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故国に捧ぐカタナ  作者: 数札霜月
第二章 忠
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第九話 はみ出し者たちの会談

 オーランド・ウィングフィールドとアントン・マレット。この二人は立場こそ騎士と辺境伯というまったく違う位置にあるものの、共に現在宮廷内で生まれつつある、改革を目指す集団の中核をなす二人だった。

 【死属性】魔力の陰に隠れてこそいるものの、前回のパスラの侵攻に対して部下を率いて目覚ましい活躍を見せ、常識的な意味での英雄となっていた騎士・オーランド・ウィングフィールド。

 そしてクロフォード家ほどではないにしろ、比較的領内での財政が安定していて、農地改革などの成果から領民からの信頼も厚いアントン・マレット。

 ともに高い能力と志を持つ二人ではあったのだが、しかしそれでも動くにあたってクロフォード家を味方につけ、あわよくば自分たちの頂点に据えようと考えたのはある種の必然であった。

 確かにオーランド・ウィングフィールドの武功は高いが、それでも【死属性】魔力によって叩き出したオールディス家のそれに比べればはるかに劣る。

 アントン・マレットが領内で出した成果も、しかしクロフォード家行った技術革新と財政再建に比べれば流石に見劣りする。

 ならばこそ、この二人がより高い実績を持ち、かつ改革の必要性を理解できるクロフォード家に助力を求めてきたのは、エルヴィスにとっても理解できる事態だった。エルヴィス個人としても、親しい間柄にあるこの二人に協力するのもやぶさかではなかったし、現状のこの国の財政をかんがみれば、二人の掲げる改革の必要性も理解できる。


 だが、だからこそ、はっきりと伝え、明確にしておかなければいけない事情というものも存在する。だからこそ、オーランドとはまた違う形で対談したマレットに対し、エルヴィスが伝えた答えはオーランドへのものとまったく同じだった。

 すなわち、


「【死属性】魔力の変換技術と、【魔剣・致死要因(アポトーシス)】の完全排除、ねぇ」


 重要事項であることを理解しつつも、どこか納得のいかない色をその顔に浮かべるマレットに対し、エルヴィスははっきりとした頷きを示す。

 マレットにしてみれば、現在のこの国の現状よりも一つの魔学技術を、それもよりにもよって排除することにエルヴィスがこだわっているという事実が、正直に言えば納得のいかない事象だった。現実問題として【死属性】は多大な問題こそ抱えているものの、対外的には強い戦術的抑止力になる武器でもある。国防上の観点ではむしろ、今消えられるのは危険と言ってもいいのものなのだ。

 ただ、そうは思いつつも、一方でマレットには納得できた点もあった。


「なるほどねぇ。それがわざわざ君が自らゼインクルまで出向いた理由か」


「おや、マレット卿は私が自らゼインクルまで出向くのにはご不満だったのですか?」


「不満というわけではないが不自然だとは思ったね。どれだけ関心を示している事柄だったとしても君はこの国で四人しかいない公爵だ。抱えている人材にも優秀な学者が多いし、君が直接出向かなくても派遣する人間はいくらでもいる。特に君の場合は懇意にしている学者のほかにも、君自身が教え育てた教え子も多いだろう」


 マレットが使った『教え子』という言葉に、エルヴィスは思わず苦笑する。

 確かにクロフォード公爵家の縁者の中には、エルヴィスが半ば意地になって育てた『教え子』ともいえる人材が幾人もいるのだ。


 エルヴィスが教育というものに目覚めたのは、なんと九歳のころまで遡る。発端としては当時すでにその才覚を表し始めていたエルヴィスが、適当な使用人に書庫にある本をとってこさせようとしたのがその始まりだった。使用人と言っても当時のクロフォード家では、先々代の財政再建のころの流れから安い給料で身分の低い者達を多く雇っており(安いとはいっても一般の金銭感覚では十分な額なのだが)、その時言いつけられた使用人も農村から出稼ぎに来ていた下男だった。

 当然、彼は文字など読めず、言われた本がどれなのかもわからない。

 頼んだものとは似ても似つかない本を届けられ、その理由を問いただしたエルヴィス少年は下男の話す事実を前に愕然とする。物心ついたころから高い水準の教育を受け、当り前のように書庫の本を読み漁っていたエルヴィス少年には、文字が読めない人間がいるという、そのこと自体が信じられなかったのだ。


 普通の貴族なら、幼い少年が自分の立場の高さを自覚する一つのありきたりな逸話として終わっただろう。

だが良くも悪くも、当時のエルヴィス少年の持っていた学問に対するこだわりは今と比べても群を抜いていた。むしろ学問を崇め信仰していたといってもいい。

 当時のエルヴィス少年にとって学問とは自身の家を財政難から救った神であり、よりによってその救われた側のクロフォード家に仕える人間が、文字の読み書きもまともにできないなど、学問の敬虔な信者たる彼には許しがたいことだったのである。


 そしてこの瞬間から、エルヴィスの教育熱は目を覚ます。


 時間を見つけては屋敷内にいる読み書きのできない使用人たちを捕まえて文字や計算を教え込み、基本的なことができるようになると書庫の本を押し付けて読ませていく。使用人たちも自分よりはるかに年下の少年に教育を施されることには困惑していたが、その熱心さと相手の立場ゆえに誰も口答えできず、この異常な勉強会はどんどんその人数と規模を増していった。

 普通であれば、ここまでやれば親や側近が止めにかかる。ただでさえ人の上に立つ人間というのは下々のものが余計な知恵を付けることをよく思わない傾向にあるし、ましてや高価な本を身分の低い者に何の保険も掛けずに貸し出すなど狂気の沙汰と言ってもいい。破損したり盗まれでもしたらたまったものではないからだ。


 だが、このクロフォード家の場合は少々事情が違った。

 まず書庫にある大量の本を集めた張本人であるエルヴィスの祖父、ジェフリー・クロフォードが孫の行いをあっさりと赦してしまったのである。

 そもそもの話、このジェフリー・クロフォードという人物はクロフォード家で大胆な技術革新を行った張本人であり、学問の発展というものに並々ならぬ理解があった。さらに言えばジェフリーは孫であるエルヴィスを溺愛しており、孫に非常に甘かったというのも理由の一つに挙げられる。

 その上ジェフリーの金銭感覚は非常に大雑把で、自身が行った技術革新にも失敗すれば借金の額が一気に倍増するほどの投資を行っていたような人物である。当然本の紛失などへの経済的被害に対しても危機感が薄く、むしろ孫が始めた新しい事業を嬉々として見て楽しむ節があった。


 残る両親、とはいってもエルヴィスの母はこのころすでに他界していたため、この状況に物申す人間は父であるヒューイ・クロフォードただ一人となるのだが、生憎なことに彼は忙しすぎた。

 ジェフリーが行った技術革新は確かにクロフォード家の財政を持ち直す効果はあったものの、制度面では穴だらけでその後始末を息子であるヒューイが一手に背負っていた。毎日を祖父の事業の後始末に忙殺されていたヒューイは自身の父に逆らってまでその状況を改善する気力がなく、それどころかエルヴィスの教育を受けた使用人が仕事を任せられる水準に達していると知るや、泣いて喜んでその使用人を自身を補佐する仕事地獄の中へと引きずり込んだ。

要するに疲れていたのである。


 ともあれ、天才少年エルヴィス・クロフォードの教育暴走は祖父と父のそんな姿勢を受けてますます勢いを増していく。

 特に効果を発揮したのが書庫にある本の写本を作らせた方法で、要するに本を一冊読むだけではなく、その文章を丸写しさせて新しい本を作らせたのである。当然一冊丸ごと写すとなればかかる時間は相当なものになるのだが、エルヴィスが父に掛け合って出来上がった本を高値で買い取るようにしたことからこの写本は屋敷内でも人気の副業となった。しかも本を丸ごと写すようなまねをすれば本の内容は嫌でも頭に入るため、エルヴィスが十五になるころには屋敷内に妙に専門的な知識を持つ使用人が大量に生まれ始めたのである。

 その過程で汚れるなどした本もあったものの、写本によって得られる利益があったことから盗まれた本は皆無で、むしろできた写本を他の知識人に売るなどしたことから少ないながらも屋敷の利益にさえなっていた。


 そしてこの成功が、完全にエルヴィスの中で教育の重要性を決定づけるものとなった。側近たちの言を借りるなら、『味を占めた』と言ってもいい。

 身分に限らず人間教えれば知識を身に付けられると実感として知ってしまったうえ、そうして知識を吹き込んだ人間が想像以上に仕える人材へと育ったことで、エルヴィスは大手を振ってクロフォード家に使用人たちの教育方針を定着させてしまったのである。


「そんな、自分以外にも派遣できる人員を何人も抱えた君が、なぜわざわざ自身でゼインクルに向かったのか、正直我が輩も気になっていたんだが、今の話を聞いてようやくわかったよ。君はあの場所に、“【死属性】と戦うための人材”を仕入れに行ったのではないかね? 【死属性】による被害を身をもって知るがゆえに、それを悪しきものとして見ることができる者が君は欲しかった。聞けば随分と向こうで人を取り立てたそうじゃないか。それも年若い者ばかり」


「おや、そんなことまでこちらに伝わっているのですか?」


「うむ。おかげで君たち兄妹二人には下種な連中が下種な噂を立っておるよ。単純に貧民や孤児に同情したのだろうという者もいるがのう。おお、そういえば君たち以外には言われそうにない、人体改造の材料にするのだと噂する者までいたぞ」


「……どこから来たんですかそんな噂?」


「いやなに、君が最近雇い入れた戦士に、向こうでやけに活躍しているものがいるそうじゃないか。その者についての逸話に随分尾鰭が付いておってな。変わった形の剣一本、ひどいときには短剣一本で巨大な妖魔を斬り伏せたとか、馬よりも早く駆ける足を持っているとか、そんなバカげた尾鰭がな。どういう訳かそんな尾鰭が一人の人間に集中しているものだから、改造人間なのではないかなどという者が出始めたのだろう」


「ハッハッハ。なるほど。あいつのことはこちらにはそんな風に伝わっているのですか!!」


 ――随分と正確に伝わっているな。などと内心で舌を巻きながら、エルヴィスはオーランドがタダツグのことを他人に話していなかったことに、『あいつらしいな』などとのんきな感想を抱く。エルヴィス自身としてはあの目立つ男の情報に至っては隠しきれないととっくに諦めていたのだが、実際に目撃していた故にまさか信用されないとは考えてもみなかった。


「まあ、改造人間の話もそうじゃが、君たち二人は手を出すために使用人を雇うような人間ではない。だからと言って同情だけで人を雇うというのも君に限って言えば考えにくい。君は確かに情に厚い人柄ではあるが、情に流される人間でもなかろう」


「情に厚い、ですか? 自分が?」


「そうではないかね? あるいは責任感が強いと言っても良いかもしれんな。そうでなければ君みたいな権力に執着のない人間、研究のためにとっくに領主としての仕事も放りだしているだろう?」


 エルヴィスとしては『そんな馬鹿な』と笑い飛ばしたいところだったが、生憎とそうもいかなかった。その通りだと思ったこともあるが実はそれだけではない。“実際にそうしてしまった人間”に、心当たりがあるからだ。


「実際君という人間は、昔から権力というものにあまり興味を持っていないようだった。むしろ邪魔なものとして煩わしささえ感じて、自分より優れた代わりがいるなら早々にその座を譲り渡してしまいそうな危うさがあったように思う。現に、君は自分の教え子に、君が開発した魔石の工場経営を丸投げしているだろう?」


「いえ、それで研究の時間を減らしては本末転倒ですし――」


「だが、そんな君がここ一年ほどの間に少しその様子を変えた」


 言いながら、マレットは再びいつの間にか中断していた食事へと手を伸ばす。とはいえ彼もこの話中に自身の興味を追及するつもりはないらしく、口に運んだのは先ほど気にしていた肉料理ではなく、それとは別の副菜だった。


「オールディス公爵家との対立、持ち前の技術を用いての他家への影響力の拡大、順位は低いとはいえ一応継承権を持つルアンナ姫の後見となったのもこの頃だ。オールディス家やそれに組する連中は、君が政治的野心を持って自分たちの地位を脅かすのではないかと神経を尖らせとるよ」


「まあ、実際そのつもりなのでその勘繰りは正しいんですけどね」


「だが我が輩やオーランド君としては正直納得のいかんものもあったのだよ。宮廷内での地位なんて煩わしいとさえ思っておっただろう君が、いったい何に頭をぶつけたら出世なんぞ求めるのかとね。

 ふむ、一応聞いておくか。君、まさか教会の聖典か何かで頭を強打したことなどないだろうね?」


「ありませんよ。まあ、幼いころに崩れた魔道書で頭を強かにぶつけたことはありましたが」


「……軽い冗談のつもりが思わぬ形で君という男の原点を見た気がするのう」


 そういってから、『まあともかく』とマレットは再び話を本筋に戻す。


「君がただの権力欲に目覚めたというのは、君を知る人間から見れば少々考えにくい話ではあった。むしろ我が輩たちとしてはその後にするべき、財政と貴族の特権、意識の改革を自身の手で推し進めようとしていると考えた方が、まだ納得のいく話だよ。実際さっきも、君は我が輩がした我が輩の仇名の由来に大層不快感を見せていたしのう」


「まさかその見極めのためにあんな話をしたんですか?」


「まあ、するまでもなかったがのう。

 とはいえ、我々としてはそうであるならばむしろ好都合じゃった。もとより我が輩達は、どの派閥にも属していない最後の公爵家であり、同時に自領内で財政再建に成功した実績を持つクロフォード家の協力は必要不可欠と考えていたからのう」


「それについてはオーランドの奴から聞きましたよ。まあ、妥当なところではあるでしょうね。でも――」


「――ああ。君が本当に敵視しているのは、この国の政治的腐敗でもなければ、財政の悪化でもない。オールディス家でもなければポスフォード家ですらない」


 【死属性】魔力の変換技術と、それを組み込まれた【魔剣・致死要因(アポトーシス)】。オールディス家傘下の研究機関が偶然開発し、そして隣国の侵攻軍を壊滅に追い込むこととなった対生物殲滅兵器。


「君がかの【死属性】のみを標的にしていたとすれば、確かにいろいろなことが説明できる。君がわざわざ人数を引き連れてかの地に向かい、そこで人を雇入れてきたのは、自分と同じ危機意識を共有する人間を増やすためかね?」


「ええ。部下たちも実際にあの地に出向いた方が、【死属性】の危険性をより強く認識できるでしょう。そして向うで実際にあれを体験してきた者達は、この国で誰よりもあの魔力の恐ろしさを知る者達だ」


「その者達に君のところで知識を吹き込めば、【死属性】と戦う意思を持つ有能な部下の出来上がりという訳か。年若い者が多いのは、その方が教育しやすいからかね?」


「そうですね。やはりあの年代の者の方が、それ以上の者より物覚えが良い。加えて、ルアンナ姫とも年が近いですから」


「側近として付けて、あわゆくば姫にも【死属性】への危機意識を、とも考えていたのか」


「ええ。数年で決着が付けばその方がいいとは思ったのですが」


「長い戦いになる可能性も見越して、か。何とも用意周到なことだね」


 加えて言うなら、エルヴィスの中では自身の逃げ道をふさぐという意味合いも有った。部下たちの間で【死属性】排斥の意識が高まれば、自分もまた投げ出す訳にはいかなくなって来る。そういう意識が、エルヴィスの中には確かにあった。


「しかし、どうもしっくりこんな。いや、君のここ最近の不可解な行動がすべて【死属性】廃絶のための行動だというのはすべて納得できた。そこは納得できたのだが、なぜ君はそこまであの魔力にこだわるのかね? 確かに恐ろしい副作用のある魔力だというのは今回の件で十分にわかったが――」


「――いえ。納得できないということは、失礼ながらあなたはあの魔力の本当の危険性を認識できていないのでしょう」


 考え込むマレットに対し、エルヴィスは全く遠慮することなく、鋭い言葉を突きつけた。

 容赦のない言葉に面食らい、反発を抱くよりも驚きに目を見開くマレットに対し、エルヴィスは自分の中にある破滅の筋書を口にする。



「はっきりと言いましょう。もしもこのまま【死属性】兵器が使用され続け、何らかの形でこれ以上数を増やすようになれば、遠からずこの国だけでなく世界が滅亡します」


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