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故国に捧ぐカタナ  作者: 数札霜月
第二章 忠
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第四話 死霊災害

 作物の枯れ果てた荒れた畑の中で、誰もが目の前の化け物に集中していたそのとき、その気配は唐突に現れた。

 否、後から考えればそれ以前からその存在は居たには居たのだろう。ただその瞬間に、急激に妖気を膨れ上がらせて迫って来たというだけで。


「なん――」


「――走れっ、タダツグ!!」


 とっさに気配のした方向、自身の頭上を見上げそうになった忠継に向けて、周囲の騎士の一人が的確な指示を飛ばす。

 同時にその隣にいたライナスが撃とうとしていた魔術の狙いを忠継の頭上へと向け、直後に上から強烈な爆発音が響き、指示に従い走る忠継の背後で巨大な重量物が地面に落ちる音がした。


『レヘヘッ、レヘヘヘヘヘヘェェェェェエエエッ』


 落ちてくる落下物の軌道から逃れるよう走り、さらに魔術によって落下物の軌道が変えられたことでようやく難を逃れた忠継のもとへ、背後からやたらと太い声でそんな奇声が届く。

 ひとまずの安全を確認し振り向いたその視線の先には、巨大な人間の男の禿げ頭が、後頭部から蝶の胸より上と羽を生やして、顔の半分を欠けさせて黒煙へと変じた状態で転がっている。

 そしてもう一つ悪い事態は、先ほどまで交戦し魔術によって転倒させられていたもう一体の妖魔が、もう一匹の強襲の隙に体勢を立て直しているという点だ。


「……っ、後一太刀というところで……!!」


 目の前で後ろ半分がムカデの胴体と混ざり合ったカマキリがこちらへと向き直るのを見ながら、忠継は両手の刀を握ったまま小さくも苦々しい舌打ちを漏らす。

 通常、妖魔を相手にする場合はできる限り妖魔を孤立させてから一体一体潰しに掛かるのが基本だ。突発的にどんな行動に出るか予測し辛い妖魔を相手にするには、出来得る限り目の前の一体に意識を集中させる必要がある。

 そして忠継が思うに、妖魔を孤立させるのはそう難しい話ではない。ここ一月の間何度もこうした妖魔の集団と出くわしてきたものの、それは別に妖魔自体に群れをつくる習性があるという訳ではなく、人間の営みが生む魔力の気配と言う同じえさに向かって、妖魔たちが群がってきているというのが正しいのだ。

 実際、こうして戦っていれば分かるが、妖魔達は互いに協力し合うどころか、互いの存在が目に入ってすらいないのである。どうやら彼らが認識できるのは生き物とその魔力だけらしいのだ。

 そしてそんな行動原理さえわかってしまえば、一匹一匹に分断し孤立させるのはさほど難しくない。だからこそ忠継達は度重なる実戦の中で妖魔を分断するように努めてきたし、それができていたからこそ余計な犠牲も出さずに済んできた。

 だが逆に言えば、こうして妖魔が二体集結してしまったこの現状は、その必勝の戦術を瓦解しかねない危機とも言える。


「くそっ!!」


「この程度でぼさっとするな動け!! ライナス、バクストン、ウォルトはタダツグを援護して『飛行型』を狙え!! 残りはカマキリの足止めだ、急げ!!」


 悪態をついて忠継が動き出すと同時、部隊長であるレスターから全員に向けて激が飛ぶ。

 どうやらレスターも忠継同様、飛ぶことができるらしき『飛行型』の始末を最優先と判断したらしい。敵が二体に増えた現状、二体の内の一体はそう急に始末しておく必要がある。狙うならカマキリの方という選択肢もあるが、同じ地上で活動するカマキリと違い、空を飛べる蛾の性質をもった妖魔を後回しにするのは危険が大きい。空を飛べる相手というのは、それだけで『融合型』などの三種類の区分とは別に『飛行型』などという呼称を与えられるほど厄介な存在なのだ。


『レヘ、レヘ、レェッヘッヘッヘェェェェェエエ!!』


 だが、なんとか相手を飛ばすまいと急ぎ駆け付けた忠継の足ですら、蛾の妖魔の飛び立つのにはわずかに間に合わなかった。飛び立つ妖魔の人面になんとか刀の切っ先を届かせようと手を伸ばすが、それも虚しく妖魔は不気味な笑いと共に空へと飛び立っていく。


「チィッ……!! ダメだ、逃がした!!」


「速い……!! 蛾ってのはこんなに速く飛べるものなのか!?」


 ほとんど打撃音に近い羽音を連続で響かせる妖魔を見上げながら、魔方陣を空へ向けたライナスが歯ぎしりを漏らす。

 いかに魔術が強力といえども当たらなければ意味がない。そして『飛行型』と呼ばれる妖魔は、総じて通常の魔術では狙いにくいのが特徴なのだ。


(あそこまで飛ばれたら刀ではまず届かん。投剣でも俺の腕ではあれを捕らえるのは無理だ。かくなる上は襲ってくるのを待って……!?)


 と、忠継が妖魔を見上げながら対応策を思案していたそのとき、空を飛ぶ蛾の腹の部分に生えていた人面がその形を変え始める。腹から明らかに顔の大きさと合わない、やたらと小さく細い腕を生やして、まるで何かを求めるように地上に向けてその手で空を掻き始めたのだ。

 そしてその直後、妖魔の気配が再び膨れ上がり蛾の腹から生える顔面が再び膨張する。


「まずいっ、逃げろ!!」


 足に魔力を叩き込んで再び駆けだしながら、忠継は妖魔の真下で、今まさにカマキリの妖魔に魔術を叩き込んでいる騎士のひとりに向けて声を張り上げる。

 その声に当の騎士も起きている事態に気が付いたようだが、それでも気付くのは後一瞬遅かった。


『レヘッ、レヘヘェェェェェァァァアアアアア』


 怖気の走るような嬌声をあげて、膨れ上がった人面が真下の騎士めがけて落下する。


(くそっ、間に合わな――!?)


 忠継がそう判断しかけたそのとき、忠継の真横を通り過ぎた高速の炎弾が騎士の僅か手前に着弾し、その爆風によって下にいた騎士を吹き飛ばした。直後、騎士のいた場所に蛾を生やした人面がその人面を砕くかのように着弾し、その顔面を黒い煙へと戻して蛾の体内に戻っていく。

 驚きに背後を振り返れば、後方に魔方陣を再度展開しながらライナスが走ってくるのが見える。どうやら今の炎弾も彼がとっさに放った代物らしい。


「ロメオの奴は無事か!?」


「あ、ああ。派手に吹っ飛ばされてはいたが、どうやら直撃は避けられていた」


「ならよかった。とはいえ早く救援に向かったほうがいい。落ちてくる妖魔の軌道変えるだけじゃ逃がせそうになかったんでああしたが、あれじゃロメオの奴がすぐには動けないはずだ」


 とっさにそこまで判断していたのかと、忠継は再び走り出しながら内心で舌を巻く。思えば先ほど同じ攻撃から忠継を守ったのも彼だった。しかもあのときは動きだした自分を見て妖魔の軌道を変える方を選ぶだけの判断を行い、今回のそれとは似た状況の中でもしっかりと対応を分けている。もしこれが忠継ならば、失敗する公算が大きくともそれに気付かず同じ方法をとっていただろう。


「やるな貴様は、なんでも爆破して解決してしまう」


「いや待て、それ絶対褒め言葉じゃないぞ!!」


 ほとんど反射のように投げかけられるライナスの非難の声を背後に置き去りにし、忠継は再び足に魔力を込めて蛾の妖魔のもとへと駆けつける。

 ロメオが危機を脱したからと言って現状は何も変わっていない。

 二回にわたり強襲を受けたことで、忠継自身もだんだんとこの人面蛾の行動原理を理解し始めていた。要するにこの妖魔、空を飛ぼうとする蛾の体が、地上の獲物を求める人面の重さに堪え切れなくなったとき、襲いかかるというより落ちかかる形で真下の生き物へ食らいつくようなのだ。

 それはつまりここでこの蛾を逃がしてしまえば、再び誰かに向かって落ちるまで討伐の機会が失われることを意味している。ここでこの妖魔を逃がすことは、もう一体の妖魔もいる現状できうる限り避けたい事態だ。

 だが今度こそ蛾が飛び立つ前に駆けつけようとした忠継の思惑は、横からかけられた別の声によって再び阻まれることとなった。


「止まれ忠継!! そっちに行ったぞ!!」


「っ、性懲りもなく!!」


 見ればもう一体のカマキリの妖魔が後に生えたムカデの体に押し出され、それについて行けない自前の足と、周囲に残るこの国の案山子らしきものを圧し折りながらこちらへ突っ込んで来ている。対する忠継もすぐさま土ぼこりをあげて足を止め、すぐさま矛先を人面蛾からそちらに向け直す。

 人面蛾の方は妖気の感覚からして再び飛び立ってしまったようだが仕方がない。こうなれば間近に迫るカマキリの方を先に斬ってしまおうと忠継が腹を決め、二刀を構えたその次の瞬間。


「……!!」


 背筋に走る直感に従い、忠継はとっさに右へと身を投げ出した。

 その直後、目前に迫るカマキリの腕がかき消え、先ほどまで忠継がいた場所で地面と空を掻き切る鋭い音がする。


「ぬぉっ!!」


 予感に従ってよけていなければあの鎌に捕らえられていた。その状況がありありと想像できるだけに、忠継の額に冷たい汗が浮かぶ。

 見たところ、相手が巨体である分攻撃範囲の広さは相手が圧倒的に勝る。しかもあの攻撃速度とくれば、正面から斬りかかるのは自殺行為と言っていい。

 かといって相手はこの速度だ。背を向けて逃げだせばそれこそ餌食になるのは目に見えている。

 ならば、この場はどう切り抜けるべきか。忠継はすぐさまその問いに決断を下す。


(ふん、正面がダメなら背後に回って斬りつけるまでよ!!)


 カマキリという生き物がはたして生前背後に対してどう対応していたのか、そもそも対応などできたのかは知らないが、少なくとも今目の前にいる相手は横や背後からの攻撃には到底対応できそうにない。そもそもこの相手に限らず、今まで相対した妖魔の中にも背後から攻められてまともに対応できたものの方が少ないのだ。忠継の下した決断はとっさの判断というよりも経験からくる対応といったほうが近い。

 だがそれでも、ときに経験を容易に裏切ってくるのが妖魔という生き物だ。


「行くな忠継!!」


「っ!!」


 部隊の騎士からかけられた声に慌てて足を止めたその瞬間、忠継の目の前に横に滑るような動きでカマキリの体が現れる。先ほどまで確かに右手にいたはずのカマキリの体は、どうやら後のムカデの方向転換に振り回されるような形で移動してきたらしい。


(――この位置は、まずい!!)


 自分がカマキリの正面にいるという事実に戦慄し、忠継はどうにかこの場を離れようと大地を蹴る。とはいえ今の忠継の体勢は前に行こうとした体に急制動をかけた直後、瞬時に跳べる方向は背後しかない。

 そしてそんな忠継の焦りをあざ笑うように、鎌を顔にこすりつけていたカマキリがその腕を獲物めがけて翻す。


「――ぐっ!!」


 足にあらん限りの魔力を込めて飛退いた直後、それでも逃げきれなかった足を妖魔の鎌がかすめ、服を僅かに裂いて微かな痛みを忠継にもたらす。

 負った怪我としては軽いかすり傷程度。だがそれでもかわしきれなかったという事実が、忠継の身に一つの決定的な事実として刻まれる。

 すなわち、“逃げきれない”。

 いくら背後に逃げたところで、足自体は相手の方が早い以上先ほどのように走りながら攻められればそこまでだ。横や後ろに回ろうとしても、背後のムカデの体がカマキリを振り回す形でそれに対応してしまう。

 そしてさらに、忠継にとって悪い事態は追加される。


「逃げろタダツグ!! またあの蛾が落ちてくるぞ!!」


 カマキリの背中に炎弾を叩き込みながら、こちらに駆け寄る騎士があらん限りの声を上げる。

 忠継自身、言われる寸前に気付いてはいた、上空で蛇行しながらこちらの真上に向かって飛んでくる蛾の妖気が、だんだんと膨れ上がりつつあることに。そしてその妖気の主が、恐らく忠継の真上に来た瞬間に奇声をあげて落ちてくるだろうという事実に。


(ま、ずい……!!)


 周囲の者たちも蛾を撃ち落とそうとしたり、カマキリの注意をひきつけようと炎弾を飛ばしているが、蛾にはその飛行速度が速すぎて当たらず、カマキリは炎弾を多少食らおうとお構いなしに突っ込んでくる。忠継も必死で後退して距離を取ろうとしているが、このままではそもそもカマキリからも逃げ切れない。

 そして、忠継のその考えを証明するように、カマキリが背後のムカデの勢いを借りて一気に距離を詰めてくる。


「……っ、ぉおっ!!」


 かくなる上は相打ち覚悟で相手の懐に飛び込まんと忠継が体内の魔力に意識を向けたその瞬間、しかし一瞬早くカマキリの腕が動き、その両腕の鎌を哀れな獲物へと突き立てた


「む、うぅ……?」


 ただし捕らわれたのは忠継ではなかった。鎌が翻る直前に忠継と鎌の間に飛び込んできた、人の形をした何かだった。


(あれは……、案山子か!?)


 鎌にとらわれ、獲物として齧りつかれるそれを見て、忠継は一瞬遅れてその正体に思い至る。忠継の知るそれとは少々違うようだが、それは間違いなくこのあたりの畑に立っていた案山子の一体だった。どうやら根元部分でへし折られていたそれを、騎士の誰かが鎖の魔術で投げ込んできたらしい。

 そして、鎌に引っ掛かるその案山子は言ってしまえばそのまま相手の鎌を封じる枷になる。そもそもカマキリの鎌というのは斬るためのものではない。獲物を捕まえるための腕なのだ。


「どうだ忠継。爆発以外で解決してやったぞ」


 背後から聞こえるライナスの声に心中で礼を言いながら、忠継は思い切り身を沈めて飛び込むための力をためる。直前に足に込めようとして、しかし案山子の乱入によって行き場を見失っていた魔力を追加の魔力とともに思いきり足へと叩きこみ、みなぎる脚力を思い切り地面にたたきつける。


「キェェェェエエエアアアアアアアッ!!」


 直後、力任せの蹴りによって足元の土を背後に飛び散らせ、忠継の身が地面すれすれの低空を飛行する。飛び出した忠継自身その勢いに驚きは覚えるが、今そんなことに気を取られている余裕はない。

狙いは巨大なカマキリの足の間。

相手の体の下のわずかな隙間を忠継はわざと相手に“一太刀も浴びせないまま”駆け抜ける。


(さあ、来い!!)


 はたから見れば、せっかくの機会を不意にする愚行。

 だが忠継には、ここでこの妖魔を斬らないことで持ち込めると見込んだ状況があった。


(落ちて来い、化け物!!)


『レェェェヘヘヘヘェェェェェバァァァァァッ!!』


 忠継が念じて、カマキリの下を通り過ぎた直後、耳障りな奇声と猛烈な轟音とともに、その思惑は現実のものとなった。

 振り返れば背後でカマキリが、落ちてきた人面蛾に押しつぶされ、その人面と半ば融合した状況でのた打ち回っている。忠継を狙って落ちてきた人面蛾が、その上にいたカマキリに直撃してしまったのだ。


「見動きなどとれんだろう。お前のような奴なら、このひと月嫌というほど見たぞ」


 妖魔は、同じ妖魔と接触すると一つに合体する。その性質自体はなるほど確かに厄介だが、実はとんでもない短所を持っている。

 この一月の間、ゼインクルの各地を捜索して妖魔を退治してきた忠継達だが、実は接触した妖魔の中には自力では動けない構造のものが圧倒的に多かった。特に『合体型』と思われる妖魔はその性質が顕著で、森などを捜索していると立ち上がることすらままならない生物の塊が転がっているという現実離れした光景にしょっちゅう行きあったのである。

 集団で人里を襲う印象の強い妖魔だが、実のところ人里までたどり着ける妖魔の数より、何らかの要因で自力での移動が不可能になって森などに転がるはめになった妖魔の数の方が圧倒的に多いのだ。

 そして今、目の前にいる先ほどまで二体だった妖魔も、その例にならうように転がり、もがいている。


「まったく無茶をする。一瞬遅ければお前が下敷きになっていたぞ」


「悪い。だがな――」


 傍まで駆けつけて来た部隊長のレスターが忠継に苦言を呈するが、それでも危険を冒した成果は劇的だ。すでに目の前の妖魔は二体が融合したことでカマキリの後ろ半分が人面に変わり、人面の大きさによって完全にカマキリの足が浮いた文字通り地に足のつかない状況が出来上がっている。融合したさいに飲み込まれたのかムカデの部位はどこにも見受けられず、人面にくっついていた蛾も飛び立つことができずに無駄に羽をばたつかせているだけの状態だ。

 そしてそうなってしまえば、もはや忠継達がするべきことは一つしか残っていない。


「――これで後は斬るだけだ!!」


 言うが早いか、忠継は両手の二刀の内左手の脇差しを鞘に収め、刀を左手に持ち替え、右手で投剣用の短剣を抜き放ちながら地を蹴り走り出す。

 狙う順番を間違えるような真似はしない。

 相手は一部を斬り捨てても残る部位が動く『合体型』。しかも人面と蛾は最初から別々に動いていたことを考えれば、今の目の前の妖魔を構成しているのはカマキリ、蛾、そして人面の三つの部位だろう。もしここで消す順番を過てば、今しがた合体させて自由を奪った妖魔を再び解き放つことになりかねない。

 だからこそ、


「まずは貴様らだ」


 刀と短刀を抱えたまま妖魔へと駆け寄って飛び上がり、忠継は一気に地面を転がる人面の上へと着地する。

 のたうちまわる人面の後頭部に、左手の刀を【カタナ】を使わず突き刺すことで踏みとどまり、続けて忠継の両側でひっきりなしに空気を叩く蛾の羽目がけて素早く短剣一閃すると、そのまま短剣を振りかぶって下でのた打ち回るカマキリめがけて投げつけた。

 続けざまに短剣に流した【カタナ】の魔力が妖魔の一部を消滅させ、それを構成する魔力を無へと返す。


「あと一体!!」


 残る妖魔は忠継の足元、接続していた体の一部を消されたことで、それを補うように頭の各所から手足を生やし始める人面の妖魔しかいない。

 そしてその後頭部には、すでに魔力こそ流していないが忠継の刀が突き刺さっている。


『レェェェエエエヘヘェェエエエエッッッ!!』


「【カタナ】!!」


 聞くに堪えない奇声を上げて傾く足場に踏みとどまりながら、忠継はすぐさま両手で突き刺さった刀を掴んで魔力を流す。

 刀身に迸る魔力が妖魔に対して必殺の武器となったことを確認すると、忠継はすぐさま柄尻を叩いてその刃を僅かに奥へと突き刺した。

 とどめは一瞬。

たった一瞬、わずかには先が奥へと食い込んだだけで、【カタナ】の魔力が妖魔の体中を蹂躙し、妖魔は妖気を失い哀れな骸のみが地面へと投げ出される。

 そのあまりにもあっけない姿に僅かな憐憫を覚えながらも、忠継はしっかりと地面に着地し、刀を右手に持ち替えて一度振るい、腰の鞘へと静かに収めた。

 周囲を見回すと、先ほどからの戦闘の爪跡を深々と残した畑を、ライナスがこちらへと駆け寄ってくる。


「無事だなタダツグ?」


「ああ。他はどうなっている?」


「俺たちがこいつらに手間取っている間にあらかた片付いたようだ。ただ、追加がくる可能性もあるから戻って待機だとさ」


「わかった」


 近づいて来たライナスとそう言葉を交わし、忠継はもう一度転がる骸に目を向ける。

 最近死骸を見過ぎたせいか以前のような吐き気は感じないが、だからこそ同時に思う。この絶大な被害を生み出したのは、エルヴィス曰く以前この地で隣国の軍を追い払うために使われた【死属性】の魔力なのだという。


(ならばそんな魔力は、本当に人が持っていいものだったのだろうか)


 忠継の疑問に答えるものは、今のところどこにもいない。

 だがその代わりとでもいうような骸が、おぞましくも静かに転がっていた。







 結局。

 その日の襲撃では、最終的に十五体の妖魔が討伐された。

村へと押し寄せた妖魔が最終的に十体、その他周囲の捜索によって見つかったのが五体という内訳である。

 そしてそれに対して人的被害、主にゼインクルの兵士たちの中に出た死傷者は二十七名に上った。

 これでもここ最近では格段に少ない数であり、同時に得るもののない戦いで出すには多すぎる人数だった。

 ゼインクル直轄領。国境を間近に持つこの土地ではこの当時、後に【死霊災害(ファントムハザード)】と呼ばれる死がなおも激しく渦巻いていた。


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