第五話 妖魔以上の化け物
「うぅ、むぅ……」
窓から差し込む日光に刀をかざし、その刀身をじっと見つめて忠継は低く唸り声を上げる。
見つめる刀には、ここひと月の間についてしまった細かい傷のほか、わずかではあるが、三ケ所の刃こぼれが見て取れた。何とか独力で直しはしたものの、先ほどまでは刀身にわずかなゆがみも生まれていたくらいである。
自慢ではないが忠継は、この国に来てから常識では計り知れないものを数多く斬ってきた。
今のところ人こそ斬っていないものの、こちらに来てすぐに発現してしまった【カタナ】の存在も相まって、魔術や妖魔といった妖しげなものならば相当な数を斬っている。
この魔術や妖魔に関してのみいえば、実のところあまり問題はない。忠継の獲得した【カタナ】という奇妙な力は、魔術や妖魔に対してきわめて強力な力を持っており、斬った瞬間に消滅させるだけでなく、斬る際にもほとんど抵抗を感じさせず、刀身への負担もほとんどないからだ。
ところが実は一つだけ、忠継の持つ刀に強い負担をかける厄介なものが存在する。
それこそが妖魔の体内に存在する、妖魔の核となった死体や、妖魔に食われた生き物の残骸だ。
そういったものの中には人間もいるのであまりこう言った考え方はしたくはないが、妖魔を斬る際に妖魔の体内にあるこれらをもろとも斬ってしまった場合、それらのものは忠継の刀に無用の損傷を与えてくる。
切れ味に関しては申し分なく、もとより人を斬るために生まれたのが刀という武具だが、それでもまったくの負担なく対象を斬ることができるのは、刀を振るうものが最適な形で対象を斬りつけたときのみだ。加えて生き物の血や油というものは、付着すればそれだけで刀の切れ味を落としてくれる。
そして、妖魔の体内にあってその実どこに潜んでいるかわからず、さらには妖魔の体とは明らかに違う“手ごたえ”を持つこれらを最適な形で斬ることは、たとえ忠継がどれだけ腕の立つ武芸者であったとしても難しい。ましてや食われた人間の中には、まとっていた鎧ごと妖魔の体内に潜んでいる者すらいるのだ。いくら忠継の腕が立っても、不意打ちのように斬られてくれるこれらから刀を守るのはいくらなんでも難しいものがある。
(研ぐだけなら、まだ何とかなるのだが……)
一応、忠継も刀の痛みに対してはできうる限りの手を打っている。異国であるこの地においてもできうる限り同じ用途の道具を揃え、できうる限りの手入れはしてきた。おかげで忠継の刀は多少見た目の輝きこそ鈍ったものの、切れ味に関しては以前と変わらぬ状態を維持している。
とはいえ、それでも刀を扱うだけの身であり、作り、手入れする人間ではない忠継では限界もある。
(この国に刀を打てる人間がいればまだ話も変わってくるのだが……)
内心でそう思いながらも、忠継はそれが叶わぬ願いであることをすでに知っている。何しろこの国の人間であるところのエルヴィスたちが、この刀の構造を魔術で調べて驚いていたくらいなのだ。
暮していて気づいたことだが、どうもこの国の人間というのは優れた“物”を生み出すことに対してあまり積極的ではないらしい。なまじ魔術という奇怪な技術があるものだから、何でもそれで解決しようとして優れた道具を生み出すことに対して消極的なのだ。刃物一つとっても、優れた刃物を生み出すくらいならば刃物以上に物をよく切れる魔術を開発するか、剣自体に魔術の術式を刻む『魔石』なる技術で強化するかのどちらかを選ぶ傾向がある。実際エルヴィスは忠継の刀と同じものを作れないかと鍛冶師に掛け合ってその不可能性を散々語ってきかされてきたらしい。
つまりこの国において、今忠継が手にしている刀は折れてしまえばそれまでの二本限りの武器なのだ。
(まあ、今から折れる心配をするくらいなら、少しでも腕を上げて刀に負担をかけぬようにするべきか)
内心でそう結論付けて忠継が刀を鞘に収めたちょうどそのとき、部屋の戸が叩かれ、直後にこちらの返事を待たずに扉が開く。
「この国では返事をしてから入るのが礼儀なのではなかったのか?」
「お前、そんなことこの前まで気にもしなかっただろう……」
呆れたようにつぶやくライナスに『冗談だ』と返し、忠継はすぐさま刀を脇に置き、手入れするのに使っていた道具を片付け始める。
ライナスの方もすぐさま中へと入って寝台の上へと腰を下ろすと、道具を片付ける忠継の様子を興味深げに見つめ始める。
「お前って暇さえあれば剣振ってるかそのカタナ手入れしてるよな」
「刀は武士の魂だ。刀自体も振るう腕も鈍らせることなどできるか」
「まあ、戦術が魔術主体の俺たちと違って、お前は頻繁にその剣使うからな」
「そんなことより何か用だったのではないのか? ああ、この前の札を使った賭博なら参加せんぞ」
「相変わらずお堅いなお前は。オーランドの騎士様を思い出すよ」
忠継の釘刺しに、ため息とともにライナスがそう返す。以前ライナスたちに誘われて忠継は一度だけ彼らが行う札を使った遊戯に参加したことがある。最初のうちは普通に遊ぶだけだったので忠継も遊び方を覚えながら参加していたのだが、いざ金をかけようという段になって忠継が難色を示した。ライナスたちにしてみれば忠継の堅物ぶりを再認識する羽目になった出来事である。
「まあ、今度誘うときは賭けなしの時にするよ。別におれたちだっていつも金賭けてやってるわけじゃないし。移動の馬車のなかとか、他にやることないときああいうのないと暇なんだぜ」
「ん? ……ああ、お前たちここに来る途中の馬車ではあれで暇をつぶしていたのか?」
「そういうこと。もちろん移動中の警戒とか、いろいろ仕事はあったんだけど、それだってまったく休みなしってわけじゃなくて交代制だったしな
……さて、話題が近づいてきたことだし、ずるずる世間話してないで本題行くか……」
「む? 本題?」
道具を片付け終わり、忠継が顔を上げるとどことなくライナスが嫌そうな顔をしている。まるでこれからする話を、あまり話したくはないような顔つきだ。
否、事実話したくはないらしい。
「あー、言いにくい話なんだが忠継、実は一つさっき決まった話があってな。まあ、明日あたり追って正式な沙汰があるとは思うんだが」
「どうしたんだいったい? そんな奥歯に物が挟まったような言い方をして」
「いや、実は俺たちな、まあこの場合お前を含めて俺たちなんだけど、俺たちあと六日ほどしたらレキハに戻らなくちゃならなくなったんだ」
「……なんだと?」
ライナスの言葉に思わず耳を疑い、忠継は思わずそう聞き返す。
現在忠継たちがいるゼインクル直轄領は、先に行われた隣国パスラとの戦時中使用された【死属性】の魔力によって土地に住む生き物が地中の微生物に至るまで死に絶えるという多大な損害を受けた土地だ。そしてさらに使用された【死属性】魔力が変質して【妖属性】の魔力となったことで、妖魔と呼ばれる化け物までも跋扈した危険地帯にまでなっている。
通常であればこういった事態はその土地の領主、正確にはこの土地は国の直轄領であるため、国から派遣された執政官が行うべきなのだが、ひと月前の混乱で執政官が死亡し、その後後任の執政官がなかなか決まらなかったため、事態の調査を依頼されていたエルヴィスを筆頭としたクロフォード家の面々が解決にあたっているという現状だ。
そして、この土地で起こっている事態はまだほとんど解決の段階には至っていない。
「いくらなんでも早すぎるのではないか? 最近では妖魔の数も減ってきたとはいえ、それでも少ないとは言えない頻度で出現している。奴らへの対処を俺たち抜きで行えるのか?」
「加えて言うなら、今後のために進めてた飢饉対策もまだ道半ばだし、正直言って今引き揚げさせられることに反対するのは俺もわかるんだけどさ。っていうか、同じようなことならエルヴィス様がもっといろんな意見を交えて抗議したらしいんだけど……、駄目だった」
「駄目?」
「中央から圧力がかかったんだよ。中央の連中はどうやら俺たちにこれ以上この土地にいられることをよく思ってないらしくてな。元々俺たちも、中央の命令をかなり拡大解釈して乗り込んで居座ってた身だ。政争が終わって新しい執政官が決まった今、ゼインクルの後始末はそっちに任せてとっとと戻れって言ってきてるのさ」
「……なんだそれは?」
低い声でうなったその直後、忠継はすぐさま脇に置いていた刀をつかみ、勢いよく立ちあがって扉へと足を向ける。こんなことを聞かされておとなしく坐していることなど到底忠継にはできそうになかった。
「なんだそれはっ!! それではもはやこのゼインクルの民を見殺しにして帰れと言っているようなものではないか!!
「ま、待った!! 忠継、お前いったい何するつもりだ!?」
「知れたこと。その知らせを持ってきた使者に命令の撤回を求めるのだ。こんな非道な命令を一体どうして放っておける!!」
「そういうと思ってたよこの直情傾向バカッ!! そもそも、そのことを伝えに来た使者は当の昔にエルヴィス様に理由つけて追い出されてるよ。今からじゃいくらお前の足が速くても追いつけない」
「なんだと!? ではエルヴィスはその命を撤回させたのか? まさかおめおめと従うつもりではあるまいな?」
「そう言うなよ。曲がりなりにも陛下の名前で命令が下ってるんだ。いくらエルヴィス様でも従わざるを得ない。というか、従わなければ大ごとだ。そもそもエルヴィス様自身、中央の連中とは折り合いが悪いんだぞ」
「折り合いが悪い? どういうことだ。エルヴィスはあれでかなり地位が高い人物と聞いたが」
「ああ……、それについてはきっちり説明してやる。だから今はとにかく座れ。お前がここで騒いでももうどうにもならん」
「ぬぅ……」
苛立ちに表情をゆがめながらも、忠継がしぶしぶ床に胡坐をかくと、ようやく少し安心したとでもいうようにライナス自身も手近な椅子へと腰かける。忠継がこの国に来たばかりのころは床に直接座ったり靴を脱いで部屋に入ろうとしたりする忠継を多くの人間が注意したものだが、今では一応忠継の部屋では忠継の好きにさせるのがこの家での習わしになっている。視線の高さが大きく変わってしまうが、それについてはもはやライナスも何も言わない。
「そもそもお前って、今のこの国の政治状態をどのくらい聞いてるんだ?」
「ほとんど何も、だな。祖国にいた時から御上の政にはもとより疎かったが、この国に来てからはそんなことを聞く間もなかったのでな」
「ん~、そうなるといったいどこから話せばいいんだ? この家がどんな地位にいるかとかその辺からか?」
「そうだな。一応公爵とかいう高い位にいるとは聞いているが、どのくらい高い位なのかがまるで分っていない。できれば初めから頼む」
「初めから、って言われてもなぁ。んじゃあこの国の歴史から行くか」
『俺もそんなに詳しいわけじゃないが』などと断りつつ、ライナスは頭をかきながら考えをまとめて説明を開始する。どうやら彼はエミリア達ほど人に物を教えるのがうまいわけではないらしい。
「まずこの国、フラリア帝国という国は、皇帝陛下を国の頂点に置き、その下を貴族や官僚、さらには騎士の順番に固めて成り立っている国だ。貴族は爵位と領地を持っている貴族と、爵位だけ持っている貴族の二種類いるが、うちのクロフォード家は最初の爵位と土地を両方持っている方だな」
「ああ、確かあす……、あす……、何と言ったか?」
「アスカランダ領な。クロフォード家はアスカランダ領を治める、貴族としては最高位の公爵の一人だ。ちなみにこの国にいる公爵は四人しかいない」
「そんなに偉い者だったのか? 正直俺には好き勝手やって部下にも迷惑をかけている奇人にしか見えんが」
「まあ、その辺は今の代の性質だけどな。公爵ってのは昔の、それこの国が今の体制になる際に王家の側近だった人たちの子孫で、家によっては王家と血縁的なつながりもあるこの国じゃ名門中の名門だ。結構名誉なことなんだぞ。この家に仕えられるっていうのは。……まあ大変だけど。ほんと大変だけど。すごい大変だけど」
「……」
暗い目をしてぶつぶつと呟き始めるライナスを深い同情の目で見ながら、一方で忠継はエルヴィスの地位を親藩大名と譜代大名の間くらいの存在なのではないかと大まかに予想する。
それも、話からすると相当な名家だ。自分は随分と恐れ多い態度をとってきたものだと感じる一方、国の頂点に近い人物があれでいいのかという不安を強く感じる。
「まあいい」
と、忠継が頭の中で聞いた話を整理いている間に、ライナスがこちら側へと回帰し、どうにか話の続きを再開する。
「うちの話はこれくらいでいいだろう。そもそもこのクロフォード家は、家の格でこそ相当に高いが、宮廷内での地位はそれほど高いわけではないからな」
「そうなのか? 俺はてっきり宮廷内でもそれなりの要職についているのかと思っていたが?」
「いやいや、そうでもないのは今ここにいる時点で分かるだろう。いくら学者としての側面を持ってるといったって、こんな国境付近の土地に直々に調査に向かわされてるんだぞ。エルヴィス様本人が望んだこととはいえ、要職についているような人間だったら普通こうはならないよ」
「言われてみればそうだな」
確かに言われてみれば、普通こう言った仕事はそれこそ下で働く人間がなすような仕事だ。それをエルヴィスのような高い位の人間が、直々に出向いて行っているなど実におかしな話でもある。
「まあ、その辺の事情は実はエルヴィス様の中央との折り合いの悪さの影響ってのもあるんだが、まあそれは後にしよう。とにかく、このクロフォード家ってのは宮廷ではあまり高い地位にいる貴族じゃないんだ。元々何代か前の党首のころに、領内の経済状況がかなり悪化したのが原因でな。その際に宮廷内の政治から遠ざかってからというもの、宮廷内の要職はほかの公爵家にすべて乗っ取られちまって、今ではクロフォード家が入る余地もないってのが現状だ
で、問題になるのは今宮廷内で力を持っている残りの三家だ」
そういうとライナスは、空中に文字を書こうとした後、数文字書いてその文字を打消し、代わりに指を三本立てる。
どうやら文字でその家の名を書き連ねようとして、忠継がこの国の文字を読めないことに気づいたらしい。コホンと一つ咳払いをすると、もう一度立てた三本指を強調して、そのあと指を一本に減らす。
「まず一つ目がオールディス家。今宮廷内で一番勢いのある勢力で、宰相アルドヘルム・ベルト・オールディスを党首とする公爵家にして、宮廷内での最大派閥だ。現皇帝陛下の後見人で元々強い勢力を誇ってたが、前回のパスラの侵攻時に傘下の研究所が開発した“新兵器”で持ってその侵攻を阻み、それによって武功まで手に入れて今は怖いものなしになってる
で、それに対抗してるのがポスフォード家。まあ、対向してるって言ってもオールディス家に押されて影響力をゴリゴリ削られているってのが現状で、このゼインクルのパイアス・マコーマック氏もこの勢力に属していた人間だった。たぶん今回のことでさらにオールディス家の攻勢を受ける羽目になっているだろうな」
「ふん、だとすれば自業自得だな。これだけ民草を困窮の淵に追いやったのだ。その程度の天罰は甘んじて受けるべきだろう」
「まあ、事態はそんなに簡単じゃないんだけどねぇ。まあ、その話はいったん後にしよう。
先に三番目、コルドウェル家の話だ。って言っても、この家は事実上もう勢力としては確立していない」
「なに? どういう意味だ?」
「先にあげたオールディス家に事実上乗っ取られてるのさ。それこそクロフォード家の財政が悪化して国政を離れる遥か前にね。今じゃコルドウェル家は完全にオールディス家の言いなりだ。ある意味、権力争いから最初に脱落したのは、クロフォード家ではなくこっちだったといってもいい」
「なるほどな。そうなると事実上、城内にあるのはそのオー何とかの勢力とコルド……、は取り込まれているから、もう一つの……」
「ポスフォード家、な。オールディス家の方もほとんど言えてないし。お前ってホント俺たちの名前覚えないよな」
「しかたなかろう。聞きなれない名前ばかりというのは本当に覚えにくいのだぞ」
呆れた目で自分を見てくるライナスに対し、忠継も負けじとそう抗弁する。
異国の人間である忠継にとって、この国の人間の言葉は非常に覚えにくい代物だ。実際問題として、日本にいたころは特に人の名を覚えるのに苦労しなかった忠継がこの国に来てから苦労しているという事実をかんがみれば、忠継の記憶力の問題ではないことくらい忠継自身にもわかる。むしろ知り合う人間の名をちゃんと覚えられるようになった忠継の成長を少しは認めてほしいと思うほどだ。
「まあでも、いくらこの国の人間の名前が覚えられなくても、今後のためにオールディス家の名前だけは頭に入れとけよ」
「最大勢力だからか?」
「そう。そして同時にこのクロフォード家と一番折り合いの悪い勢力だからだ」
「なに?」
眉をひそめる忠継に対し、ライナスは真剣な面持ちで身を正す。
「もともと、エルヴィス様は中央の連中とは折り合いが悪かったんだ。オールディス、ポスフォード両家共とな。あまり表ざたにはなってないが、宮廷内じゃ近年賄賂がまかり通ってて、それにいい印象を抱かないエルヴィス様は宮廷内でも相当に浮いた存在だった」
「いや待て、賄賂がまかり通っているだと? この国の城内はそんなけしからん状況になっているのか?」
「ああ。噂じゃ賄賂を怠ると碌に出世もできないって話だぜ。
まあ、それに関しちゃあとで一人の時にたっぷり怒れ。今は話を続けるぞ。
んでだ。宮廷内の連中ともともと折り合いが悪かったってのは今言った通りなんだが、ごく最近、オールディス家とエルヴィス様が正面からぶつかる事件があった。それこそがパスラ侵攻時、オールディス家の管轄下にある国立第六研究所が開発した、とある新兵器の問題だ」
「新兵器? いったいどんな……、待て、パスラ侵攻時の新兵器と言ったら――」
「そう。お前も話には聞いているだろう、今この領内で猛威をふるっている【妖属性】の魔力、その大元になった【死属性】の魔力だよ」
【妖属性】の魔力というのは、もともと【死属性】だった魔力が、死者の生への執着と魔力自身が元の【全属性】に戻ろうとする力が合わさったことにより、『死』とは逆方向に行き過ぎることで生まれる魔力のことだ。つまり、今このゼインクルで大量に発生している『妖魔』なる化け物も、元をたどればこの【死属性】の魔力によって生まれたことになる。
「もともと、【死属性】の魔力の危険性に関しては使用前からエルヴィス様を含む一部の学者連中によって提唱されていた。これに関してはお嬢に聞いた話を覚えてればわかると思うが、【死属性】の魔力はその土地に住む生き物を種類問わず無差別に殺しつくしてしまう。お前も見ただろう? 死属性の魔力が使われた土地が、今どんな状態になっているか」
「ああ。あれでは完全な荒地、いや下手をするとそれ以上に酷いやもしれん」
話しながら、忠継はここひと月の間に見たゼインクルの様子を思い出す。ほとんどの植物が枯れ果て、作物も育たなくなった荒れた土地。土中に潜むという目に見えない微生物の一匹に至るまで殺しつくされ、エミリアが言うところの生態系とやらを根本から破壊されたその土地は、まさに死の土地と呼ぶに相応しい荒れ地と化していた。エルヴィスが言うには、このままいくと砂漠化する危険性すらあるという。
「つまりは、エルヴィスは【死属性】の魔力がああいった事態を引き起こすことをあらかじめ予想していたというのか?」
「ああ。そしてそのことでオールディス家の勢力と激しく対立することとなった」
「こう言ってはどうかと思うがよく対立などで来たな。クロフォード家はそのオールデス家と違い城内での影響力はあまりないのだろう?」
「まあ、うちは宮廷内での権力こそたいしたことはない代わり、自領内での経済力は国内有数のものがあるからな。そういう意味じゃエルヴィス様やお嬢は間違いなく天才だよ。
まあそれでも、国の権力を牛耳ってるオールディス家が【死属性】を実戦投入するのは防げなかったわけだが」
そしてその結果がどうなったかは、実際に見ている忠継にもわかっている。侵攻してきたというパスラなる国の軍は追い払えたものの、土地は死に絶え、難民は溢れ、そしてエルヴィスでさえも予想できなかった妖魔なる化け物が今ゼインクル内で現れだしている。
「しかしそうなると、エルヴィスの発言力はこれから先増すと考えていいのか? 実際にこうして奴が予想した通りの災害が起きているのだろう?」
「いや、恐らくそうはならないだろう。オールディス家はおそらくマコーマックのおっさんに今回の悪い部分の責任はすべて押し付けて、【死属性】の運用はパスラを撃退した英雄的判断として扱おうとするだろう。俺たちを早々に呼び戻したのも、これ以上の調査によって【死属性】魔力の影響を具体的な情報として残されないための処置と考えていい」
「まさか、この国の御上はこの事態をもみ消すつもりなのか?」
「もみ消すことは難しいだろうが、責任の所在はうやむやにするつもりなんだろうな。
だからこそ気を付けろ」
そういうとライナスは、静かに寝台から立ち上がり開け放たれた窓の外へと目を向ける。その方角がちょうどこの国の首都であるレキハのある方角だと忠継が知るのはこの六日後、当のレキハへと出発するその時のことだった。
「オールディス家にとってこの家は、自分たちの武功を罪業に変えかねない悪魔の手先だ。エルヴィス様の方も何やらオールディス家と事を構えるんじゃないかって噂が出回ってる」
ライナスに応じるように立ち上がりながら、忠継は静かに口内でつばを飲み込む。ライナスが言うオールディス家との闘争には、恐らく自分も無縁ではいられないだろう。クロフォード家で世話になっている自分がこんな時だけ無関係を決め込めるとは、さすがの忠継でも全く思えない。
「気を付けろよ忠継。中央にはお前がいくら腕が立っても敵わないような、妖魔より恐ろしい権力って化け物がいるんだからな」
頬の筋肉をこわばらせながらも、それでも自分を鼓舞するように、ライナスは静かにそう言った。
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