外に出ようとして、


「あら皆さん、皆さんもお二人の後を追うのですか?」


 悪意も屈託もない、しかしそれゆえに決してこの場では出会いたくなかった声に捕まった。






 武内忠継は異邦人である。生まれも育ちも日本の江戸で、自身を決して田舎者とは思っていないものの、しかし文明形式が決定的に違うこの国で、首都と言える街を直に見るのはこれが初めてになる。

 アネット・モランは田舎者である。フラリア帝国北方のゼインクル直轄領、そこにある小さな村で生まれ育ち、特に何もなければその村の中で一生を終えるはずだった。間違っても国の首都などと言う、ほとんど別世界に来る予定など彼女の予定にはなかったのである。


 当然、そんな二人が二人だけで首都へと繰り出せば、見える景色への反応と言うのはおのずと決まって来る。


「……すごいな」


「……すごいです」


 二人そろって、街の様子に感嘆しながらそんな間抜けな感想を漏らす。二人とて自覚がなかったわけではないが、それでも示してしまう反応は完全におのぼりさんのそれだった。

 とは言え、二人が驚いている部分はやはりというべきか少し違う。忠継は異国の人間とは言え江戸育ちではある訳で、流石に都会にあふれる大量の人にはある種の慣れがあった。

 彼が驚いているのはやはりこの国の街並みと生活で、立ち並ぶ美しい石造りの建物や、足元の石畳、そして料理や掃除、果ては見世物に至るまで、各所で使われる魔術の数々など、主に文明の違いに対するものが多かった。

 対してアネットが驚くのはまず人の数だ。なにしろアネットは田舎育ち。目の前を埋め尽くすような大量の人の数は、これまでの人生でもほとんど経験がない。


「流石にこの国の首都と言うだけはあるな。この国の魔術と言う奴も、このあたりのものは見ごたえのあるものが多い」


「確かにすごいですね。あの人、料理にあんな派手な魔術を使ってます」


 二人そろって、露店で吊るした肉を魔術でド派手にあぶる店主の様子を眺める。いったい何の動物なのかはわからなかったが、それを店主が大汗をかきながらも、手のひらの魔方陣から放出する火炎でもって調理していく様は圧巻の一言だ。実際それなりに人気の出し物なのか、周囲には人だかりができて時々喝采が上がっている。


「人が多いだけあって、そこかしこから魔術の気配がするな。もはやどれが何の気配かも分からんくらいだ」


「私も、こんなに人がいるところと言うのは初めて来ました」


 一通り周囲の賑わいを見渡した後、忠継はライナスから渡された地図の方へと意識を傾ける。ライナスが急遽用意したというそれには、首都であるレキハの観光名所と言えるところが巡る順路まで指定されて書かれていた。


「とりあえず、今日のところはこれに書かれている順番に行ってみるか。本来の目的の店も途中にあるようだしな」


「私はそれでかまいません。もとより、本来はそれほど急ぐものではなかったですし、こちらのことについては私もろくにわかりませんから」


 アネットの同意もあって、それではとばかりに忠継は手元の地図で順路を確認する。ざっと確認すると、その順路には様々な物品を扱った市や店、【魔術舞踏(マジックダンス)

なる見世物の劇場、うまいと評判らしい食事処や、つかれた際に休むよう勧められた広場など、少々至れり尽くせりな各場所が書き込まれていた。これなら、二人で一日回ればそれだけで時間が過ぎてしまうだろう。


「きゃっ、ああ、すいません」


 地図を見ながら、忠継が歩き出すと、ほどなくして背後からアネットの微かな悲鳴が聞こえてくる。

 振り向くと、どうやら道行く男にアネットがぶつかったらしい。慌てて頭を下げるアネットに対して男の方も軽い会釈で応じているが、そうこうしているうちに流れる人波がどんどんアネットを飲み込んでいく。

 どうやらアネットもそれに気づいたらしく、慌ててこちらへと急ぎ向かおうとして、


「おい、大丈夫か?」


 思わず伸ばしていたのだろうその手を、同じく伸ばされた忠継の手に掴まれた。

 苦笑しながら、忠継はアネットを引き寄せ、再び行き先へと視線を戻す。


「あまり遅れるなよ。こんな人ごみで逸れるとことだぞ」


「は、はいっ!! あ、あの、手……」


「む、ああ、すまん。あまり握ったままにするものでもなかった」


「い、いえっ……!!」


 いきなり手を握られて真っ赤になるアネットを見て、忠継の方もまた気恥ずかしさに頬が熱くしながら、同時に脳裏ではさてどうしたものかと思案する。

 幸い、江戸暮らしのこともあって人の中を歩くことにも多少の経験がある忠継だったが、しかしアネットがそうではないことは何となく察しがついた。

 手を握り続けるのもどうかとは思ったが、何かしら逸れないよう手を打たねばと忠継が考えていると、アネットが顔を真っ赤にしたままその解決策を示してきた。


「あ、あの……!!」


「どうした? 顔色が戻らないようだが……」


「いえ、その、少し掴まっていてもいいですか、その服の袖を、少し……」


「ん? ああ、そうだなそれでもいいか」


 名案だと、そう思いつつ忠継が左手を差し出すと、アネットはそれに対しておずおずと己の指を伸ばす、

 それは掴むというより指でつまむような弱々しい力ではあったが、しかしそうしてつままれている小さな感覚があるうちは、人ごみの中でも逸れる心配はなさそうだった。


「では行くか。一応、何かあったら言ってくれ」


「は、はい。タダツグさん」


 そうして、ぎこちないながらも二人は町の中心部へ向けて歩き出す。

 にぎわう人の群れの中に、二人確かにつながって。


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